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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第十三章 世界杭の原図

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第六十一話 公開した男

 朝から、知らない番号の着信が十一件あった。


 番号の頭についている国番号は三種類。留守番電話には英語らしい声と、機械翻訳された日本語が交互に残っている。どれも途中で《第零迷宮》と言った。


「これも同じ」


 千紘が自分のスマートフォンを畳へ置いた。


 昨日まで大学の友人から、前期の試験をどうするのかと聞かれていた端末だ。今朝は海外の報道アカウントから通知が続き、画面の半分が見慣れない文字で埋まっていた。


 添えられた画像には、山を縦に割ったような黒い穴が写っている。


 別の画像は、海上に傾いた掘削施設だった。雪原へ埋まった円形の遺跡もある。場所も形も違うのに、それぞれの断面図には同じ位置へ赤い線が引かれていた。


「漏れたっていう量じゃないな」


「公開した人の名前も出てる。レオン・ハルトマン」


 網戸の向こうで寝ていたガルが、着信音に片耳を動かす。


 八月の朝は、もう縁側へ日が入っていた。開けた窓から湿った土の匂いがする。首都環状迷宮へ行く前なら、大学へ向かう時間だった。


 今は角に当たらないシャツを選ぶ方が、講義の開始時刻より先に身体へ馴染んでいる。


「東條さんからは?」


「午前四時に一件。起きたら電話をくれって」


「起きたって送った?」


「送った」


「何時に」


「六時半」


 千紘は壁の時計を見た。八時十二分だった。


「返事がないなら、こっちへ来てるんじゃない」


 門の外で車が止まった。


 エンジン音は一台分だが、砂利を踏む足は三人いる。千紘は立ち上がる前にそちらへ顔を向けた。


 ガルが縁側から下りる。吠えずに庭の端へ回り、物置と門の両方が見える位置で止まった。


 最初に入ってきたのは東條だった。紺色の上着を腕へ掛け、片手に灰色の封筒を持っている。続いて、黒い鞄を胸へ抱えた背の高い男が門柱へ肩をぶつけた。


 男は謝るより先に門柱の幅を振り返り、手帳へ何か書いた。


 三人目は県警の警備担当だった。庭へ入らず、門の外に残る。


「上がっていい?」


「どうぞ」


 東條は靴を脱ぎながら、後ろの男を見た。


「レオン・ハルトマン。国際迷宮連絡機構の分析官。昨日までは」


「今朝からも所属しています。権限を止められただけです」


 レオンの日本語は、意味が分かるまで一拍遅れた。右耳の小さな翻訳機へ英語が返り、それを聞いてから言葉を選んでいる。


 畳へ上がると、俺ではなく千紘へ手を出した。


「初回接触、四月十日。音響記録者、三枝千紘」


 千紘は手を取らなかった。


「名前だけでいいです」


 レオンの手が途中で止まる。


「失礼しました。三枝さん」


 次に俺を見た。左目、眼帯、二本の角の順だった。


「大月在真。接続核、四。停止数、四。右眼――」


「そこまででいい」


 口から出た声が少し強くなった。


 レオンは俺の顔を見直し、手帳を閉じた。


「すみません。観測を長く使いました」


 何への謝罪かまでは聞かなかった。東條が灰色の封筒を卓上へ置き、その上へ湯呑みを一つ載せる。風で中身が散らないためだった。


「彼が共有した資料は、昨夜の時点で十二か国と四つの研究機関へ渡ってる。報道に出たのは、そのうちの一部」


「日本にも届いたんですよね」


 千紘が聞く。


「届いた。ただ、正式な経路より現場の方が早かった」


 東條の声には、寝ていない時の硬さがあった。


 レオンは黒い鞄から透明な板を六枚取り出した。どれも薄い傷だらけで、端に場所と日付が書かれている。


「一枚ずつなら、異なる大型迷宮の内部図です」


 雪原の遺跡。海上掘削施設。地下採掘場。赤土の峡谷。崩れた空港。水没した街。


 レオンが順に重ねる。


 入口も通路も一致しない。だが最深部だけは、六枚すべての中央へ細長い空白が残った。周囲から伸びる線は違う角度で曲がりながら、最後にはその空白へ集まっている。


 首都環状迷宮で見た、時環竜の白い脈に似ていた。


「これを、世界杭と呼びました」


「あなたがつけた名前?」


「記録にありました。五つの言語で、杭、固定柱、世界針。訳し方は違いますが、機能は同じです」


 俺は一番上の板を持ち上げた。


 中央の空白には何も描かれていない。見落としたのではなく、そこだけ削られていた。六枚とも同じだ。


「ここは」


「分かりません。だから、各国が持つ原図を照合したかった」


 東條がレオンを見る。


「機構は照合を止めたんじゃない。公開範囲を決めるまで待てと言った」


「三週間待ちました。その間に、二つの都市が外周区画を失いました」


「それでも、現場の人間の名前まで入った未処理資料を送っていい理由にはならない」


 レオンは答えず、板の順番を直した。


 反省して黙ったようには見えなかった。東條もそれが分かっているらしく、話を終わらせずに封筒から一枚だけ抜いた。黒く塗られた箇所の多い処分通知だった。


「この人をここへ連れてきたのは、正しいからじゃない。もう送られた資料を、なかったことにはできないから」


「私は許可を求めに来ていません」


「でしょうね」


「第零迷宮と照合しに来ました」


「それは大月君が決める」


 二人の視線がこちらへ来る。


 俺はすぐには答えなかった。


 第零迷宮の入口は家の裏にある。核を収めるたび、他の迷宮へつながる場所が増えた。国が警備を置いても、土地まで渡したつもりはない。


 だが四つの核を集めた俺にも、中央の空白が何かは分からなかった。


「資料は全部、同じものですか」


「いいえ」


 レオンが六枚目を外し、鞄の底から写真を出す。


 錆びた金属の輪だった。


 内側には小さな刻印が並んでいる。何度か塗料を重ねた痕と、鎖をつないでいた金具。大きさは違うが、俺は同じ形を知っていた。


 ガルの首輪だ。


 庭にいたガルが立ち上がった。


 写真は音も匂いも出していない。それでもガルは居間へ入らず、後ろ脚だけを半歩引いた。喉の奥で、息が低く擦れる。


 俺は写真を伏せた。


「どこで見つけた」


「北海沿岸の迷宮です。守護領域の壁に、同型が四十七個。すべて外されていました」


「何をつないでた」


「記録には、回収対象とあります」


 首輪が人工物だと知っているのは、限られた人間だけだった。


 千紘はガルの方へ行かなかった。卓上へ伏せた写真を見たあと、自分のスマートフォンを取り上げる。


「資料に、音はありますか」


「映像記録が百八十二件」


「公開された動画、全部同じところが欠けてます」


 千紘が一つを再生した。


 雪原の入口を撮った映像だった。風が強く、撮影者の服が何度もマイクへ当たる。その途中で九秒だけ、風音が遠くなる。


 無音ではない。


 耳を澄ますと、地面の下で太いものを引きずるような振動があった。


「別の場所のも、ここだけ同じ。たぶん消された音じゃない。上から別の音を重ねて、聞こえにくくしてる」


 レオンは再生時間を手帳へ書こうとしたが、ペン先を止めた。


「三枝さん。あなたは、公開映像だけで?」


「今朝、電話で起こされたんで。五本しか聞いてません」


「五本で十分です」


「何が」


 レオンは透明板の一枚を裏返した。端に小さな波形が印刷されていた。


「世界震動は九秒でした」


 四月二日の朝、家も道路も、世界中が同時に揺れた。


 六枚の板へ刻まれた時刻はばらばらだった。それでも波形の谷だけは同じ位置にある。


 東條の端末が鳴った。


 画面を見た顔から、眠気だけが消える。


「石狩湾港迷宮の先行班が止まった」


「いつ入った」


「午前六時。最深部手前までは既存図どおりだった。さっき届いた最後の画像で、通路が一つ増えてる」


 東條が端末をこちらへ向ける。


 海水に濡れたコンクリートの先に、黒い縦穴が開いていた。周囲を七つの金属輪が囲み、その一つへ人間の安全索が挟まっている。


 レオンが持ってきた六枚には、輪が六つしかない。


「これも、あなたは知ってたのか」


 俺が聞くと、レオンは首を振った。


「七つ目は、今初めて見ました」


 東條は廊下へ出て、電話を耳へ当てた。短いやり取りのあと、こちらを振り返る。


「二人、応答なし。残り五人は動けてる。ただ、戻る通路が閉じ始めてる」


 四つの核を収めても、第零迷宮には新しい施設が開かなかった。


 五つ目を収めた時に何が起きるか、今の表示には出ていない。石狩湾港迷宮の核をこちらへ集めることに、現地も国もすぐ同意するとは思えなかった。


 それでも、中にいる五人が決めるまで待てる話ではない。


「先行班へ、俺が行くと伝えてください」


 東條は電話の向こうへ同じ言葉を返した。


 レオンが透明板を鞄へ戻そうとする。


「あなたは来なくていい」


 その手が止まった。


「第零迷宮との照合は」


「戻ってから決める。今は石狩へ行く」


「七つ目の輪を観測したのは私です」


「写真を見ただけだろ」


「だから、次は中で見ます」


 東條が電話を切る前に、レオンは自分の端末から何かを送った。


「何をした」


「石狩の原図を、先行班全員へ送りました」


 東條の端末へ、送信済みの通知が続けて届く。


 止められた権限でどこまで触ったのか、レオンは送信先の一覧を隠さなかった。


 庭でガルが一度だけ鼻を鳴らし、伏せられた写真からさらに離れた。

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