Chapter 11 ― Umbra
Chapter 11 ― Umbra
Lumiaの聖域を離れてから、三日。
ルティスたちは街道を北へ進んでいた。
だが、目的地はない。
これまでとは違っていた。
Ignis。
Aqua。
Gaia。
Aeris。
Volt。
Lumia。
六つの宝玉を追ってきた旅には、いつも進むべき方向があった。
胸元のペンダント。
古いコンパスが、その場所を示してくれた。
けれど今は――
「……」
ルティスは立ち止まった。
ペンダントを取り出す。
中央の針は動かない。
Lumiaを手に入れてから、ずっと同じだった。
「やっぱり駄目ですか?」
ミナが覗き込む。
「うん」
ルティスはペンダントを軽く振った。
変わらない。
「何も反応しないわ」
「壊れたってことは?」
「たぶん違う」
カイルが言った。
「Lumiaまでは普通に動いてたんだろ?」
「うん」
「なら、何か理由がある」
ルティスはペンダントを見つめた。
六つの紋様。
そして残された一つ。
Umbra。
「Umbraだけ、場所が分からないってこと?」
ミナが尋ねる。
「……そうみたい」
「困りましたね」
「そうね」
目的地が分からない。
初めてだった。
カイルが地図を広げる。
「とりあえず次の街まで行くか。情報を集めるしかないだろ」
「そうするしかないわね」
三人は再び歩き始めた。
けれどルティスは無意識に胸元へ手を当てていた。
Lumiaの聖域を出てからずっと感じている。
胸の奥。
魔力のさらに深いところ。
何かが脈打っている。
痛みではない。
苦しさでもない。
けれど確かにそこにある。
「……」
ルティスは手を離した。
気のせい。
そう思おうとした。
けれど、できなかった。
その日の夜。
三人は街道を外れ、森の中で野営することにした。
小さな焚き火。
その周囲に三人が座っている。
カイルは長剣の手入れをしていた。
布で刃を拭き、欠けがないか確認している。
ミナは焚き火の前で、干し肉を炙っていた。
「……まだか?」
カイルが聞く。
「もう少しです」
「さっきも聞いたぞ」
「さっきよりもう少しです」
「焦げるぞ」
「大丈夫です」
数秒後。
「……あ」
ミナが干し肉を持ち上げた。
端が黒くなっている。
「焦げてるじゃねえか」
「香ばしくしたんです」
「言い方変えても駄目だ」
「食べます?」
「いらん」
「じゃあルティスさん」
「私もいらない」
「二人ともひどい!」
いつものやり取り。
ルティスは少しだけ笑った。
だが、すぐに視線を落とした。
焚き火。
その向こう。
地面に伸びた自分の影。
「……」
まただ。
Lumiaの聖域を出てから。
影が妙に気になる。
「どうした?」
カイルが尋ねた。
「何でもない」
「最近それ多いですよ」
ミナも言う。
「本当に何でもないの?」
「……分からない」
ルティスは正直に答えた。
「自分でも」
胸元へ手を当てる。
「何か……近くにある気がする」
「Umbraが?」
ミナが尋ねる。
「分からない」
ルティスは自分の影を見る。
「でも――」
その瞬間、影が揺れた。
「……!」
風ではない。
焚き火も揺れていない。
なのにルティスの影だけが動いた。
「今……」
立ち上がる。
「ルティス?」
「静かに」
カイルの手が剣へ伸びる。
ミナも弓を取った。
もう一度。
――ゆらり。
影が揺れた。
そして、地面に張り付いていた黒がゆっくりと立ち上がった。
「……!」
人の形。
細い身体。
長い髪。
黒い影の中に、色が戻っていく。
銀紫の髪。
白い服。
そして――
優しい瞳。
ルティスの呼吸が止まった。
「……エレナ」
何度も見た。
Ignisで。
Voltで。
記憶の中で。
幻の中で。
けれど。
今、彼女はルティスを見ていた。
そして。
微笑んだ。
「久し振りだね、ルティス」
「……」
声が出ない。
「ルティス?」
エレナが少し首を傾げる。
その仕草。
声。
Lumiaの守護者が見せた偽物とは違う。
理由は説明できない。
けれど、分かった。
「……本当に」
ルティスの声が震えた。
「本当に……エレナなの?」
エレナの表情が少しだけ寂しそうになる。
「うん」
一歩。
ルティスが近づく。
「ずっと……」
言葉が続かない。
聞きたいことは、いくらでもあった。
どこにいるのか。
なぜ消えたのか。
八年前に何があったのか。
どうして宝玉に触れるたびに姿が見えるのか。
なぜ自分は彼女を忘れていたのか。
でも。
最初に出た言葉は――
「……生きてるの?」
エレナの目が揺れた。
「……うん」
短い答え。
それだけで、ルティスは息を吐いた。
胸の奥に押し込めていた何かが、僅かにほどける。
「よかった……」
小さな声。
エレナは何も言わなかった。
ただ、ルティスを見ていた。
その目に同じような感情がある。
ルティスにはそう見えた。
カイルが静かに立ち上がる。
「ルティス」
「待って」
ルティスは手を上げた。
「お願い」
カイルは少し迷ったあと、剣から手を離した。
ミナも弓を下ろす。
ルティスはエレナを見る。
「どこにいるの?」
エレナはすぐには答えなかった。
「……遠いところ」
「それじゃ分からない」
「うん」
「会いに行ける?」
エレナの表情が曇った。
「今は――来ないで」
「どうして?」
「危険だから」
「何が?」
エレナは答えない。
「またそれ?」
ルティスの声が強くなる。
「ずっとそう」
「……」
「宝玉に触れるたびに、あなたが見える」
一歩近づく。
「声が聞こえる」
「ルティス……」
「オルド先生も、あなたも、ノアも」
拳を握る。
「みんな私より何かを知ってる」
エレナが目を伏せた。
「なのに誰も、ちゃんと教えてくれない」
「……ごめん」
「謝ってほしいんじゃない」
ルティスの声が震える。
「知りたいの」
沈黙。
「八年前、何があったの?」
エレナがルティスを見る。
「どうしてあなたはいなくなったの?」
「……」
「どうして私は、その夜のことだけ思い出せないの?」
そして。
「どうして――」
ルティスは胸へ手を当てた。
「あなたは私の影から出てきたの?」
エレナの表情が変わった。
ルティスは見逃さなかった。
「知ってるのね」
「……うん」
「教えて」
エレナは迷っていた。
やがて、ゆっくり口を開く。
「ルティス」
「何?」
「Umbraを――」
一瞬、風が止まった。
焚き火が静かに燃え続けている。
「もう、あなたが探す必要はない」
「……どういう意味?」
「すでにあなたの中にあるから」
沈黙。
ルティスは動かなかった。
「……私の?」
「うん」
「中に?」
「そう」
ルティスは自分の胸を見る。
「Umbraが……?」
私の中にある?
――ドクン
「……っ!」
胸の奥。
今まで感じていたもの。
それが強く脈打った。
同時にルティスの足元から影が広がる。
「ルティス!」
カイルが剣を抜く。
「大丈夫!」
影は襲ってこない。
ただ、ルティスを中心に静かに広がっている。
「これが……」
ルティスは影を見る。
「Umbra……?」
「そう」
エレナが答える。
「ずっと、あなたの中にあった」
「いつから?」
エレナが黙る。
「八年前?」
「……うん」
「どうして?」
「それは――」
エレナは言葉を止めた。
「今は、まだ全部話せない」
「また……」
「違うの」
エレナが初めて強い声を出した。
ルティスが目を上げる。
「隠したいんじゃない」
「じゃあ、どうして?」
「あなた自身に封じられた記憶と繋がっているから」
「……」
「無理に開けば、何が起きるか分からない」
「誰が封じたの?」
エレナは答えない。
だが、ルティスには一人の顔が浮かんだ。
「……オルド先生?」
エレナの目が僅かに揺れた。
それだけで十分だった。
「そうなのね」
「ルティス」
「どうして先生は――」
「あなたを守るため」
エレナが言った。
「少なくとも、それだけは信じて」
ルティスは黙った。
オルド。
あの古い家で会った師。
――封じられた記憶には、理由がある。
あの言葉。
「Umbraが目覚めれば」
エレナが続ける。
「その夜に繋がる記憶も、少しずつ見えるようになる」
「全部?」
「……分からない」
「あなたにも?」
「うん」
エレナは小さく頷く。
「私は今、あなたの記憶そのものを見ているわけじゃないから」
ルティスは胸へ手を当てた。
Umbra。
最後の宝玉。
それは最初から自分の中にあった。
「じゃあ……」
ルティスはエレナを見る。
「あなたはどこにいるの?」
「……」
「なんでUmbraを通じて、今まで私に話しかけてきたの?」
エレナの目を見る。
「お願い、エレナ」
エレナは少し迷った。
「……今の私とあなたを繋げられるものが、Umbraなの」
「繋げる?」
「そう」
エレナが微笑む。
「私は歩いても辿り着けない場所にいる」
「どう言うこと?」
沈黙。
「まだ言えない?」
「……ごめん」
ルティスは目を伏せる。
「会いたい」
ぽつり。
言葉が落ちた。
「あなたに」
エレナの目が大きくなる。
「ちゃんと会いたい」
ルティスは顔を上げた。
「影でも、幻でもなくて」
一歩。
「本当のあなたに」
エレナの目が揺れる。
「……私も」
声が小さかった。
「私も、あなたに会いたい」
「だったら――」
「でも」
エレナが首を横に振る。
「今は来ないで」
「……」
「まだ危険だから」
「何が危険なの?」
「境界が――」
エレナが言葉を止めた。
「境界?」
「……」
「何の境界?」
答えはなかった。
代わりにエレナは悲しそうに微笑んだ。
「あなたが自分で選んだ道なら、私は止めない」
「エレナ」
「でも――」
その姿が薄くなる。
「待って!」
ルティスが手を伸ばす。
エレナも手を伸ばした。
だが、二人の指は触れない。
「ずっと見てる」
「エレナ!」
「だから――」
エレナの姿が影へ溶けていく。
「生きて、ルティス」
「待って!」
そして――
消えた。
「……」
ルティスの手だけが。
何もない空間に残った。
しばらく誰も何も言わなかった。
焚き火が薪を弾く。
――パチッ
ミナが静かに口を開いた。
「……エレナさん」
「うん」
「本当に、生きてるんですね」
「……たぶん」
そう答えながら、ルティスは自分の影を見つめる。
信じたい。
でも、Lumiaの守護者言った言葉を思い出す。
――何を信じるかは、自分で決める。
「確かめる」
ルティスが言った。
「いつか」
「会いに行くんですか?」
「うん」
「来るなって言われたのに?」
ルティスは少しだけ笑った。
「エレナも言ったでしょ」
「何を?」
「自分で選んだ道なら止めないって」
カイルがため息をつく。
「都合のいいところだけ拾うな」
「聞こえなかったことにする」
「さすがだな、お前」
その時だった。
――パキッ
枝が折れた。
カイルの表情が変わり、瞬時に剣を抜いた。
「誰だ」
ミナも立ち上がる。
弓を構える。
ルティスは影を見る。
エレナではない。
森の奥。
暗闇の中に二つの気配。
「出てきなさい」
ルティスが短剣を抜いた。
返事はない。
やがて木々の間から一人の男が現れた。
月明かりを反射する――銀色の仮面。
「……ノア」
ルティスの目が細くなる。
「こんばんわ」
「何しに来たの?」
「話をしに」
「あなたと話すことなんてない」
「そうかな」
ノアはルティスの足元を見る。
「ようやく――目覚め始めたようだ」
「……!」
ルティスが短剣を構える。
「Umbraのことを知ってたの?」
「もちろん」
「いつから?」
「お前より前から」
ルティスの表情が変わる。
「だったら教えて」
「何を?」
「八年前に何があったの?」
ノアは答えない。
「どうしてUmbraが私の中にあるの?」
「……」
「エレナはどこにいるの?」
その名前を口にした瞬間。
森の奥。
もう一つの気配が動いた。
「……エレナ?」
低い男の声。
ルティスがそちらを見る。
黒い影からもう一人の男が現れた。
黒い外套。
腰には長剣。
鋭い目。
年齢はノアより若く見える。
男はルティスを見ていない。
「今……エレナと言ったか?」
ルティスが眉を寄せる。
「あなたには関係ない」
「答えろ」
男の声が強くなる。
「エレナに会ったのか?」
「……誰?」
男は黙る。
「どうしてあなたが、エレナを知ってるの?」
「……」
「答えて」
男の拳が僅かに握られる。
ノアが横から言った。
「レオン」
「黙ってろ」
「いずれ分かることだ」
「ノア」
男の声に明確な苛立ちが混じった。
ルティスは二人を見る。
「レオン……?」
男――レオンが、ルティスを見る。
しばらく。
沈黙。
そして――
「俺は、レオン」
一拍。
「エレナの兄だ」
「……!」
ルティスの目が大きくなる。
ミナも息を呑んだ。
「エレナの……」
「兄?」
カイルが剣を構えたまま聞き返す。
レオンはルティスだけを見ている。
「もう一度聞く」
低い声。
「エレナに会ったのか?」
ルティスは迷った。
言っていいのか。
この男を――
信じていいのか。
エレナの言葉が蘇る。
――誰を信じるか。
ルティスはレオンを見る。
「……姿を見た」
レオンの表情が変わる。
「どこで?」
「私の影から」
「何を言っていた?」
「それをあなたに話す理由はない」
レオンが一歩踏み出す。
カイルがその前へ出た。
「そこまでだ」
剣を構える。
「聞きたいことがあるなら、まず自分たちのことを話せ」
レオンの手が長剣へ伸びる。
だが、抜かなかった。
カイルが続ける。
「エレナの兄だっていうなら――」
ノアを見る。
「なんで暁の教団と一緒にいる?」
「……」
「答えられないのか?」
レオンは目を伏せる。
「俺には――」
拳を握る。
「俺の理由がある」
「答えになってない答えだな」
カイルが言う。
「それじゃ何も分からねえ」
「カイル」
ルティスが止める。
そして。
レオンを見る。
「エレナを探してるの?」
レオンの目が動いた。
「……ああ」
「ずっと?」
「八年間」
ルティスは息を呑む。
「八年……」
「俺は、あいつを取り戻す」
その声だけは迷いがなかった。
ルティスはノアを見る。
「だから教団にいるの?」
ノアが答える。
「彼には彼の願いがある」
「ノア!」
レオンが睨む。
「余計なことを言うな」
「隠す必要もないだろう」
「お前が言うことじゃない」
二人の間に一瞬だけ妙な緊張が走った。
ルティスはそれを見ていた。
同じ教団。
同じ目的。
そう見えていた。
だが――
この二人は、何かが違う。
「あなたたちは」
ルティスが言う。
「何をしようとしてるの?」
ノアは答えない。
ルティスはレオンを見る。
「エレナを取り戻すって、どういう意味?」
レオンが口を開く。
「……境界を開く」
「境界?」
さっき。
エレナも言った。
――境界。
「何の境界?」
「この世界と――」
レオンは一度、言葉を切った。
「向こう側を隔てている境界だ」
「向こう側……」
ルティスの胸がざわつく。
「そこにエレナがいるの?」
「……そう聞いている」
「誰に?」
レオンの視線がほんの一瞬、へ向いた。
「ノア……」
ノアを見る。
「あなたがレオンに教えたの?」
「そうだ」
「じゃあ、あなたはエレナがどこにいるか知ってる」
「知っている」
「どこ?」
「今の君には、まだ意味のない答えだ」
「勝手に決めないで!」
ルティスの声が森に響いた。
「私が決める」
ノアが黙る。
「聞くかどうかも」
一歩。
「信じるかどうかも」
さらに一歩。
「全部、私が決める」
ノアはしばらくルティスを見つめていた。
やがて。
「……変わったな」
「何が?」
「以前よりも」
ルティスの目が鋭くなる。
「私の何を知ってるの?」
ノアは答えない。
代わりにレオンが低い声で言った。
「俺たちが求めているのは、世界の破壊ではない」
ルティスがレオンを見る。
「なら、何?」
一拍。
「境界の向こうにあるものを、この世界へ取り戻すことだ」
静かな言葉だった。
「エレナを?」
レオンは答えない。
だが、その表情が答えていた。
ルティスはノアを見る。
「あなたも?」
「……私が求めているものは、それだけではない」
レオンがノアを見る。
「……何?」
ノアは答えなかった。
「ノア」
「今話す必要はない」
レオンの眉が動く。
ルティスは、そのやり取りを見逃さなかった。
レオンもノアのすべてを知っているわけではない。
「Umbraが」
ルティスが尋ねる。
「境界を開くために必要ってこと?」
「ああ」
ノアが答える。
「どうして?」
「七つの宝玉は、それぞれ異なる力を持つ」
「それは知ってる」
「だがUmbraは、その中でも境界と深く結びついている」
ルティスは胸元へ手を当てる。
「だから……私を追っていたの?」
「正確には」
ノアが言う。
「お前の中にあるUmbraを、だ」
カイルが一歩前へ出た。
「だったら話は簡単だ」
剣を構える。
「渡す気はない」
「私もです」
ミナが矢をつがえる。
ノアは二人を見る。
「今ここで奪うつもりはない」
「……何?」
ルティスが眉を寄せる。
「なぜ?」
「まだ早い」
「何が?」
「Umbraが完全には目覚めていない」
ルティスの胸が脈打つ。
「完全に目覚めたら……どうなるの?」
ノアは答えない。
「またそれ?」
ルティスが短剣を強く握る。
「知ってるくせに、何も言わない」
「今は、それでいい」
「私にはよくない」
「いずれ――」
「その言葉、嫌い」
ノアが僅かに首を傾げた。
「みんなそればっかり」
ルティスは睨む。
「いずれ分かる」
「いつか思い出す」
「まだ話せない」
一歩。
「もう、誰かが教えてくれるのを待つのはやめる」
短剣を下ろした。
「自分で探す」
ノアは何も言わない。
だが、仮面の奥から向けられる視線だけは――
ルティスから外れなかった。
やがて。
「……今日はここまでだ」
ノアが言った。
「待って」
ルティスが止める。
「まだ聞きたいことが――」
黒い影がノアの足元へ広がる。
カイルが身構えた。
ルティスも目を細める。
影魔法。
自分と同じ。
「ノア!」
ノアの身体が影へ沈んでいく。
その時。
レオンはまだ動いていなかった。
「レオン?」
ノアが呼ぶ。
レオンはルティスを見ている。
「……エレナは」
低い声。
「本当に生きていたか?」
ルティスはレオンを見る。
迷って。
答えた。
「……えぇ」
レオンの目が僅かに揺れた。
「そうか」
それだけだった。
けれど。
初めて彼の表情から険しさが消えた。
ほんの一瞬だけ。
「レオン」
「分かってる」
レオンが背を向ける。
そして二人は闇の中へ消えていった。
静寂が戻った。
焚き火の薪が崩れる。
――パチッ
誰もすぐには話さなかった。
最初に口を開いたのはミナだった。
「……情報、多すぎません?」
「そうね」
ルティスは焚き火の前へ座った。
カイルも剣を鞘へ戻す。
「整理するぞ」
「うん」
「まず」
カイルがルティスを見る。
「Umbraは、お前の中にある」
「……うん」
「エレナは生きてる」
「たぶん」
「境界ってものの向こうにいる」
「そうみたい」
「暁の教団は、その境界を開こうとしてる」
「うん」
「そのためにUmbraが必要」
「……うん」
カイルが腕を組んだ。
「Umbraはまだ目覚めてない」
ルティスが胸に手を当てて頷く。
「で、エレナの兄貴が教団にいる」
「はい」
ミナが言う。
「やっぱり情報多いですね」
「多いな」
ルティスは少しだけ笑った。
だが、すぐに表情を戻す。
「でも――」
「何だ?」
「ノアとレオン」
ルティスは森を見る。
「同じ目的じゃない気がする」
カイルが頷く。
「俺もそう思った」
「レオンさんはエレナさんを取り戻したい」
ミナが言う。
「でもノアは……」
「それだけじゃない」
ルティスが続けた。
ノア自身が言った。
――私が求めているものは、それだけではない。
「何をしようとしてるのかは分からない」
ルティスは胸へ手を当てる。
「でも」
その奥。
Umbra。
確かに何かを感じる。
「私の中に答えがあるなら」
目を閉じる。
「いつか、自分で確かめる」
そしてペンダントを取り出した。
中央の針は動かない。
もう理由は分かった。
ペンダントが壊れていたわけではない。
探すべき場所がなかったのだ。
六つの宝玉を導いてきたペンダントはUmbraを指さない。
最後の一つはもう、ルティス自身の中にある。
宝玉とルティス。
二つの存在が八年前から一つの身体の中にある。
なぜ、自分だったのか。
なぜ、Umbraが自分の中にあるのか。
八年前。
エレナと。
オルドと。
そして――
ノアとの間に何があったのか。
まだ分からない。
ルティスは自分の影を見る。
黒い影。
その奥に今はもう、恐怖を感じなかった。
「……エレナ」
小さく呟く。
会いたい。
本当の彼女に。
けれどそのためには、まず知らなければならない。
境界とは何なのか。
その向こうには何があるのか。
そしてUmbraとは本当は何なのか。
ルティスは顔を上げた。
「カイル、ミナ」
「ん?」
「はい?」
「次は――境界について調べたい」
カイルが頷く。
「行き先は?」
「まだ分からない」
ルティスはペンダントをしまった。
「だから探す」
ミナが笑った。
「いつも通りですね」
「そうね」
焚き火が揺れる。
三人の影が地面へ伸びている。
その中でルティスの影だけが。
ほんの僅かに、呼吸するように揺れた。
――Chapter 11 END




