黒煙の最期と、反逆の旅立ち
お母さんが放った漆黒の閃光が、天災級魔獣『黒龍』の絶対障壁を内側から腐食させ、文字通り【全貫通】した。
──ギャアアアアアアオオオオッ!?
神の加護すら打ち破る母親の愛の前に、無敵の化身だった黒龍が恐怖の悲鳴を上げる。
肉体と、魂そのものを内側から黒い呪術に侵食され、漆黒の巨躯は光の粒子となって世界から完全に消滅した。 同時に、静まり返る荒野に、さらさらと崩れ落ちていく光の輪郭があった。
「お母さん……っ!!」
私は叫び、駆け寄った。
命のすべてを魔力に変換し、因果を反転させて放つ禁忌呪術。その代償は、お母さん自身の存在の消滅だった。下半身から透き通り、夜の星空に溶けるように消えかけていくお母さんの身体を、私は必死に抱きしめようとした。けれど、私の両手は虚しく空を切る。
「……へっ、ざまあみろ。トカゲ一匹で、私を消せると思ったかい……」
お母さんはいつも通りの感情の読めない顔で、パチクリと紫の瞳を瞬かせた。
頬の血を拭うこともせず、ボロボロになった私の頭に、かすかに残った右手をそっと置く。
「いいかい、レオナ。魔法はね、理不尽な世界をブチ抜くエゴだよ。……私が教えたのは、基礎だけ。お前はそれを、斜め上に進化させた……。呆れたけど、誇らしいよ……」
「お母さん、嫌だ、死なないで! 私、もっとお母さんにご飯作ってもらいたい! まだお父さんのことも聞いてないよ!」
涙が溢れて、アメジスト色の視界が激しく歪む。
お母さんは私の涙を親指でそっと拭おうとして、そのまま手が透けてすり抜けた。お母さんは少しだけ困ったように眉を下げ、最初で最後の、心からの優しい微笑みを浮かべた。
「……あの人は、裏切ってない。……ただ、不器用だから。……泣くんじゃないよ、お前の綺麗な目が、曇るだろ……」
お母さんは私の涙を親指でそっと拭おうとして、そのまま手が透けてすり抜けた。
お母さんは少しだけ困ったように眉を下げ、最初で最後の、心からの優しい微笑みを浮かべた。
「……あと、レオナ。最後に、一つだけ。……お前には、隠していたことがある」
「え……?」
「私の耳は、人間のそれより、ほんの少しだけ尖っているだろう? ……私はね、数百年前に世界のシステムに滅ぼされた、エルフの末裔の生き残りなんだよ」
エルフ。前世のゲーム知識の神話の章にだけ登場する、かつて世界で最も精霊に愛され、独自の『全属性ハイブリッド術式』を操ったという伝説の古代種族。あまりの強さゆえに、世界の引力(調律)によって歴史から完全に抹消されたはずの、絶滅危惧種の生き残り──それが、私のお母さんだったのだ。
「世界の黒幕どもは、私たちの血(エルフの魔法)を、システムを脅かすバグとして恐れた。だから私を悪役に仕立て上げて王都から追い出し、最後はトカゲ一匹を使って、歴史から存在ごと消そうとした……」
お母さんはフッと、誇らしげに目を細めた。
「でも、あいつらの計算違いは……私のエルフの血と魔術が、レオナ、お前に完璧に受け継がれたことさ。……世界の理不尽に、お前の牙を、ブチ抜いておやり──」 それが、最強外道と恐れられた魔女の、最期の言葉だった。
お母さんの身体が完全に光の粒子となって霧散し、最果ての村の空には、いつも通りのどんよりとした曇り空だけが取り残された。
私はその場にへたり込み、地面に拳を叩きつけた。「う、あ、あああああああッ!!」 悔しくて、悲しくて、胸が張り裂けそうだった。
その時、私の脳内に、お母さんから受け継いだ術式が流れ込んでくると同時に、前世のゲーム知識のパズルが音を立てて噛み合った。(……違った。これは、ただの魔獣の襲撃なんかじゃない)
乙女ゲーム『ルミナス・ファンタジア』のプロローグに、こんな黒龍の村襲撃イベントは存在しない。
これは、世界のシステム──いや、王都の黒幕どもが、流刑にしたはずの「黒煙の魔女」を世間から完全に、そして確実になかったことにするために仕組んだ【暗殺の強制力(調律)】だったのだ。
お母さんはそれを見抜いていた。
だから、自分の命を全て差し出して、世界のシステム(黒龍)を道連れに粉砕したのだ。
さらに、お父さんが助けに来られなかった理由も分かった。
お母さんを陥れた黒幕たちは、お母さんの失脚直後に、王国最強の聖騎士であったお父さんの自我を奪い、自分たちの忠実な「操り人形」へと改造していたのだ。
「お嬢様……」
背後から、ジークが静かに近づき、私の前に片膝を突いた。彼の端正な顔も、かつてないほどの怒りと悔しさで微かに震えている。
「大奥様の遺品です」 ジークが差し出してきたのは、お母さんが最期まで持っていた、あの古びた木箱だった。蓋を開けると、中には上質な絹に包まれた『白銀の欠けた大剣の破片』が入っている。
それを手にとった瞬間、私の中のハイブリッド魔力が、お母さんの遺した貫通術式と混ざり合い、恐ろしいほどの密度で精錬されていくのを感じた。
「お母さんは、パパが裏切ってないって信じて死んだ。パパは、お母さんを救いたかったのに、身体を奪われて動けなかった……」
私は立ち上がり、涙を乱暴に拭った。瞳の奥に、夜の闇よりも深い、冷徹な炎が灯る。
「ジーク。私、決めたよ」
「御意に。どこへなりとお供いたします」
「王都へ行く。お母さんをハメて、パパを人形で弄んで、最後はトカゲ一匹でお母さんを消そうとした奴らの正体を、この目で確かめる。……世界が作った綺麗なシナリオだかシステムだか知らないけど、全部私の魔法で、耳揃えてブチ抜いてやる」
私が魔力を解放すると、周囲の空間がパキパキと音を立てて歪んだ。お母さんの遺した最強の『全貫通』の牙が、私の身体の中で完全に覚醒したのだ。
「……しかし、お嬢様。再三の確認となりますが、我々にはまだ『入学資格』がありません。王都へはどのように潜入されるおつもりで?」
「え? ゲームの知識で、元・悪役貴族たちの隠しルートと弱みは全部握ってるから、それを使って脅迫……じゃなくて、裏から特待生の枠を譲ってもらうけど?」「……お嬢様。その息をするように恐喝を計画するあたり、やはり大奥様の血を引く最強の外道でございますね。……素晴らしい。すぐに旅支度を整えます」
ジークは本日一番の、美しくも不敵な笑みを浮かべて深く頭を下げた。横では、いつの間にか起きていたポチが、早く行こうと言わんばかりに力強く遠吠えをした。 待っていなさい、王都のバカ王子ども。
魔女の娘レオナの、世界を破滅させる反逆の旅が、今ここから始まる。




