入学式の差別と、呪われた天才
ヴァルハイト侯爵家の推薦枠を『合法的な恐喝』で手に入れた私は、無事に王立学園の特等生として入学の日を迎えていた。
きらびやかな大講堂で行われる入学式。周囲は高位貴族の令息令嬢ばかりで、私に向かって「流刑にされた大罪人の娘がなぜここに」と、汚いものを見るような視線が突き刺さる。
もちろん、そんなものは完全スルーだ。
それよりも私が気になったのは、特等生の最前列、私の隣の席に座らされている少年のことだった。
床に届きそうなほど長い、色素の薄い銀髪を乱雑に伸ばした少年。衣服の上からでも分かるほどの細身だが、前髪の隙間から覗く琥珀色の瞳は、驚くほど妖艶で美しい。
彼の名前はルシアン。前世のゲーム知識によれば、前作で「悪役側」とされ冷遇されていた一族の生き残りであり、本作の隠れ重要キャラだ。
彼は今回の入学試験で、二位に圧倒的な差をつけて『成績一位』をもぎ取った超天才だった。本来なら新入生総代として壇上に上がるべき存在。
しかし、現現現国王やバカ王子たちが支配するこの学園は、血筋と格差がすべてだ。
「おい、呪われた一族の出来損ないが。成績一位だからと調子に乗るなよ」
式が始まる直前、第一王子の取り巻きである上級貴族の生徒たちが、ルシアンの席を取り囲んだ。彼らは嘲笑いながら、ルシアンの椅子の周囲に複雑な幾何学模様の『反転闇結界』を無断で展開した。
触れた者の魔力を勝手に吸い尽くし、座っているだけで精神を摩耗させる、陰湿な嫌がらせの結界だ。「身の程を知れ。大人しくその結界の中で息を潜めていろ」
周囲の貴族たちも、ルシアンへの差別を当然のように見て見ぬ振りをしている。ルシアン自身も、前髪を深く垂らし、諦めたように無表情のまま拳を握りしめていた。
──あぁ、本当に不憫な人。お母さんのスパルタに比べたら、こんな嫌がらせの結界、ただの薄い紙切れなのに。
「ジーク、どう思う?」
「そうですね。術式の配列が甘く、右斜め上の結界の結び目に、わずか〇・〇三秒の魔力供給のラグ(遅れ)がございます。大奥様の初期の結界の、およそ百分の一の強度ですね」
「だよね。じゃあ、ちょっとお邪魔させてもらおうかな」「……はい?」
後ろに控えるジークがいつもの呆れ顔を見せる中、私はすっと立ち上がり、ルシアンの席へと一歩踏み出した。「おい、大罪人の娘、何をする気だ──」
取り巻きの言葉を無視し、私は右手の指先をルシアンを囲む結界へと向けた。
前世のオタク知識(検証データ)で結界の構造はすでに全解読している。私はお母さん譲りのハイブリッド魔力を、針の先ほどに極限まで圧縮し、嫌がらせ結界の『魔力循環の逆目』へと、そっと滑り込ませた。
パキンッ──────。
大講堂の中に、ガラスが粉々に砕け散るような、美しい音が響き渡った。
「なっ……!?」
ルシアンが、そして嫌がらせをしていた貴族たちが、驚愕に目を見開いた。
彼らがルシアンを閉じ込めていた絶対防御クラスの結界が、私の指先が触れた瞬間、抵抗する暇すら与えられず、文字通り【全貫通】されて跡形もなく消滅したのだ。
私はそのまま、唖然とするルシアンの目の前に立ち、彼の綺麗な銀髪を少しだけかき分けて琥珀色の瞳を覗き込んだ。「──術式の配列、三箇所ほど無駄がありますよ、先輩。あ、失礼、同級生ですね。こんなゴミ結界、ここの結び目の循環をあと二ミリ細くして全貫通しちゃえば一瞬です。……ね?」
お母さんのサバイバル生活で、すべての生活を貫通魔法の応用でクラフトしてきた私のミリ単位の魔力精度が、学園の常識を完膚なきまでに叩き潰した。
ルシアンは顔を耳まで真っ赤に染め上げ、ガタガタと全身を震わせた。
彼は恐怖しているのではない。自分を縛っていた差別の壁を、一瞬で解読し、かつてないほど美しく最適化してブチ抜いてみせた私の『全貫通の魔力』に、魂ごと奪われていた。「き、君の魔力……なんて、なんて美しく、暴力的なんだ……! あぁ、世界が私を拒んでも、君の魔力は私を完璧に肯定してくれた……。素晴らしい、ゾクゾクする……!」
「え? ああ、喜んでもらえて良かったです。じゃあ、この最適化した術式のデータをあげる代わりに、放課後、お母さんの黒煙魔術の出力をさらに高める特効薬の調合、手伝ってもらえますか?」
「手伝うどころか、私の生涯を君に捧げよう! 君の魔力をもっと近くで見せてくれ! 今夜、二人きりで朝まで密室で魔力の結合実験を──」
「あ、それはジークにデータを渡してタスク管理してもらうので、一人でやってください。明日までに終わらせておいてね、ルシアン」
「……え?」
ルシアンが呆然とする中、私は手元のメモ帳に最適化した術式を殴り書きし、ジークを通じて彼の机に置いた。「お嬢様、入学式が始まる前だというのに、天才イケメンの命がけの愛の告白を、一瞬で『不眠不休のタスク』に変換されましたね。……さすがは我が主、徹底した外道スタイル、私は誇らしいですよ」
「ジーク、何を言ってるの。彼がやる気になってくれて良かったじゃない。効率的に研究が進むわ」
「……はい?」
ジークが本日一番の、頭を抱えた呆れ顔を晒した。
ルシアンは「タスク……! 彼女からの初めての任務……! 入学式なんてどうでもいい、今すぐ完璧に仕上げてみせるぞ……!」と、頬を紅潮させながら机の上で怪しくペンを走らせ始めた。
不憫な天才研究者が、また一人、私の忠実な犬(研究マシーン)と化した瞬間だった。
これで、王都の闇帳簿を握るエリオットに続き、魔術の最高峰の頭脳を持つルシアンが、私の『便利な手駒』として加わった。
入学式の壇上で、何も知らずにイキり散らかしている第一王子たちを、私たちの足元で這いつくばらせる日は、そう遠くはなさそうだった。




