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Chapter 15 ―影の器

挿絵(By みてみん)


 Chapter 15 ―影の器


 地下研究室に、低い魔力の唸りが響いていた。

 床いっぱいに広がる巨大な魔法陣。

 八年前。

 ここで境界が開いた。

 Umbra(アンブラ)が暴れ、エレナはAstra(アストラ)へ渡った。

 そしてルティスは――その夜の記憶を封じられた。

 今。

 その魔法陣が、再び目を覚まそうとしている。

 七つの円。

 六つの紋様が淡い光を帯びている。

 残る一つ。

 Umbra(アンブラ)を示す黒い円だけが――まるで何かを待っているかのように、沈黙していた。

「……」

 ルティスは黒い円を見つめる。

 胸の奥。

 そこに確かにUmbra(アンブラ)がいる。

「ルティス」

 グレイアムの声が飛んだ。

「魔法陣から離れろ」

「でも――」

「術式がまだ生きている。何が起こるか分からん」

 その時だった。

 ――ドクン

「……っ!」

 胸の奥が大きく脈打った。

「ルティス!」

 カイルが駆け寄る。

「大丈夫……」

 そう答えながら、ルティスは足元を見る。

 影が揺れていた。

 自分の意思ではない。

 黒い影が細く伸び――魔法陣の中央へ向かっていく。

「Umbra(アンブラ)……?」

 その様子を、ノアが静かに見つめていた。

「やはりな」

 ルティスが顔を上げる。

「何が?」

「八年前と同じだ」

 銀色の仮面の奥から、冷たい視線が向けられる。

「境界の術式にUmbra(アンブラ)が反応していても安定している」

「……だから何?」

「これで証明された」

「何が」

 ノアは杖を持ち上げた。

「お前が――必要だということが」

 ルティスの目が細くなる。

「私が?」

 杖の先が、ルティスの胸元へ向けられる。

「Umbra(アンブラ)の器だ」

「ふざけるな」

 カイルが一歩前へ出た。

 剣を抜く。

「こいつを道具みたいに言うな」

「道具?」

 ノアが僅かに首を傾けた。

「事実を言っただけだ」

「同じだろ」

「違う」

 ノアは淡々と答えた。

「Umbra(アンブラ)は七つの宝玉の一つ」

「そして現在、それを宿しているのがルティスだ」

「カイル」

 ルティスが静かに呼んだ。

「待って」

「……ルティス?」

 ルティスはカイルではなく、ノアを見ていた。

「器でも何でもいい」

 ノアの視線が止まる。

「呼び方なんて、どうでもいい」

 ルティスは胸元へ手を置いた。

「私が知りたいのは――」

 私の中に八年間居続けた、自分さえ知らなかった存在。

「どうして私なの?」

 ノアは答えない。

「八年前、エレナは私にコレを託した」

「私なら受け止められるって」

 一歩。

 ルティスは前へ出る。

「でも、それが分からない」

「どうしてエレナは、私なら大丈夫だと思ったの?」

「どうしてUmbra(アンブラ)は、八年間も私の中にいられたの?」

 そして。

 もう一つ。

 ずっと分からなかったこと。

「どうして私は――影魔法を使えるようになったの?」

 その言葉にノアの反応が僅かに変わった。

「……オルドから聞いていないのか?」

「聞いてない」

 ルティスは答えた。

「先生は何も教えてくれなかった」

 脳裏に、あの日の光景が蘇る。

 学院にいた頃。

 偶然、自分の影が魔力に反応することを知った。

 戸惑いながら、それでもオルドなら答えを知っていると思って、相談した。

 だが、返ってきたのは答えではなかった。

『君がその魔法を使えることを――誰にも知られてはいけない』

「私が影魔法を使えるって知った時も」

 ルティスは続ける。

「先生は理由を教えてくれなかった」

「ただ――誰にも知られるなって」

「……」

「あなたは知ってるんでしょう?」

「八年前のことを調べてたんだから」

 ノアを見据える。

「どうして――私だったの?」

 しばらく。

 ノアは答えなかった。

 やがて。

「完全な答えは、私にも分からない」

「……え?」

「だが、一つだけ分かっている」

 ノアの視線がルティスの胸元へ落ちる。

「Umbra(アンブラ)は、誰にでも宿せるものではない」

「強すぎる力は、それを収める側を壊す」

「肉体だけの話ではない。魔力の流れそのものが耐えられない」

「でも、私は――」

「耐えた」

 ノアが言葉を重ねる。

「八年間もな」

「だから、なんで?」

 ルティスはすぐに聞き返した。

「それが聞きたいの」

「私に何かあるの?」

 ノアは答えない。

 その沈黙がルティスをさらに苛立たせた。

「答えて」

「私には分からない」

「……」

「少なくとも、八年前の時点でエレナが何を根拠にそう判断したのか――私は知らない」

 ノアは淡々と答える。

「だが」

 杖の先が、僅かに下がった。

「オルドなら、知っていた可能性がある」

 ルティスの表情が止まった。

「……先生が?」

「あの男は八年前の一件のあとも、境界について調べ続けていた」

「Umbra(アンブラ)についても」

「そして――お前についても」

「私を……?」

「だから私はオルドを調べた」

 その瞬間。

 ルティスの目が変わった。

 胸の奥に別の記憶が蘇る。

 オルドはもういない。

 自分が学院を追放されるより前に、暁の教団に――殺されていた。

「……ノア」

「何だ」

「一つ、聞かせて」

 声の温度が変わる。

「オルド先生を殺したのは――あなた?」


 空気が止まった。

 カイルも。

 ミナも。

 何も言わない。

 少し離れた場所にいたレオンが、僅かに顔を上げた。

 ノアはしばらく沈黙したあと。

「違う」

 そう答えた。

「……じゃあ誰?」

「教団の者だ」

 ルティスの目が鋭くなる。

「同じじゃない」

「同じではない」

 ノアの声が、僅かに低くなった。

「少なくとも――私にオルドを殺す理由はなかった」

「理由……?」

「あの男は知りすぎていた」

 ノアが言う。

「八年前の境界事故」

「Astra(アストラ)」

「Umbra(アンブラ)」

 そして。

「お前」

 ルティスの拳が握られる。

「私には、まだオルドから聞かなければならないことがあった」

「いくらでもな」

「だったら……」

 ルティスの声が震える。

「どうして先生は死んだの?」

「教団が無能だったからだ」

「……え?」

 あまりにも冷たい言葉だった。

 けれどノアの声には、これまでとは違うものが混じっていた。

 怒りではない。

 苛立ち。

「オルドは何も話さなかった」

 ノアは続ける。

「八年前の研究について尋ねても」

「Umbra(アンブラ)について尋ねても」

「お前について尋ねても」

「何一つ答えなかった」

「……」

「だから時間をかける必要があった」

「別の資料を集めてもいい」

「周囲から調べてもいい」

「本人が口を開くまで待つこともできた」

 ノアの手が、杖を握る。

「方法はいくらでもあった」

「だが――」

 声が低くなる。

「あの場に残した教団員たちは違った」

「答えない」

「抵抗する」

「だから殺した」

 ルティスの目が揺れる。

「それで問題が解決したと思ったらしい」

「……」

「愚かとしか言いようがない」

「先生の命を……!」

 ルティスが一歩踏み出す。

「そんな言い方で――」

「勘違いするな」

 ノアが遮った。

「命を軽く見ているから言っているんじゃない」

「なら何よ!」

「オルドには、まだ利用価値があった」

「……!」

 ルティスの表情が変わる。

「利用……価値?」

「そうだ」

 ノアは躊躇しなかった。

「生きていれば、まだ聞けた」

「まだ調べられた」

「八年前、エレナがなぜお前にUmbra(アンブラ)を託したのか」

「なぜお前だけが、八年間その力を抱えていられたのか」

「オルドが何を知り、何を隠していたのか」

「その答えを――あの男は持っていた可能性がある」

「……」

「死者は答えない」

 冷たい言葉。

 だが、ノアにとっては、それこそが事実なのだろう。

「オルドを殺したことで、教団は重要な情報源を一つ失った」

「私が命じるはずがない」

「……」

 ルティスは黙ってノアを見つめた。

 やがて。

「でも」

 一歩。

「先生のところへ教団を向かわせたのは――あなたでしょう?」

「そうだ」

「先生を調べさせたのも?」

「私だ」

「八年前のことを聞き出そうとしたのも?」

「私だ」

「だったら――」

 ルティスはノアを睨む。

「関係ないなんて言わせない」

「言うつもりはない」

 即答だった。

 ルティスが僅かに目を見開く。

「私の指揮下にいた者が殺した」

 ノアは淡々と続ける。

「その責任まで否定するつもりはない」

「だが――」

 銀色の仮面が、ルティスを見据える。

「私なら殺さなかった」

「オルドは死なせるには――あまりにも多くを知っていた」

「……」

 ルティスは唇を噛んだ。

 やっぱりこの男とは、根本的なところで違う。

 人の死を悲しんでいるわけではない。

 奪われた情報を惜しんでいる。

 それでも、自分が無関係だとも言わない。

 その冷たさが、かえってノアという男を分からなくさせた。

「じゃあ……」

 ルティスが低く尋ねる。

「私も同じ?」

「何?」

「先生と」

 胸元へ手を置く。

「私にも、利用価値があるから生かしておくの?」

「違う」

「……?」

「オルド以上だ」

 ルティスの表情が固まる。

「お前はUmbra(アンブラ)を宿している」

「八年間、その力を安定させている」

「そして今――境界の術式に反応している」

 ノアが魔法陣を見る。

「お前を殺す理由など、どこにもない」

「むしろ逆だ」

 再び。

 銀色の仮面がルティスへ向く。

「今のお前は――死なせるには価値がありすぎる」

「……最低」

 ミナが小さく呟いた。

 カイルの剣を握る手に力が入る。

「やっぱり道具扱いじゃねえか」

「どう呼ぼうが構わない」

 ノアは気にも留めない。

「必要だから生かす」

「必要だから使う」

「それだけだ」

 その言葉をレオンは黙って聞いていた。

 何も言わない。

 だが、その目だけが僅かにノアへ向けられていた。


「……くだらない」

 ノアが杖を持ち上げる。

「話は終わりだ」

 黒い魔力が集まり始める。

「術式を起動しろ」

 教団員たちが一斉に動いた。

「させるか!」

 カイルが地面を蹴る。

 ――ギィン!

 剣と剣が激突した。

「ミナ!」

「はい!」

 弦が鳴る。

 ――ヒュッ!

 矢が教団員の足元へ突き刺さる。

「っ!」

 体勢が崩れた。

 その瞬間、ルティスの姿が影へ沈む。

「――幻影移動(シャドウ・ステップ)」

 次の瞬間、教団員の背後。

 短剣が閃き、杖が弾き飛ばされる。

「術式を止めて!」

「分かってます!」

 ミナが二本目の矢を放つ。

 魔法陣の外周。

 術式を維持していた魔導具へ命中した。

 ――バキッ!

 一つ。

 光が消える。

「カイル!」

「任せろ!」

 剣が振り下ろされる。

 教団員が吹き飛ぶ。

 だが。

「遅い」

 ノアが杖を床へ突いた。

 ――ドン!!

 黒い波動が研究室を走る。

「っ!」

 ルティスたちの身体が弾き飛ばされた。

「ルティスさん!」

 床を転がる。

 それでもルティスは短剣を離さなかった。

「……まだ!」

 立ち上がる。

 その時、魔法陣が激しく輝いた。

「何!?」

 グレイアムが叫ぶ。

「術式が――!」

 ――ドクン!!

「うっ……!」

 ルティスの胸に激痛が走った。

 膝をつく。

「ルティス!」

「来ないで!」

 影が暴れる。

 足元から伸びた何本もの黒い影が、魔法陣中央の黒い円へ吸い寄せられていく。

「Umbra(アンブラ)が……!」

 ノアが杖を向ける。

「そのままだ」

「何を……!」

「抵抗するな」

「ふざけないで……!」

「境界の術式がUmbra(アンブラ)を求めている」

「だとしても――」

 ルティスは歯を食いしばる。

「あなたの好きにはさせない!」

 影へ魔力を流す。

 だが、動かない。

 いつもの影とは違う。

 自分が操っているのではない。

 逆に、自分が引かれている。

 胸の奥から何かを引きずり出されるような感覚。

「……あぅっ!」

「ルティスさん!」

 ミナが駆け出そうとする。

 その前へ教団員が立ちはだかる。

「邪魔!」

 矢を放つ。

 カイルもルティスへ向かう。

 だが。

 黒い壁が行く手を塞いだ。

「くそっ!」

「ルティス!」

「大丈夫!」

 大丈夫ではない。

 それでも。

 そう答えた。

 その時。

 ルティスの視界の端に一人の男が映った。

 レオン。

 ずっと動いていない。

 剣さえ抜いていない。

「レオン!」

 カイルが叫ぶ。

「そこで何してる!」

「……」

 レオンは答えない。

 ノアを見る。

 そして苦痛に顔を歪めるルティスを見る。

『今のお前は――死なせるには価値がありすぎる』

 先ほどのノアの言葉。

 殺さない。

 だから安全なのではない。

 生かしたまま、利用する。

「レオン」

 ノアが言う。

「術式を守れ」

「……」

「聞こえなかったか?」

 レオンの手がゆっくりと剣の柄へ伸びる。

 ――シャッ

 黒い長剣が抜かれた。

 カイルが身構える。

 ミナも弓を向ける。

 だが、レオンは二人を見なかった。

「ノア」

「何だ?」

「一つ聞く」

「今か?」

「ああ」

 レオンはルティスを見たまま言う。

「この術式を完成させれば――」

「本当にエレナを取り戻せるのか?」

 研究室が静かになった。

「答えろ」

「可能性はある」

「可能性?」

 レオンの目が細くなる。

「以前は、もっと違う言い方をしていたな」

「状況が変わった」

「何が?」

「六つの宝玉が揃った」

 ノアの視線がルティスへ向く。

「そしてUmbra(アンブラ)も見つかった」

「境界を開けばAstra(アストラ)へ到達できる」

「なら」

 レオンが問う。

「その先にエレナがいる保証は?」

「俺には興味がない」

「……」

 レオンの表情が変わった。

「そうか」

「だが可能性はある」

「可能性……」

 レオンは呟く。

 そして魔法陣に囚われているルティスを見る。

「そのために――」

 黒い影がルティスの身体を這い上がっていく。

「こいつを使うのか?」

「そうだ」

「どこまで?」

 ノアが黙る。

「境界を開くために、どこまでこいつを使う?」

「Umbra(アンブラ)が維持される限り問題はない」

 レオンの目が鋭くなる。

「Umbra(アンブラ)の話はしていない」

「……」

「ルティスはどうなる?」

 ノアは答えない。

「死にはしない」

 やがて。

 それだけを答えた。

 レオンの表情から何かが消えた。

「そういう意味じゃない」

「何?」

「俺は――」

 レオンが剣を握り直す。

「ルティスがどうなると聞いた」

「だから答えた。死にはしない」

「それならいいと?」

「目的を果たす上で、必要な負荷だ」

 レオンがゆっくりとノアを見る。

 初めて明確な敵意が、その目に浮かんだ。

挿絵(By みてみん)

「……分かった」

「何が?」

「俺が何を信じていたのか――」

 一瞬。

 エレナの姿がレオンの脳裏を過ぎる。

「分からなくなった」

「レオン」

「だが」

 黒い長剣が上がる。

「一つだけ分かる」

 そして。

 ――ザンッ!!

 魔法陣へ伸びていた黒い魔力が斬り裂かれた。

「なっ!?」

 教団員たちが振り返る。

 ルティスを引いていた力が弱まる。

「……!」

「レオン!」

 ノアの声が響いた。

 レオンは答えない。

 長剣を構える。

 その切っ先はルティスたちではなく――術式を維持する教団員へ向けられていた。

「今だ!」

 カイルが走る。

 ミナが矢を放つ。

 ルティスも残った力を影へ流し込む。

「――幻影(ファントム)!」

 足元の影が伸びる。

 もう一人のルティスの幻影が立ち上がった。

 二人。

 左右へ分かれる。

 教団員の視線が揺れる。

 その一瞬。

 本物のルティスが影へ沈んだ。

「――幻影移動(シャドウ・ステップ)!」

 ノアの背後。

 短剣が振るわれる。

 ――ギィン!!

 杖と刃がぶつかった。

「……!」

「私を生かす?」

 ルティスはノアを睨む。

「利用価値があるから?」

 黒い影が短剣へ纏わりつく。

「そんなの――」

 刃を押し込む。

「何様のつもりよっ!」

 ――バキン!!

 ノアの魔力が弾けた。

 同時に魔法陣の光が乱れる。

「グレイアム!」

「分かっている!」

 老人が術式へ駆け寄る。

「今なら切れる!」

 杖を床へ叩きつけた。

 一つ。

 二つ。

 三つ。

 魔法陣の線が消えていく。

「止まれ!」

 ノアが杖を向ける。

 だが、その前へ。

 黒い長剣が割り込んだ。

 ――ギィン!

 レオン。

「そこを退け」

「断る」

「レオン」

「俺はエレナを取り戻したい」

 剣を押し返す。

「その気持ちは変わらない」

「なら――」

「だが」

 レオンの声が低くなる。

「そのためなら何をしてもいいとは言っていない」

 ノアの動きが止まった。

「……」

「俺はまだ、お前が間違っているとも言い切れない」

「境界の向こうにエレナがいるなら――会いたい」

「連れ戻せるなら――連れ戻したい」

 黒い長剣に力が籠もる。

「だが」

「誰かを使い潰してまで取り戻したエレナを――」

 レオンの目が鋭くなる。

「あいつが喜ぶとは思えない」

 ノアは何も答えなかった。

「グレイアム!」

 ルティスが叫ぶ。

「あと少しだ!」

 最後の術式。

 杖が振り下ろされる。

 ――パキン

 小さな音。

 そして。

 床を覆っていた光が、一斉に消えた。


 暗闇。

 数秒。

 誰も動かなかった。

 やがて。

 魔法灯が一つ。

 また一つと戻っていく。

「……止まった?」

 ミナが呟く。

 グレイアムが魔法陣を確認する。

「ああ」

 大きく息を吐いた。

「ひとまずはな」

「ひとまず?」

 カイルが剣を下ろす。

「術式そのものが消えたわけではない」

 グレイアムは床を見る。

「ここを使えなくしても、教団が別の方法を持っている可能性はある」

「……」

 ノアは何も言わない。

 レオンと向かい合っている。

「裏切るのか?」

 ノアが尋ねた。

「……分からない」

「何?」

「まだ分からない」

 レオンは長剣を下ろす。

「俺はエレナを取り戻したい」

「そのために教団へ入った」

「その気持ちは、今も変わらない」

「なら戻れ」

「だが――」

 レオンはノアを見る。

「お前のやり方を信じていいのか」

「今は分からない」

 ノアは黙った。

 レオンは踵を返す。

「レオン!」

 教団員の一人が叫ぶ。

 だが、レオンは止まらない。

 ルティスの横を通り過ぎる。

「……レオン」

 ルティスが呼び止めた。

 男が止まる。

「ありがとう」

「礼を言われる筋合いはない」

「でも――」

「俺はお前を助けたわけじゃない」

「……」

「確かめたかっただけだ」

「何を?」

 少しの沈黙。

「俺が信じているものを」

 それだけ言ってレオンは歩き出した。

 レオンを追うように教団も、ノアも静かにその場をあとにした。

 ノアはルティスの横を静かにすれ違ったが、一瞬、ルティスを見たような気がした。


 教団が去った後、その場に座り込んでいたルティス。

 胸の痛みが少しずつ引いていく。

 ルティスは胸へ手を当てた。

 ――ドクン

 小さな鼓動。

 Umbra(アンブラ)はまだそこにいる。

「ルティス」

 カイルが隣へ来る。

「大丈夫か?」

「うん」

「本当に?」

「……たぶん」

「たぶんかよ」

 反対側からミナが顔を覗き込む。

「歩けます?」

「歩ける」

「じゃあ大丈夫ですね」

「判断が雑じゃない?」

「ルティスさん基準です」

「どういう意味?」

「そのままの意味です」

 カイルが吹き出す。

 少しだけ、笑った。

 けれど、胸の奥にはまだ一つの疑問が残っている。

 ルティスは自分の手を見る。

「……どうして、私なんだろう」

 小さく呟いた。

 カイルとミナが黙る。

 答えはない。

 ノアにも分からなかった。

 エレナは自分ならUmbra(アンブラ)を受け止められると知っていた。

 オルドも何かを知っていた可能性がある。

 そして先生はその答えを教えないまま死んだ。

『君がその魔法を使えることを――誰にも知られてはいけない』

「先生……」

 ルティスが呟くと、何かを悟ったのかミナが笑顔で言う。

「ルティスさん」

 ミナが呼ぶ。

「うん?」

「行きましょう!」

「……うん」

 ルティスは歩き出す。

 答えはまだない。

 けれど以前とは違う。

 何を知らないのか。

 それが分かった。

 八年前。

 なぜ自分だったのか。

 エレナは何を知っていたのか。

 オルドは何を隠していたのか。

 そして――

 自分の影魔法は、本当はどこから始まったのか。

 ルティスはもう一度だけ、古い研究室を振り返った。

 足元でが静かに揺れている。

 八年間。

 ずっと自分と一緒にあった影。

 ルティスはそれを見つめ。

 小さく呟いた。

「絶対に、見つける」

 誰かに与えられた答えではなく。

 自分自身で。

「私が――どうして私なのか」

 そして、ルティスは前を向いた。


 ――Chapter 15 END


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