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Chapter 4 ― 弓使いの少女

挿絵(By みてみん)


 Chapter 4 ― 弓使いの少女


 森を抜けると、そこには小さな町があった。

 名前は――【リーヴェル】

 山と森に囲まれた、静かな町。

 王都と西部を結ぶ街道沿いにあり、旅人や商人たちが休息を取る場所として知られている。

 ルティスとカイルは、町の入口が見えたところで足を止めた。

「ここで少し休もう」

 カイルが言った。

「反対」

 ルティスは即答した。

「早いな」

「暁の教団が追ってきているかもしれない」

「だからこそ休んだ方がいいだろ」

「町の人を巻き込むかもしれない」

「……」

 カイルが腕を組む。

「それは一理あるな」

「でしょう?」

「でも、食料がない」

「……」

「水も残り少ない」

「……」

「それに」

 カイルがルティスを見る。

「お前、昨日からまともに寝てないだろ」

「寝た」

「どれくらい?」

「……二時間」

「それを寝たとは言わない」

「十分よ」

「十分な奴は歩きながら三回も木にぶつからない」

 ルティスがカイルを見る。

「……見てたの?」

「嫌でも見るだろ」

 カイルが呆れた顔で言う。

 Ignis(イグニス)の遺跡を出てから。

 二人は半日以上歩き続けていた。

 ルティス自身、認めたくはないが、疲れている。

 何よりカイルの言う通り、食料がほとんど残っていなかった。

「……分かった」

 ルティスは小さく息を吐く。

「少しだけ立ち寄りましょう」

「宿は?」

「なし」

「飯は?」

「食料を買う」

「温かい飯は?」

「贅沢」

「厳しいな」

「嫌なら一人で食べれば?」

「そうする」

「……」

「冗談だ」

 カイルが笑う。

 ルティスは少しだけ眉を寄せた。

 この男と出会ってから、まだそれほど時間は経っていない。

 Ignis(イグニス)の遺跡で偶然出会い。

 一緒に守護者と戦い、宝玉を手に入れ、そのまま同行している。

 考えてみれば自分はカイルのことをほとんど知らない。

 それなのになぜか一緒にいることへの違和感は、少しずつ薄れていた。

「……何だ?」

 カイルがこちらを見る。

「別に」

「今、何か考えてただろ」

「あなたって変な人だなって」

「急に酷いな」

「事実でしょ」

「お前にだけは言われたくない」

「どういう意味?」

「そのままの意味だ」

「……」

「ほら、町に入るぞ」

「逃げた」

「腹が減ったんだよ」

 二人はリーヴェルへ向かって歩き始めた。


 町へ入ってルティスはすぐに違和感を覚えた。

「……静かね」

「ああ」

 人はいる。

 店も開いている。

 荷車も通っている。

 だが、誰も笑っていない。

 通りを歩く人々は足早で、子供の姿もほとんどない。

 家の扉や窓は閉じられている。

 町の西側。

 森に面した家々には窓板まで打ち付けられていた。

「魔物でも出たのか?」

「かもしれない」

 二人は歩く。

 酒場の前。数人の男たちが小さな声で話していた。

「……また森で?」

「ああ。昨日もだ」

「捜索隊は?」

「戻ってきたのは二人だけだ」

「子供たちは?」

「まだ見つかってない」

 ルティスが足を止める。

 カイルも足を止め、男たちを見る。

「何かあったみたいね」

「聞いてみるか?」

「私は遠慮する」

「何でだよ」

「さっきも言ったけど、私たちの揉め事に巻き込んじゃうかもでしょ?」

「本当は気になってるくせに……」

「……」

「分かった分かった」

 カイルが手を上げる。

「俺が聞いてくる、その間に食料でも見てろ」

「子供じゃないんだから」

「迷子になるなよ」

「……斬るわよ」

 カイルが笑いながら酒場へ向かう。

「まったく……」

 ルティスはため息をつきながらも、食料を補充出来そうな店を探す。

 その時だった。

 ――ヒュッ

「……?」

 何かが、頬の横を通り過ぎた。

 次の瞬間。

 ――ドンッ!

 目の前の木柱に一本の矢が突き刺さった。

「……」

 ルティスは木柱に刺さった矢を見る。

 ほんの少しずれていたら顔に刺さっていた。

「…………」

 ゆっくりと矢が飛んできた方向を見る。

 屋根の上。

 一人の少女が立っていた。


 赤茶色の髪を高い位置で束ねた少女。

 年齢はルティスより少し上に見える。

 深緑の外套に、動きやすそうな革の軽装。

 腰にはヒップクイーバー型の矢筒を提げ、手には細身の弓。

 矢筒の位置からして――速射を得意とする弓使いだろうか。

 そして、ものすごく焦った顔。

「ご、ごめんなさい!」

「……」

「本当にごめんなさい!」

挿絵(By みてみん)

 少女が屋根から降りようとする。

 そして。

「わっ――!」

 足を滑らせた。

「え?」

 ずるっ

 そのまま、屋根から落ちる。

「ちょ――!」

 ルティスが慌てて駆け寄る。

 少女は途中の布製の日除けへ落ち。

 ――ボフッ!

 さらに。

 積んであった藁の上へ落ちた。


「なんだ。結局、揉め事が降ってきてるじゃないか……」

 酒場から戻ってきたカイルがそう呟く。

「……」

「……」

 しばらく沈黙。

 藁の中から、手が一本上がる。

「……生きてます」

「聞いてない」

「でも心配そうな顔してたから」

「してない」

「してました」

「してない」

 少女が藁まみれになって起き上がる。

「あいたた……」

「あなた」

「はい?」

 ルティスが柱に刺さった矢を指差す。

「あれ」

「……」

 少女の顔が引きつる。

「えっと」

「私を狙った?」

「違います!」

 即答。

「じゃあ何を狙ったの?」

「その……」

 少女は通りの向こうを指差した。

「黒い影みたいなのが見えて」

「黒い影?」

「はい」

「どこ?」

「今はもういません」

「……」

「本当です!」

 少女は慌てて言う。

「人みたいな形だったんです。でも人じゃなくて」

「どういうこと?」

「歩いてなかったんです」

「?」

「木の影から影へ……滑るみたいに」

 ルティスは手を口元に持ってきて呟く。

「影……」

 その言葉が気になる。

「で、お前は?」

 カイルが呆れた顔で聞く。

「ミナです」

「ミナ?」

「はい」

 少女――ミナは胸を張った。

「弓使いです!」

 ルティスが、柱の矢を見る。

「……そう」

「何ですか、その目!」

「別に」

「弓は得意なんですよ!」

「さっき殺されかけたけど」

「だから、あれは!」

 ミナが弓を持ち上げる。

「本当に黒い影がいたんです!」

「どこに?」

「あそこ!」

 ミナが町の端にある木を指差した。

「昨日も見ました」

「昨日も?」

「はい」

 ルティスの表情が変わる。

「どこで?」

「森の奥です」

「追いかけたって?」

「はい」

「一人で?」

「はい!」

「……危ないわよ」

 それが心当たりのあるあ(・)の(・)影(・)だったら、危険だ。

「よく、危ない橋を渡るなっ!て叱られます!」

「渡る、よく落ちる、じゃない?」

「え?」

 カイルが吹き出した。

「お前、初対面でそれは酷いだろ」

「だって本当じゃない」

「確かに……」

 ミナも納得してる様子。

「でも、本当に弓は得意なんです」

 そう言ってミナは矢を一本つがえた。

「ほら、あそこに魔物がいますよね?」

「魔物?」

「はい。あそこです」

 ミナが指差す森の入口を、目を凝らして見る。

「……どこ?」

「ほら、あの木の――」

 ミナが弓を引く。

「そこ!」

 ――ヒュッ!

「――っ!?」

 矢がルティスの頬すれすれを通過した。

 ――ドスッ!

 背後の木へ刺さる。

「…………」

 ルティスが固まる。

 ミナの顔がみるみる青ざめていく。

「……あ」

 カイルがミナを見る。

「お前……」

「ち、違うんです!」

「やっぱり私を狙ってる?」

「違います!」

「じゃあ何?」

「……その」

 ミナが矢の刺さった木を見る。

「……よく畑を荒らすラットがそこにいたんですよ」

 この距離で小さなラットが見えたなら、相当視力が良いことになるが、ルティスがゆっくりミナを見る。

「あなたの弓の腕は大体わかったわ。町中では使用しないことね……」

「……すみません……!」

 ミナが深々と頭を下げた。

 カイルが笑う。

「笑いごとじゃないわ」

「悪い」

「全然悪いと思ってないでしょ」

「思ってる」

「顔が笑ってる」

 カイルを睨む。

「それで」

 ルティスは一呼吸おいて仕切り直す。

「何か情報は拾えたの?」

 ルティスがカイルに尋ねる。

 カイルの表情から先ほどまでの笑みが消える。

「森で人が消えてる」

「……やっぱり」

 ミナが小さく言った。

「最初は一週間前」

 カイルが続ける。

「猟師が一人」

「その次の日に薬草採りの女が二人」

「三日前には捜索に入った男たち」

「そして昨日――」

 カイルは一度言葉を切った。

「町の子供が二人」

「……子供?」

「ああ」

 ルティスは酒場の前で聞いた会話を思い出す。

「捜索隊は?」

「今日も出る予定だったらしい」

「だった?」

「昨日戻ってきた奴が言ってた」

「何て?」

 カイルが森を見る。

「道がなくなったって」

「……道?」

「同じところを何度も歩かされたらしい」

「迷っただけじゃなくて?」

「目印を付けながら進んだそうだ」

「それでも?」

「ああ。おかげで今日の捜索は手つかずらしい」

 ミナが口を開いた。

「それ、本当です」

 二人がミナを見る。

「私も昨日、森に入ったんです」

「黒い影を追って?」

「えぇ、途中までは変わった様子はありませんでした」

 ミナが続ける。

「でも、森の奥に入ったら……風がおかしくなって」

「風がおかしい?」

「はい」

 ミナは指を口に咥え少し濡らし、空気へ向けた。

「風って、森の中でも流れてるんです」

「それは分かる」

「木にぶつかって」

「岩を避けて」

「谷へ流れて」

「また上へ抜けていく」

 ミナが森を見る。

「でも昨日は違いました」

「どう違ったの?」

「……戻ってきたんです」

「戻る?」

「私の横を通った風が」

 ミナは手で円を描く。

「少し先で曲がって、また後ろから来たんです」

 ルティスが目を細める。

「風が循環してた?」

「はい」

「自然に?」

「そんなわけありません」

 ミナの表情が初めて真剣になる。

「誰かが……風の流れを曲げてる」

「結界か」

 カイルが言った。

「恐らく、そうね」

 ルティスも頷く。

「魔術で森そのものを迷路にしてる」

「それで捜索隊が方向を見誤ったってわけだ」

「……」

 ルティスは森を見る。

 自分たちは七つの宝玉を探し、何が起きているのか早々に解明したい。

 そして暁の教団にも追われている。

 町の事件に首を突っ込んでいる余裕などない。

 だがルティスは決心したかのように言った。

「……行きましょう」

 ルティスが言った。

「え?」

「森に」

「いいのか?」

「子供たち、見殺しには出来ないわ」

「賛成だ」

「私、道が分かります」

「迷わずに?」

「はい」

 ミナは頷く。

「風を追えば、結界の中心まで行けると思います」

 ルティスがミナを見る。

「分かったわ。道案内お願い」

 ミナが小さく笑い、頷いた。


 森へ入る。

 最初は普通の森だった。

 鳥の声。

 葉が擦れる音。

 木漏れ日。

 だが、三十分ほど進んだ頃。

 ミナが突然、手を上げた。

「止まって」

 ルティスとカイルが足を止める。

「どうした?」

「……ここからです」

「何が?」

「風」

 ミナは目を閉じた。

 赤茶色の髪がわずかに揺れる。

「右から来てる」

 数秒。

「……違う」

「何が?」

「右から来た風が」

 ミナが振り返る。

「後ろから来てる」

 ルティスも空気へ意識を向ける。

 確かに妙だ。

 風の方向が一定しない。

「進んでみる?」

 ミナが頷く。

 三人は歩く。

 十分。

 二十分。

 そして。

「……待った」

 カイルが止まった。

「これ」

 一本の木の幹に剣で付けた傷。

「さっき俺が付けた」

「……」

 三人が黙る。

「まっすぐ歩いたよね?」

 ミナが言う。

「ああ」

「曲がってない」

「でも」

 ルティスは木の傷を見る。

「戻ってる」

 結界。

 間違いない。

「どうする?」

 カイルが聞く。

 ルティスは周囲を見る。

 魔力の流れを探る。

「……分からない」

「お前でも?」

「魔力は感じる。でも薄すぎる」

 森全体に何かが広がっている。

 だが中心が分からない。

「ミナ」

「はい?」

「風は?」

「……見てみます」

 ミナが。

 矢を一本取り出した。

「何するの?」

「これ」

 矢の先に小さな布切れを結ぶ。

「風を見るんです」

 矢を真上へ放つ。

 ――ヒュッ

 矢が上がる。

 そして落ちてくる。

 だが途中で不自然に横へ流れた。

「……あっち」

 ミナが走る。

「待って!」

 二人も追う。

 木々の間。

 ミナは風を読む。

「右!」

 曲がる。

「次、左!」

「分かるのか?」

「なんとなく!」

「なんとなく!?」

「大丈夫です!」

「その言葉、一番信用できないんだけど!」

 ルティスが叫ぶ。

「でも合ってます!」

「何で分かるのよ!」

「風が教えてくれるから!」

「……」

 ルティスは。一瞬だけミナを見る。

 風が教える。

 比喩ではない。

 この少女は本当に風の流れを感じ取っている。

「止まって!」

 ミナが急停止する。

「何?」

 目の前。

 何もない。

 ただの森。

 ミナが地面の葉を拾う。

 手を開く。

 葉が風に乗る。

 前へ。

 そして空中で止まった。

「……」

 葉が見えない何かに張り付いている。

「壁?」

 ルティスが近づく。

 手を伸ばす。

 何も見えない。

 だが指先が途中で止まった。

「……ある」

「結界?」

「ええ」

 魔力を流す。

 薄い膜が一瞬だけ浮かぶ。

「これが原因ね」

 カイルが剣を抜く。

「壊せるか?」

「待って」

 ルティスが止める。

「強引に壊したら、中にいる人まで巻き込むかもしれない」

「じゃあ?」

 ミナが結界へ近づき、目を閉じる。

「……風が入ってる」

「中へ?」

「はい」

 右。

 左。

 上。

「全部止めてるわけじゃない」

 ミナがゆっくり歩く。

「ここ」

 一本の木の前。

「ここだけ、風が抜けてます」

 ルティスが魔力を集中する。

「……本当だ」

 結界がわずかに薄い。

「どうして分かった?」

 カイルが聞く。

「風が色々教えてくれるんですよ」

「便利だな」

「そうですか?」

「すごいわね」

 ルティスが言った。

「……え?」

 ミナが目を丸くする。

「何?」

「今、褒めました?」

「褒めたけど」

「あなたが私を?」

「……取り消そうか?」

「やめてください!」

 カイルが笑う。

「今のうちに入るわよ」

 ルティスが。

 薄い部分へ影を伸ばす。

「――幻影移動(シャドウ・ステップ)」

 影が結界の向こうへ繋がる。

「行ける」

「俺たちは?」

「触って」

「どこに?」

「私」

 カイルが一瞬止まる。

「……いいのか?」

「……何考えてるの……早く!」

 ルティスの肩にカイルが触れる。

 ミナも反対側の腕を掴む。

「行くわよ」

 三人の姿が影へ沈んだ。


 次の瞬間三人は、結界の内側にいた。

「……」

 空気が違う。

 暗い。

 さっきまで昼だったはずなのに。

 森全体が夕暮れのように沈んでいる。

「風が……ない」

 ミナが呟く。

「完全に?」

「はい」

 カイルが剣を抜く。

「気をつけろ」

 その時。

「……助けて」

 声。

 三人が振り返る。

「今の」

「子供?」

 もう一度。

「……誰か……」

「あっち!」

 ミナが走る。

「待って!」

 三人は木々の間を抜ける。

 そして小さな空間へ出た。

 そこに二人の子供が木の根元に寄り添うように座っている。

「いた!」

 ミナが駆け寄る。

「大丈夫!?」

「……お姉ちゃん?」

「もう大丈夫です」

 子供たちは衰弱している。

 だが生きている。

「他の人は?」

 カイルが聞く。

 少年が震える指で、森の奥を指差した。

「……黒いのが」

「黒い?」

「みんな……連れてった」

 ルティスの表情が変わる。

「どこへ?」

 その瞬間。

 ――ザッ

「……!」

 何かが木々の間を動いた。

 黒い影。

「いました!」

 ミナが弓を構える。

「待って!」

 ――ヒュッ!

「待ってって言ったでしょ!」

 黒い影へ矢が飛ぶ。

 ――ドスッ!

「……!」

 命中。

「当たった!」

 ミナが喜ぶ。

 だが矢は、影の身体を通り抜け後ろの木に刺さっただけだった。

「え?」

 黒い影がゆっくり振り返る。

 人型。

 だが顔がない。

 身体全体が煙のような黒いものに包まれている。

「……魔物?」

 カイルが剣を構える。

 ルティスはそれを見る。

 胸の奥に嫌な感覚。

「違う」

「何が?」

「あれは魔物の類いじゃない」

「分かるのか?」

「……影が」

 似ている、自分の魔法に。

 けれど、違う。

 もっと歪んでいる。

 黒い影が突然、地面へ沈んだ。

「消えた!?」

「下!」

 ルティスが叫ぶ。

 カイルが飛ぶ。

 直後。

 足元から黒い腕が伸びる。

「っ!」

 カイルが剣を振る。

 ――ザン!

 腕を切断。

 だが黒い腕は煙となって消えた。

「効いてるのか!?」

「分からない!」

 別方向。

 影が現れる。

「ミナ!」

「はい!」

 矢。

 ――ヒュッ!

 影が避ける。

「もう一発!」

 二本目。

 三本目。

 影の動きが変わる。

 ミナの矢を避けるため、進路が限定される。

「カイル!」

「分かってる!」

 カイルが走り、剣を振るう。

 ――ザン!

 影を斬る。

 黒い身体が揺れる。

「通った!」

「でも浅い!」

 影がカイルへ腕を伸ばす。

「――幻影(ファントム)!」

 ルティスの影が伸びる。

 もう一人のルティスが影の前へ飛び出す。

 影が幻影に反応し、一瞬、動きが止まる。

「今!」

 カイルが斬る。

 ――ザン!

 ミナが矢を放つ。

 ――ヒュッ!

 二つの攻撃。

 同時。

 影の身体が大きく崩れる。

「まだ!」

 ルティスが走る。

 影へ沈む。

「――幻影移動(シャドウ・ステップ)!」

 影の背後、胸の中央に核のようなものを狙い、短剣を振る。

 黒い影が弾けた。

 ――バシュッ!

「……!」

 黒い霧。

 そして、消える。

 静寂。

「……倒した?」

 ミナが弓を構えたまま言う。

「たぶん」

 カイルが剣を下げる。

「何だったんだ?」

 ルティスは影が消えた場所を見る。

「……分からない」

 ただ自分の影魔法と似ているが、自分の影には核は存在しない。

 それが妙に気になった。


 その後、三人は森の奥で行方不明になっていた人々を見つけた。

 猟師。

 薬草採りの女たち。

 捜索隊。

 全員衰弱していたが生きていた。

「よかった……」

 ミナが心底安心したように息を吐く。

「まだよ」

 ルティスが言う。

「結界を出ないと」

「あ」

「忘れてたのか?」

 カイルが呆れる。

「ちょっとだけ」

 だが問題は人数だった。

 全員を幻影移動で運ぶことはできない。

「入口を壊すしかない」

 ルティスが言う。

「できるの?」

 ミナが聞く。

「結界の中心が分かれば」

「中心……」

 ミナが目を閉じる。

 だが。

「風がない」

「そうね」

 完全に止まっている。

 その時、ミナが何かに気づいた。

「……違う」

「何?」

「止まってるんじゃない」

 地面へ手を当てる。

「吸われてる」

「どこに?」

 ミナが森の奥を見る。

「あっち」

 三人は進む。

 やがて一本の巨大な古木。

 その根元に黒い石。

「これ……」

 ルティスが触れる。

 強い魔力。

「結界の核」

「壊せば?」

「たぶん消える」

 カイルが剣を構える。

「なら――」

「待って」

 ルティスが止める。

「またか」

「周囲の魔力が全部ここに集まってる」

「壊したら?」

「一気に弾けるかも」

「じゃあどうする?」

 ルティスが考える。

 ミナが黒い石を見る。

「風を逃がせば?」

「え?」

「全部ここに集まってるなら」

 ミナは周囲を見る。

「出口を作ればいいんですよね?」

 ルティスがミナを見る。

「……できる?」

「やってみます」

 ミナは矢を四本取り出した。

「何するんだ?」

「風の通り道を作ります」

「矢で?」

「はい」

 ミナが四方向へ矢を放つ。

 東。

 西。

 南。

 北。

 それぞれ木へ突き刺さる。

「力貸してくれます?」

 ミナがルティスの方を見て言う。

「何?」

「この四つの間の魔力を少しだけ弱められます?」

「……やってみる」

 ルティスが地面へ手を当て影を伸ばす。

 四本の矢、その間を影が繋ぐ。

「今!」

 ミナが叫ぶ。

 風。

 最初はほんの少し。

 次第に大きくなる。

「……来た!」

 ミナの髪が揺れる。

 風が四方向へ流れ始める。

 黒い石が震える。

「カイル!」

「任せろ!」

 剣を構え剣を振りかぶる。

「おおおっ!」

 ――ガァン!

 黒い石へ刃が叩き込まれる。

 亀裂。

 もう一度。

 ――ガァン!

 亀裂が広がる。

「もう一回!」

「こいつで最後だぁ!」

 ――バキィン!

 黒い石が砕けた。

 瞬間。

 森全体が大きく揺れた。

「っ!」

 猛烈な風が一気に吹き抜ける。

 葉が舞い、枝が揺れる。

 そして暗かった森へ、太陽の光が差し込み、優しい風が流れ始めた。

「……消えた」

 ミナが空を見上げる。

 風が赤茶色の髪を揺らしている。

「……気持ちいい……」

 ミナが目を閉じ、風を満足そうに浴びている。


 リーヴェルへ戻った時。

 町は大騒ぎになった。

「帰ってきた!」

「子供たちだ!」

「生きてるぞ!」

 家族たちが駆け寄る。

 泣きながら抱きしめる。

 ミナはその様子を少し離れた場所から見ていた。

「……よかった」

 ルティスはその横顔を見る。

 最初に会った時はただの騒がしい弓使いだと思った。

 矢を二回も自分の近くへ飛ばしてきた。

 危なっかしい。

 落ち着きもない。

 でも森では違った。

 風を読み、結界を見つけ、人々を助ける道を作った。

 あの力がなければ自分たちは、まだ森を彷徨っていたかもしれない。

「……ミナ」

「はい?」

「あなた、この後どうするの?」

「私ですか?」

「そう」

「うーん……」

 ミナが少し考える。

「特に決めてないです」

「旅してたんじゃないの?」

「してました」

「目的は?」

「いろんな場所を見たいなって」

「それだけ?」

「それだけです」

「……」

「駄目ですか?」

「別に」

 ミナはルティスを見る。

「お二人は?」

「私たち?」

「旅してるんですよね?」

「まあ」

「どこへ?」

 ルティスは胸元からペンダントを取り出した。

 中央の針。

 Ignis(イグニス)を手に入れてから、針の向きが変わっている。

 次に反応しているのは――青。

「次の宝玉」

「……宝玉?」

 ミナが目を丸くする。

「何ですか、それ」

「説明すると長い」

「聞きたいです!」

「長いって言ったでしょ」

「時間あります!」

「私はない」

「ええー」

 カイルが横から口を挟む。

「どうせ一緒に来れば分かる」

「カイル」

「ん?」

「勝手に決めないで」

「誘うつもりなんだろ?」

「まだ誘ってない」

「……」

 ミナが二人を交互に見る。

「え?」

 ルティスは少しだけ息を吐いた。

 そしてミナを見る。

「私たちと来ない?」

「……え?」

 ミナが固まる。

「旅」

「私が?」

「他に誰がいるの?」

「でも……」

 ミナは自分の弓を見る。

「私でいいんですか?」

「違う」

「え?」

「あなたがいいの」

「……」

 ミナの目が少し大きくなる。

「今日分かったから」

「何がです?」

「あなたがいなかったら、あの結界は抜けられなかった」

「……」

「私は魔力を見る」

 ルティスは言う。

「カイルは前で戦える」

「そしてあなたは――」

 風を見る。

「私たちには見えないものを見つけられる」

 ミナは何も言わなかった。

 ただ、少しだけ嬉しそうに笑った。

「……私」

「何?」

「結構、矢を外しますよ?」

「知ってる」

「よく転びます」

「それも知ってる」

「方向音痴です」

「……それは初めて聞いた」

 カイルが頭を抱える。

「お前、よく一人で旅できたな」

「風があれば大丈夫です!」

「風がなかったら?」

「……聞かないで下さい」

「不安しかないな」

「ひどいです!」

 ルティスが。小さく笑った。

「それでもいい」

「……本当に?」

「ええ」

 ミナはしばらく二人を見る。

 そして大きく頷いた。

「行きます!」

「決まりだな」

 カイルが親指を立てて言う。

「私はルティス、そっちがカイルよ。今更だけどね」

「よろしくお願いします!」

 ミナが勢いよく頭を下げる。

 その勢いで腰につけている矢筒から大量の矢が抜け落ちた。

 ――カラカラカラッ。

「……」

「……」

「……」

 ミナが慌てて拾う。

「今のは忘れてください」

 ルティスが言う。

「無理ね」

 ミナが目で見ても分かるように、へこむ。


 夕方。

 三人はリーヴェルを出た。

 森の結界は消え、行方不明だった人々も全員町へ戻ることができた。

 西の空が橙色に染まっている。

「で」

 ミナが歩きながら言う。

「結局、宝玉って何なんですか?」

「まだそれ?」

「気になりますよ!」

「しょうがないわね」

 ルティスがペンダントがある胸元に手を置き、口を開く。

「七つあるの」

「はい」

「それぞれ違う力を持ってる」

「はい」

「今、一つ持ってる」

「えっ!?」

 ミナが急にルティスへ近づく。

「どこですか!?」

「近い」

「見せてください!」

「あとで」

「今!」

「あとで」

「ちょっとだけ!」

「……カイル」

「俺に振るな」

 三人の声が街道に響く。

 昨日までルティスはカイルと二人だった。

 その前は一人だった。

 学院を追放され行く場所もなく。

 ただペンダントが示す方向へ歩いていた。

 それがいつの間にか二人になり、そして三人になった。

「ルティスさん!」

「何?」

「私、宝玉って初めて見るんです!」

「普通は見たことないでしょ」

「どんな形ですか?」

「赤い」

「それは色です!」

「うるさい」

「教えてくださいよ!」

 カイルが笑う。

「諦めろ。こいつ、説明下手だから」

「誰が?」

「お前」

「……斬るわよ」

「ほら、そればっかりだ」

「カイルさん」

「ん?」

「ルティスさんって、いつもこうなんですか?」

「だいたい」

「二人とも聞こえてるからね」

 ミナが笑う。

 ルティスは少しだけため息をついた。

 でも嫌ではなかった。


 日が沈む前。

 三人は街道から少し離れた森の中で野営することにした。

 ミナが薪を集め、カイルが火を起こす。

 ルティスは木にもたれて座っていた。

「ルティスさん」

「何?」

「手伝ってくださいよ〜」

「疲れた」

「私も疲れてます」

「新入りでしょ」

「そういう扱いなんですか!?」

「冗談よ」

「分かりづらいです!」

 ルティスは立ち上がる。

 少し離れたところで、カイルが笑っている。

「何?」

「いや」

「何よ」

「仲良くなれそうでよかったな」

「誰と誰が?」

「お前とミナ」

 二人が同時に言った。

「まだよ」

「そうなんです!」

 双方意見が食い違う形でハモる。

 やがて焚き火が灯った。

 三人は火を囲む。

 ミナが火を見ながら言った。

「……今日」

「何?」

「誘ってくれて、ありがとうございます」

 ルティスはミナを見る。

「まだ言ってるの?」

「だって」

 ミナは少しだけ笑う。

「一人で旅してると、たまに思うんです」

「何を?」

「私、どこに向かってるんだろうって」

「……」

「いろんな場所を見たいって思って旅に出たんですけど」

 薪がパチッと音を立てる。

「一人で見る景色って、思ってたより静かで」

 ルティスは何も言わなかった。

 少しだけ分かる気がした。

 学院を追放され、一人で歩いた街道。

 どこへ行くのか、何をするのか、分からなかった。

「だから」

 ミナがルティスとカイルを見る。

「ちょっと楽しみです」

「何が?」

「これから」

 カイルが笑う。

「まだ何が起こるか分からないぞ」

「だからですよ」

 ミナは答えた。

「分からないから、見てみたいんです」

 ルティスは焚き火を見る。

 炎。

 Ignis(イグニス)を思い出す。

 七つの宝玉。

 暁の教団。

 自分を呼ぶ声。

 分からないことばかり。

 それでも。

「……そうね」

 ルティスは呟いた。

「私も」

「え?」

「何でもない」

「今、何か言いましたよね?」

「言ってない」

「言いました!」

「聞き間違い」

「カイルさん!」

「俺を巻き込むな」

「二人ともひどい!」

 夜の森にミナの声が響いた。

 その少し後、ルティスは胸元からペンダントを取り出した。

 炎を示すIgnis(イグニス)。

 その次、青い印が淡く光っている。

「……Aqua(アクア)」

 ルティスが呟く。

 ミナが隣から覗き込む。

「それが次の宝玉の場所を教えてくれるんですか?」

「そう」

「どこにあるんですか?」

「まだ分からない」

 ペンダントの針は街道の先を示している。

 ルティスはその方向を見る。

 暗い森。

 さらに先。

 まだ見たことのない土地。

「朝になったら出発するわよ」

「はい!」

 ミナが即答する。

「元気ね」

「パーティ結成、初日ですから!」

「明日には静かになってるといいけど」

「なりません!」

 カイルが声を出して笑った。

 ルティスもほんの少しだけ笑う。

 三人。

 まだ仲間と呼ぶには、互いのことを知らなすぎる。

 ルティスはカイルの過去をほとんど知らない。

 ミナとも今日会ったばかり。

 ルティス自身も二人に話していないことはたくさんある。

 そして自分たちを取り巻く状況も分からないことだらけだ。

 七つの宝玉についても。

 暁の教団についても。

 ほとんど知らない。

 それでも今日、三人は同じ敵と戦った。

 カイルが前に立ち、ミナが風を読み、ルティスが影を繋いだ。

 一人ではできなかったこと。

「……」

 ルティスは自分の手を見る。

 影魔法。

 学院では禁じられた力だった。

 その力を使ったことで、すべてを失ったと思っていた。

 でも今日、その影は誰かを助けるために使えた。

 そして、誰もそれを責めなかった。

「……変なの」

 ルティスが小さく呟く。

「何がです?」

 ミナが聞く。

「何でもない」

「またそれですか?」

「寝なさい」

「まだ眠くないです」

「さっき疲れたって言ってたでしょ」

「それとこれは別です」

 カイルが薪を火へ放り込む。

「明日は早いぞ」

「何時ですか?」

「日の出」

「……」

 ミナの顔が固まる。

「やっぱり今寝ます」

「急ね」

 ミナは毛布を引っ張り出す。

「おやすみなさい!」

「はいはい」

「おやすみ」

 カイルが答える。

 数分後。

「……すぅ」

「早っ」

 ルティスが見る。

 ミナはもう眠っていた。

 カイルが声を抑えて笑う。

「大物だな」

「やっぱり疲れてたみたいね」

「そうだろうな」

 二人は焚き火を見る。

 しばらく、誰も話さなかった。

「ねぇ……家族って、どんな人だったの?」

 突然、ルティスがカイルに尋ねた。

 カイルは一瞬、遠くを見た。

「普通だよ」

 と笑って流す。

「聞かせて」

 ルティスはカイルの目を見て言った。

 カイルは少し恥ずかしそうに頬を指でかいて、少しずつ過去を話し出した。


  カイルが生まれたのは、王都から遠く離れた小さな町だった。

 名前は――【ラグナ】

 山と森に囲まれた、どこにでもある町。

 大きな城もなければ、珍しい魔法があるわけでもない。

 けれどカイルにとっては、それで十分だった。

 父は町の自警団にいた。

 剣の腕はそこそこ。

 少なくとも、幼いカイルには誰よりも強く見えた。

「剣ってのはな、人を斬るために持つんじゃない」

 父はよくそう言っていた。

「じゃあ何のため?」

「帰る場所を守るためだ」

 子供だったカイルには、その意味がよく分からなかった。

 ただ父の腰にある剣が格好よくて。

 何度も勝手に抜こうとして、そのたびに頭を叩かれた。

 母は町で小さな食堂を営んでいた。

 決して料理が上手いわけではなかった。

 少なくとも、カイルはそう思っていた。

「また焦げてる」

「嫌なら食べなくていいよ」

「食うよ」

「じゃあ文句言わない」

 父が横で笑う。

 そんな家だった。

 金はなかった。

 贅沢もできなかった。

 けれど毎晩、三人で同じ食卓を囲んだ。

 カイルにとって。

 それが世界のすべてだった。


  その町には、古い言い伝えがあった。

 山のどこかにかつて世界を支えた「宝」が眠っている。

 子供たちは宝探しの遊びのつもりだった。

 カイルもその一人だ。

 山へ入り友達と洞窟を探して、何度も父に叱られた。

 けれど、ある日。

 その言い伝えが、ただの昔話ではなくなった。

 カイルが十五の時だった。

 夜。

 町の鐘が鳴った。

 火事ではない。

 魔物でもない。

 町の外に武装した人間が集まっていた。

「親父?」

 父は黙って剣を取った。

「家から出るな」

「何があったんだよ」

「いいから」

 いつもの父ではなかった。

 母も何も言わなかった。

 ただ、父の外套を握っていた。

「……帰ってくる?」

 母が尋ねた。

 父は少しだけ笑った。

「ああ」

 そしてカイルを見る。

「母さんを頼む」

「自分で守れよ」

 思わずそう言った。

「俺じゃなくて、親父が」

 父は一瞬だけ黙った。

 それから。

 カイルの頭へ手を置いた。

「そうだな」

 それが父と交わした最後の言葉になった。

 その夜。

 町の近くで何かが見つかった。

 宝玉だった。

 誰が最初に見つけたのか。

 誰が噂を広めたのか。

 カイルは知らない。

 ただ一つだけ分かっている。

 宝玉がある。

 その噂だけで人が集まった。

 傭兵。

 盗賊。

 魔術師。

 どこかの国の兵士。

 名も知らない集団。

 誰もが同じことを言っていた。

 宝玉を渡せ。

 自分たちのものだ、と。

 町の人間には関係なかった。

 宝玉など欲しくない。

 どこにあるのかさえ知らない。

 それでも争いは始まった。

 

 夜空が赤かった。

 家が燃えていた。

 叫び声が聞こえた。

「カイル!」

 母に腕を引かれた。

「走って!」

「親父がまだ――」

「いいから!」

 初めてだった。

 母があんな声を出したのは。

 二人は裏道を走った。

 食堂の横を抜け。

 何度も歩いた路地を抜け。

 町の外へ向かった。

 その時。

 轟音が響いた。

 地面が揺れた。

 母の身体がカイルへぶつかる。

 二人とも倒れた。

「母さん?」

 返事がない。

「……母さん?」

 カイルは母を起こそうとした。

 けれど母は動かなかった。

 何が起きたのか。

 十五歳のカイルには分からなかった。

 魔法だったのか。

 崩れた建物だったのか。

 誰かの攻撃だったのか。

 今でも分からない。

「起きろよ」

 身体を揺らした。

「逃げるんだろ?」

 返事はなかった。

「母さん」

 遠くで誰かが叫んでいる。

 剣がぶつかる音。

 炎が爆ぜる音。

 それでもカイルは母のそばから動かなかった。

「……母さん」

 その時。

 誰かに後ろから掴まれた。

「離せ!」

 町の男だった。

 父と同じ自警団の男。

「行くぞ!」

「母さんが!」

「もう無理だ!」

「離せよ!」

 暴れた。

 殴った。

 叫んだ。

 それでも男はカイルを離さなかった。

 母の姿が遠ざかっていく。

「母さん!」

 炎の向こうへ消えていく。

 

  翌朝、町はなくなっていた。

 正確には建物は残っていた。

 道も。

 井戸も。

 母の食堂も。

 けれど、カイルが知っていた町は、もうなかった。

 父の遺体は見つからなかった。

 母は死んだ。

 何人もの町の人間が死んだ。

 そして、宝玉もなかった。

 誰が持ち去ったのか。

 そもそも、本当にあったのか。

 それすら分からなかった。

 

  何年か経ってカイルは剣を持つようになった。

 父と同じように。

 ただし父のような立派な理由があったわけではない。

 生きるためだった。

 護衛。

 魔物退治。

 傭兵まがいの仕事。

 金になるなら何でもやった。

 そのうち。

 宝玉の噂も何度か耳にした。

 世界を変える力。

 願いを叶える力。

 神々の遺産。

 人によって話は違った。

 けれどカイルにはどうでもよかった。

 宝玉が何なのかなんて興味もなかった。

 ただ、宝玉を欲しがる人間の顔だけは知っていた。

 十五の夜。

 町を焼いた人間たちと、同じ顔をしていた。


 ーー焚火が静かに揺れている。

 カイルは一呼吸して、じっと話を聞いてるルティスを見る。

 そして静かに寝息を立てて眠ってるミナを見る。

 七つの宝玉を追う旅。

 全てを奪っていた宝玉を探し、どうするつもりかも考えてなかった。

 今、カイルはこの二人と旅をしている。

 カイルの宝玉探しの旅の理由はすでに変わっていた。

 ルティスは、町を焼いた人間たちと同じではない。

 力が欲しいわけでもない。

 世界を支配したいわけでもない。

 あの日、父に言われた言葉を時々思い出す。

『剣ってのはな、人を斬るために持つんじゃない』

 昔は分からなかった。

 今なら少しだけ分かる気がする。

『帰る場所を守るためだ』


挿絵(By みてみん)

「昔はさ。全部どうでもよかった」

「生き残った俺だけが、なんで生きてるんだろうって思ってた」

 ルティスが、

「今は?」

 と聞く。

 カイルは焚き火を見ながら、

「……今は、死にたくないな」

 少し間を置いて、

「お前ら置いて死んだら、後味悪いだろ」

 黒髪の魔女。

 赤髪の弓使い。

 いつの間にか守りたいものは――

 もう一度、できていた。

 そして、夜空を見る。

 満天の星が瞬いていた。

 昔。

 故郷でも、こんな夜空を見たことがある。

 父がいて。

 母がいて。

 帰る場所があった頃。

 もう、あの町には戻れない。

 父も母も帰ってこない。

 それでも――

 カイルは焚き火の向こうを見る。

 ルティスがいる。

 その隣では、ミナが小さな寝息を立てている。

 父の言葉が、もう一度胸をよぎった。

『帰る場所を守るためだ』

 カイルは小さく笑った。

「……帰る場所、か」

「何?」

 ルティスが聞く。

「いや」

 カイルは首を振った。

「なんでもない」

 薪がひとつ、ぱちりと爆ぜた。

 カイルは剣を手元へ引き寄せる。

「そろそろ寝ろ。次は俺が見張る」

「……分かった」

 ルティスが横になる。

 やがて二人分の静かな寝息が聞こえ始めた。

 カイルは一人、焚き火の前に残った。

 剣を傍らに置き、眠る二人を背にして、暗い森を見る。

 守るものなんて持つことはないと思っていた。

 けれど――

 どうやらそういうわけにもいかなくなったらしい。

 カイルは剣の柄に手を置いた。

 その夜。

 彼は二人が眠る間、一度も焚き火に背を向けなかった。


 ――Chapter 4 END

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