第17話
始まりの都を目指し、ミナトは全速力で走り続ける。後ろからは爆発音やモンスターの雄叫びなどが僅かながら、ミナトの耳に届く。その音がさらにミナトの気持ちを焦らせる。
「もっともっと、急がないと……ユズリハさんが……」
ミナトは荒い息の中、自分を叱咤するように言葉を口に出し。己の気力を振り絞る。
走り始めてどれ位の時間が経ったのか、今のミナトには冷静に判断出来なかった、五分位なのか十分以上なのか、酷く時間が過ぎた様にも、まだほんの少ししか時間が過ぎてない様にも感じ、自分の時間間隔の曖昧さに苛立ちながらも走り続けると、漸く視界の中に、始まりの都の城壁が見え始める。
「見えてきた!! あともう少し、ギルドに報告したら、直ぐに助けに戻りますから! ユズリハさん!!」
ミナトは大きな声で叫びながら、城門を目指す。その時背後から一迅の強い風が吹き付けると、ユズリハが一人で戦って居るだろう場所に天と地を繋ぐ大きな竜巻が現れる、ミナトはその光景を振り返りながら不安そうな顔で見るが、視線を前方に向けると一気にスピードを上げる。城壁はミナトの視界の中でもかなりの大きさになっていた。
ミナトが全速力走り去ると、戦端を開いたユズリハは、自分の周囲に配置し矢筒から、それぞれ効果の違う矢を使い分け、モンスターの進行を少しでも遅らせようと、一人奮戦していた。
群れで向かって来る狼や猪型のモンスターには、爆裂系の矢で進行を止め、熊型のモンスターには麻痺系の矢を使い麻痺した巨体を障害の代わりに使い、小型モンスターの進行を遅らせた、
「舐めないでよ、ボクはこれでもLV18の猟兵なんだ、初期フィールドに出てくる、モンスターなんかに遅れは取らないよ!!」
ユズリハは己を鼓舞するように叫ぶと、群れを成して突っ込んでくる猪型のモンスターに、爆裂の矢を射る。
爆発を起こし群れの大半が吹き飛ぶが、ダメージに構わず体を焦がしながら突っ込んでくる、猪型モンスターに止めの矢を放ちながら、ユズリハは自分の居る丘の頂上を堅守する。
高い所から放つ矢は通常より遠くに飛ぶため、射程がさらに伸び、長距離からの攻撃を可能にさせる戦術的な優位をユズリハに与えていた。その優位性を失わない為にユズリハはなるべく長距離から攻撃を始め、丘を登りきる前に敵に止めをさせる様に、慎重に敵の進行具合を見極めながら戦っていた。
しかし、数で圧倒的に勝るモンスターの進行に、徐々に押され始める、先程倒したモンスターも、ユズリハが居る丘の頂上から僅か十数メートルと言う所まで押し込まれている。
(さすがに、数が多いね……今は何とか距離を保って戦えてるけど……いずれは押し込まれる)
ユズリハは内心の焦りが、弓を射る手に伝わらないよう、心を落ち着けるため深呼吸をする。
「さて、これから本番だね……本格的な進行が始まるのは……」
ユズリハは遠くに見える森から次々と現れるモンスターを見つめると、弓を持つ手に力が入る。
「でも、ここはタダでは通さないよ!」
大きな熊型のモンスターに矢を撃ち込みながら、自分の体にスキルの効果が現れるのを感じる。ユズリハのスキルはパッシブスキルが四つ、アクティブスキルが三つの構成で、今、ユズリハに力を与えてくれたのはパッシブスキルだろう。ユズリハは自分の放つ矢の威力と命中率が上がったのを感じると。
「此処で一気に数を減らすよ!!」
ユズリハの持つ弓が輝くと、番えた矢に膨大な空気が圧縮する様に集まってくる。輝く光が白から緑に変る、その瞬間ユズリハは矢を放つと、巨大な圧縮空気と共に、甲高い音を上げながら矢がモンスターの群れに突っ込むと爆発音と共に矢は地面を抉りながらさらに数十メートル進むと、圧縮空気と共に爆発する。かなりの数のモンスターが吹き飛び、一気にその数を減らす。しかし、それも一瞬でユズリハの倒した数の倍以上が後方から合流し進行してくる。
「まだまだ!!」
ユズリハは弓に矢を番えると、今度は上空に向けて構える、矢が淡い輝きを放ち始めバチバチという放電音がユズリハの耳に聞こえ始めると、一気にその矢を上空に解き放つ、矢は一直線に飛びモンスターの群れの上空に届くと、幾条もの雷を落とす、感電し体を麻痺させたモンスターを、後方から来たモンスターが跳ね飛ばしていく、そこで進行に速度が落ちると、ユズリハは、もう一度弓に矢を番え先程の圧縮空気の矢を撃ち込む。モンスターの数が減り進行速度も緩むと、ユズリハは荒い息と共に体がふらつく。
「はぁはぁはぁはぁ……流石にスキルの連続使用は堪えるなぁ……」
それでも第一波のモンスターの進行を凌ぎ切った事を感じ、大きく息を吐き、乱れた呼吸を整えようとする。
森から現れるモンスターの数は減ってはいないみたいで、今はそれぞれが群れを成し、次の進撃に備えている様にユズリハには見えた。
「まったく、普段はあまり統制なんか取らないくせに、こういう時だけ行儀が良いんだから……嫌になっちゃうよ!」
ユズリハは矢筒から矢を取り出し弓に番えると、今は遠くに居る、仲間に対して呟く
「ミナト君、速く来ないと……ボク死んじゃうぞ……」
その一言をかき消すかのように、モンスターの第二波進行が始まった。
ミナトは息を切らせながら城門に辿り着くと、急いで中に入ろうとすると、前方から来た、プレイヤー達とぶつかってしまう
「ととっ、大丈夫か? いやに慌てているが何かあったのか?」
ミナトがぶつかったのは、金属の鎧を身に着けた戦士風の男で、息を切らせ必死の形相のミナトの様子を疑問に思ったのか、アイテムストレージから水筒を差し出しつつ問いかけてくる
「はぁはぁはぁ……この城門を抜けた先の森で、暴走が起こったんだ! 今は僕の仲間が足止めしているけど……たぶん長く持たない、たのむ! この事をクライマーギルドに報告して貰えないか……?」
「暴走だと……それは本当なのか?」
戦士風の男は、仲間と共に驚きながら、ミナトを見つめる。
「こんな事を冗談で言える筈が無いでしょう!? 頼むから速くギルドに報告をして下さい!!」
ミナトは大きな声で懇願すると、戦士風の男のパーティーの一人がギルドに向かい走り出す。
「俺が報告してきてやるから、クレス達は片っ端からフレに連絡しまれ!! とにかく人数を集めるんだ!! この始まりの都には初心者や低LVプレイヤーしか殆ど居ないんだ、少しでもLVの高い奴が前線に出ないと、マジでこの始まりの都までモンスターが進行してくるかも知れないぞ!!」
そう言い残して、その男は駆け出す。クレスと呼ばれた戦士風の男は、ウィンドウを開き、早速フレンドに連絡を取り始めていた。ミナトは渡された水筒の中身を一息に飲み、残った水を頭から被ると、北の城門から、また出て行こうとする。
「おい、君、一体どうする気だ! 見た所初心者みたいだけど…まさか戻るつもりなのか?」
「約束したんです……必ず助けに行くと……えっと……クレスさんでしたか? 水、ありがとうございました。あのギルドに連絡に行ってくれた人にお礼を言って置いて下さい」
「死にに行くようなものだぞ! 俺たちのパーティーの準備が出来たら一緒に…」
クレスはミナトにそう言うが、ミナトは微笑むと城門の外を目指し走り出す。
「本当にありがとうございます。でも、一刻も早く戻ってあげないと……多分僕の事を待ってると思うから……」
クレスはミナトのその言葉を聞き、引き止めるのは不可能だと感じると、アイテムストレージから一本のポーションを取り出し、ミナトに投げる。それを不思議そうに顔で受け止めると
「能力値を上昇させる効果のあるポーションだ、気休めかもしれないが飲んでおけ、それと……あまり無理をするなよ?」
クレスの言葉に嬉しそうに笑い、貰ったポーションを飲むと、ミナトは城門を飛び出して行く、最後にクレスに振り向き、手を振りながら、大声で叫ぶ
「ありがとーーーー! このお礼は必ずするからーーー!!!」
「ああ!! 期待しないで待ってるよ!!」
クレスも手を振り、叫び返す。かなりの速度で走り去るミナトの背を見送ると、後ろで待っていたパーティーメンバーに向かい、クレスは指示を出す
「まずは、ギルドに行って、フレ達と合流だ! ついでにギルドからの対策も聞いて、それから急いで出発するぞ!」
そう言って、クレスはギルドを目指し急いで歩き出すと、城門を振り返り、もう見えなくなった人影に笑顔を浮かべると。ギルドに向かって走り出したのだった。
かなりの距離まで、押し込まれるようになったしまったユズリハは荒い息の中、それでも冷静に敵の進軍速度を見極めながら、敵の各個撃破を続けていた、
「どうにか、今は丘の上を維持できてるけど……もうあまり長くは持たない…」
ユズリハは冷静に判断し、この場所の放棄を決めた、
「でも、最後に取って置きを見せてやる!!」
ユズリハは、丘を登ってくる無数のモンスターを前にして、右手を前に差し出すと大きく声を張り上げる
「マルチボーテクストルネード!!」
その言葉を発した瞬間、ユズリハの全身から光の粒子と共に綺麗な緑の髪の美しい長身の女性が現れる。その女性が右手を掲げると、空に積乱雲が急速に集まり始める、気流が乱れ始めると、周囲に強い風が吹き始める、一気にその風が強くなると、上空には漏斗雲が現れ、それはやがて強い渦を巻いて、雲と大地を繋いだ、巨大な竜巻が丘を登ってくるモンスターを吸い込んでいく、そのまま竜巻はモンスターが溢れ出す森に向かい木々や岩をも巻き上げ数百メートル進むと、ゆっくりと消えていく、後には吹き飛ばされ巻上げられ地上に落下し、息絶えた大量のモンスターが光と共に消えていく光景だった。
「ありがとう、テンペスト……」
そう言って、近くで防御フィールド張っている、緑髪の美しい女性にユズリハは礼を言うと、テンペストと呼ばれた女性は笑顔を浮かべる
『久しぶり呼んでくれたと思ったら、いきなり全力攻撃なんて……驚いちゃったよ私は』
そういって防御フィールドを解くと、緑の美しい髪を払いながらテンペストはユズリハを抱き締める
『もう、こんなになるまで無茶して……もっと速く呼んでくれたら良かったのに……』
「だって、今のボクじゃあ、テンペストを呼べるのは、一戦闘に一回が限度だから…ここぞと言う時以外は無理だよ……それにしてもMPがすっからかんだよ……テンペストは相変わらず大喰らいだね……」
ユズリハはテンペストに抱き締められたまま、胸の中で文句を言った
「それは、ユズリハの修行が足りないからよ! これからはもっと真剣に修行なさい」
テンペストはそう言うと、抱き締めたユズリハを離すと、徐々にその姿が透明になっていく
「本当にありがとうテンペスト……言われた通りにこれからは真面目に頑張るよ」
ユズリハの言葉に優しい微笑を浮かべると、テンペストは緑色の綺麗な光の粒子を残し消えていく。その姿を見送ると、ユズリハは力なく膝から落ち、尻餅を着く。
「あはは、まさかここまで凄いとは知らなかった……テンペストが此処まで強い精霊だったなんて……」
周囲には正に自然災害が通った後の様相をしていた。飛散物があちこちにちらばり、尖った石は大きな木の幹の半ばまで突き刺さり、竜巻が通った後の森には、木など一本も生えていない。ユズリハは己の精霊の強さを頼もしく思う一方で、少し体を震わせる、それはきっと人間が感じる自然災害への原初の恐怖なのだろう。ユズリハは座り込みながら、周囲の見渡すと、モンスターの陰は見当たらない
「あはは、まさかミナト君宣言した通りに、一人で暴走を止める事が出来たなんて……これは少し自慢しても良いよね。」
ユズリハは嬉しそうに笑うと、その場に寝転ぶと、目を閉じる、丘を抜けていく爽やかな風に吹かれなていると、地面から地鳴りが聞こえてくる、その音に目を開け、急いで立ち上がると、遥か地平の先を見つめる、その先には地平線いっぱいに土煙が上がっていた。その光景にユズリハは体が震えてくる
「あはは、冗談だよね……この暴走って、あの森で起こった暴走では無くて、この始まりの都から。北の地域全体で起こった暴走だったなんて……」
愕然としながら、地平の先を見つめるユズリハの表情は絶望に彩られていた。




