転生してきた少女
——少年は今、なんとなく毎日を生きていた。
高校一年になった今、そこはかとなく充実している毎日を——
(やっぱり深夜帯に見るアニメは格別だからなぁ……飲み物とつまみは慎重に選ばねば……)
少年はコンビニの中、ひたすらにチップスの並べられた棚を睨みつけるように見ていた。
(ポテトチップスは奥が深い……一概にうすしおが全てじゃなく、辛めのやつや甘めのやつまで多種多様に存在する……さらにどうだろう、コーラなどの炭酸水との合わせ技! ポテチの食べ方は無限大だ! しかし、いやしかしだな……結構イカとかもいいんだよなぁ~……)
何度もコンビニを歩き回り、食品を目で吟味し、ひたすら思考を巡らせた結果、少年が至った結論は——
「ありがとござっさー」
「まあ……俺はお前を裏切れねえよ、うす塩ポテチにコーラ……よし! 思い切って二袋買ったし、今夜は寝れねえぞ~!」
少年は意気揚々とコンビニを出た。
レジ袋を片手にルンルン気分で歩いていたその時、不意に少年の目に何かが映った。
「ん? なんだあれ……人? 道路の真ん中に……? 深夜だし、はしゃいでふざけてるのか? でもあんまりそうは見えないような……」
少年が目を凝らして見ていると、その人影はこちらを向き、突然走ってきた。
街灯に照らされたその姿は、まるで幽霊が迫ってくるようで、少年の背筋に一気に寒気が走る。
「え? なに? なになになにッ!?」
少年は逃げるように全力で走り出した。
街灯だけでは相手の全体像がうまく見えず、それがより一層お化けじみた怖さを生み出している。
「ちょっと!? なんなんですかっ!? ねえ聞いてますっ!?」
少年が走りながら振り向くと、その人影がはっきりと見えた。
それは——
「へ? 女の子?」
自分より数センチ背の低い女の子だった。
少年が呆気に取られていると、少女は急に力が抜けたように減速し、そのままばたりと倒れてしまった。
「えっ? ちょ、ちょっと大丈夫ですか!? えっと、こーゆう時は救急車……」
「……ご飯……」
「え? 今なんて?」
消えてしまいそうなほど小さな声だった。
少年が聞き返すと、少女は再び呟く。
「……ご飯……」
「えっと……ご飯? つまりはもしかして、餓死寸前というわけ……!?」
そこで少年は、改めて少女の姿を見た。
まるでコスプレ衣装のような服装。
綺麗な白髪。
そして何より、美しい顔立ち。
少年の答えは一瞬で決まった。
「よし、俺の家に来い! 飯ならたらふく食わせてやる!」
少年は勢いよく叫び、少女を自宅へ連れ帰った。
——そして気づく。
今の事態の深刻さに。
(助けるために家に来させたはいいけど、どう考えたってこれ……犯罪じゃね?)
少年は頭を抱えて悶えた。
(いや犯罪だよな? だってこんな少女を家に連れ込むだなんて普通にダメだよな!? 親いないから大丈夫とか考えてたけど、全然大丈夫じゃねえ!!)
慌てふためく少年を前に、少女は小さく呟いた。
「ご飯……」
はっと我に返った少年は、勢いよく冷蔵庫へ向かう。
(今は犯罪とか気にしてる場合じゃねえ! この子がもし餓死したら、それこそ見捨てた俺は犯罪者以下だろ!)
そうして覚悟を決めた表情で、ガバッ! と冷蔵庫を開けた先に待っていたのは——
「あ、何もねえ」
無だった。
「いや! まだだ! きっと野菜室に!」
開けた野菜室も——
「あ、何もねえ」
無だった。
「はっ!! 思い出した、俺この頃、親いなくて料理するの面倒だからって、ポテチで何もかも済ませてたんだ!」
そして少年は、自分の食生活の終わりっぷりを思い出した。
「ちくしょう……俺が助ける手立てはもうどこにも……」
そうして絶望しているそばで、少女は玄関先に置かれていたポテトチップスをガバッと開け、夢中で貪り食っていた。
「ボリボリ……んにゃ、美味いなこれ……ボリボリ……」
「あっ!? それ俺のポテチ! それ俺の夕飯!!」
少年は慌てて少女に駆け寄る。
だが袋の中には、粉も欠片も残っていなかった。
綺麗さっぱり、完食である。
少年が絶望に打ちひしがれていたその時——
「生き返った……生き返ったぞぉぉぉぉ!!!」
少女は突如叫び出した。
「うわぁぁぁぁぁ!?!?」
そして少年も叫ぶ。
「うおおおぉぉぉぉ!!!」
「うわああぁぁぁぁ!!!」
無法地帯だった。
——しばらくして落ち着いた頃、少年と少女はリビングにいた。
「先程はありがとう。私の名前はラナ・シャルート。ダムクールの魔法士だ。とは言っても、あまり魔法が得意なわけではないのだが……」
少年は戸惑っていた。
目の前の少女が語る話は、どう考えたってラノベや漫画、アニメの中の話でしかない。
しかしどうだろう。
少女はまるで当然のことのように、それを語っているではないか。
(え、魔法? 魔法士? ダムクールってまず何? てかてかてか、ラナ・シャルートってどこの国の人の名前? もしかしたら俺の知らない作品のコスプレイヤー……それも作品にのめり込みすぎちゃうタイプのやつか……?)
そして少年は、引きつった笑顔を浮かべながら聞いた。
「あの、一体なんの作品ですか?」
「ん? 作品ってなんだ?」
少年は思った。
(あっ、ダメだこれ。話通じない)
「とにかく! とりあえず自分の家に帰ってください! 俺はこれから大事な用事があるので!」
ただアニメを見たいだけである。
「そうは言われてもな……私、ここがどこか全く分からんし……」
「いいですからそういう設定! 早く帰って……」
「ああぁぁぁ!!!!」
「わぉぁぉぁ!?!?」
少女は突然、何かを思い出したように叫び出した。
そして立ち上がり、ぽつりと呟く。
「私、死んだんだ」
「は?」
少年もつられるように立ち上がった。
「思い出したんだ。私が何故こんな場所にいたのか。謎の場所に飛ばされたかと思えば急な空腹に襲われ、記憶を遡ることもままならなかったが……今なら分かるぞ! 私は死んだんだ!」
「あの~、死んだんならなんで今生きてるんです?」
「分からん。なんか生きてる」
「だぁぁぁ!!!! もういいです!! とにかく帰って!!」
少年は押し出すように少女を玄関へ連れて行く。
「ま、待ってくれ! 帰ろうにも本当にここがどこか!」
「なんなんですか! なんの作品なんだ! 今から見るから作品名を言ってくれ!!」
「さくひんめい……? よく分からないが、私は本当に何も分からないのだ。信じてくれ!」
「無理だ信じろなんて! そんなこと言われても……」
その時、少年は必死に訴える少女の瞳を見た。
曇り一つない、真っ直ぐな目。
そこで少年は、ある可能性に思い至る。
「あんま聞いたら悪いかもだけど、なんで死んだか聞いていいか?」
少女は真っ直ぐな目で答えた。
「馬に轢かれた!」
そして少年は確信する。
(ああ……これ完全に転生してきたな……だってそうじゃん、馬に轢かれたって、俺らの世界で言うトラックに轢かれたってやつじゃん……そんなの転生のお決まりじゃん……)
今時はお決まりというわけではない。
「ああ……まさか本当に転生なんてことが起きるなんて……」
「転生……? どういうことだ! 詳しく説明を!」
「分かった、説明しよう! そう、あなたは今——異世界にいます!!」
「な、なんだって~!?!?」
(すごい、100点満点のリアクション)
「まあ、だがしかし……そんな突拍子のない話、話してる俺もあんまり信じきれていない……だからとりあえず、君が元いた世界の話を……聞かせてくれ」
少年と少女は再びリビングへ戻った。
テーブルとソファの置かれた部屋で、二人は少し距離を空けて腰を下ろす。
「聞いてもいいか、君の世界の話」
「君じゃなくてラナと呼んでくれ。その方が気持ちが楽だ」
「あ、ああそうか。わかった。なら俺のことはミカドでいいぜ。俺の名前は峰島ミカドだからな」
「峰島ミカド? なかなか聞かない名だな……」
「言ったでしょう? ここはあなたの世界とは違うんです。名前が違うのも当然ですよ」
「そうなのか? なんだかやけに詳しいな……」
「疑わないでください。俺、別に怪しいことしてないんで」
ラナは気を取り直すようにコホンッ、と咳払いをした。
「よし、それでは私のいた世界の話をしようか——」




