王都潜入と、不憫な侯爵令息への脅迫面接
「──というわけでジーク。この手紙を、王都の『ヴァルハイト侯爵家』の若当主に直接届けて。宛名は『エリオット・フォン・ヴァルハイト』。
彼が今、この国の学園の特待生推薦枠を実質的に牛耳っているはずだから」
「……はい?」
お母さんが光となって消えた翌日、旅支度を整えながら私が放った言葉に、ジークは本日二度目の、頭を抱えた呆れ顔を晒した。
ポチがその横で、不思議そうに首を傾げている。
「お嬢様。ヴァルハイト侯爵家といえば、前作のゲームとやらにおいて『魔女に加担した売国奴』として、今や国中から冷遇されている曰く付きの家系ですよ? 没落寸前とはいえ高位貴族です。平民の私がそんな場所に手紙を持っていけば、不法侵入で即座に首を刎ねられます」「大丈夫。手紙の裏に、お母さんの『黒煙の刻印』を押しておいたから。それを見れば、彼は絶対にジークを無傷で奥の部屋まで通すわ。……だって、その手紙の中身、彼にとっては国家転覆罪で一族全員が処刑されるレベルの『爆弾』だもの」
「……お嬢様。お母様を失った悲しみの直後だというのに、その冷徹極まりない外道な手回し、私は感動のあまり涙が出そうです」
ジークは恭しく一礼すると、影に溶け込むようにお母さん譲りの隠密術で部屋を出ていった。万能すぎる幼馴染は、私の無理難題を口では呆れつつも、常に百点満点で遂行してくれる。
──数日後。王都の片隅にある、少し寂れたヴァルハイト侯爵邸の、重厚な応接室。
私はジークとポチを後ろに従え、ふかふかのソファに深々と腰掛けていた。
「待たせたな。……君が、あの『黒煙の魔女』の娘か」 ドアを開けて入ってきたのは、一人の美しい少年だった。
サラサラとしたプラチナブロンドの髪に、鋭いアイスブルーの瞳。仕立てのいい高級な衣服をまとっているが、その顔は信じられないほど青ざめており、手元が微かに震えている。
彼の名前はエリオット。前世のゲーム知識によれば、本来ならヒロインを巡ってバカ王子たちと競い合う、冷徹な天才財務貴族(攻略対象)の息子だ。
エリオットは私の正面に座ると、机の上にジークが届けた手紙を叩きつけた。
「レオナと言ったか。……この手紙に書かれている『王都の闇帳簿の隠し場所』と『現国王が英雄になるために偽造した魔獣被害のデータ』……これを、どこで手に入れた? これが公になれば、我が家だけでなく、現王室すらひっくり返るぞ」
「どこで手に入れたかは秘密です。ただ、前世の……いえ、私の特別な情報網とだけ言っておきましょうか」 私はお母さん譲りの感情の読めない無表情(スン…とした顔)のまま、ハーブティーを上品に口に含んだ。
ゲームのオタク知識(検証データ)万歳である。ゲームの裏設定資料集に載っていた「ヴァルハイト家が王室に握られている弱み」をそのまま書き写しただけなのだが、彼にとっては死活問題だ。
「……要求は何だ? 金か? それとも、我が家の持てる限りの権力を使って、王都の黒幕へ復讐するための兵力を貸せとでも言うつもりか」
エリオットは私を「復讐に燃える恐ろしい魔女の生き残り」として、最大級に警戒している。息が詰まるような緊張感が部屋を支配する中、私は人差し指を一本立てて、平然と言い放った。
「王立学園の、特待生推薦枠を一つ。私にください」「……は?」
エリオットは完全に拍子抜けしたように、パチクリと綺麗な青い目を瞬かせた。
「……学園の、推薦枠? 一族の命運を握るほどの国家機密の外交カードを切ってまで、君が欲しがったのは……ただの学園への入学資格なのか?」
「ええ。今の王都は、身分と格差で塗り固められた地獄のような社会ですからね。流刑人の娘である私には、受験資格すらありません。だから、裏から枠を譲ってもらおうかなって」
「そ、それだけのために、私はこの数日間、生きた心地がしなかったというのか……!?」
エリオットが頭を抱えてガタガタと震えだした。完全に不憫な被害者である。
「それに……君のお父上、いや、ヴァルハイト侯爵といえば、国の5大戦力の一角である【閃光】の二つ名を持つ、最強の雷撃魔法の使い手でしょう? そんな偉大なお父様がいるのに、学園の推薦枠一つでそんなに怯えるなんて意外です」
私の言葉に、エリオットは弾かれたように顔を上げた。その瞳に、驚愕と、どこか自嘲めいた色が混ざる。「……よく知っているな。そうだ。父は国の『5大戦力』の1人だ。だが、この国において『二つ名持ち』の5大戦力は、王室にとって都合の良い最強の駒でしかない。そして……君の母親である『黒煙の魔女』もまた、かつて父と並び称された5大戦力の一角だった」
「お母さんが、5大戦力……」
その事実は、前世のゲーム知識の表舞台には載っていなかった情報だ。お母さんがどれほど高い高みにいたのか、そしてなぜ世界のシステム(黒幕)にそれほどまでに危険視され、バグとして抹消されたのか、すべてのピースが繋がった。
「かつて父と君の母親は、同じ5大戦力として競い合い、この国を支えていた。……だが、君の母親はハメられ、父は王室に弱みを握られて身動きが取れなくなった。我が家は今、名前だけの公爵家だ」
エリオットは悔しそうに拳を握りしめた。 お母さんをハメた黒幕は、5大戦力の絆すら引き裂き、彼らを政治の道具として利用したのだ。
「分かった、枠は用意しよう。だが、学園には現国王の息子──第一王子たちがいる。彼らからどんな陰湿ないやがらせを受けるか分かったものではないぞ」
「構いません。むしろ、向こうから突っかかってきてくれた方が、ハメ返す口実ができて好都合ですから」
私がフッと不敵に微笑んだ瞬間、部屋の温度が急激に下がった。お母さんから受け継いだ、あらゆる防御を無力化する【全貫通】の黒い魔力が、無意識に微かに漏れ出たのだ。
「っ……!?」
エリオットが息を呑み、圧倒的な魔力の威圧にソファに深く沈み込む。
彼は恐怖に怯えるかと思いきや──そのアイスブルーの瞳に、見たことのない奇妙な熱が灯るのを、私は見落とさなかった。(な、なんだこの女性は……。5大戦力の歴史すら見抜き、私の一族を瞬時に破滅させる知略を持ちながら、求めるのはただの入学資格。そして、この身が震えるほどに美しく、圧倒的な魔力……。……あぁ、ゾクゾクする。なんて刺激的な女性だ……!) エリオットの心が、恐怖を通り越して「一目惚れ(歪んだ方向)」へと全貫通した瞬間だった。
しかし、そんな彼の激しい心の動揺など、恋愛鈍感な私には一切届かない。
「それじゃあエリオット様、契約成立ですね。学園で待っています。……あ、それと、その王都の闇帳簿、せっかくだから後でコピーを一部いただけますか? 黒幕の資産状況をハッキングしておきたいので」
「……君という人は、本当に……」
エリオットは顔を赤くしながら、呆れたように、しかし愛おしそうに天を仰いだ。
お母さんの過去の栄光、そして5大戦力の真実。
偽りの正義が支配する王立学園の絶対の防壁をブチ抜くための、私の最初の「足がかり」が、あまりにも完璧な形でここに完成した。




