現実の壁と、万能すぎる貫通魔術
前世の記憶を取り戻してから三日。
私は大きな勘違いをしていたことに気がついた。
「ねえ、ジーク。王立学園の入学願書って、どうやって手に入れるの?」
「……はい?」
居間で洗濯物を畳んでいたジークが、哀れみの混ざった目で私を見た。
「お嬢様、熱でまだ頭が混乱されているのですね。あの学園は、現在の王妃さまと国王陛下が創設された特権階級の巣窟です。入学できるのは、高位貴族か、国が認めた大富豪の子息のみ。……流刑人の娘であるお嬢様には、門前払いどころか、王都の門をくぐる権利すらありませんよ」
ガーン、と頭の中に衝撃が走る。
そうだった。前世の乙女ゲーム『ルミナス・ファンタジア』は、ヒロインが平民でありながら『特例の聖女』として学園に入学するところから物語が始まる。
だから私は、自分も普通に受験して入学できるものだと思い込んでいたのだ。
けれど、今の王都を支配しているのは、お母さんを陥れた偽りの英雄たち。彼らが作った世界は、血筋と権力がすべてを支配する、最悪のド格差社会だった。
「学園に……行けない。じゃあ、バカ王子たちの顔を拝むことも、お母さんの無念を晴らすこともできないじゃん……」
私が机に突っ伏して絶望していると、背後から衣擦れの音がした。
「……何、バカなこと言ってるの」
振り返ると、お母さんがいつもの無表情で、ボロボロの木杖を片手に立っていた。
「お母さん……」
「学園なんて、ただの出来損ないの集まり。あんな場所、行く価値ない。……レオナ、外に出て」
「え?」
お母さんはそれだけ言うと、すたすたと家の裏手にある荒野へと歩いていってしまった。私とジークは顔を見合わせ、慌ててその背中を追った。
村から少し離れた、誰もいない岩場。お母さんは足を止めると、振り返りもせず、淡々と杖を前に突き出した。「魔法はね、綺麗なお勉強じゃない。世界のシステムを、力ずくでねじ曲げるエゴだよ。……見てて」
お母さんの身体から、ボゥ……と不気味な漆黒の煙が立ち上る。次の瞬間、お母さんが小さく指を鳴らした。 ドンッ!!! 視界が真っ白な光に染まった。いや、それは闇の光だ。お母さんが放った初級の闇魔法は、目の前にあった巨大な岩山を、防護結界ごと【跡形もなく消滅させて】いた。
「学園の最高魔術師でも、私には勝てない。……私が教える。でも、甘くはないよ」
感情の読めない紫の瞳が、じっと私を見つめている。 学園の資格が貰えないなら、学園のシステムそのものを叩き潰せるくらい強くなればいい。
「……出力だけに頼るから弾かれる。防御の形は常に一定じゃない。水のように様態を変える障壁を瞬時に解読して、自分の魔法の術式をミリ単位で調整し、研ぎ澄ませる柔軟性が必要。……今のレオナじゃ、話にならない」
お母さんは淡々と告げると、私の足元に小さな布袋を放り投げた。中には最低限のナイフと、わずかな塩だけが入っている。
「今日から、あの魔境の森でサバイバル生活を送りなさい。私の障壁を解読して、私に傷をつけられる貫通力を得るまで、家には入れない。……ジーク、手出しは禁止」
「……御意にございます、大奥様」
ジークが心配そうに私を見るが、お母さんの決定は絶対だった。
こうして私は、凶悪な原生魔獣が巣食う『最果ての魔境』へと、たった一人で放り出された。
魔境での生活は、一瞬の油断が死に直結する文字通りの地獄だった。
最初の夜、私は寒さと暗闇の中で震えていた。
マッチもなければ、お母さんから教わったのは「対象の防御をぶち抜く黒魔術の貫通魔法」だけ。
火を起こすような生活魔法なんて、一つも教わっていなかった。
「はぁ……お腹空いたし、寒い……。お母さんのいじわる。なんで攻撃魔法しか教えてくれないのよ……」
ボヤきながら、私は手元の枯れ木に、八つ当たり気味に極小の貫通魔法をピッと放った。
パチッ。
その瞬間、小さな火花が散り、枯れ葉に火がついた。私は目を見開いた。「え……? 今、なんで火が?」
前世の理系の知識が、頭の中で急速に繋がり始める。 お母さんの貫通魔法は、対象の障壁を「強引に突き破る」力。
ということは、極限まで細く、針のように研ぎ澄ませた魔力を空気中に【貫通】させれば、凄まじい「分子摩擦」が起きて、熱と火が生まれるのだ。
「待って。これ、もしかして攻撃以外にも使えるんじゃ……?」
私は立ち上がり、目の前にある大木に目を向けた。
今度は魔力を平たい刃のような形に調整し、木に滑らせるように【貫通】させる。
すると、ノコギリを使うよりも遥かに綺麗に、大木がスパッと四角い建材の形に切り出された。
さらに、岩石の分子結合の隙間に魔力を【貫通】させてバラバラに融解し、それを接着剤のように魔力で繋ぎ直していく。「できた……!」 数時間後、そこには即席とは思えないほど頑丈な、石造りのシェルター(家)が完成していた。
普通なら土魔法や建築魔法の熟練者が必要な作業を、私はお母さんの「貫通魔法」ひとつの応用だけで、完璧にこなしてしまったのだ。
「お母さん、口数が少なすぎて説明を全部省いてたけど……これ、ただの物騒な攻撃術じゃない。世界で一番自由で、一番器用な、究極の万能魔法だったんだ……!」
冷徹に障壁をハッキングし、形を自在に変えて対象を射抜く柔軟性。その本質を理解した瞬間、私のサバイバル生活は、ただの苦行から「極上のクラフト&無双ライフ」へと変貌を遂げた。
ジークは直接手出しはしなかったが、影から完璧なルート監視を続け、私が安全な拠点を作り上げたのを見て、物陰で「さすがはお嬢様……完璧な宮殿です」と静かに感動の涙を流していた。 衣食住を完璧に整え、貫通魔法の『形状変化』のコツを掴んだ私。
しかし、魔境の真の脅威はここからだった。
ドォン!! と森の奥から地鳴りが響き、暗闇の中から、紅く光る無数の眼がこちらを睨みつけていた。




