↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第十二章 別の東京

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
61/121

第六十話 帰る場所

 六時五十七分の赤い数字が、黒い鱗の上を流れていく。


 吹き抜けは七階分あった。各階の縁に環状の通路があり、時環竜の胴が中央を下から上へ貫いている。同じ鱗が一階を通過するたび、上の階では一秒前の位置へ戻っていた。


 竜が進んでいるのか、建物の方が巡っているのか分からない。


「赤いのだけ、表面が違う」


 岩瀬が短槍を向けた。


 ほかの鱗は古い傷も道路の汚れも同じ場所へ戻る。今の時刻を示す一枚だけは、橋の破片を擦った白い跡が消えていなかった。


「まだ一周してないからですね」


 八代が円形通路の制御盤へ駆け寄る。蓋へハンマーを入れ、鍵ごとこじ開けた。


「戻される前なら壊せる?」


「壊せるかも、は俺に聞かないでください」


「誰に聞けばいい」


「今から調べます」


 八代は端末を床へ置き、制御盤の中から太い配線を引き出した。七色ではない。全部同じ灰色だった。


 時環竜の背が一階分せり上がる。


 岩瀬はもう階段へ向かっていた。


「下で止めます。上まで来たら遅いんで」


「一人で行くな」


「四人で同じ階にいたら、まとめて戻されますよ」


 言い終える前に、一つ下へ降りていく。八代は止めず、引き出した配線を床へ並べた。


 千紘が吹き抜けへ小型金属球を落とす。


 球は下の通路へ当たり、さらに二階分落ちた。硬い音が七回返ってくる。千紘は手すりを握ったまま、途中で右耳のイヤホンを外した。


「音界地図」


 下を向いた顔が、ゆっくり竜の進行と逆へ動く。


「一つだけ、先に擦れてる。ほかの六つは、その音を追いかけてる」


「赤い鱗か」


「たぶん。でも、次はもう少し早い」


 地の底から低い振動が上がった。


 俺は赤い鱗が通路へ最も近づいた時に、左手を伸ばした。熱はない。乾いた路面へ触れた感触の奥で、七本の筋が同じ場所へ集まっている。


 どれが最初か分からない。


 千紘が言った擦過音を待つ。


 耳では拾えなかった。ただ、俺の手の下が先に震え、六本が遅れて重なった。


 最初の一本へ意識を押し込む。


 灰色の線が鱗の表面を横切った。


 断つ。


 右目の奥へ釘を入れられた。


 指が鱗から弾かれ、片膝をつく。線は半分まで走っていたが、後ろから来た六本に縫い合わされて消えた。


「駄目ですか」


「一つ切っても、後ろが戻す」


 千紘へ答えた声が、自分のものより遠く聞こえた。


 岩瀬の短槍が一階下で赤い鱗へ突き立つ。穂先は浅く入っただけだったが、柄を手すりへ噛ませ、身体ごと押さえ込んだ。


「じゃあ、戻る方を止めます!」


 竜の胴が持ち上がり、環状通路が傾いた。


 俺の身体は吹き抜け側へ滑る。通路の縁へ踵を当て、落下の衝撃を足元へ逃がした。床が割れて膝まで沈み、右の脇腹には残った揺れが突き上がる。


 息を吐けないまま、割れ目から脚を抜いた。


「在真、上!」


 千紘の声で顔を上げる。


 六時三十分の鱗が天井側から落ちてきた。前後が逆になっている。角も首もなく、道路の一部だけが巨大な刃のように通路を削った。


 千紘は俺の方へ来なかった。


 八代が開けた制御盤へ走り、垂れた配線を二本まとめて引く。


「これ、一つだけ鳴るのが早い!」


「左から三本目!」


 八代が迷わず三本目をハンマーの柄へ巻いた。制御盤の金属枠へ通し、体重をかけて引く。


「岩瀬、今そっちで何か止まったか!」


「槍が折れそうです!」


「止まってるかだけ答えろ!」


「止まってます!」


 環状通路の回転が、一階と二階の間だけずれた。


 落ちてきた鱗を避ける場所はない。俺は手すりへ片足を置き、空へ踏み込んだ。


 一歩目で鱗の側面へ乗る。


 二歩目は置かなかった。


 足場が消えるまでの三秒で、白樫の短棒を鱗の隙間へ差し込む。ミミックにつけられた裂け目が一気に開き、短棒が中央から折れた。


 それでも隙間は残った。


 鱗の内側で、白いものが脈打っている。


「千紘!」


「今のが最初。次が来る前、四秒!」


 下から岩瀬の声が重なった。


「槍、抜きます!」


 抜かれた瞬間、止まっていた一階分が跳ね上がる。赤い鱗が俺の足元へ追いつき、白い脈を覆おうとした。


 八代が配線を手放した。


 代わりにハンマーを投げる。


 狙いは俺ではなく、鱗の隙間だった。柄が挟まり、閉じる動きが一瞬止まる。


 俺が開けた白い隙間は、下の階からも見えたらしい。


 岩瀬の短槍が下から飛んできた。穂先は白い脈の横へ刺さり、鱗二枚を内側から押し広げた。


 俺は折れた短棒を捨て、露出した一本へ手を入れる。


 七つの時刻が、腕の中で別々に震えていた。


 最初の一本だけをつかむ。


 断つ。


 今度は後ろから何も来なかった。


 白い脈が切れ、時環竜の全身から道路照明が消える。巨体は落下せず、吹き抜けの途中で止まった。


 一階下の岩瀬が手すりへぶつかる。八代は制御盤の前で尻もちをつき、千紘だけが動かない竜へ耳を向けていた。


「まだ一つ、鳴ってる」


 白い脈の奥だ。


 俺が鱗へ触れると、灰色の筋が一本だけ現れた。時刻を巡らせる線ではない。吹き抜けの底から、二本の塔と外周道路へ広がっている。


 短槍を回収した岩瀬が階段を上がってくる。穂先は曲がり、左の手袋が裂けていた。


 八代も鱗に挟まったハンマーを引き抜く。柄の中央が深く潰れていた。


「また切るんですか」


「これは切らない」


 線の中心へ手を押し当てる。


 掌の下で白い殻が割れ、透明な核が露出した。中には、針のない小さな時計が七つ浮いている。


 表示が視界へ開いた。


――――――――――


首都環状迷宮管理個体《時環竜》の停止を確認しました。


首都環状迷宮の流出進行が停止しました。


攻略評価により、レベルが上がりました。


レベル:24 → 30


最大HP:1,960 → 2,320

最大MP:580 → 700


未配分能力値を240獲得しました。

スキルポイントを6獲得しました。


現在HP:1,740/2,320

現在MP:150/700


――――――――――


 最大値だけが増え、痛みは残った。右脇腹へ手を当てても、息を深く吸えば同じ場所が痛む。


「三十になった」


「私は十八」


 千紘は手すりへ背を預けたまま答えた。顔色は悪いが、立っている。


「八代さんたちは」


「あとで。今、数字を見ると吐きそうなんで」


 八代が床へ座ったまま言う。岩瀬は破れた手袋を外し、掌の浅い切り傷へ布を巻いていた。


 前に残した二百四十と合わせて、未配分は四百八十になっていた。


 筋力、耐久、敏捷へ百ずつ。器用へ八十、感覚へ六十、精神へ四十を振る。右側の視界は戻らない。それでも、見える側と動ける身体は要る。


――――――――――


能力値を配分しました。


筋力:400 → 600

耐久:560 → 760

敏捷:405 → 555

器用:160 → 240

感覚:130 → 190

精神:315 → 375


最大HP:2,320 → 2,500

最大MP:700 → 740


現在HP:1,740/2,500

現在MP:150/740


未配分能力値:0


――――――――――


 核へ触れたまま、《継承》を開く。


 三つの候補が現れた。


――――――――――


首都環状迷宮核から継承可能な能力を確認しました。


《短時間加速》

 自身の身体時間を短時間だけ加速する。


《時間抵抗》

 時間座標のずれと反復による影響を軽減する。


《座標記録》

 同一迷宮内で自分が通過した地点を一つ記録し、帰着経路の接続先に指定する。


一つを選択してください。


――――――――――


 速く動ければ、正面から倒せる相手は増える。時間抵抗があれば、俺一人だけなら同じ道を戻れるかもしれない。


 今ここにいるのは四人だった。


 《座標記録》を選ぶ。


――――――――――


《継承》Lv.4


《座標記録》Lv.1を取得しました。


記録可能数:1

帰着経路固定時の消費MP:60


対象は本人が同一迷宮内で通過した地点に限られます。

他者を直接転移させることはできません。


――――――――――


 目を閉じなくても、通ってきた場所が淡い点として浮かんだ。


 退避庁のロビー。外周道路。ストレッチャーのあった通路。その中で一つだけ、別の色を持つ点がある。


 第三換気坑の青い膜があった場所だ。


 そこを記録する。


 透明な核から細い光が伸び、吹き抜けの壁へ刺さった。コンクリートに、見覚えのある狭い通路の輪郭が開く。


――――――――――


記録座標:

 第三換気坑接続境界


帰着経路を固定しました。


現在MP:90/740


――――――――――


 同じ道を戻るわけではない。


 今までなかった短い通路が、記録した場所へつながっている。


「帰れそう?」


 千紘が聞く。


「四人で通れる。俺が先に入る」


「そこは私が先」


 八代が立ち上がり、工具袋を背負った。


「その道が消えた時、残るのは後ろです。作った本人は最後」


 岩瀬も賛成するように、曲がった短槍で入口の縁を叩く。


 俺が決める前に、八代が入った。岩瀬、千紘と続く。


 最後に透明な核へ収容の意思を向けると、針のない七つの時計が一つずつ消えた。核は手の中から抜け、第零迷宮へつながる黒い線へ沈んでいく。


 時環竜の身体が、灰になった道路と一緒に崩れ始めた。


 俺も通路へ入る。


 十数歩先で、朝の白い照明が見えた。


 現実側は、六月二日七時二十二分だった。


 第三換気坑にいた人間が一斉にこちらを向く。東條が無線を上げ、父は規制線の内側まで来ていた。


「四人、帰還!」


 誰かの声が通路へ響く。


 父は俺の角と脇腹へ置いた手を見て、何か言いかけた。


「先に診てもらえ」


「分かった」


 父は通路を空け、待っていた医療班を手で呼んだ。


     ◇


 七月に入っても、祖父の家の居間には大学の書類が残っていた。


 首都環状迷宮の報告、診察、仮登録証の更新が先になり、前期の欠席届は何度も締切を延ばしてもらっている。俺はBランクの暫定認定を受け、数値は二人とも上限まで戻った。けれど、右目が戻ったわけでも、右肩が以前の高さまで上がるようになったわけでもない。


 千紘は向かいで、自分の書類と次の現地確認の日程を並べていた。


 ガルは六月の半ばまで樹海の入口を離れず、ある朝ひとりで物置へ戻ってきた。しばらくは家の中へ入らなかったが、今は縁側で寝ている。金属柵が風で鳴るたび、片耳だけを起こした。


 直人からは、入口の内外へ一台ずつ置く記録器の図面が送られてきていた。首都環状迷宮で通信が切れた時間を見て、時刻、気圧、振動を同じ形式で残したいらしい。試作はまだ弁当箱ほどあり、店を閉めて遠征へ持っていく段階じゃない、と説明の最後に書いてあった。


「これ、私も行くことになってる」


 千紘が予定表を指で押さえる。


「行かないのか」


「行くよ。自分で聞きたいし」


「なら合ってる」


 千紘は予定表を引き寄せたが、ペンを持たなかった。


「毎回、勝手に予定へ入れられるのは違う」


「悪い。次から聞く」


「そこもだけど」


 何が残っているのか分からず、顔を見る。千紘は俺を見返したあと、欠席届の端へ視線を落とした。


「在真は、私を何だと思って予定に入れてるの」


「音が聞けるから、じゃない」


「それを聞いてるわけでもない」


 一度答えを外した。


 開けた窓から風が入り、提出前の紙が一枚だけ畳へ落ちる。拾おうとした千紘と手が重なり、どちらも先に引いた。


「同級生だけだとは思ってない」


「うん」


「千紘が好きだ。付き合ってほしい」


 言ったあとで、予定表の話から急に離れすぎた気がした。


 千紘は笑わなかった。落ちた紙を拾って角をそろえ、ほかの書類の下へ戻す。


「分かった」


「返事は」


「今のが返事。付き合う」


 千紘はようやくペンを取り、現地確認の横へ小さく丸をつけた。


「でも、次から先に聞いて。付き合ってても、行くかは私が決めるから」


「次から聞く」


「今の予定も、聞いてから丸をつけて」


 縁側でガルが立ち上がった。網戸へ鼻先を押しつけ、そのまま外れかけた戸を大きく傾ける。


 千紘と二人で押さえたが、机の上の欠席届はまた一枚、畳へ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。