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門番には同情の眼差しを向けられた。
ぐしゃぐしゃになった顔で、どうにか笑えていただろうか。
会釈をして門をくぐると、どっと疲れた。
その場にへたりこんでしまう。
しかし、そのままでもいられない。
昼食までにはクロトは戻ってくる。
とにかく台車を使えるようにせねば。
よく見ると車輪が4つ添えられていた。
ミシャひとりで組み立てられるだろうか。
車輪の軸と、台車の軸をみる。
大丈夫そうだ。
「ここをこうして、こう嵌めて……」
「違う。逆だ」
声が降ってくる。
振り返ると門番がやきもきした顔でミシャの作業をちらちらと見守っていてくれた。
いつもの門番よりもぐっと若い。
ベテラン勢に比べると、やや無関心を装うのはうまくないようだ。
近付いて、門を隔てて教えを請う。
「こう、ですか」
「そう」
嵌った。
くるくると回転する。
残りの3つも同様にした。
よかった。
「ありがとうございま──」
礼を言おうとして振り仰ぐと、門番はもうこちらを向いていなかった。
背中、後ろ姿。
見慣れた世界。誰も助けてはくれない世界。
ミシャは苦笑した。
大丈夫。
いつものこと。
大丈夫。大丈夫。
けれどミシャはついに耐えきれなくなって、両手で顔を覆った。
大丈夫。大丈夫。
いつものこと。
特に気にすることない。だって何度もあったんだから。今日が珍しいわけじゃない。
ほら、涙と鼻水を拭って、働いて。
着替えて、髪を整えて、顔を洗って、昼食を受け取るの。並べ終えたら、皆をお呼びする。お皿を洗って拭く。アトロポスの髪を切る。
大丈夫。
クロト様にはお金を落としてしまったと言うの。
大丈夫。
嗚咽が漏れてしまいそうになるのを堪えて、袖で顔を乱暴に拭って台車を押した。
いつまでも喉が痙攣していた。
門番が少し振り返った気がした。
◇
王室の馬車が屋敷に到着する。
門の中までは入らなくていいと伝えて、門前で降りた。
公爵の代わりとはいえ、事業は面倒くさい。生きるために金は必要だが、億劫だった。金のために生きるような真似はしたくないが、神に愛された一族はなぜか経営難とは縁遠い。不思議と金が稼げる。
アトロポスは外に出ただろうか。
いや、出てはいないだろう。
あの子は誰よりも疫病の神を憎んでいる。
誰よりも友人を渇望したのに、これまでの一族と同じように誰からも相手にされなかったから自分自身そのものを嫌っている。
ミシャはどうやって説得したのか。はたまた諦めたのか。外出させられなかったことを自分になんと説明するのか。
「あ、あの」
仰天した。
門番が話し掛けてきた。
新人だろうか、随分と若い。
門番と話した記憶がとんと浮かばなかった。
「……なんだ」
問うと、門番は屋敷の敷地を振り返って表情を険しくする。
「さっき、その……」
「不審者か」
「いえ……なんでもありません」
なんなんだ。
クロトは小首を傾げながら、不思議なこともあるものだと門をくぐる。
食堂を覗くと、既にラケシスとアトロポスが食事を始めていた。
ミシャが驚いた顔で歩いてきた。
──違和感。
いや、なにがおかしいのかと聞かれたらわからないのだけれど、なぜだか妙な違和感を覚えた。
朝までのミシャではない?
「お出迎えもせず失礼しました。おかえりなさいませ」
礼が浅い、気がする。
なんだろう、この違和感は。
ラケシスとアトロポスにも挨拶され、頷いて返した。
「すぐにご用意します」
「ああ」
席に着くと、ミシャが台車から料理を次々と運んでくる。
「購入できたか」
「はい。非常に助かりました」
ミシャは目を伏せがちにして料理を並べていく。
「アトロポスと?」
「……申し訳ありません」
「だろうな」
ミシャがグラスを用意する。
並々と注がれたグラスを一口飲んだ。
「最低でも1日に一回は外の空気に当たらせてくれ。わかってるな、アトロポス」
アトロポスは無視を決め込んでいる。
元々少食だが、口に運ぶ一口そのものが小さい。
「ご安心ください。アフターヌーンティーは外で召し上がってくださるお約束です」
「なら、いい。ラケシスはなぜ怪我をしてるんだ? 唇が切れてるじゃないか」
問うと、ラケシスがらしくもなくカトラリーを落とした。
しかも噎せている。
ミシャが急いで代わりのカトラリーを渡し、落ちたものを拾う。
「……申し訳ありません。ラケシス様のお怪我も私のせいでして……入浴の際に滑って傷付けてしまって……」
ミシャはわざわざクロトの傍で頭を下げた。
握り締めた指先が白く変色している。
「初めから完璧にできる人間はいない。気を付けてやってくれ。領収書は?」
また指先が白くなった。
「……申し訳ありません」
ミシャは顔を上げない。
貰い忘れたか、失くしたか、あるいは──。
「着服か?」
はっと、ミシャが顔を上げた。即座に否定した。
「ち、違います! そんなことは──!」
「残金はいくらだ?」
「それは、その」
「残っていないのか? 少しも?」
ミシャがまた頭を下げた。
「申し訳ありません」
嘘をついているようには見えない。
こんなにわかりやすい着服の仕方もないだろうし、やはり失敗をしたと受け取るのが自然だろう。
「2度目はない。次は必ず領収書と残金を持ってくるように。指示どおりに動いてくれ。アトロポスも縄で縛って連れ出していいと指示しただろう」
「……はい」
「なぜ連れて行かなかったんだ。アトロポスがいたら、そんな失敗もしなかったのではないか。金の横領を疑われるなんて恥だと思わないのか」
「……申し訳ありません」
嘆息つく。
さっきから"申し訳ありません"ばかりだ。
「もう、いいじゃねえか。謝ってんじゃん。次にやったら罰すればいいんだし、1回目なんだから勘弁してやれよ」
「しかし従者が金を盗むことはよくある──」
「僕が行きたくないって強く言ったんだ。兄弟喧嘩はやめてよ」
珍しく弟ふたりに諭される。
そのとおり、この屋敷で体調の悪くならない人材は奇跡だ。
完璧を追い求めてはいけない。
ましてや正直に謝っているわけだし、人柄や働きぶりをみるにきっと悪人ではないのだから。
「わかった。ナフキンをくれ」
「は、はい」
ミシャは歩いて台車まで向かった。
ピンときた。
違和感の正体。




