8 傷心の遥④
三階のベランダから見た東京の夜景はただゴミゴミとしていて、何だか汚く感じられた。夜なのに、変に明る過ぎて、半分よりは幾分か膨らんでいる中途半端なお月様以外、空には何も見えなかった。
風は変にぬるくて、全然涼しく感じられない…。それでも、ほてった体に風があたると少しだけ熱を奪われるのが感じられた。風はぬるいけど、意外と心地よい。
どれぐらい経っただろうか…。ベランダで一人ぼんやりとしていると、急に園村がやって来た。とっさに中に入ろうと思ったけど、遥がまだクドクド泣き言を言っていたし、矢島が一人でおろおろとしていたので中に入ることもためらわれた。
そこで仕方なく、園村と東京の夜景を眺めることにする。彼も遥の相手をして疲れたのか、しばらくは無言のままだった。
「東雲さん、夏休みは熊本へ帰ると?」
唐突に園村が尋ねて来たので、私は完全に意表を突かれた。思わず、ベランダの手すりから滑りそうになったほどだ。園村に悟られないように滑りかかった体を立て直す。
「うん、明後日には帰るよ。早く御所浦に帰って、海に沈む夕日を見たいなき号。東京はいろんなことがあって楽しいけど、毎日目まぐるしくて、疲れるったい…。園村君は?」
「俺は部活があるから、お盆前までは東京にいるよ」
「そうなの…。福岡は恋しくないの?」
「もちろん、恋しいよ。でも、今は馬術部の活動が楽しいんちゃんね」
「そう…、それはよかった。じゃあい、せいぜい頑張りなっせよ」
酒もすっかり醒めて、体もさすがに冷えて来た。ふと中を見ると、遥もようやく落ち着いたようである。何の話をしているのか分からないが、矢島と楽しそうに話していたので、そろそろ中に入ろうとした時だった。園村に急に腕をつかまれた。
「ちょっと、その手を離してよ…」
「話したいことがあるんだ」
「はあ? 話したいことって…。さっきまで、たくさん話していたでしょう?」
「そんなこととは全く違う!」
おいおい、やめてくれよ。まさか、ワンルームの狭いベランダで言うのか? しかも、酔った勢いで告白する気なのか?
いくらガラスで隔てられているといっても、目の前には矢島と遥がいると言うのに…。こいつ、本当に何を考えているのか? 言うなら言うで、もう少しムードとかを考えて欲しいものである。
「ごめんけど、聞きたくない…」
「そんなことを言うなよ」
「じゃあ、先に謝るよ。気持ちに応えられなくて、ごめんなさい」
「何で、言う前から拒否するんだよ。それにまだ何も言っとらんし…。そ、その、僕と付き合って下さい」
「だから、ごめんなさい…。言う前から、すでにバレバレなんだよ。ごめんけど、園村君、友達としてしか見られない…」
「好きな人でもいるのか?」
「いや、別にいないけど…」
「じゃあ、どうしてダメなんだよ?」
「好きな人がいないからって、好きでもない人と付き合わないといけない訳でもないでしょう。違う?」
「そうか…」
「そんなにつらそうな顔をしないで…。私、先に中へ戻るね…」




