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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第十三章 世界杭の原図

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第六十五話 五つ目の核

 久保田へ伸びた灰色の線を、高城が素手で払った。


 指は線を抜ける。半透明の筋は揺れもせず、安全帯の金具へ入っていった。


「帯を外せ」


 尾崎が言う。


 呼吸を補助している隊員は手を止めない。柴田が久保田の身体を横向きに支え、高城が安全帯の留め具を一つずつ外した。


 最後の金具が離れる。


 灰色の線は久保田を追わなかった。


 空になった安全帯へつながったままだ。


「人じゃなく装備を登録してる?」


 千紘が線の先を見る。


「最初は装備です」


 レオンが訂正した。


「その後、中にあるものを搬送対象へ含めています。服と身体を分けていない」


 高城は外した安全帯を床へ置かなかった。近くのコンテナに回し、二つの金具を固定する。


「こいつを久保田だと思うなら、持っていけ」


 灰色の線が濃くなる。


 立った水面の奥で、白い触手が動いた。安全帯ごとコンテナを引こうとしている。


 床へ固定された箱は、すぐには動かない。


「真鍋の索も引くぞ」


 高城はさっき手を挙げた隊員の隣へ座った。二人で白い安全索を握る。


「久保田側は箱が持ってる。こっちだけ引けば水が上がる」


「同じ重さは無理です」


 レオンが透明板を見る。


 固定時間は残り二分もない。八本の線のうち、一番下だけが細かく震えていた。


「長さじゃなく、搬送側が認識した荷重を合わせる必要があります」


「何キロだ」


「久保田さんの装備込み記録は八十四・六」


 レオンは人の名前を先に言った。


「真鍋さんは六十二・一。差は二十二・五キロです」


「今それをどう合わせる」


 高城が苛立った声を出す。


 千紘は安全索へ触れず、コンテナの方へ近づいた。耳を寄せ、灰色の線が金具へ入る音を聞く。


「重さは同じじゃなくていいかもしれません」


「どういうこと」


「さっき二人で引いた時、音が揃ったから上がった。今も、箱を引く音に合わせて真鍋さんの索を引けば」


 高城が尾崎を見る。


 尾崎は許可を出す代わりに、自分でコンテナの固定具へ手をかけた。


「一段だけ外す。箱が動き始めたら言え」


 柴田も反対側へ回り、床の固定金具を緩める。


 コンテナが数センチ滑った。


「今」


 千紘の声で、高城たちが真鍋の安全索を引く。


 二つの金具が同時に鳴った。


 立った水面が横へ広がり、床から天井までの大きな長方形になる。


 水中の金属台が上がってきた。


 久保田がいた台より深い。七つの輪のうち最下部を通り、その裏側に人の脚が見えた。


「真鍋!」


 高城が呼ぶ。


 返事はない。


 脚は動いた。膝が一度曲がり、白い触手の陰へ消える。


「生きてる」


 千紘が言った。


 七環クラーケンの触手が、コンテナへつながる灰色線を巻き取る。箱が床の固定を引きちぎり、長方形の水面へ近づいた。


「離れろ!」


 尾崎が箱から手を放す。


 コンテナの角が持ち上がり、横倒しになった。


 その下から、解体用バールが滑ってくる。俺は左足で止め、拾い上げた。


 白い触手が水面を越える。


 水に濡れた吸盤が床へ貼りつき、埋め込まれた金具から灰色線を何本も伸ばす。一本は空の安全帯へ、一本は搬送布へ、残りは隊員たちの腰金具へ向かった。


 尾崎は後退しなかった。


 盾を横にして触手へ押し当て、線が自分の安全帯へ届く前に留め具を外す。


「金属の登録具を捨てろ! 久保田と負傷者は奥へ!」


 全員が同時には動かなかった。


 呼吸補助をしていた隊員は久保田のそばに残る。副木を当てた負傷者へ肩を貸していた二人は、自分たちの帯だけ外し、負傷者の固定は解かなかった。


 柴田が搬送布の金属棒を抜き、布だけで久保田を包む。


 高城は真鍋の索を離さない。


「こっちを離したら、また下がる!」


「そのまま持て!」


 尾崎は触手へ盾を押しつけたまま答えた。


 灰色線が盾の把手へ集まり始める。金属なら何でもいいわけではない。人が身につけ、搬送に使っていたものを選んでいる。


 レオンの透明板から、固定されていた白線が消えた。


 八層の図が一枚ずつ重なり、原図の六層へ戻ろうとする。


 レオンは再使用しなかった。


 板を水へ落とし、消えかけた線を黒いペンでなぞる。能力が消していく端から、自分の手で七つ目と八つ目だけを残した。


「最下部の輪が、ほかの六つと接続していません」


「どれだ」


「真鍋さんの上です。後から追加された七つ目」


 長方形の水面の奥で、金属輪が回る。


 六つは同じ中心を持っていた。最下部の一つだけが左右へ動き、真鍋のいる台を別の層へ合わせている。


「あれを止めれば台も止まる?」


 千紘が聞く。


「止まるのは移動だけです。本体は残ります」


「十分」


 千紘は水面の前へ打音器を投げた。


 金属の塊が水へ入り、沈んでいく。


「音界地図」


 反響が七つの輪へ当たった。


 千紘の顔が下から上へ動く。白い触手が盾を押し退けても、そちらを見なかった。


「一番下、次に左へ来る。三秒後」


 高城が真鍋の索を強く引く。


 七つ目の輪が台ごと左へ動いた。


 俺は長方形の水面へ走る。


 一歩目を水の中へ置いた。


 空中の足場から七つ目の輪へ飛び移る。靴底が濡れた金属へ当たり、身体が横へ持っていかれた。


 右側から触手が来る。


 見えない。


 千紘の「下」という声で、バールを頭上ではなく腰の高さへ寝かせた。


 触手が柄へ当たる。


 両腕が押され、右肩の奥で古い傷が引きつった。バールを離さず、そのまま輪の内側へ先端を入れる。


 触手の力で、柄が深く噛んだ。


 七つ目の輪が左へずれたまま止まる。


 ほかの六つだけが回転を続けた。


 白い胴が水底から浮く。


 八つ目の無音の移動をしようとして、身体の半分だけが別層へ引かれている。黒い目の下に、青白い脈が露出した。


「今なら真鍋を上げられる!」


 高城と隊員が安全索を引く。


 金属台が七つ目の輪へぶつかった。


 真鍋の上半身が見える。腹へ白い触手が巻きつき、口元を透明な膜が覆っていた。


 尾崎が盾を捨て、長方形の水面へ腕を入れる。


 柴田もその腰をつかむ。


 俺は輪から足を外せない。バールが抜ければ、七つ目が戻る。


 触手の一本が真鍋から離れ、俺の左脚へ巻きついた。


 鱗のない膝裏へ吸盤が食い込む。


 身体が水底へ引かれた。


 輪に挟んだバールが曲がる。握っていた左手の皮がずれ、熱い痛みが走った。


 足場は消えている。


 もう一歩だけ、空へ置く。


 右足の下に硬い面ができた。


 踏みとどまり、左脚を引く。触手は離れず、吸盤の金具から灰色線を俺の安全帯へ伸ばした。


「在真、その線、目の下へつながってる!」


 千紘の声が届く。


 俺を収容する線と、露出した青白い脈は同じ場所へ入っていた。


 バールから左手を離す。


 七つ目の輪が戻り始める。


 その前に、灰色線をつかんだ。


 断つ。


 線だけではない。


 黒い目の下へ集まっていた七本が、一つの切断候補として灰色に変わる。


 左手を振り抜くと、青白い脈が横へ裂けた。


 七環クラーケンの胴が膨らむ。


 水中で九秒分の音が一度に鳴った。


 七つの輪がばらばらの向きに止まり、真鍋を載せた台が長方形の水面へ突き出す。


 尾崎と柴田が真鍋の肩をつかんだ。高城たちも安全索を引き、透明な膜ごと床へ引き上げる。


 俺は輪から落ちた。


 腰の短い救助索が張り、身体が水面の縁へぶつかる。右脇腹へもう一度痛みが走ったが、今度は床側から何人もの手が伸びた。


 左腕、背中の帯、上着。


 どれを誰がつかんだか分からないまま、濡れた床へ引き戻される。


 長方形の水面が崩れた。


 大量の黒い水が通路へ流れ込み、膝を越える。白い触手は力を失い、コンテナの下へ沈んだ。


 表示が開く。


――――――――――


石狩湾港迷宮管理個体《七環クラーケン》の停止を確認しました。


石狩湾港迷宮の搬送処理が停止しました。


攻略評価により、レベルが上がりました。


レベル:30 → 32


最大HP:2,500 → 2,620

最大MP:740 → 780


未配分能力値を80獲得しました。

スキルポイントを2獲得しました。


現在HP:2,360/2,620

現在MP:580/780


――――――――――


 真鍋は自分で水を吐いた。


 咳き込むたび身体を丸め、高城の腕を押し返そうとする。力は弱いが、意識はある。


 久保田も補助換気の合間に一度だけ喉を鳴らした。


 俺は濡れた床へ座り、左手を開いた。掌の皮が裂け、細く血が流れている。左脚の膝裏には吸盤の丸い跡が並んでいた。


 千紘が隣へ来る前に、自分の表示を見て止まった。


「二十になった」


「進化候補は」


「出てる。今は選ばない」


 真鍋の咳がまだ続いている。千紘は表示を閉じ、そちらへ防水シートを持っていった。


 俺も未配分の八十を開く。


 筋力と敏捷へ十ずつ。耐久へ四十、精神へ二十を入れた。


――――――――――


能力値を配分しました。


筋力:600 → 620

耐久:760 → 840

敏捷:555 → 570

精神:375 → 405


最大HP:2,620 → 2,680

最大MP:780 → 800


現在HP:2,360/2,680

現在MP:580/800


未配分能力値:0


――――――――――


 止まった白い胴の奥から、透明な核が浮かんでくる。


 中には小さな金属輪が七つあり、その中心だけが空いていた。


「回収すれば、この迷宮は壊れないんですね」


 尾崎が聞く。


「今までと同じなら、流出と管理個体は止まる。内部が全部残るかは分かりません」


「破壊すれば」


「帰る道も崩れるかもしれない」


 尾崎は高城を見る。


 真鍋を支えていた高城は、こちらへ判断を返さなかった。


「現場責任者は尾崎隊長です」


「そうだったな」


 尾崎は濡れた盾を拾わず、核を見た。


「回収してください。所有権の話は、生きて外へ出てからやります」


 俺は透明な核へ触れた。


 三つの候補が現れる。


――――――――――


石狩湾港迷宮核から継承可能な能力を確認しました。


《水圧適応》

 急激な水圧変化による身体負荷を軽減する。


《係留》

 自分または触れた対象一つを、現在の足場または空間層へ短時間つなぎ留める。


《収容索》

 触れた物体へ短い牽引索を生成する。


一つを選択してください。


――――――――――


 《係留》を選ぶ。


 速く動く手段はある。衝撃を逃がすこともできる。だが、今回のように場所そのものを変えられれば、足場へ戻る前に人が消える。


――――――――――


《継承》Lv.5


《係留》Lv.1を取得しました。


接触中の対象一つを、現在の足場または空間層へ三秒間係留します。


消費MP:30


移動そのものを停止させる力ではありません。

対象の重量、相手の抵抗、空間干渉の強度によって係留時間は短くなります。


――――――――――


 核を収容する。


 透明な球が手の中で細くなり、第零迷宮へ続く黒い線へ沈んだ。


――――――――――


第零迷宮


保有迷宮核:4 → 5


《国内転移門》を開放しました。

《世界迷宮地図》を開放しました。


新規施設は第零迷宮内で確認できます。


――――――――――


 床と壁の奥で、閉じていた隔壁が一つずつ上がり始めた。


 帰着経路も生成されている。


 B-11に記録した点へ固定すると、止まった水面の横に狭い通路が開いた。


――――――――――


帰着経路を固定しました。


記録座標:

 石狩湾港迷宮 搬送路B-11


現在MP:520/800


――――――――――


 目の前に開いた先は、同じB-11だった。


 遠回りを省いただけで、外へ出たわけではない。久保田と真鍋、左脚を負傷した隊員を運び、上がった隔壁の先を戻る必要がある。


 レオンは濡れた透明板を拾っていた。能力で残した線は消え、黒いペンでなぞった二本だけが残っている。


「五つ目ですか」


「そうだ」


「世界迷宮地図は見えましたか」


「第零迷宮へ戻らないと分からない」


 尾崎が折り畳み担架を広げる音がした。


 話を続ける前に、久保田を誰が持つか決めなければならなかった。

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