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春隣。冬の空気の奥に、ほんの少しだけ柔らかい気配が混じり始めていた。
それは、季節が変わる前触れのようだった。
3年生の卒業が近づいていた。
校内はどこか落ち着かない空気に包まれている。
廊下では、後輩たちが先輩に寄せ書きを頼み、
体育館ではバスケ部が引退する3年生と現役チームが練習試合をしていた。
その体育館の隅に、香織の姿があった。
視線の先にいるのは――
3年生の黒田 拓巳
バスケ部のエースだった彼は、女子からも人気の高い先輩だった。
香織はこれまで何度も観に来ていた。
練習も、試合も、遠くからずっと観てきた。
もうすぐ卒業。
このまま何も言わなければ、きっと会えなくなる。
そのことを考えるたび、胸が苦しくなっていた。
⸻
放課後。
香織は真子に声をかけた。
「まこち、ちょっと相談いい?」
教室の窓際。
香織は少し恥ずかしそうに言った。
「黒田先輩に・・・・告白しようと思ってるんだけど・・どうかな?」
真子は香織をじっと見ていた。
本当は知っている。
黒田には、すでに好きな人がいることを、
告白しても――結果は変わらない。
それでも真子は言わなかった。
「私の結果聞いて、決めるのはよくないと思う」
香織は少し眉をひそめた。
「えっ? なんで?」
「かおりんが好きなら、告白すればいいじゃん」
その言葉はあまりにもあっさりしていた。
香織は顔をしかめる。
「みんなの相談はちゃんと見てあげるくせに」
「私のは見てくれないんだ・・・・」
真子は香織を見つめたまま黙っていた。
「私だけ突き放すの?」
「そんなの・・・・」
「ひどいじゃん!」
香織は怒ったように立ち上がる。
「もういい!」
そう言って教室を飛び出していった。
その様子を見ていた莉英奈が真子に言う。
「ちょっと冷たすぎない?」
真子は少し考え込んでから莉英奈の顔を見る。
「・・・・場所変えよ」
そして、2人は屋上へ向かった。
屋上は冬の風が直接当たって冷たい。
莉英奈が腕を組む。
「なんで、わざわざ場所変えるのよー」
「んで?どういうこと?」
真子は静かに言った。
「かおりん・・告白してもダメなの・・」
「黒田先輩には好きな人がいるから・・」
それを聞いて莉英奈はため息をついた。
「それ、かおりんに言ってあげればよかったじゃん」
真子は首を横に振る。
「でもね・・・・」
「その告白がきっかけで、別の人と付き合うことになるの・・」
莉英奈は驚き、食い付くように凝視する。
「はぁー?」
真子は続ける。
「今回の告白がないと、その人とは付き合えないの・・・・」
「・・・・トリガーみたいなもの」
莉英奈は理解できない顔をする。
「いやいや、付き合うってことはその男もさ、かおりんのこと好きなんでしょ?」
「だったらいつか付き合うじゃん」
真子は下を向いて静かに言った。
「・・・・ならない」
「だから・・・・かおりんは黒田先輩に告白しないといけない」
莉英奈は絶句した。
「ちょっと待って、それって、つまり・・」
「黒田先輩に振られる未来が必要ってこと?」
真子はゆっくり頷いた。
そして、小さく付け加えた。
「うん・・・・」
「未来の旦那さんのためにも・・・・」
「えっ?」
「今、未来の旦那って言った?」
「うん・・・・」
「次に付き合う人が未来の旦那さん・・・・」
「だれよ?」
「それは、今、言えない・・」
沈黙。
莉英奈は真子を呆れた顔で見る。
「まこ・・・・」
「あんた、どこまで見えてるの?」
真子は少しだけ笑った。
「りーなには教えてあげる」
「私にはね、みんなに1本の線が視えてるんだ」
「その線をずーっと辿っていく」
「そしたら無数に枝分かれした、木みたいな場所に辿り着くの」
「枝分かれは選択」
「選択によって、未来が変わる」
莉英奈は息を呑んだ。
「・・・・それって全部辿れるの?」
真子は肩をすくめた。
「最初は無理だったよ・・小さなツリー」
手で小さな円を描く。
「でも訓練して、慣れて」
「今はかなり大きいツリー」
そう言って両手をグッと広げる。
莉英奈は肩を竦める。
「まこち・・・・あんた」
「やっぱ普通じゃないわ」
「知ってる・・・・」
真子はそう言って微笑みを見せた。




