表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現実世界にダンジョンが現れたが、俺は誰にも従わない ~家の裏の第零迷宮から世界を攻略する~  作者: HATENA 
第三章 第一層攻略

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
12/32

第十二話 回収執行体

 四月八日の朝、父は園芸縄を自分の腰へ巻いた。


「身体に結ぶなって言っただろ」


「お前には結ばん。俺が持っていかれないためだ」


 柿の木へ回した縄を二度確かめ、余った端を太いベルトへ通している。昨日増やした結び目は、引けば締まるものと、逆に一本を抜けば外れるものに分かれていた。


 俺は止めるのを諦め、物置から持ち出した平たいバールを左手へ持ち替えた。長さは肘から指先までより少し長い。鉈ほど振り回せない代わりに、壁の隙間へ差し込むには使える。


 右肩の包帯は上着の下で厚く巻いてある。肋骨は昨日よりましだった。ステータスのHPも二十七まで戻り、MPは二晩で十まで回復しているが、傷口が塞がったわけではない。


 リュックはない。腰袋へ予備のガーゼと水の小瓶を入れ、ヘッドライトの電池だけを新品へ替えた。


 ガルは斜面の入口に立っていた。脇腹の毛には古い血が残り、右前脚もまだ庇っている。それでも今日は、俺が来る前から首の鎖を自分の前へ引き出していた。


「戻る合図は二回だ」


 俺は縄を二度引いた。父が反対から引き返す。


「三回なら?」


「引けるだけ引いてくれ」


「そういう答えが一番困る」


 父は言いながら、縄から手を離さなかった。


 青い筋へ触れ、《境目抜け》を使う。ガルが先に黒い壁へ入り、鎖の音が向こう側へ消えた。


 続いて肩を通す。冷たさに身体の内側を撫でられ、足元が一度傾いた。迷宮の石床へ安全靴を着けると、外の土より硬い反発が返ってきた。


 黄色い縄は境目から俺の右手まで延びている。


 ガルは曲がり角の手前で待っていた。名前を呼ぶと顔だけがこちらへ向き、すぐ奥へ戻る。


「待つ気はないか」


 鎖を引きずる音が遠ざかった。


 遅れないよう進む。昨日落としたリュックは入口付近にはなく、床へ鉤の引き跡だけが残っていた。黒い砂も同じ方向へ流れ、分かれ道の下り坂へ筋を作っている。


 右肩を壁へ寄せるのはやめた。


 壁から捕縛線が出るなら、近づくほど避ける幅がなくなる。通路の中央を歩き、見える左側と、靴底へ返る震えを交互に拾った。


 分かれ道の手前で、ガルが止まる。俺も右手の縄を床へ置いた。ここから先では、引かれても戦いながら握り続けられない。


 下り坂の奥には、回収執行体がいた。


 昨日削った胸の外殻は塞がっている。左右の壁に開いた穴も消え、赤い光は顔の縦線だけだった。足元には鉈が落ちたままになっている。その少し奥で、小型リュックが片方の肩紐を捕縛線へ巻かれ、壁際へ吊られていた。


 ガルが首を下げ、鎖の輪を一つ咥えた。


 俺は頷きかけてやめた。見えているか分からない。


 代わりに、息を長く吐いて坂へ足を出す。


 ガルも同時に動いた。


 右へ走ると見せ、通路の中央へ鎖を残して左へ回る。黒い輪が石床を横切り、昨日庭へ描いた線と同じ形になった。


 回収執行体の顔が開く。


――――――――――

第一守護個体:再回収

未登録接触者:排除


回収経路を接続します。

――――――――――


 右腕の円筒が回り、一本の捕縛線が射出された。


 狙いはガルの首だった。


 ガルは避けない。頭を低くしたまま、前脚だけを半歩ずらす。三つ又の鉤が首の横を通り、後ろの壁へ入った。


 足裏へ細い震えが来る。


 《足場読み》が拾ったのは鉤の位置ではない。右壁へ入った線が石の内側を走り、俺の背後を通って左へ回る振動だった。


「後ろから来る」


 ガルの耳が動く。


 左壁に赤い穴が開き、捕縛線が飛び出した。線は途中で三本へ分かれ、それぞれ別の高さからガルへ向かう。


 ガルが動いた。


 一本を肩の毛へ掠めさせ、残り二本を床の鎖へ誘う。鉤が太い輪へ入り、枝分かれした線が絡みついた。


 円筒が巻き戻る。


 ガルの身体が執行体側へ引かれた。四本の脚が石を削る。それでも向きを変えず、首から延びた鎖を横へ張った。


 捕縛線の枝が一本、甲高い音を立てた。


 庭の園芸縄より細い。枝分かれする前の一本とは違い、ガルの鎖へ巻きついた部分だけが白く擦れている。


 俺は左壁へ走った。


 赤い穴へバールの平たい先を差し込む。穴の縁が柔らかく沈み、刃先を石の中へ吸い込もうとした。


 両手で押し込んだ瞬間、右肩の縫い目が引きつり、手を離しかけた。


 ガルの鎖が床を打つ。


 息を吸う音が聞こえた。《呼吸合わせ》で、ガルが次に引く瞬間だけが身体へ入ってくる。


 明確につながった瞬間、MPが二減った。


 吐くのに合わせ、バールを横へ倒した。


 壁の穴がひしゃげる。中を通っていた捕縛線が石との間へ挟まった。


 ガルが鎖を引く。


 三本のうち一本が切れた。


 切れた先が床を跳ね、俺の左腿へ鉤を立てる。上着より薄いズボンが裂け、熱いものが膝まで流れた。


 声を飲み込み、バールへ体重をかける。


 二本目が切れた。


 左壁の赤い光が消えた。回収執行体の右腕が急に下がり、円筒から残った一本が垂れる。


 ガルは鎖へ絡んだ鉤を振り落とした。その勢いのまま正面へ走る。


 執行体が左腕を上げる。


 ガルは爪の下へ入り、肩から黒い外殻へぶつかった。重い身体が初めて後ろへ傾く。


 俺も壁からバールを抜き、坂を下った。鉈まであと二歩というところで、右足の下の黒い砂が沈んだ。


 石が下がったのではない。執行体の足元から、左壁へ向かって細い溝が開いている。赤い光がその中を走り、俺が壊した穴へ向かう。


 バールを投げた。


 先端が溝へ刺さり、赤い光を途中で塞ぐ。


 回収執行体の胸へ伸びていた黒い筋が止まった。ガルが爪を噛み、外殻を一枚引き剥がす。剥がれた場所へ壁から修復の筋は来なかった。


――――――――――

格上管理個体の回収経路を一部破壊しました。


レベルが上がりました。


レベル:4 → 5

HP:18/58

MP:6/12


未配分能力値:12

スキルポイント:1

――――――――――


 増えた最大値は、腿の傷も右肩の痛みも消さなかった。


 鉈へ手を伸ばす。距離を見誤り、指先が石床を掻いた。もう半歩入り、柄を左手で掴む。


 ガルの呼吸が短く、途中で潰れた。


 振り向くより先に、足元の鎖が跳ねた。


 床へ落ちていた輪が一つずつ起き上がり、ガルの首へ向かって引かれていく。捕縛線を巻きつけた時とは違う。鎖そのものへ赤い文字が走っていた。


 ガルが執行体から離れようとする。


 首へ残った黒い帯も赤く光った。


――――――――――

第一守護個体:命令経路を再接続


拘束位置を再登録します。

――――――――――


 ガルの前脚が止まった。


 身体は後ろへ逃げようとしている。爪が石を削り、脇腹の傷がまた開いた。それでも首だけが執行体へ向けられ、四本の脚が一歩ずつ床へ固定されていく。


「ガル」


 裂けた耳がこちらへ動く。


 俺は鉈を持って走った。


 右の床が強く震える。


 足を止めた直後、壁から出た太い捕縛線が目の前を横切った。枝分かれしていない一本だった。鉤が左壁へ食い込み、俺とガルの間へ黒い線を張る。


 越えようとすれば、首の高さに来る。


 ガルが前脚を持ち上げた。自分で出した動きではない。執行体の足元へ一歩進み、鎖の端が床の溝へ吸い込まれる。


 赤い光が溝から壁へ広がった。


 昨日まで穴だった場所に黒い金具がせり出し、鎖の輪を一つ呑み込む。続いて反対側の壁にも同じ金具が現れた。


 ガルの鎖が左右へ張られる。


 巨体が通路の中央へ引き戻され、前脚が床へ落ちた。首の帯は毛の中へ沈み、口の端から唾液が垂れている。


 回収執行体は、外殻を剥がされた左腕でガルの頭を押さえた。


 右腕の円筒が、俺へ向き直る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ