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Chapter 7 ― 失われた師

挿絵(By みてみん)


 Chapter 7 ― 失われた師 


 ――暖かい。

 最初に感じたのは、それだった。

 ルティスはゆっくりと目を開けた。

 見慣れない天井。

 古い木の梁。

 壁にはひびが入り、窓の一部は壊れている。

 差し込む朝の光が、埃の舞う部屋を淡く照らしていた。

「……ここは……?」

 身体を起こそうとする。

「……っ!」

 腹部に鋭い痛みが走った。

 ルティスは顔をしかめる。

 記憶が一気に戻ってくる。

 Gaia(ガイア)。

 巨大な岩の守護者。

 大地から流れ込む膨大な魔力。

 吹き飛ばされた身体。

 崩れ落ちた天井。

 そして――

 カイルとミナの声。

「二人は……!」

 慌てて身体を起こそうとして、再び痛みに息を詰まらせる。

 腹部を見る。

 服の下には、丁寧に包帯が巻かれていた。

 血は止まっている。

 傷も、思っていたよりずっと綺麗に塞がっていた。

「誰が……?」

 その時。

 部屋の奥から声がした。

「目が覚めたか」

「……!」

 ルティスが振り向く。

 そこに――

 一人の老人が立っていた。

 丸い眼鏡。

 穏やかな目。

 白髪。

 古びたローブ。

 何度も見た姿。

 何度も呼んだ名前。

 その姿を見た瞬間。

 ルティスの胸が、大きく締めつけられた。

「……オルド先生……?」

 老人は答えない。

 ただ静かに、ルティスを見ていた。

「先生……」

 声が震える。

 目から涙がこぼれた。

「なんで……」

 一度、言葉を止める。

「学院を追放されたあの日ですら、顔を出してくれなかったのに……」

 老人は静かに目を伏せた。

「……すまなかった」

「どうして……?」

「私には、あの時できなかった」

「何が?」

「君を守ることが」

 ルティスは唇を噛んだ。

挿絵(By みてみん)

「だったら……」

 拳を握る。

「どうして今になって……?」

 老人はすぐには答えなかった。

 ゆっくりと窓の外へ目を向ける。

 遠くには山々が見える。

 そのさらに向こうに――

 グランディアがある。

「まだ、終わっていないからだ」

「……何が?」

「君の物語が」

 ルティスは老人を見つめた。

「先生……何を知ってるの?」

 老人の瞳が、わずかに揺れた。

「君自身に封じられた記憶について」

「……!」

 ルティスの表情が変わる。

 銀紫の髪。

 自分を呼ぶ声。

 宝玉に触れるたび、断片的に見える少女。

「……エレナのこと?」

 老人は答えなかった。

 その代わり老人の姿が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。

 まるで水面に映った姿のように。

「……先生?」

 ルティスが目を細める。

 オルドは穏やかに笑った。

「私は、もう君の知っている私ではない」

「どういうこと……?」

「ここにいる私は、かつての私が残した記憶と魔力の一部だ」

 ルティスは言葉を失った。

「記憶と……魔力?」

「ああ」

 オルドの身体が再び淡く揺れる。

「君が学院を追放されたあの日――私はすでに、この世にはいなかった」

「……え……?」

 一瞬。

 何を言われたのか理解できなかった。

「先生が……?」

 オルドは静かに頷いた。

「じゃあ……」

 ルティスの声が震える。

「私が学院にいた時には……もう……?」

「あの日より前に、私は死んでいた」

「何があったんですか……?」

 ルティスが問いかける。

 オルドはしばらく黙っていた。

「……今、それを話すことはできない」

「どうして?」

「君自身に封じられた記憶と繋がっているからだ」

「また、それ……」

 ルティスは俯いた。

「私より私のことを知ってる出来事ばかり」

「……そうかもしれない」

「なのに、誰も教えてくれない」

 オルドは何も言わない。

「私は自分のことなのに、何も知らない」

 ルティスは拳を握った。

「エレナが誰なのか」

「どうして私はあの子を知っているのか」

「どうして宝玉に触れるたび、あの子が見えるのか」

 そして――

「どうして私の記憶が封じられているのか」

 静寂。

 やがて、オルドが口を開いた。

「焦るな、ルティス」

「でも――」

「記憶には、封じられた理由がある」

 ルティスが顔を上げる。

「理由……?」

「無理に開けば、君自身を傷つけるかもしれない」

「……」

「だから、今は進みなさい」

 オルドはルティスの胸元を見る。

 そこには、Ignis(イグニス)とAqua(アクア)。

 二つの宝玉。

「君が進めば、いずれ答えに辿り着く」

「先生は……知ってるの?」

 オルドは少しだけ笑った。

「その問いに答えるには、今の私は不完全すぎる」

「……ずるい」

「昔からよく言われた」

 ルティスは思わず息を漏らした。

 ほんの少しだけ。

 昔のオルドと話しているような気がした。

 その瞬間――

 胸の奥で、何かが弾けた。

「……!」

 目の前が白くなる。

 そして――

 景色が変わった。


 草原。

 青い空。

 風に揺れる草。

 そこを二人の少女が走っている。

「ルティス、早く!」

 銀紫の髪の少女が振り返った。

「待って、エレナ!」

 ルティスが追いかける。

 まだ髪が短い。

 今よりずっと小さな身体。

 少し離れた場所には、若い頃のオルドが立っていた。

「あまり遠くまで行くなよ」

「先生!」

 ルティスが振り返る。

「エレナが速すぎるんだよ」

「ルティスが遅いだけです」

「エレナ!」

 二人が笑う。

 オルドもほんの少しだけ笑っていた。

 その光景は、あまりにも自然だった。

 まるでずっと昔から、そうだったように。

 エレナがルティスの手を握る。

「約束しよう」

「何を?」

「いつか一緒に、世界を見るの」

「世界?」

「うん」

 エレナが笑う。

「先生が教えてくれた魔法も、まだ知らない場所も」

 ルティスも笑った。

「一緒に?」

「うん。一緒に」

 二人の手が重なる。

 ――その瞬間、景色が崩れた。


「……エレナ」

 ルティスが呟く。

 頬を涙が伝っていた。

 オルドは静かに見つめている。

「思い出したか」

「少しだけ……」

 ルティスは涙を拭った。

「でも……全部じゃない」

「それでいい」

「え?」

「無理に思い出す必要はない」

 オルドはゆっくり立ち上がった。

「必要な時に、封じられた記憶は少しずつ形を取り戻す」

「先生……」

 ルティスは腹部へ手を当てた。

「この傷……先生が?」

「ああ」

「それに、どうして私はここに?」

「残された魔力で、あの遺跡から運んだ」

 オルドは窓の外を見る。

「完全に治すことはできなかったがな」

「じゃあ……カイルとミナは?」

「無事だ」

「……!」

 ルティスが顔を上げる。

「本当に?」

「ああ」

 その一言で、全身から力が抜けそうになった。

 ルティスは胸へ手を当てる。

「よかった……」

「彼らは今も、君を探している」

「……」

「君が思っているより、強い仲間だ」

 ルティスはしばらく俯いていた。

 そして、ベッドから足を下ろした。

「どこへ行く?」

「決まってます」

 ゆっくりと立ち上がる。

 まだ傷は痛む。

 だが、立てる。

「グランディアへ戻る」

「一人でもか?」

 ルティスはオルドを見る。

「一人じゃない」

「……」

「カイルとミナがいる」

 オルドの口元が、わずかに緩んだ。

「そうか」

 ルティスは短剣を腰へ戻した。

「Gaia(ガイア)を手に入れる」

「ああ」

 オルドは頷く。

「今度は、打ち勝て」


 再びグランディアへ戻った頃には、空が傾き始めていた。

 地下都市へ降りる。

 崩れた建物。

 無人の工房。

 線路。

 巨大な石柱。

 何も変わっていない。

 けれどルティスには、前とは違って見えた。

 あの守護者に負けた。

 死んでもおかしくなかった。

 それでも。

「……今度こそ覚悟しなさい」

 足を止めない。

 Gaia(ガイア)の地下遺跡。

 長い回廊を抜ける。

 そして中央広間。

 そこに、守護者はいた。

 崩れた石柱。

 砕けた床。

 戦いの跡。

 その中央で、巨大な岩の獣が静かに鎮座している。

 砕いたはずの腕も、すでに元へ戻っていた。

 傷一つ残っていない。

「……全部、戻ってる」

 ルティスは短剣を抜いた。

 腹部が痛む。

 まだ身体は完全ではない。

 それでも――

「……一人でやるしかない」

 守護者の瞳が緑色に輝いた。

 ――グォォォォォッ!

 巨体が動く。

 巨大な拳が頭上から振り下ろされた。

「幻影移動(シャドウ・ステップ)!」

 ルティスが影へ沈む。

 ――ズガァン!!

 拳が床を砕く。

 次の瞬間。

 ルティスは守護者の背後へ現れた。

 短剣を振る。

 ――ガキン!

「……やっぱり硬い」

 刃が弾かれる。

 守護者が振り向いた。

 胸の緑色の光が、肩へ移動する。

「核が逃げる……」

 前と同じ。

 攻撃を察知すると、核は身体の中を移動する。

 しかも――

 守護者の足元から、大地の魔力が流れ込み続けている。

「だったら……」

 ルティスは床を見る。

「先に、そっちを――」

 守護者が両腕を地面へ叩きつけた。

 ――ドォォォン!!

「……っ!」

 岩の槍が、地面から次々と突き出す。

 ルティスは走った。

 右。

 左。

 影へ沈む。

 次の影から飛び出す。

 だが――

「……!」

 ルティスが現れるより先に、岩の腕が振り抜かれた。

「読まれた!?」

 咄嗟に短剣で受ける。

 ――ガァン!

「くっ……!」

 身体が吹き飛ばされた。

 着地する。

 腹部に痛みが走る。

「……ぐっ」

 傷が開きかけている。

 それでも、ルティスは守護者から目を離さない。

「まさか……」

 前の戦いで使った幻影移動(シャドウ・ステップ)。

 その動きを守護者は覚えている。

「学習してる……?」

 守護者が地面を蹴った。

「……!」

 巨体からは想像できない速さで迫ってくる。

 拳が振り上げられた。

 ルティスが影へ沈もうとした――

 その時。

 ――ヒュッ!

 一本の矢が飛んできた。

 守護者の顔の前で風が弾ける。

 ――ゴォッ!

 巨体が僅かに揺れた。

「見つけた!」

「……え?」

 ルティスが振り返る。

「ミナ……!」

 弓を持ったミナが走ってくる。

「無事で本当に良かった!」

 さらに――

「ルティス!」

 反対側から声がした。

「お前、勝手に一人でリベンジマッチするなよ!」

「カイル……!」

 剣を手にしたカイルが走ってくる。

「探したんだぞ!」

「……ごめん」

「謝るのは後だ!」

 カイルがルティスの前へ出た。

「身体は?」

「動ける」

「そうじゃなくて――」

「動ける!」

「……分かったよ」

 カイルはため息をついた。

「でも無茶はするな」

 ミナも隣へ並ぶ。

「今度こそ三人で!」

 ルティスは二人を見た。

 胸の奥が熱くなる。

「……うん!」

 三人が並ぶ。

 守護者が咆哮した。

 足元から緑色の光が流れ込む。

「来ます!」

 無数の岩が浮かび上がった。

 ――ズドドドドッ!!

「散れ!」

 三人が飛ぶ。

 カイルが剣で岩を弾く。

 ミナが風で軌道を逸らす。

 ルティスは影へ沈む。

 だが守護者の拳が、ルティスの出現地点へ先回りした。

「また……!」

 直前で身体を捻る。

 拳が頬を掠めた。

「ルティスさん!」

「大丈夫!」

 ルティスは距離を取る。

「気をつけて!こいつ、前の戦いを覚えてる!」

「覚えてる?」

 カイルが眉をひそめる。

「同じ攻撃は読まれる!」

「面倒な奴だな……!」

 カイルが走った。

 守護者の腕を避け、剣を叩き込む。

 ――ガァン!

 亀裂。

 もう一撃。

 岩が砕ける。

 だがすぐに床から岩が浮かび、砕けた場所へ吸い寄せられていく。

「また再生する!」

 ミナが叫ぶ。

「分かってる!」

 ルティスは守護者ではなく、その足元を見る。

 大地から流れ込む魔力。

 前の戦いでは、それを風で乱した。

 だが止めることはできなかった。

 なぜ?

「……待って」

 ルティスは周囲を見た。

 広間を囲む石柱。

 一本。

 二本。

 三本。

 四本。

 その根元に同じ紋様がある。

「ミナ!」

「はい!」

「あの四本の石柱!」

 ミナが視線を向ける。

「風で流れを見て!」

「やってみます!」

 ミナが目を閉じる。

 風が広間を巡った。

 床を這い。

 石柱の間を抜け。

 守護者の足元へ集まる。

 ミナが目を開いた。

「……あります」

「何が?」

 カイルが聞く。

「四本全部から、守護者に何か流れてます」

「やっぱり……」

 ルティスは確信した。

「あの柱が、大地の魔力を集めてる」

 カイルが剣を構える。

「なら壊せばいい」

「待って」

「なんだ?」

「一本ずつじゃ駄目」

 ルティスは守護者を見る。

「一本でも残れば、そこから魔力を吸える。それに、時間をかければ壊した柱まで戻されるかもしれない」

「じゃあ?」

「四本を同時に落とす」

 カイルが四本の石柱を見渡す。

「俺たちは三人だぞ」

「分かってる」

 ルティスはミナを見る。

「ミナ。二本同時に狙える?」

 ミナは二本の石柱を見る。

 位置も距離も違う。

「……やります」

「カイルは左の一本」

「ああ」

「残りは私」

 カイルが守護者へ目を向ける。

「じゃあ、誰があいつを引きつける?」

「私よ」

「お前、柱も壊すんだろ?」

「だから――」

 ルティスは自分の足元を見る。

「私じゃない私に、相手をしてもらう」

 影が揺れた。

「…… 幻影(ファントム)」

 ルティスの足元から黒い影が地面を這い、ゆっくりと形を変えていく。

 そして――

 立ち上がった。

 黒髪。

 短剣。

 ローブ。

 ルティスと同じ姿。

挿絵(By みてみん)

「……ルティスさん?」

 ミナが二人を見比べる。

「幻影魔法よ」

 学院にいた頃から使っていた影魔法。

 敵の目を欺き、存在しないものを見せる。

 普段使っている影だけの幻影より具現化され、本物との見分けは簡単にはつかない。

 今は、それを囮として使う。

「長くは騙せない」

 ルティスは守護者を見る。

「だから、一度で決める」

「失敗したら?」

 カイルが聞く。

「その時考える」

「お前まで適当になってないか?」

「誰かさんの影響かもね」

「俺を見るな」

 ミナが思わず笑う。

 だがすぐに表情を戻した。

「行けます」

 カイルが剣を構える。

「俺もだ」

 ルティスは頷く。

「行くよ」

 幻影が走った。

 真正面から守護者へ向かう。

 守護者の瞳が幻影を捉えた。

 巨大な腕を振り上げる。

 幻影が右へ走る。

 守護者が追う。

「……かかった」

 本物のルティスは反対側へ走った。

「今!」

 三人が同時に動く。

 ミナが二本の矢をつがえた。

 それぞれ狙う方向が違う。

「お願い……!」

 風が二本の矢を包む。

 ミナが弦を放した。

 ――ヒュン!!

 二本の矢が飛ぶ。

 風を受け、途中で軌道が分かれた。

 一つは右。

 一つは左。

 同時にカイルが三本目の石柱へ走る。

「おおおおっ!」

 剣を振り上げた。

 ルティスも四本目へ向かう。

 だが守護者が幻影へ拳を振り下ろした。

 ――ズガァン!!

 黒いルティスが拳に飲み込まれる。

 幻影が弾けた。

 守護者の顔が、本物のルティスへ向く。

「……もう気づいた!」

 ルティスは走る。

 守護者の腕が伸びる。

 間に合わない。

 このままでは柱より先に捕まる。

「だったら……!」

 ルティスは足元の影へ飛び込んだ。

「幻影移動(シャドウ・ステップ)!」

 姿が消える。

 守護者の拳が空を切った。

 そして四本目の石柱の影。

 そこからルティスが飛び出した。

「今!」

 ミナの矢が二本の石柱へ突き刺さる。

 ――バキン!!

 ――バキン!!

 ほぼ同時に。

 カイルの剣が三本目の紋様へ叩き込まれる。

 ――ガァン!!

「これで……!」

 ルティスは短剣を逆手に握った。

 四本目。

 紋様の中心へ全力で突き立てる。

 ――ズンッ!!

 四つの紋様が同時に砕けた。

 瞬間。

 広間を走っていた緑色の光が、一斉に消えた。

「……!」

 守護者の身体が止まる。

 足元から伸びていた魔力の流れが消えていく。

「成功……?」

 ミナが呟く。

 しかしルティスは短剣を構えたままだった。

「まだよ」

 守護者の胸。

 緑色の核が激しく明滅している。

「何ですか、あれ……」

 ミナの表情が変わる。

 大地からの魔力を失った守護者。

 その身体に残された力が、すべて核へ集まり始めていた。

 岩の身体に亀裂が走る。

 緑色の光が、その隙間から噴き出した。

「暴走してる……!」

 ――グォォォォォォッ!!

 守護者が咆哮する。

 広間全体が震えた。

「まだ来るぞ!」

 カイルが叫ぶ。

 守護者が地面を蹴る。

 速い。

 先ほどまでとは比べものにならない。

「……!」

 巨大な腕がカイルへ振り下ろされる。

 カイルが剣で受ける。

 ――ガァン!!

「ぐっ……!」

 膝が沈む。

 石床に亀裂が走った。

「カイル!」

「俺はいい!」

 守護者が反対の腕を振る。

 カイルの身体が弾き飛ばされた。

「くそっ!」

 ミナが矢を放つ。

 だが、守護者は止まらない。

「全然効かない!」

「身体を狙わないで!」

 ルティスが叫ぶ。

「核だけ!」

「でも、また逃げるんじゃ――」

「もう逃げられない!」

 大地との接続は切れた。

 緑色の核は胸の中央にある。

 動かない。

「今なら……倒せる!」

 ルティスが走った。

 守護者が振り向く。

 拳が迫る。

 ルティスは影へ沈む。

「幻影移動(シャドウ・ステップ)!」

 次の瞬間、守護者の側面へ現れる。

 だが――

「……!」

 守護者はすでに振り向いていた。

 読まれている。

 巨大な腕が横薙ぎに迫った。

 避けなければ。

 そう思った瞬間、腹部に鋭い痛みが走った。

「……っ!」

 身体が、一瞬だけ止まる。

 まだ傷は完全には治っていない。

 拳が迫る。

 間に合わない。

「ルティスさん!」

 ミナの叫び声。

 そして――

「――二度も同じことさせるかよ!」

 カイルが飛び込んできた。

「カイル!?」

 ルティスを突き飛ばす。

 同時に、剣を両手で構えた。

 ――ガァァン!!

 巨大な腕と剣が激突する。

「ぐっ……!」

 カイルの足元が砕けた。

 身体が押し込まれる。

 腕が震える。

 それでも、退かない。

「カイル!」

「今度は……間に合っただろ!」

 カイルが歯を食いしばる。

 ルティスの脳裏に、一瞬だけあの光景が蘇る。

 崩れ落ちる天井。

 伸ばされた手。

 土煙の向こうへ消えていった二人。

 あの時は――届かなかった。

 けれど、今度は違う。

「だから早く行け!」

 ルティスはカイルを見つめた。

 ほんの一瞬。

 それから――

「……ありがとう!」

 立ち上がった。

 守護者がカイルを振り払う。

「ぐっ!」

 カイルが地面を転がる。

「カイルさん!」

「俺は大丈夫だ!」

 ミナが駆け寄ろうとする。

「ミナ!」

 カイルが叫ぶ。

「ルティスを援護しろ!」

 ミナが足を止める。

「……はい!」

 ルティスは守護者を見る。

 大地との接続は切れた。

 もう再生できない。

 核も動かない。

 でもこちらの動きは読まれている。

 同じ幻影移動(シャドウ・ステップ)では届かない。

「……どうする」

 守護者がこちらを向いた。

 ルティスは周囲を見る。

 カイル。

 ミナ。

 崩れた石柱。

 砕けた床。

 そして――

 守護者自身の足元。

 そこに。

 巨大な影が落ちている。

「……そうか」

 ルティスの表情が変わった。

「ルティス?」

 カイルが気づく。

「カイル!」

「なんだ!」

「もう一度、正面から引きつけて!」

「また俺か!」

「お願い!」

「分かったよ!」

 カイルは痛む腕を押さえながら立ち上がった。

 剣を構える。

「こっちだ、岩野郎!」

 守護者がカイルへ向く。

 巨大な腕が振り下ろされる。

 カイルが横へ飛ぶ。

 ――ズガァン!!

「ミナ!」

「はい!」

「目を狙って!」

 ミナが弓を引いた。

 風が矢へ集まる。

「行って!」

 ――ヒュン!

 矢が守護者の顔面へ飛ぶ。

 守護者が腕で防ぐ。

 その瞬、ルティスは走った。

 真正面から。

「ルティスさん!?」

 守護者が気づく。

 腕を振り上げる。

 ルティスは逃げない。

 そのまま走る。

 巨大な拳が迫る。

 そして――

 足元。

 守護者自身が作る巨大な影。

 ルティスは小さく笑った。

「そこ、空いてるわよ」

 影へ沈む。

 ――ズガァン!!

 拳が床を砕く。

 ルティスの姿はない。

 守護者が周囲を見る。

 右。

 左。

 背後。

 どこにもいない。

 次の瞬間。

 守護者自身の影から――

 ルティスが現れた。

「これで……!」

 胸の核。

 もう核は逃げれない。

 もう再生もできない。

 短剣を両手で握る。

 全力で突き立てた。

 ――ズンッ!!

 緑色の核に亀裂が走る。

「……っ!」

 だが、砕けない。

「まだ……!」

 守護者が腕を動かした。

「ルティス!」

 カイルが走る。

 剣を振り抜く。

 ――ガァン!

 守護者の腕が弾かれた。

「ミナ!」

「はい!」

 ミナが弓を引き絞る。

 狙うのは短剣が作った核の亀裂。

「そこです!」

 矢が放たれる。

 ――ヒュン!

 亀裂へ突き刺さった。

 ――バキッ!

 緑色の光が溢れる。

 ルティスは短剣をさらに押し込んだ。

「終わりよ……!」

 ――バキィィン!!

 核が砕けた。

 静寂。

 守護者の身体が止まる。

 一秒。

 二秒。

 そして――

 全身に無数の亀裂が走った。

 緑色の光が、その隙間から溢れ出す。

 巨大な岩の身体が、ゆっくりと崩れていった。

 腕。

 肩。

 胴体。

 四本の脚が崩れ――

 最後に頭部が砕ける。

 ――ドォォン……

 土煙が広間を覆った。

 三人は動かなかった。

 ただ、守護者がいた場所を見つめている。

 しばらくしてカイルが剣を鞘に戻しながら言う。

「……今度こそ、終わったか?」

 ミナが息を切らしながら答える。

「それ……言ったらまた起き上がるやつじゃないですか?」

「やめろ」

「でも、動いてませんよ?」

「だから言うな」

 ルティスは思わず笑った。

「……ふふっ」

 二人がルティスを見る。

「何だよ」

「別に」

「笑いましたよね?」

「笑ってない」

「笑ってました」

「気のせいよ」

 その時、広間の奥から緑色の光が差した。

 三人が振り返る。

 祭壇。

 その上でGaia(ガイア)が静かに輝いていた。

 拳ほどの緑色の宝玉。

 中心で淡い光が脈打っている。

「……行って」

 ミナが言った。

 ルティスは二人を見る。

 カイルが答える。

「最後はお前が取れ」

 ルティスは小さく頷いた。

 一歩。

 また一歩。

 祭壇へ近づく。

 そして――

 Gaia(ガイア)へ手を伸ばした。

 宝玉がゆっくりと浮かび上がる。

 ルティスの掌へ降りてきた。

「……Gaia(ガイア)」

 温かい。

 Ignis(イグニス)とは違う。

 Aqua(アクア)とも違う。

 静かで。

 力強い。

 大地の奥深くに触れているような温もり。

 次の瞬間――

 Ignis(イグニス)。

 Aqua(アクア)。

 そして――

 Gaia(ガイア)。

 三つの宝玉が共鳴した。

「……!」

 ルティスの視界が揺れる。


 草原。

 青い空。

 風に揺れる草。

 そこにエレナが立っていた。

「……エレナ」

 銀紫の髪が風に揺れる。

 少女は何も言わない。

 ただ、ルティスを見つめていた。

 やがて――

 微笑む。

 そして。

 ルティスへ手を伸ばした。

『一緒に――』

「……!」

 ルティスも手を伸ばす。

 もう少し。 あと少しで――

 指先が触れる。

 その瞬間。

 景色が消えた。


「……!」

 ルティスは目を開けた。

 目の前には、カイルとミナ。

「ルティスさん?」

「大丈夫か?」

「……うん」

 ルティスはGaia(ガイア)を握りしめる。

「また……エレナを見た」

 カイルは静かに頷いた。

「また記憶が?」

「少しだけ」

 ルティスは宝玉を見る。

「でも……まだ全部じゃない」

「だったら――」

 カイルが笑う。

「先へ進むしかないな」

 ミナも頷く。

「まだ宝玉はありますから」

 ルティスは二人を見る。

 そして――

 小さく笑った。

「……そうね」

 その時だった。

『ルティス』

 聞き覚えのある声。

「……!」

 ルティスが振り返る。

 そこには――

 オルドが立っていた。

「先生……!」

 カイルとミナも振り返る。

「誰だ?」

 ルティスは答える。

「……私の先生」

 オルドは穏やかに微笑んでいた。

『君は、もう一人ではないようだ』

 ルティスはカイルとミナを見る。

「……はい」

『なら、次へ進みなさい』

 ルティスが一歩近づく。

「待って」

 オルドの身体が、少しずつ光へ変わり始めている。

「まだ聞きたいことがある」

『分かっている』

「先生!」

『だが、ここに残した魔力も、もう長くは保たない』

「……」

 ルティスは拳を握る。

「……私、先生に忠告されてたのに人前で影魔法使っちゃった」

 オルドは昔と変わらない穏やかな目で、ルティスを見た。

「……ごめんなさい……」

 ルティスは静かに言う。

「ルティス、自分を責める必要はない」

 いつもの優しい声だった。

『君らしい、真っ直ぐな使い方だよ』

 オルドの姿が薄くなる。

『次は、西へ向かいなさい』

「西……?」

『エアリオンへ』

 ルティスが目を見開く。

「……エアリオン?」

『そこに、四つ目の宝玉への道がある』

「四つ目……」

『だが、気をつけろ』

 オルドの姿が、さらに薄くなる。

『次の宝玉は、お前の記憶をさらに深く呼び起こす』

「先生……!」

 オルドは最後に微笑んだ。

『私の自慢の生徒なら――きっと辿り着ける』

 その言葉を最後に。

 オルドの姿は、淡い光となって消えた。

「先生……」

 ルティスは、しばらくその場所を見つめていた。

 もう声は聞こえない。

 姿もない。

 それでも不思議と、さっきまでとは違っていた。

 寂しくないわけではない。

 聞きたいことも、まだ山ほどある。

 けれど。

 今は進める。

「……ルティスさん」

 ミナが静かに呼ぶ。

「大丈夫」

 ルティスは答えた。

 そして胸元のペンダントを見る。

 Ignis(イグニス)。

 Aqua(アクア)。

 Gaia(ガイア)。

 三つの宝玉。

 中央の針が、ゆっくりと動き始めた。

 やがて、西を指す。

 オルドが示した方角。

 エアリオン。

「……行こう」

 ルティスが言った。

 カイルが頷く。

「ああ」

 ミナも笑う。

「はい!」

 三人は歩き出した。


 地下都市を抜ける。

 長い階段を上る。

 そして久しぶりに地上の光が見えた。

 グランディアの街には、夕暮れが訪れていた。

 赤く染まった空。

 風が、廃墟の間を吹き抜けていく。

 ルティスは振り返った。

 グランディア。

 ここで敗れた。

 ここで、死にかけた。

 そしてここで再び、二人と戦った。

 ルティスはカイルとミナを見る。

「何だ?」

 カイルが気づく。

「なんでもない」

「変なルティスさん」

「ミナまで何よ」

 三人の声が、静かな廃墟に響く。

 ルティスは前を向いた。

 西。

 まだ見ぬ場所。

 エアリオン。

 そして――

 幼い頃の約束。

 ――いつか一緒に、世界を見るの。

 銀紫の髪。

 差し出された手。

 あの時の笑顔。

「エレナ……」

 小さく名前を呼ぶ。

 自分自身に封じられた記憶は、まだ完全には戻っていない。

 なぜエレナが記憶の中にいるのか。

 なぜ宝玉に触れるたび、彼女が現れるのか。

 なぜオルドは死んだのか。

 そして――

 八年前、自分たちに何があったのか。

 分からないことばかりだった。

 けれど。

 今は、一つだけ分かる。

 立ち止まっていても、答えは見つからない。

 ルティスは歩く。

 その隣には――

 カイル。

 そしてミナ。

 三人は鉱山都市グランディアを後にした。

 その胸元で三つの宝玉が、静かに輝いていた。


 ――Chapter 7 END


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