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Chapter 13 ― 暁の教団

挿絵(By みてみん)


 Chapter 13 ― 暁の教団


 アルカ遺跡を離れてから、二日。

 ルティスたちは、大都市ヴァルセリアへ向かっていた。

 目的は一つ。

 ――暁の教団について調べること。

 街道を歩きながら、ルティスは何度もアルカ遺跡で見たものを思い返していた。

 二つの世界。

 その間に描かれた境界。

 此界(アワー・サイド)。

 彼界(ジ・アザー・サイド)。

 そして――

 ASTRA(アストラ)。

 ほんの一瞬。

 境界の亀裂の向こうに、エレナがいた。

 それだけは間違いない。

 だが、分からないことの方が多かった。

 ASTRA(アストラ)とは何なのか。

 境界とは何なのか。

 なぜアルカ遺跡にUmbra(アンブラ)が反応したのか。

 そしてなぜ暁の教団は、その境界を開こうとしているのか。

 ルティスの頭には、レオンの言葉が残っていた。

『俺たちが求めているのは、世界の破壊ではない』

『境界の向こうにあるものを、この世界へ取り戻すことだ』

 ――取り戻す。

 何を?

 エレナを?

 それとも他に何かあるのか。

「……」

「また考え事か?」

 カイルの声に、ルティスが顔を上げた。

「分かる?」

「さっきから同じ顔してる」

「どんな顔?」

「難しい顔です」

 ミナが横から答える。

「聞いたのはカイルなんだけど」

「私にも分かりました」

「そう」

「もう少し楽しそうに歩きません?」

「何を楽しむの?」

「ほら。景色とか」

 三人の周囲には、どこまでも続く草原。

 遠くには山。

 青い空。

「……普通ね」

「そういうところですよ!」

 カイルが小さく笑った。

「まあ、今は仕方ないだろ」

「カイルさんまで!」

 ルティスは少しだけ笑った。

 そして再び前を見る。

 まだ答えはない。

 なら調べるしかない。


 昼を過ぎた頃。

 街道の先に、巨大な城壁が見えてきた。

 高くそびえる石壁。

 その向こうには、いくつもの塔。

 さらに街の中央には――

 ひときわ巨大な建造物が見えている。

「……大きいですね」

 ミナが目を細めた。

「ヴァルセリアだ」

 カイルが答える。

「古代魔法の研究で有名な街だ。世界中から研究者が集まってくる」

「来たことあるの?」

「一度だけな」

「何しに?」

「仕事だ」

「どんな?」

「護衛」

「誰の?」

「質問多いな、お前」

「気になるじゃないですか」

 ルティスは二人の会話を聞きながら、城壁を見上げる。

 巨大な門。

 その上には――

【ヴァルセリア】

 大きな文字が刻まれていた。

 門を抜けた瞬間。

 空気が変わった。

 人。

 人。

 人。

 大通りには、多くの人間が行き交っている。

 研究者らしいローブ姿の者。

 大きな筒に図面を入れて歩く学者。

 魔法道具を抱えた商人。

 異国の服を着た旅人。

 通りには。

 古代遺物を扱う店。

 魔法薬の専門店。

 魔法具の修理工房。

 古い石板や魔法書を売る店まで並んでいる。

「……すごい」

 ミナが辺りを見回す。

「見たことないものばっかりです」

 店先。

 奇妙な金属球が浮いている。

「これ何でしょう?」

 ミナが手を伸ばす。

「触るな」

 カイルが止めた。

「まだ何もしてませんよ」

「今からするところだっただろ」

「見るだけです」

「手が伸びてたぞ」

「気のせいです」

 ルティスは二人を置いて歩く。

「あ、待ってください!」

 大通りを進む。

 やがて街の中央。

 巨大な建造物が見えてきた。

 いくつもの塔が一つになったような石造建築。

 壁面には古代文字。

 屋上には、巨大な天球儀のような魔法装置が浮かんでいる。

 いくつもの輪が、ゆっくりと回転していた。

「……あれは?」

 ミナが尋ねる。

「世界古代文書館」

 カイルが答えた。

「この世界でも、かなり古い文書館らしい」

「図書館ですか?」

「本だけじゃない。世界各地の遺跡から集められた記録や石板の写し、古代魔法の研究資料なんかも保管されてる」

 ルティスは巨大な建物を見上げる。

  ASTRA(アストラ)。

 境界。

 七つの宝玉。

 八年前。

「……行こう」

 歩き出そうとした。

 その時。

「ルティス」

 カイルが止める。

「何?」

「あれ」

 視線の先。

 掲示板。

 大勢の人が集まっている。

 新聞。

 張り紙。

 事件報告。

 そして同じ名前が、何度も書かれていた。

「……暁の教団」

 ルティスの表情が変わった。


 三人は掲示板へ近づいた。

 カイルが一枚の新聞を取る。

「北方遺跡への不法侵入」

 ミナが別の紙を読む。

「古代魔法陣の破壊……」

「こっちは研究施設から資料が盗まれてる」

 さらに古代魔法を研究していた学者の失踪。

 未確認遺跡周辺での黒衣の集団の目撃。

 各地で発生している異常な魔力反応。

「……多い」

 ルティスが呟く。

 事件そのものは、それぞれ違う。

 だが。

 共通している。

 古代。

 遺跡。

 魔法。

 そして暁の教団。

「こっちも見てください」

 ミナが一枚の紙を指差した。

『黒色の魔法陣出現後、周辺空間に一時的な歪曲を確認』

「……黒い魔法陣」

 ルティスの脳裏にアルカ遺跡の石門が浮かぶ。

 中央の黒い円。

 そこから開いた、 ASTRA(アストラ)への亀裂。

「似てる」

「アルカ遺跡と?」

 カイルが尋ねる。

「うん」

 別の報告を見る。

『空に黒色の亀裂』

『未知の魔力反応』

『古代魔法陣の周辺で発生』

 ルティスの表情が険しくなる。

「……全部、繋がってるかもしれない」

「どういうことです?」

 ミナが尋ねる。

「教団が狙ってるもの」

 ルティスは指を折る。

「古代遺跡」

「古代魔法陣」

「研究資料」

「研究者」

 そして。

「境界」

 カイルが腕を組む。

「宝玉だけを追ってたわけじゃないってことか」

「たぶん」

 ルティスは掲示板を見る。

「もっと前から……境界そのものを調べてたのかもしれない」


 世界古代文書館へ向かう途中。

 三人は一軒の古代遺物店へ入った。

 狭い店。

 壁一面に古い魔法具。

 石板。

 壊れた装飾品。

 用途の分からない器具。

 店主は年配の男だった。

「何を探してる?」

「物じゃない」

 ルティスが答える。

「話を聞きたい」

「何の?」

「暁の教団」

 店主の表情が一瞬で変わった。

「……帰ってくれ」

「話を聞くだけ」

「だから嫌なんだ」

 店主は声を落とす。

「その名前を大声で出すな」

 カイルが周囲を見る。

「そんなに危険なのか?」

「最近、この街で何人研究者が消えたと思ってる」

「教団が?」

「証拠はない」

 店主が首を振る。

「だから誰も表立って言わん」

「でも」

 ルティスが尋ねる。

「消えた人たちに共通点がある?」

「……」

「境界魔法」

 店主の目が動いた。

 それだけで答えは分かった。

「どこでその言葉を聞いた?」

「先に答えて」

 店主はしばらくルティスを見ていた。

 そしてため息。

「……そうだ」

「境界魔法を研究していた人が?」

「特に多い」

「なぜ?」

「知らん」

 店主は声を潜める。

「ただ……教団の連中は妙なんだ」

「何が?」

「まだ場所すら確認されていない遺跡に現れることがある」

 ルティスの目が細くなる。

「どういう意味?」

「学者が何年も探していた場所へ、先回りするんだよ」

 沈黙。

 ルティスはアルカ遺跡を思い出す。

 新しい足跡。

 比較的新しい蝋。

 不自然に空いた石棚。

 何者かに持ち去られた記録。

「……アルカにも」

「何?」

 ミナが尋ねる。

「教団が先に来ていた可能性がある」

 カイルも気づく。

「あの足跡か」

「うん」

「でも証拠はないですよね」

「まだね」

 ルティスは店主を見る。

「世界古代文書館なら、もっと分かる?」

「……可能性はある」

 店主は少し迷ってから続けた。

「ただし」

「何?」

「地下書庫へ行けるならな」

「地下?」

「あそこには、一般には出していない資料がある」

「どうすれば入れる?」

「知らん」

 店主は肩をすくめる。

「研究者でもなきゃ、普通は無理だ」

 ルティスは店を出る。

「どうします?」

 ミナが尋ねる。

「行く」

「入れなかったら?」

「その時考える」

 カイルがため息をつく。

「またそれか」

「誰かさんの影響かもね」

「俺を見るな」


 世界古代文書館。

 巨大な扉を開ける。

 その瞬間、三人は足を止めた。

「……うわ」

 ミナが声を漏らした。

 高い天井。

 何層にも重なる巨大な書架。

 壁一面の本。

 空中をゆっくり移動する魔法式の書棚。

 吹き抜けの中央では、文字そのものが光となって漂っている。

 研究者たちはその文字を指で動かしながら資料を探していた。

 壁には古代遺跡から発見された石板の複製。

 ショーケースには古代文明の魔法具。

 さらに奥。

 世界各地の遺跡を記した巨大な地図。

「……全部見たい」

 ミナが呟く。

「何日かかると思ってる」

 カイルが言う。

「一ヶ月くらい?」

「帰る気ないだろ」

「冗談ですよ」

「顔が本気だったぞ」

 ルティスは受付へ向かった。

 そこには丸い眼鏡をかけた老人が座っていた。

「何を探しているのかね?」

「暁の教団について」

 老人の手が止まった。

「……教団を?」

「はい」

「君たちは研究者には見えんが」

「違います」

「では、なぜ?」

 ルティスは少し考える。

「教団に追われています」

 老人の目が細くなる。

「それで?」

「彼らが何を調べているのか知りたい」

「……」

「特に」

 ルティスは老人を見る。

「境界魔法について」

 老人の表情が変わった。

「その言葉を、どこで知った?」

「古代遺跡です」

「どこの?」

「アルカ遺跡」

 老人が固まった。

「……アルカ?」

「知ってるんですか?」

「知っているとも」

 老人が立ち上がる。

「どこで見つけた?」

 ルティスはすぐには答えない。

「先に教えてください」

「何を?」

「あそこは何なんですか?」

 老人は三人を見た。

 そして。

「……ここでは話せん」

 周囲を確認する。

「ついて来なさい」


 地下書庫。

 地上の喧騒は完全に消えていた。

 古い魔法灯。

 長い石造りの廊下。

「アルカについて残っている記録は少ない」

 老人が歩きながら言う。

「名前だけなら、いくつかの古文書にある」

「何のための遺跡なんですか?」

「それすら、はっきりとは分かっていない」

「……」

「ただ」

 老人が足を止める。

「境界に関する施設だった可能性が高い」

 ルティスたちは顔を見合わせる。

 やはりあの壁画。

 石門。

  ASTRA(アストラ)。

 すべて偶然ではない。

「そして」

 老人が続ける。

「最近、アルカについて調べていた研究者がいた」

「その人は?」

「消えた」

 ミナの表情が変わる。

「……失踪?」

「ああ」

「暁の教団?」

「証拠はない」

 老人は答えた。

「だが、その研究者が消えた直後から――」

 巨大な鉄扉の前で止まる。

「境界に関する資料が狙われ始めた」

 鍵を開ける。

 ――ガチ。

「三日前」

 扉が開く。

「この地下書庫からも、一冊消えた」

 書棚の一部だけが空いている。

「何の本?」

「 ASTRA(アストラ)について記された古文書だ」

 ルティスの胸が。

 ――ドクン

 小さく脈打った。


 老人は別の棚へ向かった。

「盗まれた本はない。だが、関連資料は残っている」

 巨大な古書を取り出す。

 机へ置く。

 ――ドン

 表紙には古びた文字で『神の遺産』と記載されていた、

 ルティスの目が止まる。

 暁の教団が宝玉をこう呼んでいると言っていたことを思い出す。

「……神の遺産」

「古代に記されたものの写本じゃ」

 老人がページを開く。

 そこには七つの名。

 Ignis(イグニス)。

 Aqua(アクア)。

 Gaia(ガイア)。

 Aeris(エアリス)。

 Volt(ボルト)。

 Lumia(ルミア)。

 Umbra(アンブラ)。

 ミナが息を呑む。

「七つの宝玉……」

 老人がミナを見る。

「知っているのか?」

「よくあるおとぎ話でね」

 ミナが咄嗟に答える。

「……そうか」

 老人はそれ以上聞かなかった。

 ルティスはページを見つめる。

「神の遺産って……七つの宝玉のこと?」

「そう記した文献もある」

「違う記録も?」

「ある」

 老人は頷く。

「世界を支える七つの力」

「古代文明の魔力核」

「神が人へ残したもの」

「呼び方も、解釈も様々じゃ」

「どれが正しいんですか?」

 ミナが聞く。

「分からん」

「……分からない?」

「古代の記録は、書いた者によって解釈が違う」

 老人はページをめくる。

「一冊の本に書いてあるからといって、それをそのまま真実だと思わないことじゃ」

 ルティスは小さく頷く。

「それで…… ASTRA(アストラ)は?」

 老人の手が止まる。

 さらに数枚。

 ページをめくる。

 そこに見覚えのある文字。

  ASTRA(アストラ)。

「……アストラ」

「古い記録では、いくつかの意味で使われている」

「どんな意味?」

「境界」

 一枚。

「向こう側」

 さらに一枚。

「世界と世界の間」

 カイルが眉を寄せる。

「結局どれなんだ?」

「分からん」

 老人は答える。

「あるいは――」

 ASTRA(アストラ)という文字を見る。

「当時の人々にとって、それらは一つの概念だったのかもしれん」

 ルティスはアルカ遺跡の壁画を思い出す。

 此界(アワー・サイド)。

 彼界(ジ・アザー・サイド)。

 その間に描かれた境界。

「じゃあ」

 ミナが尋ねる。

「本当に、別の世界があるんですか?」

「誰にも証明されていない」

 老人が答える。

「少なくとも――公には」

「公には?」

 ルティスが反応する。

 老人はしばらく黙った。

 そして別の資料を取り出した。

「八年前」

 その言葉だけでルティスの身体が強張った。

「この文書館へ、一つの報告が届いた」

「何の?」

「大規模な魔力異常」

 古い報告書。

 老人が開く。

「場所は――」

 一拍。

「アルヴェリア魔法学院」

 ――ドクン

「……!」

 胸の奥。

 Umbra(アンブラ)が脈打った。

「学院……」

「八年前のある夜。学院地下で大規模な魔力暴走が発生した」

「原因は?」

「記録上は不明」

「記録上?」

 ルティスが聞き返す。

「報告の大部分が失われている」

「どうして?」

「分からん」

 老人がページをめくる。

「地下施設の一部が崩壊。複数の負傷者。そして――」

 指が止まる。

「一人の少女が行方不明になった」

 ルティスは。

 名前を見る前に分かった。

「……エレナ」

 老人が顔を上げる。

「知っているのか?」

 その瞬間、視界が変わる。


 地下。

 青白い光。

 巨大な魔法陣。

『ルティス!』

 誰かが叫ぶ。

 エレナ。

 銀紫の髪。

 その向こう。

 オルド。

『下がりなさい!』

 七つの光。

 床を走る魔法陣。

 黒い影。

 そして――

 銀色。

 何かが。

 こちらへ近づいてくる。

「……!」

 光景が途切れた。


「ルティス!」

 カイルの声。

 ルティスは机へ手をついていた。

「……っ」

 呼吸が荒い。

「大丈夫ですか?」

 ミナが背中へ手を添える。

「……うん」

「全然大丈夫じゃないだろ」

「少し……見えただけ」

「何を?」

 ルティスは目を閉じる。

「八年前」

 地下。

 エレナ。

 オルド。

「二人とも……いた」

「エレナとオルドが?」

「うん」

「他には?」

「……」

 銀色。

「何かいた」

「何か?」

「分からない」

 ルティスは首を振る。

「そこだけ……見えない」

 老人は黙ってルティスを見ていた。

「君は――」

「今は」

 ルティスが遮る。

「聞かないでください」

 しばらく老人は何も言わなかった。

「……分かった」

 それだけ答えた。


 少し休んでから三人は調査を続けた。

 老人が次に持ってきたのは一枚の魔法陣の写し。

「……これ」

 ルティスが身を乗り出す。

 二重の円。

 その周囲を囲む七つの紋様。

 アルカ遺跡の石門に刻まれていたものと――

「似てる」

「またアルカか?」

 カイルが尋ねる。

「うん」

 老人の目が鋭くなる。

「やはり……アルカへ入ったのだな」

「はい」

「そこで何を見た?」

 ルティスは少し迷った。

 だが今回は答えた。

「二つの世界を描いた壁画」

「……」

「此界(アワー・サイド)」

「彼界(ジ・アザー・サイド)」

 老人の表情が変わる。

「それから」

 ルティスは続ける。

「巨大な石門」

「中央には、この魔法陣と似たものがあった」

「……開いたのか?」

「門は開いてません」

「では?」

「空間に亀裂ができた」

 老人が固まる。

「その向こうに――」

 ルティスは言葉を選ぶ。

「別の場所が見えた」

「……何が?」

「空」

「大地」

「それから……人」

 老人は何も言わない。

「エレナがいた」

「……」

 長い沈黙。

 老人はゆっくり椅子へ座った。

「ならば……」

「何?」

「古い記録は、伝承だけではなかったのかもしれんな」

 ルティスは魔法陣を見る。

「これは何?」

「境界へ干渉するための古代魔法陣と考えられている」

「境界を開く?」

「そこまでは分からん」

 老人は別の記録を並べる。

「残された表現は――」

 指を置く。

『二つの領域を接触させる』

「接触……」

「開くとは書いていない」

 ルティスの表情が変わる。

「でも」

「何じゃ?」

「暁の教団は、境界を開くと言っていた」

 老人がルティスを見る。

「教団の者から聞いたのか?」

「……はい」

「誰じゃ?」

「それは言えません」

「……そうか」

 老人は無理に聞かなかった。

「ならば、なおさら気をつけなさい」

「どうして?」

「古代の記録では」

 老人は別の石板の写しを取り出す。

「境界への干渉は、何度も禁じられている」

 そこには。

『境界への過度な干渉を禁ず』

『二界の接触を長く保つべからず』

 そして。

 半分失われた一文。

『境界が失われし時――』

 その先はない。

「……続きは?」

 ミナが尋ねる。

「失われている」

「またですか」

「そういう資料ほどな」

 老人は空いた棚を見る。

「最近――消えている」

 三人が黙った。

「教団……」

 ミナが呟く。

 ルティスは確信に近いものを感じ始めていた。

 暁の教団は境界について調べている。

 ただし何を目的としているのか。

 そこだけがまだ見えない。


 さらに数時間。

 三人は資料を調べ続けた。

挿絵(By みてみん)

 北方遺跡への侵入。

 研究施設からの盗難。

 消えた学者。

 黒い魔法陣。

 異常な魔力反応。

 それぞれを大きな地図へ書き込んでいく。

「……見てください」

 ミナが言った。

 地図。

 事件が起きた場所。

 点。

 点。

 点。

「全部、古代遺跡の近くです」

「それだけじゃない」

 ルティスが資料を並べる。

「境界に関する記録が見つかった場所が多い」

 カイルが腕を組んだ。

「教団は境界を開く方法を探してる」

「たぶん」

「そのために七つの宝玉が必要」

「それも……たぶん」

 ルティスは考える。

 そこで、カイルが言った。

「でも、一つおかしくないか?」

「何が?」

「宝玉だ」

「……」

「教団が七つを必要としてるなら」

 カイルはルティスを見る。

「なんで今まで本気で奪いに来なかった?」

 ミナも顔を上げる。

「……確かに」

 ルティスもずっと感じていた。

 何度もノアは自分たちの前に現れた。

 だが、本当に宝玉を奪うつもりだったのなら。

「もっとやり方があった」

 ルティスが言う。

「ですよね」

 ミナも頷く。

「ノアって、かなり強いですよね」

「強い」

「教団員もいる」

「うん」

「だったら……」

 ミナの顔が引きつる。

「もしかして私たち……」

「何?」

「集めさせられてた?」

 沈黙。

「……」

 カイルが頭を掻く。

「可能性はあるな」

「えぇ……」

 ミナの顔が険しくなる。

「じゃあ途中で邪魔してきたのは何なんですか!」

「知らん」

「私たちを急がせるためとか?」

「知らんって」

「そんな理由だったら腹立ちません?」

「俺に言うな」

「まだ決まったわけじゃない」

 ルティスが止める。

「ノアが何を考えてるのかは分からない」

 それに。

 もう一つ引っかかっている。

「……レオン」

「レオンさん?」

 ミナが聞く。

「うん」

 ルティスは小さく頷いた。

「レオンが求めてるものは分かる」

「エレナさんですね」

「そう」

 妹を取り戻したい。

 そのために暁の教団へいる。

 少なくともレオン自身は、そう言っていた。

「でもノアは違う」

 カイルがルティスを見る。

「何が?」

「前に言ってた」

 ――私が求めているものは、それだけではない。

「教団員とレオンとノア」

 ルティスは地図を見る。

「みんな同じ目的で動いてるようには思えない」

「……内部でも違うってことか」

「分からない」

 ルティスは首を振る。

「まだ、そこまでは言えない」

 ただ、その違和感だけは覚えておこうと思った。


 文書館を出た頃には夕方になっていた。

 三人は町外れの丘へ向かった。

 眼下。

 ヴァルセリアの街並み。

 夕日に染まる無数の塔。

 遠く。

 世界古代文書館の巨大な天球儀が、ゆっくりと回っている。

 ルティスは一人、空を見上げていた。

「八年前……」

 アルヴェリア魔法学院。

 地下。

 魔力暴走。

 エレナの失踪。

 オルド。

 七つの宝玉。

 Umbra(アンブラ)。

 そして――

 銀色の何か。

 自分自身に封じられた記憶。

 まだ完全には戻っていない。

 けれど確実に形を持ち始めている。

「ルティス」

 カイルが隣へ来た。

「無理に思い出すなよ」

「分かってる」

「本当か?」

「……たぶん」

「お前のたぶんは信用できない」

「それ、前にも言われた」

「じゃあ直せ」

「嫌」

「即答かよ」

 少し離れたところから。

 ミナが笑う。

 ルティスも。

 ほんの少しだけ笑った。

 そして胸へ手を当てる。

「でも……知りたい」

 カイルは黙る。

「エレナが何をしたのか」

 夕暮れの空を見る。

「オルド先生が何をしたのか」

 そして――

「私が、何をしたのか」

「ああ」

「それに」

 ルティスの表情が変わる。

「暁の教団が境界を開いて――何をしようとしてるのか」

 ミナが隣へ来た。

「調べましょう」

「うん」

「三人で」

 ルティスは二人を見る。

「……うん」

 その時だった。

 ――ゴォン。

 鐘。

 三人が振り返る。

 ――ゴォン。

 もう一度。

 街のあちこちで。

 人々が空を見上げ始めた。

「何ですか?」

 ミナも空を見る。

 そして息を呑んだ。

 夕暮れ。

 赤く染まった空。

 その一部に一本の黒い線が浮かんでいる。

「……まさか」

 ルティスが立ち上がる。

 ――ピシッ

 黒い線が広がる。

 亀裂。

「アルカ遺跡で見たのと……」

 ミナが呟く。

「同じだ」

 カイルが言った。

 だが。

 大きさが違う。

 アルカ遺跡で開いたものより遥かに大きい。

 黒い亀裂の向こう。

 見える。

 無数の光。

 見覚えのある空。

「…… ASTRA(アストラ)」

 ルティスが呟く。

 ――ドクン

「……っ!」

 Umbra(アンブラ)が反応した。

 ――ドクン

 もう一度。

 そして。

『ルティス』

「……エレナ?」

 声。

 ルティスは目を閉じる。

『聞いて』

「聞いてる」

『あの人たちが――境界を開こうとしている』

「分かってる」

『違う』

 エレナの声がいつもより強い。

『本当に怖いのは、境界を開くことだけじゃない』

「どういう意味?」

 声が乱れる。

『向こう側にいるものを――』

「エレナ?」

『こちらの世界へ呼び戻そうとしている』

 ルティスの表情が変わった。

「……何を?」

『……』

「 ASTRA(アストラ)に何がいるの?」

 返事はない。

「エレナ!」

『今は――』

「まだ言えない?」

 沈黙。

 ルティスは拳を握る。

「……また?」

『ルティス』

「私はもう」

 声が強くなる。

「何も知らないまま進みたくない」

『分かってる』

「だったら教えて!」

 亀裂が激しく揺れる。

『ごめん』

「エレナ!」

『でも――一つだけ』

「何?」

『レオンは――』

 ――バチン!

 亀裂が閉じた。

「……!」

 空が、元に戻る。

「エレナ!」

 返事はない。

 夕暮れの空だけが広がっている。

 ミナが呟く。

「……レオンさんは?」

 ルティスは答えられない。

「何を言おうとしたの……」

 その胸の奥。

 Umbra(アンブラ)だけが激しく脈打っていた。


 同じ頃。

 ヴァルセリアから遠く離れた場所。

 地下深く。

 巨大な古代遺跡。

 黒いローブを纏った魔導士たちが一つの魔法陣を囲んでいた。

 中央。

 七つの円。

 六つが淡く光っている。

 残る一つ。

 黒い円だけが沈黙していた。

 その前。

 黒い長剣を腰に下げた男。

 レオン。

 そして。

 銀色の仮面。

 ノア。

「六つの準備ができた」

 ノアが言った。

 レオンは答えない。

「残るのはUmbra(アンブラ)だけだ」

「……」

「あの娘の出番だ」

 レオンの眉が動く。

「連れてくるのか?」

「必要になれば」

「何をするつもりだ」

「境界を開く」

「それは聞いている」

 レオンがノアを見る。

「俺が聞いてるのは、その後だ」

 沈黙。

「境界を開いて」

 一歩。

「本当にエレナを戻せるのか?」

「ああ」

「……本当に?」

 ノアは動かない。

「なぜ疑う?」

「最近、お前は俺に話していないことが多すぎる」

「必要のないことだからだ」

「それを決めるのは、お前か?」

「今までもそうだった」

 レオンの手が僅かに拳を作る。

「……」

「レオン」

 ノアが静かに言った。

「君が欲しいのは真実か?」

 一拍。

「それとも――妹か?」

 レオンの目が鋭くなる。

「……エレナだ」

「なら、迷う必要はない」

 ノアは魔法陣を見る。

「境界が完全に開けば」

 静かな声。

「向こう側にいるものを、こちらへ戻すことができる」

 レオンは黒い円を見る。

「……エレナも」

「ああ」

 ノアは答えた。

 レオンは目を閉じる。

 八年間、探し続けた。

 生きているかさえ分からなかった妹。

 昨夜。

 ルティスは言った。

 ――生きている。

 なら取り戻せる。

 そう信じたかった。

「……分かった」

 レオンが背を向ける。

「ルティスを探す」

「頼んだよ」

 数歩。

 レオンが止まった。

「ノア」

「何だ?」

「もし」

 振り返らない。

「エレナを戻せるという話が嘘なら――」

 腰の長剣へ手を置く。

「その時は、俺がお前を斬る」

 周囲の教団員たちがざわめく。

 ノアはただ静かにレオンを見ていた。

「覚えておこう」

 レオンは歩き去った。

 足音が遠ざかる。

 やがて完全に聞こえなくなった。

 一人の教団員が口を開く。

「……よろしいのですか?」

「何が?」

「レオンです」

「問題ない」

 ノアは七つの円を見る。

「彼は戻る」

「なぜ、そう言い切れるのです?」

「願いがあるからだ」

 ノアの杖が黒い円へ触れる。

 ――ドクン

 遠く。

 どこかで。

 それに応えるように何かが脈打った。

 ノアは黒い円から視線を外さない。

「もうすぐだ」

 六つの光。

 そしてまだ沈黙する黒。

「境界は――再び動き始める」

 銀色の仮面の奥。

 ノアが何を見ているのか。

 それを知る者はまだ、誰もいなかった。


 夜。

 ヴァルセリアにあるルティスたちは宿屋に宿泊していた。

 ルティスは宝玉をサイドテーブルに並べ、見つめていた。

挿絵(By みてみん)

 何故こんなものが存在するのか。

 存在してるからには意味があるはず。

 どんな意味があるのか今はまだわからないが、そんなものが自分の手元に揃ってる。

 学院にいた頃には想像もつかなかった。

 だが今は自分の人生に深く干渉している。

 影魔法を初めて使えた時、自分は特別な存在なんじゃないかと内心、優越感すらあった。

 しかし、正直今起きてることは重い。

 支え切れるのか不安にもなる。

 失敗、と言っていいのかわからないが、うまくいかなかった場合どんな悲劇が起こるのか。

 自分が成し遂げるようなことを言ってていいのか。

 ――トントン

 そんなことを考えていた時、ドアをノックする音が聞こえた。

「ルティス、ちょっといいか?」

 カイルの声だった。

 ルティスは扉を開ける。

 ドアの向こうにはカイルとミナがいた。

「悪いな。ちょっと明日のこと話しておけるか?」

「えぇ。入って」

 カイルとミナが部屋に入ってくる。

 カイルはサイドテーブルに置いてある宝玉をちらっと見るが、何も言わず大きい方のテーブルに地図を広げる。

「次は?」

 ルティスは地図の一点を見る。

 アルヴェリア魔法学院。

「学院へ行く」

 ミナがルティスを見る。

「母校ですよね」

「まぁね……」

 ルティスは地図を見つめる。

 追放された日。

 閉ざされた門。

 向けられた視線。

 もう二度と戻ることはないと思っていた。

「母校かぁ、楽しみですね」

 ミナはルティスが学院を追放されたことを知らないのでアルヴェリアに行くことが楽しみのようだ。

「行きたくはないけど――行く」

「どうして?」

「八年前の事件が起きた場所だから」

 地図の上、学院を指でなぞる。

「エレナが消えた」

「オルド先生がいた」

「そして――」

 胸へ手を当てる。

「たぶん、私がUmbra(アンブラ)を受け入れた場所」

 まだ確かな記憶ではない。

 だからこそ確かめる。

「それに」

 ルティスは顔を上げる。

「世界古代文書館の記録が途中で途切れてるなら」

 カイルが頷く。

「学院側には、もっと詳しい記録が残ってるかもしれない」

「うん」

 ミナが人差し指を立てて言った。

「じゃあ、決まりですね」

「そうね」

 ルティスはヴァルセリアに来たことを振り返った。

 ここで分かったこと。

 暁の教団は宝玉だけを追っているのではない。

 古代遺跡。

 境界魔法。

 ASTRA(アストラ)。

 そして八年前の事件。

 すべてが少しずつ一本の線へ繋がり始めている。

 その先にいるのは。

 エレナなのか。

 ノアなのか。

 それとも――

 まだ知らない何かなのか。

 ルティスには分からない。

 だから自分の目で確かめる。

「ルティス……」

 カイルが静かに口を開く。

「なんて言ったらいいか……その大丈夫か?」

 言葉を選びながら話してるが、結局言葉が選びきれなかったような話し方だった。

「大丈夫よ。母校に行くだけ」

 ルティスはそう答えた。

「そうか……」

 カイルは何かを気にしてるようだ。

 不安に思っていたことや、学院に行く覚悟、気づかれたのかもしれない。

 なかなか感が鋭いのかもなとルティスはカイルを見た。

「大丈夫ですよ!あ、そうだ!学食とかあったら食べたいですね!」

「お前、飯食いに行くんじゃないぞ」

「でも魔法学院の学食って気になりません?」

 ミナが相変わらずのテンションで少し重くなった空気が変わる。

「学食より、ここの夕食の方が美味しかったわよ」

 ルティスは二人に感謝していた。

 一人では立てなくても、プレッシャーに潰されそうになっても、この二人がそばにいる。

 それだけでさまざまな不安は吹き飛ぶ。

 3人にまた笑顔が戻った。


 明日向かう先はルティスがかつて学び。

 影魔法を使ったことで追放され。

 そして、それよりも前。

 八年前の真実が眠る場所。

 アルヴェリア魔法学院。

 ルティスは自分自身に封じられた記憶へ――

 足を踏み入れようとしていた。


 ――Chapter 13 END


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