[20]
街に降りると、空気が変わった。
山の静けさとは真逆。
人の気配、足音、雑踏のざわめき。
匂いすら多すぎて、真実は無意識に眉を寄せた。
「・・・・まこ、なんか今日、多くない?」
「多いね。夏休みだから仕方ないよ」
真子は軽く答えるが、視線は真実から外さない。
歩き出して数分。
真実の呼吸が浅くなっていくのが分かった。
【うわ、あの人の服ださ…】
【今日の会議、最悪だな…】
【お腹すいた…】
雑多な心の声が、無差別に流れ込む。
真実の足が少しよろけた。
「・・・・来てる?」
「・・・・ああ、重い・・・・」
真子は頷く。
「じゃあ、やってみよ。説明したやつ」
「線の分別?」
「そう。それ」
真実は立ち止まり、目を閉じ、意識を内側へ向ける。
接続。
大量のチャンネル。
雑音の海。
(くっ・・・・多すぎるっ)
頭の奥でざわめきが膨れ上がる。
意識の中に、無数の線が広がる。
とりあえず、全部を押し返そうとした。
真子の眉がぴくりと動いた。
「あっ・・・・」
――ぶつん。
一瞬、静寂。
次の瞬間。
【最悪…】
【時間ない…】
【なんで俺ばっかり…】
さっきより強い波がドバーーっと押し寄せる。
「・・・・いっ!」
真実の顔色が一気に悪くなる。
「違う!違うよ、全部押し切ろうとしちゃダメ!」
真子が横から声をかける。
「聞きたいのだけ残すの!」
「わかってる・・でも、そんなの・・・・」
人の声。
足音。
心の声。
全部が混ざり、境界が消えていく。
真実の頭はフリーズ状態に入る。
視界がグニャっと歪んだ。
「・・・・ちょっと座ろっか」
真子が短く言う。
真実はその場にしゃがみ込み、膝に手をついた。
呼吸が荒い。
「・・・・ダメだ・・・・多すぎる・・・・」
「うん、ダメだね」
真子はあっさり言う。
責める響きはない。
ただ事実。
真実は苦笑した。
「・・・・難しいな」
「そりゃそうでしょ。私は2年以上かかってるんだから」
真子は近くの自販機から水を買って渡す。
「ほら、飲む?」
「それとも私が口移しでーー」
「・・・・俺、向いてないのかな」
真子の言葉を遮り、真実は水を受け取る。
「は? なにそれ」
真子が不満顔のまま即座に返す。
「まだ始まってもないのに諦めるの早いよ」
「・・・・でも」
「今は“失敗の仕方”を覚えてる段階」
真子は人混みを眺めながら言う。
「全部聞こうとするから潰れるの」
「・・・・」
真子は視線を真実に戻す。
「・・・・選べないなら、今は潰れてOK」
あっさりした、でも優しい言葉に、
真実は少し笑った。
「・・・・優しいのか厳しいのか分からんな」
「両方だよ」
真子はニヤッと笑う。
しばらく沈黙。
人の流れが横を通り過ぎていく。
真実の呼吸が、ゆっくり戻ってきた。
「・・・・もう一回、やる?」
「・・・・休んでからな」
「了解」
真子は空を見上げた。
(・・・・まだ全然だな)
でも、それでいい。
最初は、ここからなんだから。




