表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第六章 繰り返すホーム

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/32

第二十五話 同じ三番線

 扉の向こうから続く灰白色の粒は、三番線の端を通り、下りてきた階段の前まで伸びていた。


 途中には俺たちの靴跡がある。


 大きなゴム長靴を引きずった千紘の跡も、ガルが白い粒を避けた跡も残っている。見覚えがあるというより、数分前につけたばかりだった。


「回って戻ったのか」


 水野が保守通路と階段を見比べる。


「曲がってません。設備室は真っ直ぐでした」


 千紘は片方だけ大きい長靴を床へ擦り、足跡を確かめた。踵が浮くたび、ゴムが遅れて鳴る。


 神崎が担架を下ろさせた。


「全員、ここで止まれ。高梨さん、痛みは」


「増えてます。爪先は動きます」


「吐き気」


「ないです」


 村瀬が固定した足首と爪先を確認する。その横で、水野は高梨に残っていた水を一口だけ飲ませた。


 俺はバールを床へついた。


 柄を握っている感覚が薄い。手袋越しに指を動かし、落とさない位置を探っていると、村瀬が手を出した。


「さっき落としました」


「今は持ってる」


「次は今です」


 言い方が少し違うと思ったが、直す気にはならなかった。


 左手を開く。村瀬がバールを受け取り、自分の救助ベルトへ通した。


「返せる時に返します」


「なくすなよ」


「大月さんの物じゃなくて、元は消防のです」


 第一層へ置いてきたものを神崎が持ち帰ったので、忘れていた。


 何も持たなくなると、身体の揺れが余計に分かる。壁へ左肩をつけても、呼吸のたびに背中が壁を擦った。


 ガルも先へ行かなかった。


 伸縮帯を巻かれた脇腹を壁から離し、ホームの中央へ伏せている。呼吸はさっきより遅い。走る気配はないが、耳だけは保守通路の出口へ向いていた。


 美緒が近づきすぎない場所へ座る。


「白いの、ここにもあるね」


「俺たちが撒いたやつだ」


「じゃあ、ずっと同じところ?」


 答えられず、灰白色の跡を見る。


 同じ場所なら、排水設備室の入口も見えるはずだった。だが、ホームにある扉は一つだけで、今出てきた側にしかない。


「同じに見える別のホームかもしれません」


 千紘がスマートフォンを出す。


「音界地図を使います。残り四になります」


「一回で見ろ。分からなければ、無理に続けるな」


 神崎に言われ、千紘は折れた傘の柄を柱へ当てた。一度目は小さく鳴らす。反響が消える前に少し高さを変え、もう一度叩いた。視線をホームの左右へ動かし、途中で目を閉じて右耳のイヤホンへ指を添える。


「階段と設備室は、後ろでつながってます」


「後ろ?」


「壁の向こうです。真っ直ぐ歩いたはずなのに、途中から曲げられてる。たぶん、ホームを一周してます」


 水野が壁を叩いた。


「こんな薄い壁の中を?」


「距離もそのままじゃないです。音が重なって、同じ柱が二か所にあります」


 千紘の眉が寄る。


「気持ち悪い」


 能力の説明ではなく、その言葉が先に出た。


 少し待ってから、ホームの中央にある古い構内案内図へ顔を向ける。


「あそこだけ、返ってきません」


 壁へ貼られた案内図は、茶色く変色したアクリル板で覆われていた。現在地を示す赤い丸は三番線にある。出口、改札、地下商店街へ伸びる線のほとんどが、剥がれた紙で読めない。


「空洞か」


「音を吸ってるだけかもしれません。でも、ほかの壁とは違います」


「MPは」


「四です」


 千紘が表示を確かめ、スマートフォンをポケットへ戻す。


 神崎と村瀬が先に案内図へ向かった。俺も壁から離れようとしたが、神崎の手が上がる。


「大月は担架の左」


「見に行くだけだ」


「見たあと触るだろ」


 否定できず、高梨の横へ移る。


 水野が案内図の端を撫でた。


「これ、地図を貼ってるだけじゃない。枠が扉になってます」


「今の久世駅にもあるのか」


「似た点検口はあります。でも、客から見える場所には出してません」


 高梨が担架から首を上げる。


「昔の避難通路じゃないか。改装前の図面に、ホームから地下街へ抜ける横穴があった」


「埋めたやつ?」


「今の駅では。ここが同じかは知らない」


 水野の鍵束は、枠の小さな鍵穴へ入らなかった。


 村瀬がバールの先を差し込もうとする。枠の下で止まり、ライトを近づけた。


「一度じゃないですね」


 ネジの頭が削れ、アクリル板の角には新しい擦り傷が重なっている。床へ落ちた錆の上には、小さな裸足の跡があった。


 人間の子供より幅が広く、指が長い。


 ガルが立った。


 走らず、案内図から三歩離れたところまで来る。鼻先を床へ近づけると、圧迫帯の下で腹が動いた。


「いるのか」


 俺が聞くと、ガルは案内図を見ず、ホームの暗い端へ顔を向けた。


 見張られている。


 そう思って左目を凝らしても、人影はなかった。


「開ける。村瀬、上だけ浮かせろ。水野さんは鍵の側を押さえて」


 神崎は案内図の正面へ立たず、端から手をかけた。村瀬がバールを差し込み、枠を少しだけ浮かせる。


 隙間から冷たい風が出た。


 ガルが唸らない。


「向こうを確認します」


 村瀬がライトだけを差し入れ、枠の上下へ光を振る。


「通路。床は乾いてます。正面、十メートルくらいでシャッターです。動くものは見えません」


「開けろ」


 二人が枠を引く。


 案内図ごと壁が内側へ開いた。


 裏には狭い通路があった。天井は低く、両側へ古い配線が垂れている。奥のシャッターは腰の高さまで持ち上げられ、その向こうに店の看板らしいものが見えた。


 床の端には、飲料の空き容器、切れた布、錆びたボルトがまとめて寄せられている。


 迷宮が散らしたものには見えない。


 誰かが通る場所だけを空けていた。


「先に俺と村瀬。三枝さんは入口で音を聞け。大月は――」


「担架の左だろ」


「分かってるなら言わせるな」


 神崎と村瀬が半身だけ通路へ入る。


 ガルはあとを追わなかった。案内図の横へ座り、俺たちが動き始めるのを待っている。


 担架を持ち上げる。


 俺は左側を歩くだけだったが、狭い通路では高梨の肩が壁へ触れそうになる。右側の距離が分からず、水野の声に合わせて身体を寄せた。


「あと少し左。そこで真っ直ぐです」


 美緒は高梨の上着を抱え、千紘の後ろを歩く。大きな長靴が配線へ引っかかるたび、千紘は足を上げ直した。


 十メートルほど進み、シャッターの前で止まる。


 向こうは地下商店街だった。


 天井から垂れた案内板には「久世地下街」とある。半分の店はシャッターが閉まり、開いている店も商品棚が倒れていた。


 ただ、荒れ方がおかしい。


 菓子店の棚から、袋に入った物だけが抜かれている。工具店の正面には、空になった金属箱が積まれていた。衣料品店の前では、切った布が太さごとに分けて束ねられている。


 水野が小さく息を呑む。


「駅の備品があります」


 閉じた店の前へ、赤い駅員旗と誘導灯が立てかけられていた。どちらも持ち手へ布が巻かれ、小さな手でも握れる太さに変えられている。


 ガルが通路の奥で立ち止まった。


 圧迫帯を巻いた脇腹を庇い、伏せるまではしない。鼻先だけを右の店舗へ向けている。


「何匹だ」


 神崎が低く聞く。


 答えはない。


 千紘がイヤホンを外した。


「三か所。右の店と、正面のシャッターの奥。もう一つは後ろ……」


 全員が案内図の通路を振り返る。


 何もいない。


「音界地図は使ってません。今、床を踏んだ音です」


 千紘は声を落としたまま、右の店舗を見る。暗いショーウィンドウの下で何かが動き、濁った緑色の指が床に置かれた細い針金を引いた。


 村瀬が足を止めた。靴先から十センチも離れていない場所に針金が張られている。先は倒れた案内板の裏へ続いていた。


「罠です」


 神崎が担架を下げさせる。


 暗がりの中で金属が鳴った。


 三回。


 少し間を空けて、二回。


 救助班が地下二階で使った合図と同じだった。


「反響じゃないです」


 千紘が言う。


 正面のシャッターの奥から、もう一度、三回と二回が返った。


 今度は最後に、低い笑い声が混じっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ