Chapter 10 ― 光の聖域とLumia
Chapter 10 ― 光の聖域とLumia
ヴァルディアを離れてから、五日。
ルティスたちは南へ向かっていた。
山岳地帯はすでに抜けている。
景色は少しずつ変わっていた。
岩山は減り、代わりに白い石が混じった丘陵が続いている。
そしてその向こう。
遥か遠くに、一筋の白い光が見えていた。
地上から空へ。
まるで天と大地を繋ぐように、真っ直ぐ伸びている。
「……あれですかね」
ミナが目を細める。
「たぶん」
ルティスは胸元のペンダントを見る。
中央の針は、真っ直ぐ白い光を指している。
その周囲。
Lumiaを示す紋様が、淡く輝いていた。
「……Lumia」
六つ目の宝玉。
これまで手に入れた五つの宝玉。
Ignis。
Aqua。
Gaia。
Aeris。
Volt。
そして――
Lumia。
「これを手に入れたら、あと一つですね」
ミナが言う。
「Umbraか」
カイルが続ける。
ルティスは答えなかった。
Umbra。
闇の宝玉。
その名前を聞くたび、胸の奥に奇妙な感覚がある。
理由は分からない。
ただノアが現れた時に揺れた影。
エレナの姿。
自分が使う影魔法。
何かが繋がっている。
「ルティスさん?」
「……何?」
「また難しい顔してます」
「元からよ」
「それ自分で言うんですか?」
カイルが笑った。
「まあ、間違ってないな」
「カイル」
「なんだ?」
「置いていくわよ」
「怪我人だった奴が元気になったもんだ」
「もう治った」
「だったら少し荷物持て」
「嫌」
「元気じゃねえか」
ミナが笑う。
三人は再び歩き始めた。
昼を過ぎた頃。
白い光は、さらに大きくなっていた。
そして奇妙な変化が起こり始める。
「……静かですね」
ミナが足を止めた。
ルティスも気づく。
鳥の声がない。
虫の声も。
風の音すら聞こえない。
「さっきまで風が吹いてたよな?」
カイルが周囲を見る。
「はい」
ミナが手を上げる。
「でも……ここから先、ほとんど風がありません」
三人は丘を越えた。
その瞬間、視界が白く染まった。
「……!」
ルティスが目を細める。
巨大な白い建造物。
山の斜面そのものを削って造られたような、広大な聖域。
無数の白い柱。
階段。
尖塔。
そして中央には、巨大な白い塔。
その頂上から、光が空へ伸びている。
「……すごい」
ミナが呟いた。
「人はいないのか?」
カイルが周囲を見る。
建物はある。
道もある。
だが、誰もいない。
「街じゃないみたい」
ルティスが言う。
「たぶん……ここ全体が遺跡なんです」
ミナが白い柱へ近づく。
表面には古代文字が刻まれている。
長い年月が経っているはずなのに汚れ一つない。
「気味が悪いくらい綺麗だな」
カイルが呟く。
三人は中央へ向かった。
進むほど。
光が強くなる。
そして――
ルティスは自分の足元を見た。
「……影が薄い」
「え?」
ミナも足元を見る。
三人の影がほとんど消えかけている。
あらゆる方向から光が差しているからだ。
ルティスは眉を寄せた。
影魔法を使うには、影が必要になる。
「嫌な場所ね」
「光の聖域だからな」
「私には相性が悪そう」
その先。
巨大な門が現れた。
門には一つの文章。
ルティスが読む。
「……『闇を抱く者――ここより先へ進むべからず』」
沈黙。
ミナがゆっくりルティスを見る。
カイルも見る。
「……何?」
「いや」
カイルが答える。
「どう考えてもお前のことだろ」
「私もそう思いました」
「二人とも失礼ね」
「影魔導士だろ」
「そうだけど」
ルティスは門を見る。
闇を抱く者。
その言葉が妙に胸に引っかかった。
それでも門へ手を伸ばす。
触れた瞬間。
――バチィッ!!
「……っ!」
白い光が爆発した。
ルティスの身体が吹き飛ぶ。
「ルティス!」
カイルが受け止める。
二人で地面を滑った。
「大丈夫か?」
「……うん」
ルティスは立ち上がる。
「全然大丈夫そうに見えませんけど」
「慣れてきた」
「慣れちゃ駄目ですよ!」
ルティスは再び門を見る。
近づくだけで影が薄くなる。
拒絶されている。
「……闇を抱く者」
自分の手を見る。
影魔法。
学院を追放された原因。
人々が恐れる魔法。
昔から魔女と結びつけられてきた力。
「ルティス」
カイルが声をかける。
「無理なら別の道を――」
「違う」
「何が?」
「何か変」
ルティスは門を見つめた。
光。
闇。
そして、足元。
これほど明るいのに。
影は完全には消えていない。
「……光があるから」
ルティスが呟く。
「何です?」
「影ができる」
ミナが目を瞬く。
ルティスは短剣を抜いた。
地面へ突き立てる。
「光がなければ、影もない」
短剣の根元。
ほんの僅かな影。
ルティスはそこへ魔力を流した。
黒い影がゆっくり伸びる。
門から放たれる白い光。
ルティスから伸びる黒い影。
二つが触れた。
――カチッ。
「……え?」
ミナが声を漏らす。
光は影を消さない。
影も光を飲み込まない。
二つが並んでいる。
――ゴゴゴゴゴ……
巨大な門が開き始めた。
「……なるほどな」
カイルが笑う。
「追い返すための言葉じゃなかったのか」
ルティスは開いていく門を見る。
「闇を持っているなら――それを隠すなってことなのかも」
白い回廊が現れる。
「行こう」
聖域の内部。
白い回廊。
壁には無数の光の結晶が埋め込まれている。
天井には巨大なステンドグラス。
歩くたび三人の姿が色とりどりの光に包まれる。
「綺麗……」
ミナが見上げる。
ルティスも足を止めた。
ステンドグラスには七つの光が描かれていた。
七つの光は円を描いている。
だが、中央には何もない。
「七つの宝玉……」
ミナが呟く。
その下には二つの人影。
一人は白い光の中。
もう一人は黒い影の中。
けれど二人は敵対していない。
互いに手を伸ばしている。
「これ……」
ルティスが見上げる。
「光と闇?」
カイルが言う。
「そう見えるな」
さらに下。
古代文字が刻まれている。
『光なくして、影は生まれず』
『影なくして、光の形は見えず』
ルティスは黙って文字を見る。
「光と闇って……敵じゃないんですね」
ミナが言う。
「少なくとも、これを作った人間はそう考えていたらしいな」
カイルが答える。
ルティスは黒い光を見る。
その瞬間。
――ドクン
「……っ」
胸の奥。
何かが脈打った。
足元の影がほんの僅かに揺れる。
「ルティス?」
「……大丈夫」
「またですか?」
「うん」
ルティスは胸元へ手を当てる。
でも今度は記憶が見えない。
声も聞こえない。
ただ何かがいるような感覚だけが残った。
「……何なの」
答えはない。
三人はさらに奥へ進んだ。
回廊の最奥。
巨大な扉。
その中央にはLumiaを示す紋様。
そして二つの言葉が刻まれていた。
『光は、真実を作らない』
『ただ、見えなかったものを照らす』
ルティスはその言葉を見つめる。
「見えなかったもの……」
扉が開いた。
白。
それ以外、何もない。
巨大な円形の空間。
床も。
壁も。
天井も。
すべてが白い。
「……眩しい」
ミナが目を細める。
中央。
一つの宝玉が浮かんでいる。
白金色。
柔らかな光。
「Lumia……」
ルティスが一歩進む。
その瞬間。
光が集まり始めた。
「来るぞ」
カイルが剣を抜く。
無数の光。
それが一つの形を作る。
四本の脚。
長い首。
巨大な角。
白銀の身体。
現れたのは巨大な白い鹿だった。
淡い金色の瞳。
角の周囲には無数の光球が浮かんでいる。
「……鹿?」
ミナが弓を構える。
白鹿が三人を見る。
そして。
ゆっくり頭を上げた。
瞬間――
無数の光球が輝いた。
「散って!」
――ドォォォン!!
光が床を走る。
三人が飛び退く。
直撃した床が音もなく抉れていた。
「……当たったら終わりですね」
ミナの顔が引きつる。
「だったら当たらなきゃいい!」
カイルが走る。
「簡単に言いますね!」
白鹿の側面へ回る。
剣を振る。
だが。
――キィン!
「なっ……!」
透明な光の壁。
剣が弾かれる。
白鹿の角が光った。
「カイル!」
――バァン!!
カイルが横へ飛ぶ。
その横を光が貫いた。
「硬い壁まであるのかよ!」
「下がって!」
ミナが三本の矢を放つ。
――ヒュン!
――ヒュン!
――ヒュン!
光の壁。
一本目。
弾かれる。
二本目。
弾かれる。
三本目――
「……え?」
ミナが目を見開いた。
矢が白鹿をすり抜けた。
「外した?」
「違います!」
ミナが叫ぶ。
「そこにいない!」
次の瞬間。
ルティスの背後。
光が集まった。
「ルティスさん!」
「……!」
振り返る。
白鹿。
――ドォン!!
ルティスは影へ沈もうとする。
だが――
「……影が!」
薄い。
光が強すぎる。
幻影移動に必要な影がほとんど存在しない。
「くっ……!」
横へ飛ぶ。
光が肩を掠める。
身体が回転する。
「ルティス!」
床へ転がる。
「大丈夫!」
立ち上がると目の前に白鹿が三体いた。
「……三体?」
「増えた!?」
ミナが周囲を見る。
さらに。
四体。
五体。
六体。
白い空間に無数の白鹿が現れていく。
「どうなってるんだ……」
カイルが剣を構える。
「全部同じに見えるぞ」
白鹿たちが一斉に頭を上げた。
「来ます!」
無数の光。
――ドォォォォン!!
三人が走る。
床を光が次々と撃ち抜く。
「右!」
ミナが叫ぶ。
カイルが避ける。
「今度は左!」
ルティスが飛ぶ。
だが、攻撃しているのがどの白鹿なのか分からない。
「幻影……?」
ルティスが呟く。
自分が使う幻影とは違う。
影ではない。
光。
光を曲げて、そこに存在するように見せている。
「だったら……」
ルティスは短剣を握る。
「――幻影」
影を伸ばそうとする。
だが黒い影が僅かに立ち上がった瞬間、周囲の光が強くなる。
幻影が消えた。
「……駄目」
影魔法そのものが使えないわけではない。
だがこの空間では圧倒的に不利。
「ルティスさん!」
ミナが叫ぶ。
「何?」
「目で追っちゃ駄目です!」
「え?」
ミナは目を閉じていた。
風を感じている。
「見えてる鹿はいっぱいいます。でも――」
弓を構える。
「風が避けてるのは、一体だけ」
ルティスが目を見開く。
「本物には身体がある」
「はい!」
ミナが目を開く。
そして矢を放った。
白鹿の群れ。
一体。
その足元。
――カンッ!
矢が光の壁に弾かれた。
「そこです!」
「よし!」
カイルが走る。
本物へ。
だが、光の壁。
――ガキィン!!
「くそっ!」
剣が弾かれる。
「本物が分かっても、これじゃ届かない!」
白鹿が頭を上げる。
角の間。
巨大な光が集まり始めた。
「まずい!」
ルティスが叫ぶ。
光が放たれる。
――ドォォォォン!!
三人が散る。
巨大な光線が壁を貫いた。
その瞬間、ルティスが気づく。
「……消えた」
「何が?」
「壁」
光を撃った瞬間。
ほんの僅かだが白鹿を守る光の壁が消えた。
「攻撃と防御を同時にはできない?」
「なら、攻撃させればいい」
カイルが剣を構える。
「私が引きつける」
「待て」
カイルがルティスを見る。
「影が使えないんだろ?」
「使えないわけじゃない」
ルティスは足元を見る。
薄い影。
「足りないだけ」
「何が?」
「影が」
周囲を見る。
光。
どこからでも照らしている。
影ができない。
なら――
「作ればいい」
ミナが首を傾げる。
「影を?」
「うん」
ルティスは白鹿を見る。
「光があるから、影ができる」
門で気づいたこと。
光そのものを消す必要はない。
遮ればいい。
「カイル」
「何だ?」
「あの光の結晶、壊せる?」
壁。
天井。
無数の光源。
カイルが笑う。
「そういう仕事なら得意だ」
「ミナ」
「はい!」
「カイルを援護して」
「分かりました!」
二人が走る。
カイルの剣が光の結晶を砕く。
――パリン!
一つ。
光が消える。
「次!」
ミナの矢。
――パァン!
二つ目。
さらに。
三つ。
四つ。
白い空間の一角が少しずつ暗くなる。
白鹿が気づいた。
光球が二人へ向く。
「来ます!」
「続けろ!」
カイルが走る。
光線。
避ける。
ミナの矢がさらに結晶を砕く。
――パリン!
暗がりが広がった。
そして。
ルティスの足元。
黒い影がはっきりと現れる。
「……これなら」
影が伸びる。
ルティスの身体を包む。
白鹿が振り向く。
ルティスは笑った。
「遅い」
影へ沈む。
「幻影移動!」
消える。
だが、白鹿の周囲には光の壁。
まだ攻撃できない。
「ミナ!」
「はい!」
ミナが矢を放つ。
白鹿の目の前。
わざと外す。
白鹿がミナへ顔を向ける。
角に光が集まる。
「来い!」
カイルも走る。
反対側。
白鹿の注意が揺れる。
そして、光線を放った。
――ドォォォン!!
「今!」
光の壁が消える。
ルティスが影から飛び出した。
短剣。
胸。
白金色の核。
「もらった!」
振り下ろす。
だが――
――キィン!
「……!」
刃が止まった。
核の位置が違う。
「何……?」
見えていた場所に、核がない。
白鹿の身体の内部。
無数の光が反射している。
「核まで……!」
光によって位置をずらして見せている。
白鹿が振り向く。
「ルティス!」
光。
間に合わない。
――バァァン!!
「……っ!」
ルティスの身体が吹き飛んだ。
床を転がる。
「ルティスさん!」
「大丈夫……!」
立ち上がる。
肩が痛む。
だが、それ以上に見えたものが大きい。
今の一瞬、光の奥に本当の核を隠してる。
「……隠してる」
ルティスが呟く。
扉にあった言葉。
『光は、真実を作らない』
『ただ、見えなかったものを照らす』
「違う……」
「何が?」
カイルが聞く。
「見えてるもの全部が、真実じゃない」
白鹿を見る。
そこにある光を曲げ、反射させ、本当の位置を分からなくしている。
「ミナ」
「はい」
「風で分かる?」
「核を?」
「うん」
「やってみます」
ミナが目を閉じる。
風。
白鹿の身体。
だが――
「駄目です」
「……そう」
「身体の中までは分からない」
ルティスは考える。
見ることができない。
風でも分からない。
その時、白鹿の角が光った。
床。
壁。
無数の結晶。
光が反射する。
一瞬。
白鹿の身体の中まで光が透けた。
「……!」
核。
胸ではない。
少し右。
肩の下。
だが次の瞬間。
また胸にあるように見える。
「そういうこと……」
ルティスが呟く。
「光が隠してるんじゃない」
「何?」
「逆よ」
短剣を構える。
「光が――教えてる」
カイルが眉を寄せる。
「どういう意味だ?」
「強い光が身体を通った瞬間だけ、本当の核が見える」
「じゃあ――」
「守護者に最大の攻撃を使わせる」
ミナの顔が引きつる。
「それって……」
「さっきの大きい光ですよね」
「うん」
「直撃したら?」
「たぶん死ぬ」
「さらっと言わないでください!」
カイルがため息をつく。
「で、誰が囮になる」
「私」
「却下」
「なんで?」
「影がなきゃ逃げられないだろ」
「だから――」
ルティスは周囲を見る。
さっき二人が壊した結晶。
そこにできた暗がり。
「影はある」
カイルが少し黙る。
「……分かった」
「いいんですか!?」
ミナが驚く。
「止めてもやるだろ、こいつ」
「分かってきたわね」
「嬉しくねえよ」
ルティスは白鹿を見る。
「ミナ。風で本体を見失わないで」
「はい」
「カイルは、光の壁が消えた瞬間に近づいて」
「分かった」
「核の位置は私が見る」
「その後は?」
ルティスは短剣を握る。
「三人で壊す」
ルティスが走った。
白鹿が顔を向ける。
無数の幻影。
一体。
二体。
十。
だが――
「右です!」
ミナの声。
ルティスは迷わない。
右へ。
本物の白鹿。
「こっち!」
短剣を投げる。
白鹿の足元へ刺さる。
攻撃ではない。
挑発。
白鹿の瞳がルティスを見る。
角に光が集まり始める。
「来るぞ!」
カイルが叫ぶ。
「分かってる!」
ルティスは動かない。
まだ。
もっと。
光が強くなる。
白鹿の身体が透け始める。
「……見えた」
白金色の核。
胸の右側。
「そこ!」
ルティスが叫ぶ。
白鹿が光を放つ。
――ドォォォォォン!!
同時に。
ルティスは影へ沈んだ。
「幻影移動!」
光線が床を貫く。
だが、ルティスは暗がりから飛び出した。
「カイル!」
「おう!」
光の壁が消えている。
カイルが走る。
長剣。
白鹿の右胸。
――ガキィン!!
刃が入る。
『……!』
「ミナ!」
「見えてます!」
矢。
風が巻く。
カイルの剣が作った傷へ。
――シュッ!!
矢が突き刺さる。
――パキッ
核に亀裂。
「ルティス!」
「分かってる!」
影へ沈む。
白鹿の足元。
その身体自身が作った影。
そこから飛び出す。
短剣を逆手に握る。
「これで――!」
白金色の核へ刃を突き立てた。
――パァァァァン!!
光が弾けた。
白い。
何も見えない。
音すら――
聞こえない。
「……」
ルティスは一人で立っていた。
真っ白な世界。
「カイル?」
返事はない。
「ミナ?」
誰もいない。
その時。
前方に――
一人の少女が現れた。
銀紫の髪。
白い服。
「……エレナ」
少女は微笑んでいる。
「エレナ!」
ルティスが走る。
今度こそ。
近づく。
手を伸ばす。
「待って!」
あと少し。
指先が届く。
『ルティス』
「……!」
エレナが手を伸ばす。
『ずっと――』
その瞬間。
ルティスは足を止めた。
エレナを見る。
「……違う」
少女が微笑む。
『どうしたの?』
ルティスはゆっくり手を下ろした。
「あなたは……エレナじゃない」
少女の表情が止まる。
「エレナなら」
ルティスは真っ直ぐ見る。
「そんな顔で、私を呼ばない」
光が揺れる。
「私はエレナに会いたい」
一歩。
「本当のエレナに」
短剣を握る。
「だから――」
目の前の少女を見る。
「偽物はいらない」
――パリン
エレナの姿が砕けた。
白い世界も崩れていく。
「……!」
ルティスは目を開けた。
目の前。
白鹿が立っている。
だがもう戦う様子はない。
胸の核には、大きな亀裂。
白鹿は静かにルティスを見つめていた。
『見エタカ』
「……何が?」
『オ前ガ、見タイモノト』
白鹿の身体から光が零れていく。
『本当ニ、ソコニアルモノノ違イヲ』
ルティスは黙る。
白鹿が頭を下げる。
『光ハ――真実ヲ作ラナイ』
扉に刻まれていた言葉。
『タダ、照ラス』
「……」
『何ヲ信ジルカハ――オ前ガ決メル』
ルティスの目が僅かに揺れた。
ヴァルディア。
エレナの言葉。
――誰を信じるか。
そして。
今。
Lumiaの守護者。
「また……それなのね」
白鹿は答えない。
その身体が無数の光へ変わっていく。
やがて白鹿は完全に消えた。
中央にLumiaだけが残った。
ルティスはゆっくり近づく。
白金色の宝玉。
柔らかな光が内部で揺れている。
「六つ目ですね」
ミナが隣へ来る。
「うん」
「あと一つか」
カイルも剣を収める。
ルティスはLumiaへ手を伸ばした。
触れる。
瞬間、光が広がった。
そして。
持っていた五つの宝玉が反応する。
Ignis。
Aqua。
Gaia。
Aeris。
Volt。
そして――
Lumia。
六つの宝玉が共鳴する。
六つの光がルティスの周囲を照らした。
「……綺麗」
ミナが呟く。
ルティスはその光を見つめる。
六つ。
あと一つ。
「Umbra……」
その名前を口にした瞬間。
――ドクン
「……っ」
胸の奥が脈打った。
「ルティス?」
カイルが振り返る。
「……何でもない」
ルティスは胸元を押さえる。
今のは何だったのか。
分からない。
Umbraという名前を口にすると、なぜか遠くにあるものを呼んでいる気がしなかった。
聖域を出た頃。
空は夕暮れに染まっていた。
白い塔から伸びる光も、少しずつ穏やかになっている。
「さて」
カイルが言う。
「最後だな」
「はい!」
ミナがルティスを見る。
「次はどっちです?」
「待って」
ルティスはペンダントを取り出した。
これまでなら宝玉を手に入れるたび、中央の針が次の場所を示した。
IgnisからAquaへ。
AquaからGaiaへ。
GaiaからAerisへ。
AerisからVoltへ。
VoltからLumiaへ。
だから。
次はUmbraを指すはずだった。
三人がペンダントを見る。
「……」
動かない。
「ルティスさん?」
「待って」
ペンダントを持ち上げる。
向きを変える。
もう一度見る。
それでも。
中央の針は動かなかった。
「……壊れた?」
ミナが尋ねる。
「いや」
カイルが覗き込む。
「さっきまで動いてたんだろ?」
「うん」
「じゃあ、なんで……」
ルティスにも分からない。
六つの宝玉。
残るはUmbra。
だが、その場所だけをペンダントは示さない。
「……何も反応しない」
ルティスが呟く。
ミナが首を傾げる。
「Umbraだけ……場所が分からないってこと?」
「……うん」
ルティスはペンダントを見つめる。
その時、夕陽が三人の背後から差した。
長い影が地面へ伸びる。
ルティスは何気なく、自分の影を見る。
「……」
一瞬。
本当に一瞬だけ。
影がルティスとは違う動きをしたように見えた。
「……?」
「どうした?」
カイルが尋ねる。
「……何でもない」
もう一度見る。
そこにはただ自分の影があるだけだった。
ルティスはペンダントを握る。
六つの宝玉を手に入れた。
残る一つ。
闇の宝玉――Umbra。
それなのに旅を導いてきた針が初めて止まった。
どこへ行けばいいのか。
答えはない。
ただ――
ルティスの足元で黒い影だけが。
夕暮れの光の中、静かに揺れていた。
――Chapter 10 END




