魔法と科学
「よし、それでは私のいた世界の話をしようか——」
ラナはソファに座り、思い出すように語り始めた。
「さっきも言ったが、私はダムクールの魔法士だった。ダムクールというのは王国の名前でな、私は王に仕える魔法士の一人だったんだ」
「え? じゃあ魔法使えるの?」
「ああ、当たり前だろう? なんなら見せてやろうか?」
「こっちの世界でもできるのか?」
「分からん……それも兼ねて試してみよう」
そう言うと、ラナは人差し指を立て、静かに目を閉じた。
(おお……これはあれか? 詠唱とかするのか? マジで使えるのか……!?)
期待に胸を膨らませながら、ミカドはラナの指先を見つめる。
(来るのか……来るのか……!?)
少年は待った。
一分。
五分。
十分——
(……一体いつになったら来るんだ……)
そう思った瞬間。
「……ッッキタ!! フレイムッ!!」
「おおぉぉ!?」
ラナは突然叫び、人差し指をクルクルと回した。
そして——
「どうだっ! これが魔法だ!!」
「お、おおお!!……これが魔法……」
ミカドは思わず感嘆の声を漏らした。
確かに、ラナの指先から火が出ている。
だが——
(なんだこの規模感……ライターの火と同じくらいじゃないか?)
まさに小規模。
申し訳程度の火が、ちょこんと指先で揺れていた。
「す、すまない……魔法を使うには精霊が必要なのだが、この世界にはあまり存在しないようで……元々、ダムクールの魔法士の中でも下の方だった私には、この程度しか……」
ラナは申し訳なさそうに俯いた。
それを見たミカドは、慌ててフォローする。
「そ、そんなことない! 充分すごいよ! 俺らの世界じゃそんなこと誰にもできない!」
「そ、そうなのか?」
「そうだぜ! できっこない!」
必死のフォローが効いたのか、ラナの落ち込んだ表情はすぐに笑顔へ戻った。
「私はこの世界じゃ唯一の魔法士なんだな。悪い気はしない。もういっそ、この世界に住み着いてしまおうか……」
そう呟くラナに、ミカドは持っていたオタク知識を総動員して言った。
「いや、多分元の世界には戻れない……」
完全にキメ顔だった。
「な、なんだと!? もう戻れないのか!?」
「俺の持ってる知識の中じゃ、基本的に死んで転生した場合、元の世界には帰れない!! この世界で生きるしかない!!」
「な、なんだって~!?」
そして、同じようなやり取りが繰り返される。
——気を取り直して、ミカドとラナは一旦胸を撫で下ろした。
「じゃ、じゃあ本当に私はこの世界で生きていくしかないのか……」
「まあ、そうだろうな」
「そうだろうな、じゃない! この世界のこと何にも分からないんだぞ! 一体どうやって生きていくんだーッ!!」
「あぁあ!? 分かった! 分かったから!! そんなに揺らさないでくれっ!!」
ラナはミカドの胸ぐらを掴み、グラグラと揺らしながら叫ぶ。
「だってだってだってぇ!! この世界じゃ魔法だって上手く扱えないし、私今、家なし職なしの女だし!! どうすればいいんだ~!!……はっ!?」
一通り騒いだ後、ラナは何か閃いたように顔を上げた。
(な、なんだ今の感じ……嫌な予感しかしない……)
「ど、どうしたんだラナ。そんな顔して……」
「提案がある……ミカド!!」
ラナはそう言った次の瞬間、ソファの上で勢いよく土下座した。
「へ? ラナさん? その土下座は一体……」
「私をこの家に住まわせてくれ!!!!」
(で、出た~!! なんとなく分かってはいたけど、美少女が居候するタイプのやつ~!!!)
予想していた展開ではあったが、ミカドは一応驚いた顔をしてみせる。
しかし——
「ごめんラナ、それはできない……」
「そこをなんとかできないか? 職さえ見つければ私だってすぐに働く! そうしたらもちろんミカドに貢献するし……」
「ラナ、お前何歳だ」
「14だが?」
ミカドはそれもなんとなく察していた。
最初に見た時から、ラナは自分より少し幼く見えていたのだ。
「じゃあ、この世界のことをもう一つ教えてやる……14歳は働かない。大体みんな学生っていうのをやってる」
「学生……私の世界にもあったぞ? だがそれは十歳で終わるはずじゃ……」
「この世界ではッ! 15歳までは義務教育で、みんな学生なんだ!」
(まあ、日本はそうなだけで、世界全部がそうってわけじゃないんだけど……)
「な、なんだと……ならば私は学生にしかなれないのか……それじゃあ働くどころか、逆に手間を掛けてしまう……」
ラナの表情には、分かりやすい焦りが浮かんでいた。
(俺だってこうしたくはない……でも親とか色々あるし……ん、親?)
そこでミカドは、何かを思い出したようにポケットからスマホを取り出した。
「ラナ、少し待っててくれ」
「へ……?」
ミカドはスマホのLINEを開き、ある人物へ電話をかける。
事情が分かっていないラナは、不安そうにその様子を見守っていた。
そして、その相手は——
「あ、もしもし母さん?」
「ッッ母さん!?!?」
ラナは戦慄したような表情でミカドを見つめた。
(お母さんっ!? 私が居候させてくれなんて言ったから、ミカドのお母さんに叱られるのか!? それとも罰せられたり……!?)
嫌な想像ばかりが頭の中を駆け巡る。
「母さん……大事な話がある……」
(ヤダヤダヤダヤダ!! 頼むから何もしないでぇぇぇ!!)
ラナの目はぐるぐる回っていた。
頭を抱えるラナをよそに、ミカドはごくりと唾を飲む。そして......
「母さん……居候させたい奴がいる!!」
ミカドは意を決して、母へ打ち明けた。
(ミ、ミカド~!? そんなこと言ったって断られるに決まってるよ!! 私、罰せられちゃうよ!?)
ラナが勝手に絶望している一方で——
「......え? いいの? え、本当にそんなあっさり? あ、うん。お金はまだ余ってるよ、全然使ってないから。うん、うん。分かった、ありがとう母さん。それじゃまたね」
通話終了の音が、静かなリビングに響いた。
短い沈黙。
ラナは恐る恐るミカドを見上げる。
「ミカド……?」
「……ラナ……」
ミカドはそっとラナの肩に手を置いた。
「へっ? な、なに?」
「……ここに住めるぞ……」
「え? 今なんて……」
「ラナ、ここに住めるぞっ!!!!」
「っっ!? 本当かミカドっ!?」
ラナは勢いよくソファの上に立ち上がった。
ミカドもつられて立ち上がる。
「やった……私はまだこの世界で生きていける……!!」
「よかったなラナ! これからは色々教えてやるからな!」
「おう! 頼んだぞミカド!!」
少年と少女は、同じソファの上で喜びを分かち合った。
ラナは——
(やった!! こっちの世界でも生きていける!! これで家なし職なし女から、家あり職なし女にクラスアップできた!!)
と喜び、
ミカドは——
(やった!! こっっんな可愛い女の子と住めるだなんて!! 俺もう主人公じゃん!? いや主人公だ俺は!!
......いやでも、14歳と同居って大丈夫なのか?)
と、喜びと不安を同時に感じていた。
こうして、この世界の少年と異世界から来た少女の物語は始まっていく。
「よしっ! 居候するからには、私が色々手伝おう!! そうだな、まずは手始めにご馳走を用意してあげて……一体どこに食材を保管しているんだ? この家は……というか、見たことない物ばかりだな……」
『ガチャ』
「ん? ガーッ!? そこは俺の部屋だー!!」
「ミカドの部屋? なら別に開けても——なんだこれ……」
「あの~……自分で片付けるんで大丈夫ですよ? ポテチの山とか本当に自分で片付けられるし、ていうか見られたらまずい物とか結構あるし……」
「……よし、決めた! まずはミカドの部屋を掃除してやろう!」
「アーッ!! やめてくれ!! あっ、それは俺のPC! そんな風に片付けないでッ!!」
……おそらく、かなりチグハグしながら進んでいく——
「よおしっ! これもこうだっ!!」
「ギャーッ!! 俺の漫画が~ッ!!!」




