[34]
今回はいつもより長いですが、
お付き合いください、、、。
昼の熱気が嘘のように消えていた。
夜の校舎は、まるで呼吸を止めている。
誰もいないはずなのに、視線だけが残っているような気配。
窓の外では街灯の光が細く差し込み、床に長い影を落としていた。
――カツン。
3人の靴音だけが、やけに大きく響く。
照らしている懐中電灯が、微かに明滅し始めた。
光が揺れるたび、廊下の奥が歪んで見える。
「・・・・あー、これいるな。近いわ」
真子は軽い口調でそう言いながら、周囲を見渡し、迷いなく先頭を歩く。
その斜め後ろでは、由美が真子の左腕をぎゅっと掴んでいた。
さらにその後方では、ケンケンが真子の服の裾を握りしめ、半分隠れるように歩いている。
「ちょ、まこち・・・・ほんとにいるの?」
「いるいる。めっちゃいる」
軽すぎる返事に、由美の握る力がさらに強くなる。
2年4組の教室まであと少し。
その手前で、真子がピタリと立ち止まった。
由美とケンケンは理由もわからず、ビクッと身を強張らせる。
真子は前方を指差して口を開く。
「ケンケーン。・・・・あれかなーぁ?」
ケンケンは恐る恐る真子の背中から顔を出し、その方向を見る。
そして、息を呑んだ。
そこに――
言葉にできない「何か」が立っていた。
人の形に似ているが、輪郭は揺れ、影のように黒く歪んでいる。
顔らしき部分は黒く塗り潰され、ただ空洞だけがこちらを見ていた。
空気が重く沈み、温度が下がる。
「・・・・そうです。あれです・・・・あれ・・・・」
声が震える。
由美は同じ方向を見るが、何も見えない。
「えっ?なに?何が見えるの?ちょっと待って、何も見えない・・怖いんだけど!」
その瞬間。
――それが、こちらに身体を向けた。
そして。
ゆっくり、一歩。
こちらへ、ゆら〜り、ゆら〜りと近づいて来た。
ケンケンは震えあがる。
「まこ殿・・・・来ました・・・・!」
何も見えない由美はケンケンの言葉に恐怖する。
「えっ!?マジ!?今どこ!!見えないって!」
「ぎゃーっ!まこちっ、助けて!」
真子は平然としていた。
黒いモノが近くまで迫ったその時、
騒ぐ二人を無視するように、静かに目を閉じる。
右手を上げ、空中に五芒星を描きながら指を鳴らす。
左・・パチーーン
右・・パチーーン
左下・・パチーーン
上・・パチーーン
右下・・パチ・・・・
(ん?)
上・・パチ・・・・
(ありゃ?)
瞬間。
3人の周囲に透明な膜が広がる。
バチーーーーン!!
黒いモノが見えない壁にぶつかって弾かれた。
ケンケンは完全にフリーズ。
由美は音だけが聞こえて、パニック状態。
真子は、テヘペロ顔でケンケンを見る。
「ケンケン・・・・結界・・失敗しちゃった」 「えへっ」
「これ、あんまり長く持たないから早く倒してね」
ケンケンが絶叫する。
「はぁぁぁぁ!?」
「そんなこと、言われてもー、倒し方わかりませんからーーー!!」
「もーぅ、だーかーらー、剣でーぇ、こうっ、だってば」
真子は刀で切りつけるような素振りを見せる。
ケンケンは慌てふためく。
「剣なんて持ってないのにどうしろって言うんですかー!?」
「あんたバカだろ、そうだ、バカだ!」
「はぁ!?まこ様に向かってバカとはなんだ!バカとはーー!!」
その間にも、黒いモノは結界を殴りかかっている。
バチッ、バチッ、バチッ。
結界に亀裂が走り始める。
さらに。
どこからともなく無数の影が集まり、結界へ群がった。
叩く。
叫ぶ。
歪んだ声が廊下を満たす。
由美は不安な表情で周りを見渡す。
「うわっ、なんかさっきよりも音ヤバい!まこち、これ大丈夫!?」
「ん?ゆみ、じゃあ見せてあげる」
真子が由美の手を握る。
瞬間。
由美の視界が切り替わる。
――見えた。
歪んだ影が結界を殴りつけている。
「うんぎゃあああああ!!」
ヘナヘナっと、その場に崩れ落ちる。
「ケンケン!ゆみがヤバいって!早く倒して!」
「ってか、あんたが由美さんに、見せなくてもいいモノ見せるからでしょーが!!」
「くそっ、いきなり言われても、できないって!」
これ以上の負荷はヤバいと真子は判断する。
「もー、面倒くさいなー」
真子は肩をすくめ、右手に意識を集中させる。
周囲から光が真子の右手に集まる。
そして形を成していく。
現れたのは――巨大なハリセン。
「こうだよ、こう」
真子は巨大ハリセンで無数の影を張り倒していく。
バシ、バシ、バシーーン!!
ハリセンで弾き飛ばされた影は次々と消滅していく。
「ふーーぅ、わかったー?じゃ、あとよろしく」
「そこまでやったなら全部倒せよ!」
ケンケンのツッコミを真子は完全にスルー。
ケンケンは諦めて、歯を食いしばる。
「うおーーーーっ!光よーー!集まれーー!」
しかし、何も起きない・・・・
結界のヒビは広がる。
「ケンケーン。自分で制限してるんだよ。解除しないとー」
「はぁー!? できませんって!」
「もーぅ! 面倒くさい奴だなーー」
真子は渋々、ケンケンの肩に手を置き、目を閉じる。
意識が潜っていく。
ケンケンの線を辿る。
深く。
(怖い・・でも・・逃げたくない・・)
ケンケンの思考を通過。
さらに、深く。
――サーバー。
光の流れ。
制限。
ロック。
「・・・・あっ、これだねっ」
指先で掴む。
「パーーイプ・・カーーット!」
真子が叫んだ瞬間。
ブチーーン
ケンケンは頭の中で何かが切れたのがわかった。
(なんか・・アソコも・・むず痒い・・)
次の瞬間。
周囲から光が集まり、右手に刀が現れる。
日本刀のような、美しい曲線。
「こ、、これは?」
ケンケンは光の剣を眺めている。
真子は煽る。
「いけーケンケーン!」
由美も煽る。
「ケンケン!早く切っちゃってー!」
「うぉーーーーーーっ」
ケンケンは叫びながら振り抜いた。
光の斬撃が走る。
結界ごと。
影を。
――真っ二つ。
静寂。
影は崩れ、消滅した。
真子は目を丸くする。
(えっ?・・・・私の結界ごと切った・・・・?)
(この出力・・・・予想以上だねー・・・・)
由美は・・涙目。
【ケンケン・・なんか・・カッコいい・・・・】
廊下に、静寂が戻る。
さっきまで充満していた圧迫感が嘘のように消えていた。
揺れていた懐中電灯の光も、今は穏やかに床を照らしている。
ケンケンは、しばらくその場に立ち尽くしていた。
右手に握られた光の刀。
自分でも理解できていない顔。
「・・・・え?」
ぽつりと漏れる。
「・・今・・我が・・・・斬った・・?」
手を見つめる。
光はまだ淡く残っている。
「え?・・えっ??・・・・えぇ???」
『え』の3段活用で混乱が増していく。
真子はそんな様子を見てニヤッと笑った。
「おー、ちゃんと出たじゃーん。よかったねー」
「いや、いやいやいや!!」
ケンケン、完全パニック。
「まこ殿!!今の何ですか!?我が!?我が!?!?」
「剣だよ」
「それは見れば分かります!!」
由美は床に座り込んだまま、呆然と二人を見上げていた。
「・・・・ほんとに・・・・終わったの?」
「終わた終わた」
真子は軽く手をひらひらさせる。
「結界は壊されちゃったけど、もう気配はないから大丈夫だよん」
その言葉に、由美の肩から力が抜けた。
「はぁぁぁぁぁぁ・・・・」
そのまま後ろに倒れそうになる。
真子が手を引っ張って起こした。
「おつかれーぃ」
「ノリが軽いっ!!」
由美が思わずツッコむ。
ケンケンはまだ手を見ていた。
「・・・・我が・・・・こんな力を・・・・」
声が震えている。
驚きと、少しの恐怖。
そして――ほんの少しの高揚。
真子はそれを横目で見て、少しだけ表情を緩めた。
「ま、最初はそんなもんだよ」
「えっ?最初・・・・?」
「うん。これからもっと出るよ」
「えっ」
「たぶんねー」
「たぶん!?」
由美がツッコむ。
真子はくるっと踵を返した。
「よし、帰ろっか」
「え?もう?」
「もうやることないしっ」
当たり前のように歩き出す。
ケンケンはクイクイさせながら、
慌てて後を追った。
由美も小走りでついてくる。
夜の校舎を三人の足音が進んでいく。
さっきまで怖かった廊下が、少しだけ違って見えた。
出口の扉を開ける。
夜風が頬を撫でた。
「・・・・あーーっ、生きて帰れたーーぁ!」
由美が大きく息を吐く。
真子は親指を立てる。
「ゆみっ、ナイスファイトッ」
「あたし、何もしてないっ!!」
ケンケンはまだ刀のあった手を見ている。
そして小さく呟いた。
「・・・・まこ殿」
「ん?」
「・・・・ありがとう・・・・ございまする」
少し照れくさそうな声。
真子は少しだけ目を細めた。
「どーいたしましてー」
そして。
3人並んで歩き出す。
夜の学校を背に。
月明かりの下。
さっきまでの恐怖は、もう笑い話になり始めていた。




