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現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第三章 第一層攻略

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第十三話 断つもの

 回収執行体の右腕で、円筒が回り始めた。


 俺とガルの間には、左壁へ刺さった太い捕縛線が張られている。ガルは左右の壁から鎖で引かれ、執行体の左手に頭を押さえられていた。


 そのまま真っすぐ行っても届かない。


 足元へ意識を落とす。左の回収経路は、バールを刺したところで震えが止まっている。残っているのは右壁と、執行体の胸を結ぶ細かな振動だけだった。


 保留していた能力値を開く。


 右目を失ってから、何が足りないのか決められずに残していた。見えないものは、感覚へ全部入れても見えるようにはならない。それはもう分かっている。


 耐えて、踏み込み、残った感覚で先に触れる。


 十二ポイントを配分した。


――――――――――

能力値を配分しました。


耐久:11 → 15

敏捷:11 → 15

感覚:6 → 8

精神:14 → 16


最大HP:58 → 64

最大MP:12 → 14


HP:18/64

MP:6/14

未配分能力値:0

――――――――――


 右側に景色は戻らない。


 円筒が捕縛線を巻き取った。


 首の高さにあった黒い線が斜めに走る。俺は左へ頭を下げ、線の下へ入った。遅れれば顔を裂かれていた。


 床を蹴る。


 腿の傷から血が流れたが、身体は止まらない。昨日までなら崩れていた一歩を、そのまま次へつなげられた。


 左壁へ刺さった三つ又の鉤まで走る。


 鉈の刃を鉤と壁の間へ入れた。石に当たった刃先が滑り、左の指を浅く切った。


 円筒がもう一度巻かれる。


 捕縛線が張り、鉈ごと手を持っていかれた。右肩の縫い目が開き、上着の内側へ熱が広がる。


 それでも刃を抜かなかった。


 鉤は三本すべてが刺さっているわけではない。一本は壁の表面へ引っかかり、残る二本が黒い石へ沈んでいた。


 鉈の背を壁へ押しつける。


 一本が抜けた。


 捕縛線が跳ね、鉈の柄が左手から外れかける。握り直し、身体を横へ倒す。


 二本目の鉤が石を削った。


 執行体が右腕を上げる。


 線が俺を壁へ押しつけた。肋骨へ硬いものが食い込み、息が途中で止まる。


 ガルの喉が鳴った。顔は執行体の左手に押さえられたまま、琥珀色の目だけがこちらを向いている。


 俺が息を吐くと、ガルの胸もわずかに沈んだ。


 《呼吸合わせ》がつながり、ガルが右へ身体を振った。


 壁に固定された鎖が張り、右側の黒い金具が軋む。執行体の左腕も引かれ、俺を押さえる捕縛線が一瞬だけ緩んだ。


 鉈を捻る。


 三つ又の鉤が左壁から抜けた。


 円筒へ戻ろうとした鉤を、鉈の背で受ける。金属同士がぶつかり、左の手首が痺れた。


 鉤は真っすぐ執行体へ戻ろうとする。


 その前へ鉈を差し入れ、軌道を右へ逸らした。


 ガルの鎖を固定している右壁の金具が見えた。黒い輪を半分呑み込み、内側で赤い文字を光らせている。


 鉤をそこへ押し込む。


 三本の先が、金具と鎖の間へ入った。


 円筒が巻き取る。


 右壁の金具が大きく揺れた。


 一度では抜けない。鉤の一本が外れ、石の欠片が飛んだ。


 ガルがまた身体を振る。


 俺も捕縛線を鉈の背で押さえ、執行体側へ走った。引く方向へ自分から近づくと、線に少しだけ余裕ができる。


 ガルの鎖が張る。


 円筒が最後まで回った。


 右壁の金具が石ごと引き抜かれた。


 黒い塊が執行体の胸へ飛ぶ。ガルの右側を縛っていた鎖が床へ落ち、巨体が左へよろめいた。


 自由になったのは片側だけだった。


 首の帯は赤く光ったまま、左壁の鎖がガルを引いている。執行体の手も頭から離れない。


 ガルの牙が俺へ向いた。


 口が開き、首だけが無理にこちらへ回される。身体は執行体へ寄ろうとしているのに、前脚が一歩ずつ俺の方へ出た。


――――――――――

第一守護個体:処分補助


未登録接触者を拘束してください。

――――――――――


「俺じゃない」


 言ってから、通じるはずがないと思った。


 ガルは近づく。鎖が左壁から首を引き、執行体の左手が頭の向きを固定している。


 逃げれば、ガルは命令に引かれたまま追う。


 俺は鉈を下げた。


 ガルの牙が左腕へ来る。


 噛まれる直前、顎がわずかに右へずれた。牙は上着を裂き、皮膚の表面だけを削って閉じる。


 ガルの身体が俺の横を通り、息が重なる。俺は動かなかった。


 ガルは自分で執行体へ向き直った。左壁につながった鎖を首へ巻きつけながら、頭を押さえていた腕へ噛みつく。


 黒い外殻が割れた。


 執行体の左手がガルから外れる。ガルは腕を放さず、残った鎖ごと下へ引いた。


 胸の赤い線が開く。


 俺は正面へ入った。


 右腕の円筒が動く。右壁から修復の筋が伸びかけ、途中で引き抜かれた金具の跡へ散った。


 もう戻らない。


 鉈を赤い線へ振り下ろす。


 刃が外殻の隙間へ入った。最初に斬った時より深い。それでも奥へ届く前に止まる。


 執行体が右腕を横へ振った。


 円筒が肋骨へ当たり、身体が床を滑る。息が抜け、左手から鉈が離れた。


 起き上がろうとしても、左腿が曲がらない。


 右側で石が鳴った。


 見えないまま首を向ける。円筒が振り上げられていた。


 床を蹴った。


 鉤のない右腕が肩を掠め、背中から黒い砂へ倒れる。右肩の包帯が完全に濡れた。


 ガルが執行体の左腕を引く。


 胸の裂け目がこちらへ向いた。


 鉈は左手の先に落ちている。柄まで届かない。


 身体を引きずり、指を伸ばす。距離を見誤り、爪だけが柄へ触れた。


 もう一度伸ばす。


 指が掛かった。


 執行体の足音が一つ近づく。


 鉈を引き寄せ、膝を立てずに振った。


 刃が胸の裂け目へ入る。


 両手で柄を押し込む。右肩から力が抜け、途中で腕が震えた。


 ガルが息を吐いた。


 俺も吐く。


 黒い狼が左腕を引き、執行体の上体を反らした。


 鉈が奥へ沈んだ。


 赤い縦線が途中で途切れる。


 円筒の回転が止まった。


 執行体は倒れなかった。胸へ鉈を残したまま、数秒立ち続けている。


 右壁から黒い筋が一本伸びた。


 引き抜かれた金具の跡を探るように揺れ、執行体へ届く前に床へ落ちる。


 胸の外殻が内側から崩れた。


 角を落とした黒い板が一枚ずつ外れ、石床へぶつかる。最後に残った赤い線も消え、執行体の身体が前へ折れた。


 ガルが腕を放し、倒れてくる巨体を避ける。


 床が揺れた。


――――――――――

第一層管理個体《回収執行体》を撃破しました。


レベルが上がりました。


レベル:5 → 6

HP:9/70

MP:4/16


未配分能力値:4

スキルポイント:2

――――――――――


 最大値が増えても、左腿から落ちる血は止まらない。


 腰袋からガーゼを出し、傷へ押し当てた。片手では巻けず、上から手で押さえるだけになる。


 ガルは倒れた執行体へ近づかなかった。


 左壁の金具は残り、鎖も首の帯も外れていない。赤い文字だけが消え、張りつめていた鎖が少し弛んでいた。


「終わった」


 ガルの耳は動かなかった。荒い息を吐きながら、胸の崩れた執行体を見ている。


 倒れた外殻の奥で、黒い砂が渦を作った。


 砂の下から、両手で包めるほどの球体が持ち上がる。半分は黒く、残る半分には細い赤い線が何本も走っていた。脈打つたび、壁の奥から同じ振動が返ってくる。


 手を伸ばす。


 触れる直前、ガルが低く唸った。


 俺も手を止めた。


 球体の赤い線は、首輪の文字と同じ間隔で光っている。


 それでも、ここで離れれば何も終わらない。指先を黒い表面へ置いた。


 冷たさが腕を上がり、右目の奥へ刺さる。


――――――――――

第零迷宮第一層の攻略を確認しました。


称号《第零迷宮初踏破者》を取得しました。


仮登録されていた固有スキル《継承》を正式解放します。


継承候補:

 《追跡標識》

 《捕縛鎖》

 《断界》


選択できる能力は一つです。

選択しなかった能力は取得できません。

――――――――――


 三つの名前が、球体の上へ残った。


 左壁から延びた鎖の先で、ガルが首を振る。黒い帯は皮膚へ食い込み、執行体が止まっても外れようとはしなかった。


 選択表示を閉じず、俺はガルのそばまで這った。

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