[80]
朝。
まだ空気がひんやりと残る時間。
澪は全力で走っていた。
「やばっ、やばいやばいやばい!!」
「遅刻しちゃうよーーー!!」
カバンを振り回しながら、必死に校門をくぐる。
チャイムが鳴る。
同時に――
ガラッ!!
教室の扉を勢いよく開けた。
「セーーーフ!!」
肩で息をしながら、ドヤ顔。
だが――
「・・・・」
空気が、おかしい。
ガヤガヤしているはずの教室。
確かに人はいる。
話し声もある。
なのに――
重い。
どこか湿ったような、嫌な空気。
まるで――
お通夜のようだった。
澪は、ゆっくりと顔をしかめる。
「・・・・なにこれ」
そのまま莉英奈の席へ向かう。
「りーな、どうしたの?」
莉英奈はすぐには答えなかった。
ただ――
黒板に視線を向ける。
澪も、その視線を追う。
黒板。
白いチョークで、大きく書かれていた。
【自習】
「え、なにそれラッキーじゃん」
澪は一瞬でテンションを上げる。
「今日勝ち確じゃん」
だが――
誰も笑わない。
クラス全員が、じっとりとした目で澪を見ていた。
「・・・・え?」
澪は周囲を見渡す。
「ちょっと待って、なに?」
「なんかあったの?」
莉英奈が、ゆっくりと口を開く。
「・・・・まこち」
一拍。
「教育委員会に呼び出された」
「・・・・え?」
澪の動きが止まる。
「なんで?」
玲子が横から口を挟む。
「修学旅行のドッキリとさ・・・・」
「その後のネズミー」
「全部まとめて問題になったっぽい」
理絵も不安そうに続ける。
「他クラスの保護者からクレーム入ってるみたい」
「しかも、かなり大きいやつ」
澪の顔が強張る。
「・・・・マジで?」
莉英奈は天井を見上げた。
「今の教育委員長、ヤバいらしいからね」
玲子が眉をひそめる。
「学校にもガンガン圧かけてるって話だし」
理絵が小さく呟く。
「委員長の渋田・・・・」
「ほぼクレーマー・・・・」
空気がさらに重くなる。
そして――
莉英奈が、ぽつりと言った。
「最悪・・・・」
「退学・・・・あるかもね」
「・・・・はぁ?」
澪の声が、かすれる。
教室が、シーン、と静まり返った。
⸻
職員室横、応接室。
扉の向こうでは――
怒号が飛び交っていた。
「どういう教育をしているんですか!!」
甲高い声。
教育委員長・渋田だった。
机を叩く音が響く。
ドンッ!!
「予定を無視して生徒を別の場所に連れて行く!」
「そして、生徒を危険に晒した挙句!!」
「勝手に延長させて東都観光!!!」
「全部アウトです!!」
校長は、深々と頭を下げる。
「申し訳ございません・・・・!」
原田も続く。
「申し訳ございません・・・・!」
だが――
矛先は止まらない。
「謝罪で済む問題じゃありません!!」
「前例がないんです!!」
「このまま見逃せば、他校にも影響が出る!!」
渋田の視線が、真子へ向く。
「あなた!」
ピタリと止まる。
「少しは反省したらどうなの?」
「なんですか!その態度は!!」
真子は、椅子に座ったまま。
頬杖をついて顔を背けていた。
「・・・・」
視線だけを向ける。
原田が小さく言う。
「石本」
「謝罪しなさい」
一瞬の沈黙。
真子は――
渋田を、じっと見た。
そして。
「うざっ」
空気が凍る。
「このおばちゃん、ウザすぎなんだけど」
「なっ――!!?」
渋田の顔が真っ赤になる。
「きぃーーーっ!!」
金切り声が響く。
「なんて生意気な!!」
「あなたのせいでこんなことになってるのよ!?」
真子は、溜息をつく。
「別に誰も怪我してないし」
一拍。
「前例とか、他の学校とか――」
少しだけ首を傾げる。
「それ、私たちに関係ある?」
静寂。
「頭硬すぎでしょ」
バーーン!
先程よりも大きな机を叩く音。
渋田が叫ぶ。
「はあああああ!?!?」
「校長!!」
「こんな反省しない不良、即刻退学にすべきです!!」
校長は言葉を詰まらせる。
「そ、それは・・・・」
原田も何も言えない。
ただ、頭を下げるだけ。
応接室の空気は――
完全に、崩壊していた。
⸻
そのやり取りを――
壁の外で、盗み聞きしている2人がいた。
ケンケンと由美である。
由美が小さく囁く。
「結界、張ってるから・・・・」
「バレてないよ」
ケンケンは頷く。
「かたじけないでござる」
2人は、息を潜めながら耳を澄ませる。
中から聞こえるのは――
怒声。
圧力。
そして。
「退学」という言葉。
しばらくして。
2人は顔を見合わせた。
由美が不安そうに呟く。
「・・・・まこち」
「退学になるのかな・・・・」
ケンケンは腕を組む。
「さすがに・・・・」
「そこまではいかん気もするでござるが・・・・」
「でも・・・・」
言葉が続かない。
可能性は、ある。
2人とも分かっていた。
ケンケンが小さく言う。
「・・・・とりあえず」
「みんなに報告するでござる」
由美は、こくりと頷く。
2人は足音を殺しながら、その場を離れる。
そして――
何事もなかったかのように、
教室へと戻っていった。




