↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第十三章 世界杭の原図

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/121

第六十四話 二人分の索

 次の九秒までに、返事はしなかった。


 久保田の合図は二回、間を空けて二回。だが本人のものだと確かめるには、それだけでは足りない。


「応答は三回だ」


 高城が床へ拳を置いたまま言う。


「出発前に決めた。遭難側が二、二。見つけた側は三回。向こうが続けて一回返せば本人だ」


「床を叩いて水位は変わったか」


 尾崎が聞く。


「まだ試してません。索を引いた時だけです」


 九秒の減音が始まった。


 全員が床から手を離す。


 七つの金属音が、今いる搬送路の上下を通った。最後に身体だけがわずかに横へずれ、積まれたコンテナの角が十センチ近づく。


 音が戻っても隔壁は下りなかった。


 高城が床を三回叩く。


 返事はすぐには来ない。


 負傷者の左脚を見ていた隊員が、濡れた副木を締め直した。水位は足首ほどだが、体温を奪うには十分だった。


 レオンの透明板では、固定された八層の線が白く残っている。残り時間は六分を切っていた。


 床の下で、一度だけ金具が鳴る。


 高城が息を吐いた。


「久保田です」


「真鍋の合図は」


「同じです。どっちが返したかまでは」


 二本の安全索は並んで床へ沈んでいる。名札も残っていた。左が久保田、右が真鍋。


 俺は通路の壁へ触れ、《座標記録》を開いた。


 首都環状迷宮の第三換気坑は、もう別の迷宮だ。ここから帰る指定先には使えない。


 今いる搬送路B-11を記録する。


 前の点が消え、濡れた壁の位置に淡い印が残った。記録だけならMPは減らない。


「今、何をしたの」


 千紘が聞く。


「帰る場所をここに変えた」


「開けるのはあと?」


「迷宮側に帰着経路ができれば。今は何も開かない」


 それでも、通ってきたB-4より、十人がいる場所を残す方がいい。


 高城が二本の安全索を見比べる。


「さっきは真鍋だけを引きました。久保田も同時なら」


「水が倍になるかもしれない」


「だから、二人で十センチずつです」


 止められるのを待たず、高城は久保田側を取った。もう片方へ手を伸ばした隊員を、尾崎が下がらせる。


「そっちは俺がやる。同じ速さで引くぞ」


 二人が金具の根元を持つ。


 千紘は索の間へ打音器を置いたが、能力は使わなかった。耳だけを向ける。


「少し」


 高城と尾崎が同時に引く。


 二本とも十センチ出た。


 水位は上がらない。


 代わりに、床の下から重いものが近づいた。金属ではない。濡れた布を台へ落としたような音だった。


「もう一回。同じだけ」


 千紘が言う。


「高さは?」


 レオンが板をのぞく。


「八層目が二十八センチ上がりました」


「十センチ引いて、二十八?」


「索の長さと移動距離は一致していません」


 二度目。


 床の継ぎ目から泡が出た。


 三度目で、二本の索の間に四角い縁が浮かぶ。搬送用の床板に見えたが、取っ手はない。


 高城がさらに引こうとした時、久保田側だけが重くなった。


「止めて」


 千紘がすぐに言う。


 二人の手が止まる。


「片方に何か引っかかった?」


「違う。久保田さんの方は近い。真鍋さんの方だけ、まだ下へ続いてる」


 尾崎は索を離さず、高城を見る。


「近い方を先に上げる。真鍋の索は固定」


「俺が残ります」


 副木を締めていた隊員が、自分から真鍋側へ膝をついた。安全索を腰へ回さず、両手で持つ。


「真鍋は俺の後ろにいた。これ以上ずらさない」


 高城は一度だけその顔を見て、久保田側を引いた。


 四角い床板が持ち上がる。


 下にあったのは空洞ではない。


 水で満たされた、縦に長い搬送路だった。


 こちらの床を境に、向こう側の水面が壁のように立っている。白い安全索はその中を下へ伸び、五メートルほど先の金属台へつながっていた。


 久保田が横たわっている。


 ヘルメットはなく、右手が安全帯の金具を握ったまま動かない。口元から小さな泡が出ていた。


「息がある!」


 高城が身を乗り出す。


 水は床の縁から流れ出してこない。透明な壁の向こうに閉じ込められている。


 俺が手を入れると、指先だけが沈んだ。境界の抵抗はないのに、腕を入れた分だけ身体が下へ引かれる。


「水圧じゃない」


 背中の安全帯を尾崎がつかむ。


「一人で入るな。届くのか」


「普通には無理です」


 《空歩》なら二歩だけ、足場を作れる。


 俺は解体用バールを床へ置き、短い救助索を腰へ足した。尾崎、高城、柴田がその端を持つ。


 千紘は久保田ではなく、立った水面のさらに下へ顔を向けていた。


「真鍋さんの金具、もっと奥で動いてる。その近くに大きい音がある」


「生き物?」


「水が多すぎて分からない。でも、呼吸より遅い」


 待っても久保田の泡は減っていく。


「行く」


 床の縁を蹴った。


 立った水面を抜けると、上下が変わった。


 足が床から離れ、身体が縦の搬送路へ落ちる。水の中なのに沈む速さが速い。肺の空気を鼻から少し抜き、一歩目を何もない場所へ置いた。


 足裏へ硬い面ができる。


 もう一歩で久保田の台へ届く。


 二歩目を踏み、左手で安全帯をつかんだ。


 久保田の身体は台から離れない。


 背中の下へ、半透明の膜が張りついている。膜から灰色の線が伸び、台の奥へ続いていた。


 境界へ触れる。


 切断候補は一本だけだった。


 断つ。


 右目の奥に熱が走り、膜が裂ける。


 久保田の身体が浮いた。


 同時に、搬送路の底で何かが動く。


 白いものが、暗い水を横切った。


 腕より太い触手だった。表面へ荷役用の黄色い線が巻かれ、吸盤の一つ一つに金属金具が埋まっている。


 触手は久保田ではなく、切れた灰色の線へ伸びた。


 避ける場所がない。


 俺は久保田を胸へ抱え、二歩目の足場を蹴る。空中の面はもう消えていた。


 触手が右脇腹へ当たった。


 衝撃を、腰の救助索へ逃がす。


 身体が上へ引かれ、索を持つ三人が床を滑った。


 残った重みが肋骨へ食い込む。息が抜け、久保田の身体を離しかけた。


「在真、左!」


 千紘の声が水越しに届く。


 左手を伸ばすと、柴田が差し出した搬送布の端へ触れた。


 久保田を先に押し込み、高城と尾崎が引き上げる。俺も縁へ腕をかけ、立った水面から床へ転がった。


 久保田は咳をしなかった。


 隊員が顎を上げ、口を開く。呼吸を確認すると、胸骨圧迫ではなくバッグバルブを取り出した。


「脈あり。自発呼吸、弱い」


 俺は右脇腹を押さえた。


 数値が遅れて落ちる。


――――――――――


《空歩》Lv.1を使用しました。

現在MP:700/740


《断界》Lv.1を使用しました。

現在MP:670/740


《衝撃分散》Lv.1を使用しました。

現在MP:650/740


現在HP:2,440/2,500


――――――――――


 立った水面の奥で、白い触手が戻っていく。


 先には、もう一本の安全索が続いていた。


 真鍋の姿は見えない。


 代わりに七つの金属輪が、縦の搬送路を囲むように一つずつ灯る。その中央で巨大な白い胴が向きを変え、黒い目がこちらを見た。


 表示が開く。


――――――――――


石狩湾港迷宮管理個体

《七環クラーケン》


搬送対象の欠損を確認。

再収容を開始します。


――――――――――


 久保田の安全帯から、切ったはずの灰色の線がまた伸び始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。