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Chapter 5 ― Aqua

挿絵(By みてみん)


 Chapter 5 ― Aqua


 森の中で野営を取った三人は、空が白み始める頃に再び歩き始めた。

 東の空が、少しずつ明るくなっていく。

 夜の冷たさが残る街道を、

 ルティス。

 カイル。

 そして――

 ミナ。

 三人は並んで歩いていた。

「……まだ眠いです」

 ミナが大きくあくびをする。

「寝れば?」

 ルティスが言った。

「歩きながらですか?」

「思っていた以上にあなた器用なのね」

「できませんよ!」

 カイルが笑った。

「なら、寝るな」

「カイルさん、冷たいです」

「おんぶはできないぞ」

「結構ですっ!」

 ミナが顔を赤らめて言う。

 ルティスはやり取りを聞きながら、前を向いていた。

 昨日までとは違う。

 学院を追放されてから、ずっと一人だった。

 カイルと出会って。

 そして、ミナが加わった。

 まだ三人で旅をしているという実感は薄い。

 けれど――

 不思議と嫌ではなかった。

「……ルティスさん」

「何?」

「昨日の声をかけてくれたことなんですけど」

 ミナが少しだけ遠慮がちに言う。

「何?」

「私、本当に一緒に来てよかったんでしょうか?」

 ルティスはミナを見る。

「今さら?」

「だって……」

 ミナは少し笑った。

「二人とも、私のことをほとんど知らないじゃないですか」

「そうね」

「なのに、仲間にしてくれたから」

 ルティスは少し考えた。

「昨日、あなたの力を見た」

「はい」

「それだけで十分よ」

「……それだけ?」

「それだけ」

 ミナは目を丸くした。

 カイルが横から口を挟む。

「お前は考えすぎなんだよ」

「カイルさんは何も考えなさすぎです」

「失礼だな」

「正直、カイルのこともあんまし知らないし」

 ルティスが言うと、二人が同時にこちらを見る。

「俺は傷ついたぞ」

「だってそうでしょ?」

 三人の声が、朝の街道に響いた。

 そのときだった。

「……あれ?」

 ミナが足を止めた。

「どうした?」

 カイルが振り返る。

 ミナは前方を見つめている。

「水の匂いがしますね」

「水?」

「はい」

 ミナは目を細めた。

「この先、水があります」

 ルティスが前を見る。

 まだ何も見えない。

 山道の先には、木々と岩しかない。

「分かるの?」

「水の匂いって、風に乗るんですよ」

「便利ね」

「弓より得意かもしれません」

「それは困るな」

 カイルが笑う。

「弓使いなんだから、弓を使えよ」

「ちゃんと使えます!」

 ミナが胸を張った。

 やがて山道を抜けると――

 三人の前に巨大な湖が現れた。

 山と山の間に広がる、青く静かな水面。

「……大きい」

 ミナが呟く。

 カイルも足を止めた。

「ミレア湖だ」

「ミレア湖?」

「地図に名前がある」

 カイルが地図を広げる。

「おかしいな、ここには水の神殿があるはずなんだけどな」

「神殿……」

 ルティスは湖を見つめた。

 その瞬間、胸元のIgnis(イグニス)がわずかに熱を持った。

「……」

 ルティスはペンダントを取り出す。

 中央の針が、ゆっくりと動いた。

 そして――湖の中央を指した。

「……Aqua(アクア)」

 青い宝石が淡く輝いている。

 カイルが湖を見る。

「次の宝玉か」

「たぶん」

 ルティスは頷いた。

「この湖の中にある」

 ミナが湖を覗き込む。

「でも、どうやって探すんです?」

「それをこれから考える」

「泳ぎます?」

 ルティスとカイルが同時にミナを見る。

「……冗談です」

「今の顔、本気だったぞ」

 ミナが舌を出して笑う。

 そのとき――

 湖の水面が、ほんの一瞬だけ青く光った。

 三人が同時に顔を上げる。

「……今の」

 ミナが呟いた。

「見えた?」

「はい」

 カイルも頷く。

「俺にも見えた」

 ルティスは湖を見つめた。

 胸の奥が、ざわついている。

 青い光。

 Aqua(アクア)。

 そして――

 なぜか、あの少女の顔が浮かんだ。

 銀紫の髪。

 白い服。

「……エレナ」

 名前を呟いた瞬間、胸がかすかに痛んだ。

 ルティスは胸元を押さえる。

「また……」

「ルティス?」

「大丈夫」

 カイルが心配そうに見る。

「エレナか?」

 ルティスは少し黙った。

「……うん」

「何かまた見えたのか?」

「まだ、何も」

 ルティスは湖へ視線を戻す。

「でも、この湖に行けば……何か分かる気がする」

 カイルはそれ以上聞かなかった。

 ミナも黙って湖を見つめている。

 やがて――

「行きましょう」

 ミナが言った。

 ルティスが振り返る。

「進まなきゃ何もわかりません!」

「……そうね」

「それに」

 ミナは湖を見る。

「こういう場所、もっと見てみたいです」

 その言葉に、ルティスの胸がまた少しだけ痛んだ。

 けれど今回は――

 嫌な痛みではなかった。

「……じゃあ、行きましょう」

 三人は湖畔へ向かった。


 湖畔には、小さな村があった。

 しかし――

 様子がおかしい。

 井戸の周りには人が集まっている。

 畑にはひびが入り、家の前には水瓶を抱えた人々が並んでいた。

「水が足りないのか?」

 カイルが尋ねる。

 一人の男が振り返った。

「……あぁ」

 男は視線を落としたまま答えた。

「目の前に湖があるじゃないですか」

 ミナが尋ねた。

「飲めないんだ」

「汚染されてるってことですか?」

「魚一匹生きてないよ……」

 男は湖を見た。

「少し前、あの湖の底に神殿が沈んだんだよ」

「やっぱ神殿はあったのか」

 カイルが尋ねる。

「ああ」

 男は頷いた。

「それ以来だ」

「何が?」

「夜になると、何かを探してるように湖の真ん中に青い光が浮かぶ」

 ミナが湖を見る。

「青い光……」

「その頃から誰も寄せ付けないように、水も飲めなくなっちまった」

 男はそう言って肩を落とし。

「旅の人なんだろ?ここには何もないぜ。先を急ぐんだな」

 男はそう言ってその場を立ち去った。

 ルティスは湖から目を離さなかった。

「……今夜、ここに来る」

 カイルが頷いた。

「ああ」


 夜。

 三人は湖畔に立っていた。

 月が水面を照らしている。

 風はほとんどない。

 波もない。

 耳が痛くなるほど静かな湖だった。

 ミナが周囲を見渡す。

「……風がない」

「湖だから?」

 カイルが尋ねる。

「違います」

 ミナは首を振った。

「湖なら、普通は山から風が降りてきます」

 そして――

「でも、ここだけ風が避けてる」

 ルティスが湖を見る。

「魔術……」

「たぶん」

 ミナが答える。

「水の下に何かあります」

 その瞬間。

 湖の中央が青く光った。

「……!」

 光が水面の下からゆっくり浮かび上がる。

 波紋が広がり、湖の水と光で形が整形されていく。

 そして――

 湖の中央に、一人の女性が現れた。

 長い白い髪。

 青い衣。

 身体は水のように半透明だった。

挿絵(By みてみん)

『帰りなさい』

 静かな声が響く。

『ここから先へ進んではいけません』

 ルティスは一歩前へ出た。

「あなたがAqua(アクア)の守護者なの?」

 女性の目が、ルティスを見る。

『……私はAqua(アクア)の記憶の断片に過ぎません』

 記憶の断片……?

『旅人が立ち寄る場所ではありません』

「私は、Aqua(アクア)を探している」

『なぜ?』

 ルティスは答えなかった。

 少しだけ迷ってから――

「……会いたい人がいるから」

『誰です?』

 ルティスは湖を見る。

「エレナ」

 その名前が響いた瞬間。

 水面が大きく揺れた。

 女性の瞳が、わずかに見開かれる。

『……エレナ』

 その名を、確かめるように呟く。

「知ってるの?」

 ルティスが詰め寄る。

 女性は答えない。

『あなたは、その人を失った』

「……」

『そして――』

 女性は悲しそうにルティスを見る。

『その記憶を、完全には思い出せない』

 ルティスの表情が固まる。

「……どういう意味?」

『あなた自身が、まだ知らないことです』

「教えて」

 ルティスが言った。

「エレナはどこにいるの?」

 女性は答えなかった。

 ただ――

 湖の中央を見る。

『その答えを知りたいのなら――』

 湖の底から、巨大な影が浮かび上がった。

『Aqua(アクア)に触れなければなりません』

「……!」


 次の瞬間。


 ――ザァァァァン!!


 湖が大きく盛り上がった。

「来るぞ!」

 カイルが剣を抜く。

 巨大な水柱が夜空へ突き上がる。

 その中から、一匹の巨大な水蛇が姿を現した。

 青白く透き通った身体。

 鋭い牙。

 そして胸の奥で輝く――

 青い光。

「……Aqua(アクア)の守護者」

 ルティスが呟く。

 水蛇が咆哮した。

 湖全体が揺れる。

「散開!」

 カイルが叫んだ。

 巨大な尾が振り抜かれる。

 ――ドォン!

 三人が同時に飛び退いた。

「大きすぎません!?」

 ミナが叫ぶ。

「文句は後だ!」

 カイルが走る。

 剣を振る。

 ――ザンッ!

 水蛇の身体が切り裂かれる。

 だが飛び散った水が再び集まり、元の姿へ戻っていく。

「……嘘だろ」

 カイルが目を見開く。

「Ignis(イグニス)と同じね!普通に斬っても意味がない!」

 ルティスは水蛇を見つめた。

 その瞬間――

「ルティスさん、右へ!」

 ミナの声が飛んだ。

 ルティスが横へ飛ぶ。

 水蛇の牙が、すぐ横を通り過ぎた。

「ありがとう!」

 間一髪だった。

「おおおおぉ!」

 カイルが水蛇の体を駆け上がり、胸に光る青い光を突き破る。

 ドシャアッッ!

 カイルの剣が間違いなく青い光を捉えたはずだが、効果はないようだ。

「なんでだよ!」

 カイルが体勢を整えながら、水蛇と距離をとる。

「核はそこじゃないみたいね!」

 ルティスが言う。

「じゃどこ斬ればいいんだよ!」

 カイルが迫る水蛇を切り刻むが、全て元通りになる。

 ルティスが目を凝らす。

 核が常に移動してる?いや、違う。神経を研ぎ澄まし、水蛇を見る。

 身体。

 動き。

 魔力。

 そして――

 右目。

「……あの右目」

「目?」

 ミナも目を凝らす。

「水の流れが、そこだけ違う」

「本当だ……」

「たぶん、あれが核への入り口」

 カイルが剣を構え直す。

「じゃあ、あの目を狙えばいいんだな?」

「分からない。でも、試す価値はある」

「やってみるか!」

 カイルが走り出す。

「カイル、囮になれる?」

「誰に言ってる?」

 カイルが笑う。

挿絵(By みてみん)

「任せろ!」

 カイルが正面から水蛇へ突っ込む。

「こっちだ、化け物!」

 水蛇がカイルへ向きを変える。

 巨大な口が開く。

「カイル!」

「まだだ!」

 水流が放たれる。

 カイルはギリギリで横へ飛んだ。

 その瞬間――

「ミナ!」

「はい!」

「右目を狙って!」

「やってみます!」

 ミナが弓を引く。

 風を読む。

 水蛇の動き。

 カイルの位置。

 そして――

 風の流れの一瞬の変化。

「……今!」

 矢が放たれた。

 ――ヒュッ!

 矢は大きく外れたように見えた。

 しかし――

 風を受けて軌道が変わる。

 ――ギュンッ!

 矢が水蛇の右目へ向かって曲がる。

「当たれ――!」

 ――ズシュッ!!

 矢が右目を貫いた。

「グォォォォォ!!」

 水蛇が絶叫する。

 その瞬間。

 水蛇の身体を包んでいた魔力が大きく乱れた。

「今よ!」

 ルティスが走る。

 だが――

 水蛇は倒れない。

 むしろ怒り狂ったように湖全体の水を巻き上げ始めた。

「まだ終わってない!」

 ミナが叫ぶ。

 巨大な水柱がいくつも立ち上がる。

「なんだ、これ……!」

 カイルが空を見上げる。

「湖の水を全部集めてる……!」

 水蛇の身体がさらに巨大になる。

 その姿は、もはや一匹の蛇ではない。

 湖そのものだった。

 ルティスは水蛇を見つめる。

「……Aqua(アクア)の力を使ってる」

「だから?」

「倒すには、魔力の流れを断たないといけない」

「どうやって?」

 ルティスは水蛇の右目を見る。

 矢が刺さった場所から、青い魔力が漏れている。

「……あそこから核につながってる」

「つまり――」

「右目から、核を直接叩く」

「そんなことできるのか?」

「やるしかないわ」

 水蛇が再び口を開く。

 今度は先ほどとは比べものにならないほど巨大な水流が集まっていく。

「来るぞ!」

 カイルが叫ぶ。

 ルティスは目を閉じた。

 そして――

 両手を前へ出す。

「……火の精霊よ」

 カイルが振り返る。

「……?」

「我が声に応えよ」

 ルティスの手のひらに、小さな赤い光が生まれた。

 それは瞬く間に膨れ上がっていく。

 炎。

 赤い炎が渦を巻き、巨大な炎球へ変わっていく。

「紅き焔を、その身に宿せ――」

 カイルの目が見開かれた。

「お前……」

 ルティスは水蛇を見据える。

「灼炎烈焔(フレア・ブレイズ)!」

 ――ゴォォォォォッ!!

 巨大な炎球が放たれた。

 炎は水蛇の右目へ一直線に飛んでいく。

 ――ドガァァァン!!

 炎が水蛇の頭部を包み込む。

 大量の水蒸気が一気に噴き上がった。

挿絵(By みてみん)

「すげぇ……」

 カイルが呆然と呟く。

 ミナも目を丸くしている。

「ルティスさん……」

 水蛇の頭部から激しい蒸気が立ち上る。

 そして――

 右目の奥に青い光が露出した。

「出たわ!」

 ルティスが叫ぶ。

「お前、火の魔法も使えるのか?!」

 ルティスは一瞬だけカイルを見る。

「これでも学院では優等生だったのよ!」

 それにしても通常扱う火力より大幅に上がっていたような気がした。

「聞いてねぇぞ!」

「今、聞いたでしょ!」

 ミナが思わず笑う。

「こんな状況で喧嘩しないでください!」

「さっさと片付けるわよ!」

 ルティスが言い放つ。

「カイル!」

「分かってる!」

 カイルが走る。

「こっちだ!」

 水蛇の注意がカイルへ向く。

「ミナ!」

「はい!」

「風を!」

「任せて!」

 ミナが弓を連続で放つ。

 風が吹き始める。

 水蛇の周囲に漂っていた蒸気が、一気に吹き飛んでいく。

 ルティスの前に――

 水蛇の右目。

 そして、その奥にある青い核。

「これで――終わり!」

 ルティスは影へ飛び込んだ。

「――幻影移動(シャドウ・ステップ)!」

 視界が一瞬、暗くなる。

 次の瞬間。

 水蛇の頭上にルティスが現れた。

 短剣を逆手に持つ。

 右目から伸びる青い魔力の流れを見据える。

「……そこ!」

 短剣を突き立てた。

 ――ズブッ!!

 刃が青い光の中心へ届く。

 ――ドクン

 青い光が大きく脈打った。

「――――!!」

 水蛇が大きく身体をのけ反らせる。

 そして――

 巨大な水の身体が、一気に崩れ始めた。

 大量の水が湖へ戻っていく。

 静かに。

 静かに。

 最後に残ったのは、一つの青い光だった。

 ルティスの前へ、ゆっくりと近づいてくる。

 ルティスは手を伸ばした。

 指先が、その光に触れる。

 ――ドクン

 胸の奥で、何かが脈打った。

 視界が白く染まる。


 白い髪。

 青い衣。

 湖の上に立っていた、あの女性。

 女性が、誰かを見つめている。

 その視線の先には――

 銀紫の少女。

 白い服。

 そして――

「……エレナ」

 その名前だけが、ルティスの口からこぼれた。

 エレナが振り返る。

 何かを言おうとしている。

 けれど――

 声は聞こえない。

 映像が水面のように揺らぐ。

 そして消えた。


「……!」

 ルティスが目を開ける。

 湖畔。

 カイルとミナがいる。

「大丈夫ですか?」

 ミナが駆け寄る。

「……うん」

 ルティスは手の中を見る。

 そこには青い宝玉。

 Aqua(アクア)が静かに輝いていた。

「……Aqua(アクア)」

 ルティスは宝玉を握る。

 カイルが隣に立つ。

「また、エレナを見たのか?」

「……少しだけ」

 ルティスは湖を見る。

「まだ、分からない」

 一度、言葉を止める。

「でも……」

 Aqua(アクア)を見る。

「まだ先に進まなけば何もわからないわ」

 ミナが頷いた。

「だったら、行きましょう」

「……うん」

 そのときだった。

 パチ。

 パチ。

 パチ。

 三人が振り返る。

 霧の向こうに一人の男が拍手をしながら立っていた。

 黒い外套。

 銀色の仮面。

 手には一本の杖。

「……また、あなた」

 ルティスが短剣へ手を伸ばす。

 男は静かに言った。

「暁の教団――ノアだ」

 ルティスの目が鋭くなる。

「何が目的?」

「君と同じだ」

「……?」

「真実を知ることだ」

 ノアはAqua(アクア)を見る。

「Ignis(イグニス)」

 そして――

「Aqua(アクア)」

 低い声で続ける。

「すでに二つの宝玉を、ね」

 ルティスはAqua(アクア)を握りしめる。

 ノアは笑った。

「宝玉は君に何を見せた?」

「……」

「過去か?」

 ルティスの表情が変わる。

「それとも――」

 ノアの仮面の奥の目が細くなる。

「君自身か」

「何が言いたいの?」

「いずれ分かる」

 ノアは杖を下ろした。

「七つの宝玉は、力を与えるためだけに存在するものではない」

「じゃあ、何?」

 ノアは答えなかった。

 霧の中へ歩き出す。

「待って!」

 ルティスが叫ぶ。

「リーヴェルの森。あの結界を張ったのは、あなた?」

 ノアは少しだけ黙った。

「……そうだ」

「何のために?」

「調べる必要があった」

「何を?」

 ノアの視線が、一瞬だけミナへ向く。

「あの時は――分からなかった」

「……?」

「ただ、あの土地に妙な力の流れがあった。それだけだ」

 ミナが首を傾げる。

「妙な力……?」

「もう消えている」

 ノアはそれ以上答えなかった。 

 しかしノアの姿は、霧の中へ消えていった。

 湖は再び静かになった。

 ルティスはAqua(アクア)を見る。

 Ignis(イグニス)。

 そしてAqua(アクア)。

 二つの宝玉が、かすかに共鳴している。

 ルティスは胸元へ手を当てた。

「……エレナ」

 まだ何も分からない。

 それでも――

 今度は、目を逸らさなかった。


 その時、湖面に青い光が広がった。

 先ほどの青い女性が、再び姿を現す。

『……役目は、終わりました』

「役目?」

『この神殿は、宝玉を守るため、自ら湖底へ沈みました』

 ルティスが目を細める。

「自ら……?」

『宝玉を求め、ここへ侵入した者がいたためです』

「誰?」

 女性は答えなかった。

『神殿が沈んだ日、湖の水を外部の生命から切り離した』

 ミナが湖を見る。

「だから……魚もいなかったんだ」

 女性の身体が、少しずつ水へ溶けていく。

『ですが、Aqua(アクア)は新たな持ち主を選びました』

 湖面に波紋が広がった。

『この水は、もう誰も拒みません』

 そう言って女性は静かに消えていった。


 ルティスたちは村の住人に湖の水がまた使えるようになったことを伝え、村を後にした。

「次はどこだ?」

 カイルが聞いてくる。

 ルティスがペンダントを見ると中央の針が、ゆっくりと動き始めていた。

 北へ。

 まだ見えない場所へ。

 ミナが地図を覗き込む。

「じゃあ、次の場所を探しましょう」

「ええ」

 ルティスの胸元で、二つの宝玉が静かに輝いていた。

 その頃。

 ミレア湖の底。

 沈んだ神殿の最深部。

 暗闇の中で神殿の奥に刻まれた古い文字が、青く浮かび上がった。

 Aqua(アクア)。

 先ほどルティスの手に渡った宝玉。

 その光はまるで湖全体に残った魔力のを吸収するかのように、ゆっくりと脈打っている。


 ――Chapter 5 END

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