[72]
蒼田島は二重カルデラという特殊な地形をしている。
沢池神社は――
その内側、内輪の麓にひっそりと存在していた。
周囲をぐるりと囲む外輪山のさらに内側。
まるで、世界から切り離された場所。
空気が違う。
一歩足を踏み入れた瞬間、
湿り気を帯びた熱が、肌にまとわりつく。
地面のあちこちから、
白い蒸気がゆらゆらと立ち昇っていた。
まるで、大地そのものが呼吸しているかのように。
足元の土は黒く、ところどころひび割れ、
その隙間からは微かに熱気が漏れている。
その奥に――
鳥居があった。
古びた木製の鳥居。
色はすでに剥げ落ち、
長い年月を経たことで、表面は灰色にくすんでいる。
苔が絡みつき、柱の一部はわずかに歪んでいた。
それでもなお、
そこに立ち続けている。
まるで――
何かを、守るために。
鳥居の先は、密林だった。
木々は異様なほど密集し、
太陽の光をほとんど遮っている。
昼間にもかかわらず、
境内は薄暗く、視界は緑と影に閉ざされていた。
葉の擦れる音。
どこからともなく響く鳥達の鳴き声。
そして――
風が、通らない。
空気が淀んでいる。
その奥に、
社が見えた。
小さな社。
だが、その存在は妙に重い。
ただそこにあるだけで、
周囲の空気を支配しているかのようだった。
誰もが、無意識に足を止める。
踏み込んではいけない――
そんな感覚が、胸の奥から湧き上がる。
⸻
7人は、桐谷に先導されるまま――
沢池神社の境内へと足を踏み入れた。
湿った熱気が、肌にまとわりつく。
地面のあちこちから、白い蒸気が立ち上り、
視界をぼんやりと歪ませていた。
「・・・・なんか、息苦しくない?」
理絵が小さく呟く。
「空気が重いよね・・・・」
香織も不安そうに周囲を見渡す。
ケンケンは周囲を警戒しながら言う。
「ただの神社ではないでござるな・・・・」
玲子は強がるように笑う。
「いやいや・・ただの観光地でしょ?」
だが、その声には、わずかな震えが混じっていた。
奥へ、奥へと進む。
やがて――
視界が開けた。
社の前。
そこには――
人だかりができていた。
ざわざわとした不穏な空気。
7人が近づいた、その瞬間。
「・・・・来たぞ」
ひとりが呟く。
次の瞬間――
一斉に、視線が突き刺さった。
「おぬし達が災いを祓う者か」
低い声。
「お前達が遅いせいで――沢池様がお怒りだ」
「このままでは・・噴火が起きてしまう」
口々に飛び交う言葉。
罵声。
敵意。
理不尽な決めつけ。
「ちょっと待ってよ!」
玲子が声を上げる。
「何を言ってるのかわからないって!」
だが――
誰も聞かない。
島民たちの目は、明らかに“恐怖”に染まっていた。
そしてその恐怖は――
7人へと向けられている。
その時だった。
シャン……
シャン……
神楽鈴の音。
ざわめきが、一瞬で止まる。
音のする方へ、全員の視線が向く。
そこにいたのは――
2人。
ひとりは白と赤の巫女装束。
狐の面に隠されていて表情は見えない。
だが――
そこに立っているだけで、
空気が変わる。
神楽鈴を持つその手は静かで、
まるでこの場のすべてを支配しているかのようだった。
もうひとりは、狐巫女の半歩後ろ。
鬼の面をつけ、黒の羽織を纏って立っていた。
無駄のない立ち姿。
動かない。
それだけで、近づいてはいけないとわかる。
鬼の面の奥から向けられる視線に、
誰もが息を呑んだ。
島民たちは、一斉に膝をついた。
「狐巫女様・・・・」
誰かが震えた声で言う。
「どうか・・この者達を人柱に」
「沢池様をお鎮めください・・」
空気が、張り詰める。
だが――
狐巫女は、何も言わない。
ただ、ゆっくりと桐谷を指さし、
手招きする。
桐谷が狐巫女の横へ歩み寄る。
そして――
耳打ち。
小さく、何かを告げる。
桐谷の表情が、一瞬だけ揺れた。
そして、振り返る。
「・・・・狐巫女様のお言葉だ」
その声には、わずかな緊張が混じっていた。
「お前たちは・・・・人柱にする」
「は?」
玲子が固まる。
「まず――」
桐谷は続ける。
「ここに居る7人以外の者達を前菜として沢池様に捧げることにする」
「ちょっと待ってよ!」
由美が声を上げる。
「前菜って何よ!」
理絵も続く。
「食べ物みたいなこと言って、何がしたいのよ」
だが――
その声は、遮られる。
シャン……
シャン……
シャン……
狐巫女が、神楽鈴を鳴らす。
ゆっくりと。
一定のリズムで。
その音が、境内に響き渡る。
静寂。
誰も動けない。
次の瞬間――
どぉぉぉん!!
どかぁぁぁん!!
遠くで、爆発音が響いた。
地面が、わずかに震える。
鳥たちが一斉に飛び立つ。
「・・・・え?」
澪が呟く。
「なに・・・・今の・・・・?」
ざわめき。
混乱。
桐谷が、ゆっくりと口を開く。
「・・・・今」
「生徒たちの乗ったバスを――爆破した」
沈黙。
「はぁ・・・・?」
玲子の声が、震える。
「・・・・あいつらは、前菜だと言っただろ」
莉英奈は唖然とする。
「意味わかんないんだけど・・・・」
玲子が叫ぶ。
「なんなのこの島!!」
「狂ってるわよ!!」
由美も声を震わせる。
「私たち、何もしてないのに・・・・!」
理絵は涙を浮かべる。
「なんで・・なんでこんな・・・・」
怒り。
恐怖。
混乱。
だが――
誰も、動けない。
狐巫女は、ただ静かに立っている。
鬼の面の男は、その後ろで動かない。
逃げ場はない。
抗う力もない。
7人は――
その場に立ち尽くすしかなかった。




