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ミシャは夜のための備品を指折り数えた。
ヘアオイルと石鹸と体を洗う用のタオルと、体を拭くタオルと、好まれるかもしれないから櫛と、爪とぎと、バスローブ。あとは保湿剤。このくらいだろうか。あ、香水も持っておこう。……いや、女性物だった、辞めよう。
ラケシスの入浴は時間が決まっていないらしいから、食後の8時頃に行けば遅すぎることはきっとない。
それまでに皆の服を回収して、入浴補助が終わったらラケシスの服を回収して、リネン交換のために門まで運べば無駄はないはず。
今日の仕事はそれで終いだ。
まずはアフターヌーンティーだ。
クロトとラケシスは自室と言っていた。
アトロポスはどうだろう。
「アトロポス様、アフターヌーンティーをお持ちしました。どちらで召し上がられますか」
ノックをする。
返事はない。
クロトからは強引に入ってもいいと言われてはいるが、さすがに気が引ける。
クロトの指示を優先するか、アトロポスのプライバシーを尊重するか。
うーん。
ミシャは迷って、クロトの指示を優先した。
「アトロポス様、開けますね」
入室すると、そこは暗闇だった。
ランプがひとつだけ灯されていて、窓は閉め切られ、光は一寸も入ってこない。
これはクロトも外に連れ出せと強く言うだろうと納得した。
ランプのすぐ傍にアトロポスがいた。
僅かな灯りを頼りに、本を読んでいるらしかった。
「アトロポス様、バルコニーでも構いませんので外で召し上がりませんか?」
「いらない。お腹空いてない。さっきたくさん食べたから」
「お茶だけでも」
「そこに置いておいて。喉が渇いたら飲んでおく。カップは夕食のときに食堂に持って行くから気にしなくていいよ。お菓子は全部あげる」
「しかし……」
アトロポスはきっとあまり外が好きではないのだ。
しかし先程はちゃんと陽の光の下を歩いていたから、外出が出来ないわけではない。だからこそクロトも連れ出せと言っているのだろう。
うーん。
クロトの指示か。
アトロポスを尊重するか。
うーん。
長子はクロト!
ご両親が不在の今、クロトこそが公爵といっても過言ではない!
「ごめんなさい!」
ミシャはアトロポスの腕を強引に引っ張って部屋を出た。
細いが、ちゃんと筋肉のついた男の腕だった。
きっと振り払うこともできるのに、アトロポスは動揺しているのか、敢えてそうしないでいてくれるのか、抵抗はあるものの付いてきてくれた。
「やめてよ、なんなの?」
「ごめんなさい、クロト公子様に外に連れ出せと言われているもので!」
「連れ出したって言っておいてよ」
「と、とりあえず風にだけ当たりましょう!」
「さっき歩いたんだから勘弁して。今日はもういいでしょ」
「あーうーえー……んー……! ごめんなさい! お庭にお席をご用意してます!」
「確信犯かよ」
「ごめんなさい!」
そうして強引に連れ出したアトロポスと急ごしらえのピクニックを開始した。
日向に敷いた薄い絨毯はぽかぽかと発熱しているみたいに温かい。
ほのかな風。
葉の匂い。
木漏れ日。
「気持ちがいいですねぇ」
「あんたはね。」
「……すみません。お茶は少なめにお淹れします」
いつも注ぐよりも半分程度にしてやった。
早く飲み干して、すぐに戻りたいだろうと思ったからだ。
しかし、意外にもアトロポスは茶に口を付けずに、風を感じている。
よかった。
外を嫌っているわけではなさそうだった。
「あんたも飲みなよ」
「……ありがとうございます」
お言葉に甘えて紅茶をこくりと飲んだ。
陽の光のような温もりが胸にじんわりと広がっていくこの瞬間が好きだ。
吐く息も温度をあげて、ほっとする。
「あんた、髪の毛は切れるの?」
「髪……」
しまった。これも女性向けのものを学んだだけだった。
そうか、整えるというのは切るという意味も含まれるのか。
「あの、ちょっと勉強してみます。明日には切れるようにしますので」
「うん。前髪はあまり切らなくていいから。量を減らしてほしい。お風呂のあとに乾きにくくて仕方ない」
「量を減らす……頑張ります」
持参した荷物の中に鋏も入れておいたはず。
リネンを運んだあとで練習しよう。
「この場所なら明日もアフターヌーンティーはここでいいよ」
「本当ですか、よかったです」
「外から見えないようにして。僕の姿が外から誰にも見られないように。」
大木のすぐ下。
屋敷のすぐ傍。
外からはなるほど確かにあまり見られなさそうだった。
外が嫌いなのではない。
アトロポスは外部の目が嫌なのだ。
「承知しました──あ! いい考えがあります!」
ミシャは籠の中から日傘を取り出して差した。
そしてミシャとアトロポスのふたりがその下にすっぽり隠れるように位置取る。
ぴったりとくっつけば、ふたりで傘の下にいられる。
「ほら、これで見えません!」
アトロポスの瞳が僅かに揺れた気がした。
長い前髪の隙間から見えた赤の揺れ。
けれどすぐに目を逸らされてしまう。
「……これじゃあ僕も外を見られないよ」
「……確かに」
仰るとおり。
早合点しすぎたかと傘を閉じようとすると、アトロポスは制止した。
「このままでいいよ。閉じろとは言ってない。」
よかった、失敗ではなさそうだった。
快活に返事をして、そのまま日傘を差しておく。
アフターヌーンティーは大丈夫そう。
少し慣れたら、クロトの言うとおり街に出掛けようと誘ってみよう。
◇
そして、いざ入浴補助へ。
ミシャは用意した入浴道具の下に侍女たるもののバイブルを忍ばせ、いつでも確認できるようにしてからラケシスの部屋を訪れた。
「そろそろご入浴はいかがでしょうか」
問うと、間延びした返事がある。
「あー、面倒くせえ。風呂って面倒なんだよなぁ。入らなきゃ駄目?」
「クロト公子様より補助を仰せつかっております。なんなりとお申し付けください。」
「洗ってくれんの?」
「はい、もちろんです!」
頭の中で手順を反芻する。
まずは浸かってもらって、それから──。
「あ、そう。じゃあ入れば?」
「失礼します」
ミシャは一礼して、すぐに風呂場の支度を始めた。
温かい湯を溜めつつ、何度もシミュレーションしたとおりに物を置いておく。
本は盗み見られるように隠しておく。
そろそろよいだろうというところで、ラケシスを呼んだ。
ラケシスはすぐに来た。
念のため入浴用の下着を持ってきたのだが──ラケシスは躊躇うことなく脱いだ。
驚いて喉から変な音が鳴った。
ミシャはあまり見ないように本当に心から努力してラケシスをバスタブに浸からせる。
ええと、何度か肩からお湯をかけてあげて、それから洗髪。
「お湯加減はいかがでしょうか」
「んー。明日からはもっと熱くていいや」
「承知しました」
肩からのお湯掛けを2度、3度と繰り返す。
「洗髪します。どちらの香りがよろしいですか」
「こっち」
従う。
泡立てて洗髪し、流して、オイルを馴染ませて頭皮をマッサージする。
大丈夫、ここまでは順調、順調。
ミシャは額の汗を腕で拭った。




