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Chapter 12 ― 世界の外側、ASTRA

挿絵(By みてみん)


 Chapter 12 ― 世界の外側、ASTRA(アストラ)


 翌朝。

 三人は森を抜け、街道を進んでいた。

 Lumia(ルミア)の聖域を離れてから、数日。

 だが、目的地は決まっていない。

 これまでとは違う。

 Ignis(イグニス)。

 Aqua(アクア)。

 Gaia(ガイア)。

 Aeris(エアリス)。

 Volt(ボルト)。

 Lumia(ルミア)。

 六つの宝玉を手に入れるまでは、ペンダントが次の目的地を示してくれた。

 けれど残る一つ――Umbra(アンブラ)は、もう探す必要がない。

 昨夜。

 エレナから聞いた。

 Umbra(アンブラ)は自分の中にある。

「……」

 ルティスは胸元のペンダントを取り出した。

 六つの紋様が、淡く輝いている。

 だが、中央の針は動かない。

「やっぱり、何も反応しませんね」

 ミナが横から覗き込む。

「うん」

「昨日の話が本当なら、当然なんだろうな」

 カイルが言った。

「探す相手が、お前の中にいるんだから」

「……そうね」

 ルティスはペンダントを服の中へ戻した。

 分かったことは増えた。

 なのに分からないことは、それ以上に増えている。

 なぜUmbra(アンブラ)が自分の中にあるのか。

 八年前、何があったのか。

 エレナはどこにいるのか。

 そして彼女が口にした。

 境界。

 その向こうとは、何なのか。

「とりあえず次の街まで行くか」

 カイルが地図を広げる。

「そこで暁の教団について調べる」

「そうしましょう」

 ルティスが歩き出そうとした。

 その時だった。

「……あれ?」

 足が止まる。

「どうした?」

「……影が」

 ルティスは自分の足元を見ていた。

 朝の太陽は三人の背後にある。

 カイルの影。

 ミナの影。

 二人とも、街道の前方へ伸びている。

 だが、ルティスの影だけが。

 斜め左。

 街道の外へ向かって伸びていた。

「……何だ、これ」

 カイルが眉を寄せる。

 ルティスが身体の向きを変える。

 影も動く。

 だが、すぐにまた同じ方向へ伸びる。

「私が動いても……戻る」

「そんなことあるんですか?」

「普通はないだろ」

 カイルが空を見る。

 太陽は一つ。

 周囲に、影の向きを変えるほど強い光源もない。

「Umbra(アンブラ)……?」

 ルティスが呟いた。

 胸の奥。

 ――ドクン

「……!」

 小さく脈打つ。

「今、反応した」

「Umbra(アンブラ)が?」

「えぇ」

 ルティスは影の伸びる先を見る。

 街道を外れた森。

 木々の奥へ。

 まるで何かを指し示している。

「行ってみる?」

 ミナが尋ねた。

「……唯一の手がかりかもね」

 三人は街道を外れた。


 森へ入ってしばらくすると。

 ミナが突然、足を止めた。

「待ってください」

「何?」

 ミナは目を閉じる。

 風。

 枝葉を揺らす小さな流れ。

 その中に別の流れが混じっている。

「……変」

「また風か?」

 カイルが尋ねる。

「はい」

 ミナがしゃがみ込む。

 地面へ手を近づけた。

「下から来てます」

「下?」

「地面の下から、風が吹いてる」

 カイルが周囲を見る。

「空洞でもあるのか?」

「かなり大きいと思います」

 ルティスは自分の影を見る。

 まだ、同じ方向へ伸びている。

「こっち」

 三人はさらに森の奥へ進んだ。

 やがて。

 木々の間に、一本の石柱が見えた。

「……遺跡?」

 近づく。

 一本ではない。

 二本。

 三本。

 倒れているものもある。

 どれも崩れかけ、表面には苔が張り付いていた。

 さらに奥。

 山肌に埋もれるようにして、巨大な石造りの建物があった。

「かなり古そうだな」

 カイルが壁へ触れる。

「グランディアの遺跡と同じくらい……いや、もっと古いかもしれん」

 ルティスは入口近くの石柱へ近づいた。

 古代文字。

 風雨に削られ、ほとんど読めない。

 指先で文字をなぞる。

 その瞬間。

 ――ドクン

「……っ」

 胸の奥。

 Umbra(アンブラ)が反応した。

 同時にペンダントが僅かに震える。

「ルティスさん?」

 ペンダントを見る。

 針は動いていない。

「宝玉じゃない」

「じゃあ何だ?」

「分からない。でも……」

 ルティスは遺跡を見る。

「Umbra(アンブラ)が、ここに反応してる」

 カイルが剣へ手を置いた。

「なら、何かあるってことか」

「たぶん」

 ミナが入口を見る。

「入ります?」

「ここまで来て帰るの?」

「聞いただけです」

 三人は遺跡へ入った。


 内部は薄暗かった。

 天井の一部が崩れ、そこから細い光が差し込んでいる。

 湿った空気。

 石と土の匂い。

 だが、ルティスはすぐに足を止めた。

「……誰か来てる」

 床。

 長い年月をかけて積もった塵。

 そこに足跡がある。

「新しいな」

 カイルがしゃがむ。

「少なくとも何ヶ月も前って感じじゃない」

「一人?」

 ミナが尋ねる。

「いや」

 カイルは別の跡を見る。

「何人かいる」

 さらに壁際には古びた燭台。

 その一本だけ蝋が比較的新しい。

「最近、誰かがここを調べた?」

 ルティスが呟く。

「そう考えるのが自然だな」

「暁の教団でしょうか」

「まだ分からない」

 ルティスは首を振った。

「決めつけない方がいい」

 三人は慎重に奥へ進んだ。


 やがて巨大な広間へ出た。

「……これは」

 ルティスが息を呑む。

 壁一面に巨大な絵が描かれている。

 中央。

 七つの光一つの円を囲んでいる。

「七つの宝玉……」

 ミナが呟く。

「たぶん」

 それだけではない。

 円の左右。

 二つの世界。

 一方には。

 山。

 海。

 街。

 人々。

 見慣れた世界。

 もう一方にも――

 山らしきもの。

 空らしきもの。

 そして。

 無数の光。

「……二つ?」

 カイルが壁画を見上げる。

 ルティスは左側へ近づいた。

 その下に比較的新しい文字で補足するように刻まれている。

「……此界(アワー・サイド)」

「読めるんですか?」

「古代文字とは少し違うけど……意味は分かる」

 そしてもう一つ。

「彼界(ジ・アザー・サイド)」

 ミナが呟く。

「こちら側と向こう側……」

「そうみたい」

 カイルが二つの世界を見比べる。

「じゃあ、本当に世界が二つあるってことか?」

「……分からない」

「でも描いてあるぞ」

「描かれているからって、それがそのまま事実とは限らない」

 ルティスは中央の円を見る。

「昔の人がそう考えていたのかもしれないし、何かの象徴かもしれない」

「慎重ですね」

「決めつけて間違えるよりいいでしょ」

「それはそうです」

 ルティスは壁画へ近づく。

 中央の円。

 七つの光。

 そして。

 二つの世界を隔てるように――

 一本の線が引かれている。

「……境界」

 昨夜。

 エレナが口にした言葉。

 ――まだ危険だから。

 ――境界が。

「エレナが言ってた境界って……」

 ミナも気づく。

「これのこと?」

「……かもしれない」

 まだ。

 断定はできない。

 だが、胸の奥でUmbra(アンブラ)が僅かに脈打っていた。


 さらに奥。

 通路の途中には、いくつもの小部屋があった。

 壊れた机。

 石板。

 砕けた魔法道具。

 ここは神殿ではない。

 ルティスはそう感じた。

「……研究施設?」

「なんでそう思う?」

 カイルが尋ねる。

「同じ図形が何度も描かれてる」

 壁。

 石板。

 床。

 七つの円と二つの大きな円。

 そしてその間を結ぶ線。

「何かを祀ってたというより……」

 ルティスは壊れた石板を見る。

「調べてたみたい」

 ミナが別の壁を見る。

「こっちにも文字があります」

 三人が近づく。

 ほとんど失われている。

 読めるのは断片だけ。

『……境界……』

『……七つ……安定……』

『……接触……』

『……開放を禁ず……』

 カイルの表情が変わる。

「開放を禁ず?」

「うん」

「開けるなってことか?」

「たぶん」

 ミナが小さく言う。

「……嫌な感じですね」

「私も」

 ルティスは答えた。

 だが、奥へ進む。


 最深部。

 三人の前に巨大な石門が現れた。

 高さは人の倍以上。

 中央には二重の円。

 その周囲を囲む七つの紋様。

「……」

 ルティスが足を止める。

 その中。

 一つだけ黒い紋様。

「Umbra(アンブラ)……」

 近づく。

 ――ドクン

「……っ!」

 胸を押さえる。

「ルティス!」

 カイルが支える。

「大丈夫……」

 今までとは違う。

 強い。

 胸の奥から何かが石門へ引かれている。

「近づかない方がいい」

 カイルが言う。

「でも……」

「エレナにも来るなって言われただろ」

 ルティスが止まる。

 昨夜の言葉。

 ――今は来ないで。

 ――まだ危険だから。

「……分かってる」

 ルティスは一歩下がった。

 その時。

 石門の表面。

 古代文字が目に入る。

「……『境界を越える者は――』」

「続きは?」

 ミナが尋ねる。

 ルティスは目を細める。

 しかし、その先は崩れていた。

「……読めない」

「肝心なところがないな」

 カイルが周囲を見る。

「門は開きそうか?」

「分からない。でも――」

 ルティスは中央の円を見る。

「開けない方がいい気がする」

「珍しいですね」

「何が?」

「ルティスさんが自分からやめるなんて」

「私を何だと思ってるの?」

「止めても行く人です」

 カイルが頷く。

「それは合ってる」

「二人とも……」

 その瞬間だった。

 ――ドクン

「……!」

 ルティスの胸。

 Umbra(アンブラ)が強く脈打った。

 石門の黒い紋様が光る。

「下がれ!」

 カイルが叫ぶ。

 三人が後退する。

 だが、門は開かない。

 代わりに中央の空間が歪んだ。

「……何?」

 ミナが息を呑む。

 まるで透明な布が引き裂かれるように。

 空間そのものへ、細い亀裂が入った。

 ――ピシッ

 亀裂が広がる。

 向こう側に別の景色が見えた。


 暗闇。

 だが――

 何もない闇ではない。

 遥か遠く無数の光が浮かんでいる。

 空なのか。

 大地なのか。

 それすら分からない。

 淡い光の帯。

 浮かぶ岩のようなもの。

 遠くに見える巨大な影。

 そしてこの世界とは明らかに違う空。

「……何だ、あれ」

 カイルが剣を抜く。

「近づくなよ」

 ミナも弓を構える。

 ルティスは動けなかった。

 初めて見るはずなのに。

「……知ってる」

「何?」

 ミナがルティスを見る。

「分からない。でも……」

 胸が締め付けられる。

「ここ……知ってる気がする」

 その時。

 亀裂の向こう。

 一人の人影が現れた。

「……!」

 銀紫の髪。

 白い服。

 ルティスの目が大きくなる。

「エレナ……」

 少女もこちらを見た。

『ルティス』

 声。

 遠い。

 水の底から聞こえるような声。

「エレナ!」

 ルティスが一歩進む。

「待て!」

 カイルが腕を掴んだ。

「離して!」

「駄目だ!」

「エレナがいる!」

「分かってる! だからだ!」

 ルティスがカイルを見る。

「何が起きるか分からない!」

 その言葉でルティスの足が止まった。

 亀裂の向こう。

 エレナが首を横に振っている。

『来ないで』

「……」

 昨夜と同じ。

「でも……」

『今は、駄目』

「そこにいるんでしょ?」

 エレナの表情が揺れる。

『……うん』

 ルティスの胸が痛んだ。

「だったら――」

『ルティス』

 優しい声。

『見つけてくれて、嬉しい』

「……」

『でも、まだ――』

 亀裂が揺れ始める。

「待って!」

『知らなければならないことがある』

「何を?」

 エレナが何かを言う。

 だが、音が届かない。

「聞こえない!」

『――――』

「エレナ!」

 亀裂が閉じ始める。

 ルティスが手を伸ばす。

 向こう側からエレナも手を伸ばした。

 届かない。

 あと少しなのに。

 二人の間には世界を隔てる何かがある。

挿絵(By みてみん)

『いつか』

 最後に。

 声が届いた。

『ちゃんと会おう』

「……うん」

 ルティスの声が震える。

「絶対に」

 エレナが微笑んだ。

 そして亀裂は閉じた。


 静寂。

 石門は何事もなかったかのように沈黙している。

 ルティスはしばらく動かなかった。

 カイルも。

 ミナも。

 何も言わない。

 やがて。

 ルティスが手を下ろした。

「……いた」

「ああ」

 カイルが答える。

「エレナが……本当にいた」

「はい」

 ミナも頷く。

 ルティスは石門を見る。

 昨夜。

 影を通して見たエレナ。

 今。

 亀裂の向こうにいたエレナ。

 同じ人。

 でも今度は。

 どこにいるのか。

 その手掛かりが目の前にある。

 ルティスは石門の脇へ目を向けた。

 これまでとは異なる文字列が刻まれていた。

 ARCA(アルカ)

「……アルカ?」

 ミナが首を傾げる。

「この遺跡の名前でしょうか」

「アルカ遺跡、か」

 ルティスは、その文字の下へ視線を移した。

 そこには、さらに一つの言葉。

 ASTRA(アストラ)


「……ASTRA(アストラ)」

 指先でなぞる。

 ミナが横へ来る。

「場所の名前ですか?」

「分からない」

 ルティスは首を振った。

「場所なのか、何か別の意味なのかも」

 カイルが石門を見る。

「でも、これだけは分かる」

「何?」

「エレナは――俺たちがいる場所とは違うところにいる」

 ルティスは頷いた。

「うん」

 壁画。

 此界(アワー・サイド)。

 彼界(ジ・アザー・サイド)。

 二つの世界。

 境界。

 そして――

 ASTRA(アストラ)。

 まだ。

 それらを一本の答えとして結びつけるには、情報が足りない。

「……調べよう」

 ルティスが言った。

「ASTRA(アストラ)を?」

「全部」

 壁画を見る。

「この遺跡」

「境界」

「七つの宝玉」

 そして胸へ手を当てる。

「Umbra(アンブラ)」

 カイルが頷いた。


 三人はさらに遺跡を調べた。

 だが完全な記録はほとんど残っていなかった。

 石板は割れている。

 文字は削られている。

 そしていくつかの場所には不自然に記録がなくなっていた。

「……これ」

 ミナが棚を見る。

「最初から空だったんでしょうか?」

 カイルが調べる。

「いや」

「分かるんですか?」

「埃だ」

 石棚。

 周囲には厚く埃が積もっている。

 だが。

 一部だけ――

 四角く埃がない。

「ここに何か置いてあった」

「持っていかれた?」

「たぶんな」

 ルティスは最初に見つけた足跡を思い出す。

「最近ここへ来た人たち……」

「ああ」

「記録を持ち出した可能性がある」

 ミナが表情を曇らせる。

「暁の教団?」

「分からない」

 ルティスは答える。

「でも――調べる価値はある」

 足元。

 古い紙片のようなものが落ちている。

 カイルが拾った。

「何か書いてあるぞ」

 ルティスが受け取る。

 ほとんど読めない。

 だが一部分だけ文字が残っている。

『……境界研究……』

『……第七……』

 そして――

『……アルヴェリア……』

 ルティスの目が止まった。

「……アルヴェリア?」

「学院か?」

 カイルが聞く。

「分からない。でも……」

 同じ名前。

 偶然とは思えない。

 アルヴェリア魔法学院。

 自分が追放された場所。

 オルドがいた場所。

 エレナとの八年前の記憶にも現れる場所。

「学院が……関係してる?」

 ルティスは紙片を握った。

「だったら、学院に行くんですか?」

 ミナが尋ねる。

 ルティスは少し考えた。

「……まだ」

「どうして?」

「先に調べたいことがある」

「暁の教団か」

 カイルが言う。

「うん」

 最近この遺跡を訪れた者。

 消えた記録。

 境界を開こうとしている暁の教団。

 そして。

 ノア。

「教団が境界についてどこまで知っているのか」

 ルティスは石門を見る。

「それを確かめたい」


 遺跡を出る頃には空が夕暮れに染まり始めていた。

 三人は入口の石柱の前で立ち止まる。

 ルティスは振り返った。

 崩れた遺跡。

 山肌に埋もれた石門。

 その奥。

 ほんの一瞬だけ見えたもう一つの世界。

「ASTRA(アストラ)……」

 その名前を口にする。

 胸の奥。

 Umbra(アンブラ)が小さく脈打った。

「どうする?」

 カイルが尋ねる。

 ルティスは前を見る。

「次の街へ行く」

「そこで?」

「暁の教団について調べる」

 ミナが頷く。

「エレナさんのことも?」

「うん」

 ルティスは少しだけ振り返った。

「エレナが、あそこにいる」

 それだけは今度こそ確かだった。

 けれどエレナは言った。

 ――来ないで。

 そして。

 ――知らなければならないことがある。

「だから――」

 ルティスは前を向く。

「会いに行く前に、知らなきゃいけない」

 境界とは何なのか。

 ASTRA(アストラ)とは何なのか。

 八年前に何があったのか。

 そして。

 なぜUmbra(アンブラ)が自分の中にあるのか。

 三人は街道へ戻った。

 もう宝玉を探す旅ではない。

 六つの宝玉は揃った。

 七つ目も自分の中にある。

 ここから先は、そのすべてが何のために存在しているのか。

 それを知るための旅になる。

 夕陽が三人の背中を照らす。

 長い影が、街道へ伸びていく。

 今度はルティスの影も二人と同じ方向へ伸びていた。

 その奥でUmbra(アンブラ)だけが、静かに次の記憶を待っていた。


 ――Chapter 12 END

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