万能従者のため息と、見つめる背中(ジーク視点)
私の父は、かつて王都で「黒煙の魔女」と呼ばれた大奥様の一番の従者だった。
大奥様が偽りの英雄たちにハメられ、この最果ての流刑地へと送られた時、父は迷わずすべてを捨てて同行した。
私は、そんな寂れた辺境の村で生まれた。
流刑人の従者の子供。それが私の立場だ。
高貴な貴族でもなければ、純粋な村の人間でもない。
宙ぶらりんで、どこにも居場所のない不気味な存在。それが幼い頃の私だった。
『おい、魔女の泥棒猫のガキ! こっちへ来るなよ!』
『呪われるぞ! 石を投げろ!』
当然、村の子供たちからは激しいいじめを受けた。
私は抵抗しなかった。大奥様に迷惑をかけるわけにはいかないし、何より、自分の心が冷たく凍りついていて、どうでもよかったからだ。
そんな私の前に、彼女が現れた。
『ちょっと。私の子分に何してくれてんのよ、この泥棒トカゲたちが』
現れたのは、夜を溶かしたような黒髪に、妖しく輝くアメジストの瞳を持つ少女──大奥様の娘、レオナお嬢様だった。当時、彼女はまだ前世の記憶とやらに目覚める前、ただの「ちょっと変わったお嬢様」だった頃だ。『なんだよ、お前も呪うのか!?』
いじめっ子たちが威勢よくお嬢様を睨みつける。するとお嬢様は、フッと不敵に笑い、お母様譲りの全属性ハイブリッドの魔力を、指先に小さく集中させた。
パチン、と彼女が指を鳴らした瞬間。
ドゴォォォン!!! いじめっ子たちの足元の地面が、ピンポイントで直径二メートルにわたって爆発し、消滅した。
当然、いじめっ子たちは腰を抜かして涙目でガタガタと震えだす。そこへ、お嬢様は満面の笑み(・・・・)で歩み寄り、彼らの肩をガシッと掴んだ。『ね? 私とお友達になって、このジークも仲間に入れてくれたら、毎日本物の爆発(花火)を見せてあげる。……あ、もしジークにまた石を投げたら、次は君たちの頭を花火にしてあげるね?』
それは、説得という名の完璧な「威圧(物理)」だった。
けれど、お嬢様はその言葉通り、翌日から魔術を使って誰も見たことのない綺麗な光の蝶を作ったり、泥団子を完璧な球体にクラフトしたりして、村の子供たちを大爆笑させた。気づけば私は、お嬢様のおかげで村の子供たちの中に混ざり、笑っていたのだ。
「ジーク、見て見て! この魔法、すっごく面白くない?」 そう言って、泥だらけの顔で無邪気に笑うお嬢様を見た瞬間、私の凍っていた世界は、鮮やかな色彩を取り戻した。
この人に、私の人生のすべてを捧げよう。
そう誓った最初の瞬間だった。
数年が経ち、お嬢様が十四歳になったある日、高熱を出した彼女は「前世の記憶」とやらに目覚めた。
それからの彼女の変貌ぶりは、大奥様すら戦慄させるレベルだった。
「ねえ、ジーク。王立学園の入学願書って、どうやって手に入れるの?」
「……はい?」
あの時、私は本気で耳を疑った。
お嬢様は時折、前世の『乙女ゲーム』という奇妙な知識をベースに、突拍子もないボケをかまされる。
今の国が、身分と格差で塗り固められた地獄のような社会だとも知らずに、普通に受験しようとしていたのだ。 案の定、大奥様によって最果ての魔境へとサバイバルに放り出されたお嬢様だったが、そこからの執念は凄まじかった。
お母様から教わった「貫通魔法」という物騒な攻撃術しか持たないはずなのに、お嬢様はその魔力を極限まで研ぎ澄ませ、空気の摩擦で火を起こし、岩の分子を分解して頑丈な石造りの家を一日でクラフトしてのけた。
「お嬢様、さすがです……完璧な宮殿です」
私は物陰で見守りながら、あまりの天才ぶりに静かに感動の涙を流していた。
私の役割は、大奥様からの言いつけ通り手出しをせず、お嬢様が休むためのルートの安全を確保し、栄養管理されたドリンクを夜な夜な用意することだけ。
けれど、日々泥まみれになりながら、魔獣の障壁を解読し、瞬時に術式を組み替えていくお嬢様の背中は、言葉を失うほど美しかった。
お嬢様の後ろ姿を見つめるたび、私の胸の奥が、かつての「主従の親愛」とは違う、熱くて苦しい痛みを覚えるようになっていく。
少女から、少しずつ大人の女性の美しさを帯びていくレオナお嬢様。
今はまだ、お嬢様は復讐と、行方不明の父親の謎、そして魔術の効率化にしか興味がない。王都のバカ王子たちのことも「ゴミ」としか思っていないし、私のことも「万能で便利な幼馴染」としか見ていない。(それでいい。今はまだ、お嬢様の右腕(道具)として、すべてを支えるだけで……) けれど、いつかお嬢様がすべての目的を遂げたその時は。
一人の男として、彼女をこの腕に──。そんな不敬な独白を、私は冷徹な仮面の下に深く推し隠した。
サバイバルから半年。お嬢様は見事、多層障壁を変化させる大奥様の頬に、一筋の傷(全貫通)をつけて合格を勝ち取った。「よし、ジーク! これでいつでも王都に殴り込みに行けるね!」
「お嬢様、落ち着いてください。先ほども申し上げましたが、我々にはまだ『入学資格』がありません。武力で王門をブチ抜いて入学するおつもりですか?」
「え? ダメなの?」「……はい?」
私は本日一番の、頭を抱えた呆れ顔をお嬢様に見せた。お嬢様のこういう抜けたところが、愛おしくてたまらない。 しかし、そんな私たちのささやかな幸せは、唐突に引き裂かれることになる。
合格の翌日。最果ての村の空が、あり得ないほどの「絶望の闇」に包まれた。
雲を割り、地を震わせて現れたのは、漆黒の巨躯を持つ天災級魔獣──『黒龍』。「お嬢様、私の後ろへ!!」 私が命を賭して刃を抜いた瞬間。
私たちの前に、漆黒の煙をまとった大奥様が、いつものように静かに、無表情のまま歩み出た。




