魔境のトモダチと、黒煙への挑戦
「……グルルルゥ」
石造りの即席シェルターの前に現れたのは、森の暴れん坊として知られる中級魔獣『シャドウ・ウルフ』の群れだった。
彼らの特徴は、影に同化する漆黒の毛並みと、あらゆる物理攻撃を受け流す流動性の『影障壁』だ。
「ちょうどいい実験台が来たね。……お母さんの言っていた『障壁の解読』、試させてもらうよ」
リーダー格の巨狼が、鋭い爪を光らせて飛びかかってくる。 私は焦らない。前世のゲーム知識と、この数ヶ月で培った魔力知覚をフル回転させる。(ウルフの影障壁は、右から左へ魔力が循環してる……。なら、その流れの『逆目』に魔力を貫通させれば──) 私は右手の指先から、極細の針状に圧縮した貫通魔法を放った。
パキンッ!
ウルフが自慢とする影の防壁が、ガラスのように簡単に割れた。魔法の針はウルフの眉間を的確に捉え──ただし、命を奪わない程度に、魔力の電流をピリッと流して気絶させる。
「ギャンッ!?」
一撃でリーダーが昏倒したのを見て、残りの群れが怯え、クゥン……と腹を見せて降伏した。
私はその中で、一番毛並みの良いウルフの頭を撫でる。「よしよし、いい子ね。今日から君は私のモフモフ担当ね。名前はポチ」
「……お嬢様。その風格溢れる魔獣に『ポチ』は、さすがにセンスを疑います」
物陰から、いつの間にか戻ってきたジークが、いつものように冷静な「……はい?」という顔で現れた。
お母さんからの手出し禁止令を守りつつ、私の安否を確認しに来たらしい。
「いいじゃない、可愛いんだから。ねえジーク、このポチの影障壁を応用したら、もっと面白い貫通魔法ができると思わない?」
「……お嬢様。魔獣をテイムした直後に、それを魔術の実験素体として評価するのは、さすが大奥様の娘と言うべきか……外道の片鱗が見えておりますよ」
「褒めても何も出ないよ?」
「褒めておりません」
ジークは深いため息をつきながらも、私のためにポチ専用の高級魔獣用エサ(裏山でこっそり狩ってきたもの)を懐から取り出していた。本当に万能で不憫な幼馴染である。
ポチを仲間に加え、さらに魔境の様々な魔獣の「様態が変化する障壁」をハッキングし続けた私は、ついに魔法の『即時調整』を完全にモノにした。
どんな盾を構えられようが、その瞬間に最適化した『貫通の牙』を編み出せる。
サバイバル開始から半年。私はボロボロの姿(と、後ろに従えた巨大なポチ)を連れて、再び家の裏手の岩場でお母さんと対峙していた。
「……少しはマシになったみたいだね。おいで」
お母さんはポチを見ても眉一つ動かさず、ボロボロの杖を構えた。
お母さんの周囲に展開されるのは、防御・反射・吸収の術式が秒単位で入れ替わる、不気味な多層構造の黒煙結界だ。
「行きます、お母さん!」
私は深く息を吐き、右手を前に突き出した。
見つめる視界の先、お母さんの障壁の「呼吸」が読める。今、防御から吸収に切り替わる、わずか百分の一秒の隙間──!(そこ──ッ!!) 脳内で敵の術式を全解読し、手のひらの上で私の魔力をカチリと噛み合わせる。
放たれたのは、細く、どこまでも研ぎ澄まされた一筋の漆黒の閃光。
パキンッ─────!!
世界がひび割れるような美しい音が響いた。
私が放った貫通魔法は、お母さんの多層結界の変化の隙間を完璧に縫い、文字通り【全貫通】して真っ直ぐ突き進んだ。
シュッ、と風が鳴る。
閃光はお母さんの頬をかすめ、背後の巨大な岩壁を沈黙のなかに消滅させた。
お母さんの白い頬に、一筋の、赤い血が流れる。
それを見たお母さんは、パチクリと紫の瞳を瞬かせ、自分の頬を指で触った。いつも感情の読めないその顔が、ほんの少しだけ、誇らしげに、愛おしそうに綻んだ。「……合格。よく頑張ったね、レオナ。……ご飯、できてるよ」
お母さんは私の元へ歩み寄ると、泥だらけの私の頭を、小さくて少し荒れた手で、そっと撫でてくれた。
「ねえ、お母さん。私、これで学園のバカ王子たちとも戦えるかな?」「……あんな奴ら、相手にならない。レオナの方が、ずっと強い」
お母さんは淡々と、しかし絶対の確信を込めてそう言った。
私は今、魔境での地獄を経て、どんなに複雑な防御システムも一瞬で解読してブチ抜く、最強の「全貫通の精度」を手に入れたのだ。お母さんからの愛の合格点と共に。「よし、ジーク! これでいつでも王都に殴り込みに行けるね!」「お嬢様、落ち着いてください。先ほども申し上げましたが、我々にはまだ『入学資格』がありません。武力で王門をブチ抜いて入学するおつもりですか?」「え? ダメなの?」「……はい?」 ジークが本日一番の、頭を抱えた呆れ顔を晒した。
しかし、そんな私たちのささやかで幸せな修行の日々は、唐突に終わりを告げることになる。
突如として、最果ての村の空が、あり得ないほどの「絶望の闇」に包まれた。




