第三話 機械音痴の居候
——ラナがやってきて三日ほど経ったある日、ミカドは頭を抱えていた。
「なあラナ……」
「はい……」
ラナとミカドは、相変わらずソファの上に座って話し込んでいた。
「確かに異世界からやってきて、色々とこの世界のことが分からないのは分かる……」
「はい……」
「俺の漫画とかの価値が分からなくて適当に片付けるのも、台所の機能がよく分からなくて火事寸前になるのもギリギリ分かる……」
「はい……」
「でもね、ラナさん……」
少年はスーッと息を吸った。
「窓を割るのは普通にダメでしょーッ!? そっちの世界にだって窓ぐらいあったでしょ!? ねえ、あったでしょ!?」
「ありました……」
「なんでじゃあ破っちゃうの!? わざとじゃないんだろうけどなんで!? 結構これ頑丈だよ!? どれだけポンなの!?……っていうか、これどーしよー……」
ベランダへと繋がる窓が大きく割れていた。
ミカドの家は住宅の三階。
夏の涼しい風が、ヒューヒューとリビングへ流れ込んでいた。
「なあ……」
ラナの方へ目を向けると、ラナは目を合わせるのが怖いのか、ぷいっと顔を逸らした。
「なあラナ……どうしてくれるんだ、これ」
ラナはロボットのようにぎこちなく首を動かし、視線をミカドへ戻した。
「ワ、ワタシハ……」
少しの沈黙。
そしてラナが絞り出した言葉は——
「……窓が悪いってことにしない?」
「はぁ? 何をまた馬鹿なことを……」
「ちょっと転んで、それが当たっただけで割れる窓の方が悪いでしょ!? 頑丈なんでしょ!? ねえ、これ頑丈なんでしょ!?」
ラナは風が吹き込む割れた窓を指差して叫んだ。
「頑丈だよ! なんでそんなんで割れたか分からないけど頑丈だよ! てか掃除しようとして転ぶってどんな状況だよ!! 普通転ばねえよ!!」
「あの、そうじき? とかいうやつを使おうと思ってな。試しに色々押してみたら、急にそうじきが鳴き始めて、少々驚いて転んでしまって……」
(この機械オンチは……!!!)
ミカドは流石に少し怒っていた。
「まあいい、とりあえずガムテープで塞いでおこう」
「がむてーぷ? わ、私もやるぞ! 手伝わせて……」
「ダメだ! また変なことになったら困るだろ!!」
少し怒気の混じった声が響く。
ミカドは我に返ると、申し訳なさそうな顔をしながらガムテープを取りに行った。
しばらくして戻ってくると、そこには——
「ラ、ラナ……?」
ソファの上で俯いているラナの姿があった。
「私、やっぱり居候なんてダメだよ……」
震えた声。
俯いた顔からは、確かに涙が零れていた。
(まずい……非常にまずい……俺は今、十四歳の少女を泣かせてしまっている!!)
少年は慌ててラナのそばへ駆け寄った。
「そんなことないぞ! そんなことない! ラナは居ていいんだ。俺は少なくとも、いて欲しいと思ってる!」
「でも私……なんの役にも立たないし……ぐすんっ……」
(あかん、本格的に泣いてる。俺、もう高校生にもなるのに、自分より年下の子泣かせてもうてる……ダメだぞミカド、落ち着けミカド。自分が泣かせたんだ、泣き止ませるのもお前じゃなきゃダメだぞミカド!)
「ラナ、人間には慣れってもんがある。生まれてからずっとやってることは、自然と体が覚えてるもんだろ?」
「うん……」
「でも今のラナは、この世界じゃまだ赤ん坊みたいなもんだ! 来たばっかで何も分からないんだから、事故が起こるのは当然だろ?」
少年は身振り手振りを交えながらフォローする。
しかし——
「……私、馬鹿にされてる……?」
「へ?」
「赤ん坊と一緒だなんて、これでも私十四なのに! 王国に仕えてた立派な魔法士なのにぃ!」
(ああ……完全にミスったぞこれは……)
ミカドに、自分より年下の女子を泣き止ませる技術などあるはずもなかった。
しかし諦めない。
「すまん! 言い方を間違えた! 赤ん坊なんかじゃない! 確かに立派な魔法士だよ、ラナは。でもな、ラナだってあるだろ? 異国の文化や言語の違いに苦しんだことが……」
「それは……あるけど……」
(よし! なんとかフォローできる!)
「つまりだな、今ラナは異国に来てるんだ! 文化どころか、世界そのものが違う場所に! そんなの戸惑うのが当たり前だろ!」
「うん……」
(キターッ! 効果はばつぐんだ! これは完璧ハッピーエンドルートに着実に向かっている!)
少年は心の中でガッツポーズをした。
「さっき言ったことは謝る。これからは俺が全部教えてやる! だから一人で無茶しないでくれ。俺は、お前が必死に貢献しようとしてくれてる、その気持ちだけでも充分嬉しいんだから……」
「ミカド……」
(完っ璧だろ今の!? 絶対上手くいったぞ!! これで俺は少女を泣かせた男から、泣き止ませた男になったはずだ!)
ミカドの心の中では、ずっとガッツポーズが続いていた。
「ありがとうミカド……私にそんなこと言ってくれて……」
流れ切った涙のあと、ラナの顔に微笑みが戻る。
ミカドは完全に任務完了したのだ!
「ああ、いいさ……俺のせいだからな……」
しばらく良い感じの空気が流れる中、ラナが徐に口を開いた。
「……なあミカド、早速なんだが、このそうじき? の使い方を教えてくれないか……?」
ミカドは即答した。
「当たり前だー!!!」
そしてミカドは、手取り足取りラナへ掃除機の使い方を教え込む。
何から何まで。
そうして——
「ありがとうミカド! 完璧に理解したぞ! こういうことだろう!!」
「おおすごい! ラナが掃除機を使ってる!!」
まるで初めて自転車に乗れた子供を見るような気分だった。
「よおしっ! これで私も掃除ができるようになった!……なあミカド! もう一つ聞いても良いか?」
「ああ、全然いいぞ! どんとこい!」
「このれいぞうことやらを教えてくれ!」
「任せておけ!」
そしてまたミカドは、冷蔵庫のあれこれを教えた。
「分かったぞ! 野菜はここだな!」
「そうだ、そうだぞ!」
「この、れいとうぱすたとやらはここだな!!」
「そうだ! 合ってるぞラナ!」
まるで親と子だった。
「ミカド! このえあこんってやつも!」
「ミカド! このてれびってやつも!」
「ミカド! この……」
「ミカド!」
「ミカド!」——
——そうして、ミカドは力尽きた。
魂が口から抜けそうな勢いである。
「すごいぞミカド! これで私もかがくってやつをマスターしたぞ!」
「あ、あァ……それはよか……ったな……」
「どうしたミカド、顔色が悪いぞ?」
「だいじょぶ……たぶん……」
「だ、大丈夫じゃないだろ! えっと、こーゆう時はどうすれば……あっ!」
ラナは何かを思い出したように手を叩いた。
「こういう辛い時ほど楽しいことをするべきだ! だからこそ! さっき教えてもらったてれびとやらを見ようではないか!」
「えェ……俺今そんな気力な……」
「さっ! 早くソファへ来い!」
「ぐっ、あぁぁっ!」
ラナはゾンビのようになったミカドの腕を引っ張り、無理やりソファへ連れて行った。
「さあ! 何を見る! この十というやつか? それとも一か?」
聞かれたミカドは、ふと時計を確認する。
(もう深夜二時……最近のテレビって、モンスタークレーマーのせいで規制ばっかでつまらないし、正直あんま興味ないんだよなぁ……)
「さあ! 何を見る!」
(まあ、適当に答えるか……)
「六だ……」
「分かったぞ! 六だな!」
テレビをつけると、なんとも言えない番組が流れていた。
「それにしても相変わらずすごいなこちらの世界は! こんなにも別の場所の人間を鮮明に映し出せるだなんて……!」
(まあでも……教えた甲斐はあったかな……)
ミカドは、目をキラキラさせながらテレビを見るラナを見て、少し微笑みながら目を閉じた。
しばらくして——
「お、ばんぐみ? が変わったぞ! ミカ……」
ラナは途中で声を止める。
(ミカド……寝てる……? 流石にちょっと色々とさせすぎてしまったかな……)
ラナは少し申し訳なさそうな顔をした。
(それにしても……結構ミカドって可愛い寝顔をしているんだな……)
ラナはじっとミカドの寝顔を見つめる。
なんだか少し、目が離せないように——
その時。
ソファにもたれかかっていたミカドの頭が、力が抜けたようにラナの肩へストンと乗った。
「へっ!? んっ!」
ラナは咄嗟に口を押さえ、声を漏らさないようにした。
(ミミミミミミカド!?!? そこ私の肩なんだが!? 肩なんだが~!?)
内心も表情も真っ赤になって慌てるラナ。
しかし、スヤスヤと眠るミカドの顔を見て——
(でも……私が疲れさせたんだし、仕方ない……か……)
ラナは動かなかった。
(で、でもさすがにその……やっぱり恥ずかしい!!)
それでも、やっぱり恥ずかしかった。
しばらくして、ミカドは目を覚ます。
「んにゃ……ふわぁ~ぁ……やべ、俺寝てた……ん?」
ふと隣を見ると、顔を少し赤らめたラナがいた。
「ど、どったのラナさん?」
「ぜ、全然何も……」
「本当に?」
「ほんとに……」
「ほんと?」
「ほんとです……」
「んー……いや嘘だな、分かるぞ俺は! さあ、真実を教えろ!」
「うるさいうるさいうるさい!! ミカドのせいなんだから! もうあっち行ってて! てかもう私があっち行く!!」
「へ?」
そうしてラナは、新しく与えられた自分の部屋へ逃げ込んでいった。
少年の不思議な疑問だけが、残るばかりである——
「俺、またなんかやっちまったのか……?」




