Chapter 9 ― 紫電の街とVolt
Chapter 9 ― 紫電の街とVolt
エアリオンを離れてから、四日。
ルティスたちは東へ向かっていた。
空は、日に日に暗くなっていた。
雲が厚くなり。
風が冷たくなり。
遠くから、絶え間なく雷鳴が響いている。
――ゴロゴロゴロ……
ミナが空を見上げた。
「うぅ……私、雷は苦手なんですよねぇ」
ミナはそう言い怯えたように胸の前で手を結んでる。
「近づいてる」
カイルが答える。
「次の宝玉は、あの雷雲の向こうにある」
ルティスは胸元のペンダントに手を当てた。
中央の針が、ゆっくりと動いている。
その先は雷雲の中心。
そして、ペンダントに刻まれたVoltの紋様が、黄色く淡い光を帯びていた。
「……Volt」
ルティスが呟く。
「雷の宝玉ですね」
「そうね」
「雷か……」
カイルが空を見上げる。
「剣と相性悪そうだな」
「触れたら感電しますね」
「縁起でもないこと言うな」
「カイルさんなら大丈夫ですよ」
「どういう根拠だ」
「丈夫そうだから」
「褒めてないだろ、それ」
ルティスは小さく笑った。
その瞬間――
――バリィィッ!!
紫色の雷が空を走った。
三人が同時に顔を上げる。
山の向こう。
雷光に照らされ一瞬だけ、巨大な塔の影が見えた。
「……街」
ルティスが呟く。
ペンダントの針が強く震えた。
「行こう」
昼過ぎ。
三人は山道を抜けた。
その先に巨大な街が姿を現した。
【ヴァルディア】
高い石壁。
無数の塔。
巨大な岩山に囲まれた谷間を埋め尽くすように、石造りの街が広がっている。
そして街の上空。
紫色の雷が絶え間なく走っていた。
「……すごい」
ミナが目を丸くする。
街の中心には、天を貫くような巨大な塔。
その頂上から、無数の金属製の導線が街中へ伸びている。
――バリィッ!!
雷が中央塔へ落ちた。
だが塔は壊れない。
受け止められた雷が導線を走り、街中へ広がっていく。
「雷を……集めてる?」
ルティスが呟く。
カイルが地図を見る。
「紫電の街、ヴァルディア。山岳地帯に落ちる雷を利用して発展した街らしい」
「雷を利用するんですか?」
「ああ。あの塔で受け止めて、街へ送るんだろう」
三人は街へ向かった。
ヴァルディアへ入ると、さらに奇妙な光景が広がっていた。
夜でも消えることのない街灯。
雷の力で動く巨大な昇降機。
鉱山から採掘された鉱石を運ぶ自動式の運搬装置。
建物と建物を繋ぐ無数の導線。
頭上では時折――
――バチッ
青白い電光が走る。
「まるで、街そのものが生きてるみたい」
ミナが呟いた。
エアリオンでは、風が生活そのものだった。
そしてここでは雷が人々の暮らしを支えている。
だが、中央へ近づくにつれ、人の姿が減っていった。
「……静かですね」
「ああ」
カイルが周囲を見る。
閉ざされた店。
塞がれた窓。
人のいない通り。
そして、その先。
巨大な中央塔。
その周囲だけ、雷の量が異常だった。
――バァン!!
巨大な雷が塔へ落ちる。
さらに一本。
もう一本。
「……あそこね」
ルティスが呟いた。
近くで店を片づけていた男に、カイルが声をかける。
「何かあったのか?」
男は中央塔を見て、顔を曇らせた。
「数日前から、塔の雷が暴れてるんだ」
「普段は違うんですか?」
ミナが尋ねる。
「当たり前だ。あの塔は雷を集めるためのものだ。街を焼くためのものじゃない」
「何が原因なの?」
ルティスが聞く。
男は少し黙り答えた。
「守護者だ」
「……守護者?」
「昔から伝わってる。中央塔の最上部には、雷を司る守護者と宝玉が眠っているってな」
ルティスとカイルが顔を見合わせる。
「Volt……」
男の表情が変わる。
「その名前を、どこで?」
ルティスは答えず、中央塔を見上げた。
「行きましょう」
「おい」
男が止める。
「あそこへ入った奴は、誰も戻ってないぞ」
ルティスは振り返った。
「それでも、行かなきゃいけないんです」
中央塔。
三人は巨大な扉の前に立っていた。
扉には古代文字が刻まれている。
ルティスが読む。
「……『決意なき者、ここより先へ進むべからず』」
「決意……?」
ミナが首を傾げる。
ルティスは扉へ近づいた。
中央には、手を置けるほどの窪みがある。
そこへ右手を置く。
――バチッ!!
「……っ!」
「ルティス!」
強烈な電流が腕を走る。
思わず手を離す。
「大丈夫ですか!?」
「……大丈夫」
ルティスは扉を見つめる。
もう一度。
手を置いた。
――バチバチッ!!
「ルティス?」
カイルが声をかける。
「行く」
電流が身体を走る。
痛い。
怖い。
それでも手を離さない。
脳裏に浮かぶ。
エレナ。
オルド。
ノア。
八年前。
自分自身に封じられた記憶。
宝玉を集めるほど、知らなかったものが増えていく。
もし、その先にある答えが自分の望むものではなかったら。
「……決意って」
ルティスが呟く。
雷が腕を走る。
「迷わないことじゃない」
一歩。
「怖くてもいい」
もう一歩。
「震えてもいい」
紫色の光がルティスを包む。
「それでも――」
顔を上げる。
「自分で選んだ道から、逃げないこと」
さらに一歩。
「たとえ、この先に何が待っていても」
ルティスは扉を見据えた。
「私は……私が選んだ道を進む」
瞬間。
雷が消えた。
――ゴゴゴゴゴ……
巨大な扉が開いていく。
「……すごい」
ミナが呟く。
カイルが笑う。
「それがお前の決意か」
ルティスは答えない。
ただ、扉の向こうを見つめていた。
そして、一歩踏み出そうとした時。
――バチィッ!!
「うおっ!?」
「きゃっ!」
カイルとミナの前に雷の壁が生まれた。
「二人とも!」
ルティスが戻ろうとする。
「来るな!」
カイルが止める。
雷の壁を見る。
「どうやら……お前だけじゃ駄目らしい」
「一人ずつ?」
「みたいですね……」
ミナの顔が引きつる。
「面倒な塔だな」
「カイルさん、先どうぞ」
「なんで俺なんだ」
「年長者ですから」
「こういう時だけ年長者扱いするな」
それでもカイルは前へ出た。
手を置く。
――バチィッ!!
「ぐっ……!」
カイルの表情が変わる。
何を見ているのか。
ルティスには分からない。
やがて。
「……失うのは、もう御免だ」
カイルが呟いた。
「だからって……何もしない理由にはならない」
剣の柄を握る。
「俺は、俺の目で確かめる」
雷が消えた。
「次」
カイルが振り返る。
「…………」
ミナは動かなかった。
「ミナ?」
「分かってますよ……」
小さく息を吐く。
そして、門の前へ立った。
中央の窪みを見る。
「……嫌だなぁ」
右手を置く。
――バチィッ!!
「っ……!」
身体が跳ねた。
反射的に手を離しかけるが、止めた。
「……怖いですよ」
ぽつりと呟く。
「私、二人みたいに強くないし……」
雷が腕を走る。
「何度も、私が一緒でいいのかなって思った」
弓を握る。
「……あの時、嬉しかったんです」
一歩。
「だから今度は――」
雷が激しくなる。
「誰かに言ってもらうんじゃなくて」
もう一歩。
「自分で決めたい」
顔を上げる。
「私がここにいていいかじゃない」
「――私が、ここにいたい」
紫電が全身を包む。
「二人より弱くても、今はできないことがあっても」
門をまっすぐ見据える。
「できるようになるまで――逃げません」
そして少しだけ笑った。
「だって私も、この旅を自分で選んだんですから」
瞬間。
雷が消えた。
そして三人の前。
扉が完全に開いた。
塔の内部。
古い螺旋階段が、遥か上まで続いている。
壁には無数の古代文字。
その途中。
ルティスが足を止めた。
「……これ」
壁面に七つの宝玉が描かれている。
その下に古代文字。
『七つは、一つになるためにあるのではない』
さらに続く。
『七つは、互いを支えるためにある』
「互いを……支える?」
ルティスが読む。
「どういう意味だ?」
カイルが尋ねる。
「分からない」
ルティスは壁へ触れる。
その瞬間。
――ドクン
「……っ」
胸の奥が痛んだ。
『ルティス』
「……エレナ?」
少女の声。
『決めて』
「何を?」
『あなた自身で』
「待って!」
だが、声は消えた。
ルティスは壁を見つめる。
「……何を決めろっていうの」
答えはなかった。
最上階。
巨大な円形の空間。
天井はない。
頭上には黒い雷雲。
床には巨大な魔法陣。
その中央に一つの宝玉が浮かんでいる。
紫の光。
内部を無数の雷が走っている。
「……Volt」
ルティスが一歩踏み出す。
瞬間。
――バリィィィッ!!
空から巨大な雷が落ちた。
三人が飛び退く。
雷が魔法陣へ集まる。
一つ。
二つ。
十。
百。
そして――
一つの形を作った。
四本の脚。
鋭い爪。
牙。
長い尾。
巨大な狼。
その全身を雷が走っている。
紫に輝く瞳。
胸の中央には、紫色の核。
「……雷の獣」
ミナが弓を構える。
雷狼が三人を見る。
『来タカ』
「……喋った」
カイルが呟く。
ルティスは短剣を抜いた。
「あなたがVoltの守護者?」
『好キニ呼ベバイイ』
「宝玉が必要なの」
『ナゼ?』
「知りたいことがある」
『何ヲ?』
「……真実」
『誰ノ?』
ルティスは迷わなかった。
「私自身の」
雷狼は静かにルティスを見る。
『ナラバ――証明シロ』
「何を?」
『オ前ガ、自ラノ意思デ進ム者ダト』
雷狼の身体から、雷が噴き上がった。
『力ヲ示セ』
――バァァァン!!
「来る!」
三人が散開した。
雷狼が床を蹴る。
「速っ……!」
ミナが叫ぶ。
一瞬。
それだけでカイルの目の前へ現れる。
「来い!」
剣を構える。
爪と長剣が激突した。
――ガキィン!!
次の瞬間。
――バチィッ!!
「ぐあっ!」
電流が剣を伝い、カイルの全身を走った。
身体が弾き飛ばされる。
「カイル!」
「来るな!」
床を転がりながら叫ぶ。
「やっぱ剣を電流が伝って来る!」
雷狼が追う。
「させません!」
ミナが矢を放つ。
――ヒュン!
雷狼が跳ぶ。
矢が床へ刺さる。
さらに二本。
すべてかわされる。
「速すぎる!」
雷狼がミナへ迫る。
「ミナ!」
ルティスが影へ沈む。
「幻影移動!」
雷狼の背後。
短剣を振る。
だが――
――バチィッ!!
「……っ!」
刃が届く前に雷が弾けた。
ルティスは再び影へ逃れる。
「近づくだけでも危険……」
「攻撃できないぞ、これ」
カイルが立ち上がる。
「ちょっと待って」
ルティスは雷狼を観察した。
身体そのものが雷に覆われている。
普通の攻撃では触れることさえできない。
その時。
視線が壁へ向いた。
――七つは、互いを支えるためにある。
「……互いを支える」
ルティスが呟く。
鞄へ手を伸ばす。
Aqua。
青い宝玉が淡く輝いた。
「……そういうこと?」
「何か分かったのか?」
「試したいことがある」
ルティスが片手を上げる。
Aquaが強く光った。
空気中の水分が集まり、青い水となって腕の周囲を回り始める。
「カイル!」
「何だ!」
「剣を!」
「剣?」
「早く!」
カイルが長剣を向ける。
ルティスが腕を振った。
――ザァッ!!
水が長剣を包み込む。
ただの水ではない。
Aquaの魔力を宿した水。
絶えず流れ続ける薄い水膜が、刃を覆っていく。
「これは……」
「普通の水じゃない」
ルティスは水の流れへ意識を集中する。
「Aquaの力で、流れる方向を私が制御する」
「それで?」
「剣に入った雷を――身体じゃなく、別の場所へ逃がす」
カイルが剣を見る。
「本当にできるのか?」
「……保証はできないけど」
「だろうな」
「嫌ならやめる?」
カイルが笑った。
「いや」
剣を構える。
「やってみる」
Aqua戦の時に使用した火族魔法がIgnisの力で増幅されていた。
きっとAquaの力で水属魔法の威力も上がってるはず。
できないことは無いはずだ。
雷狼が跳んだ。
爪。
長剣。
激突する。
――ガキィィン!!
雷が剣へ流れ込む。
「ぐっ……!」
しかし、水膜が激しく動いた。
雷が水の流れに沿って刃を走り――
カイルの腕へ届く直前で方向を変える。
――バチバチバチッ!!
床へ放電した。
「……!」
カイルが目を見開く。
「効いてる!」
ミナが叫ぶ。
「いける!」
カイルが雷狼を押し返す。
ルティスの口元が僅かに上がる。
「Aqua……」
違う力。
違う宝玉。
それでも――
互いを支えられる。
「ミナ!」
「はい!」
「あなたの矢にも!」
「お願いします!」
ルティスが水を操る。
ミナの弓と矢を薄い水膜が覆う。
「雷が来ても、私が流れを逸らす」
「じゃあ――」
ミナが弦を引いた。
「今度は当てます!」
――ヒュン!
矢が飛ぶ。
雷狼が雷を放つ。
――バリィッ!!
矢と雷がぶつかる。
だが。
水膜を伝った雷が矢の後方へ流れ、空中へ散った。
「通った!」
矢が雷狼の肩へ刺さる。
『……!』
「効いた!」
カイルが走る。
「なら、こっちも!」
水を纏った剣を振る。
雷狼の爪と激突。
放電。
だが、今度は倒れない。
「うおおおっ!」
剣が雷狼の身体を切り裂いた。
初めて守護者が後退した。
雷狼が吠えた。
――バァァァァン!!
空から無数の雷が降り注ぐ。
「来る!」
ルティスが両手を前へ出した。
「――蒼流壁!」
瞬間、青い水流がせり上がり、巨大な壁となって攻撃を受け止めた。
巨大な水の壁が三人の前に立ち上がった。
――バァン!!
雷が水壁へ落ちる。
「……っ!」
ルティスの腕が震える。
水が激しく渦を巻く。
雷を止めるのではない。
受け止めた雷の魔力を水流に沿って左右へ逃がす。
――バチバチバチッ!!
床の両側へ雷が走った。
「すごい……!」
ミナが息を呑む。
「まだ……!」
次の雷。
さらに次。
ルティスは歯を食いしばった。
「早く!」
「分かってる!」
カイルが水壁の横から飛び出す。
雷狼へ斬り込む。
ミナも矢を放つが、雷狼の速度が優っていた。
カイルの剣をかわす。
ミナの矢をかわす。
そして、一瞬でルティスへ迫った。
「……!」
水壁を解除する。
幻影移動。
影へ沈み、別の場所から出る。
雷狼がすぐに振り返った。
「……読まれた?」
再び迫る。
ルティスは影へ逃げる。
出る。
だが、そこへ雷が落ちる。
――バァン!!
「っ!」
紙一重でかわす。
グランディアと同じ。
守護者が戦い方を学習している。
「こいつも……」
「何だ?」
「幻影移動を覚え始めてる!」
「またかよ!」
カイルが雷狼を引きつける。
ルティスは息を整える。
速い。
触れられない。
しかもこちらの動きを読む。
どうする。
その時。
Gaia戦で使った戦い方が脳裏をよぎった。
幻影。
影。
そして――
相手自身の影。
「……だったら」
ルティスの影が伸びる。
「もう一回、騙す」
「何か思いついたんですか?」
「うん」
ルティスはミナを見る。
「一瞬だけ、雷を逸らせる?」
「一瞬?」
「五秒でいい」
「短いですね……」
「できる?」
ミナは弓を握り直した。
「やります」
「カイル」
「俺は?」
「引きつけて」
「結局それか」
「得意でしょ?」
「まあな」
カイルが笑った。
「任せろ」
カイルが走る。
「こっちだ!」
雷狼が向きを変えた。
カイルへ迫る。
水膜を纏った長剣。
爪を受け流す。
――ガキィン!!
雷が水流を通り、床へ逃げる。
「今だ!」
ルティスの足元から影が伸びた。
「――幻影」
黒い影が立ち上がり、もう一人のルティスを形成していく。
幻影が雷狼の左へ走る。
本物は右。
雷狼の紫色の瞳が動く。
幻影。
本物。
一瞬だけ迷う。
ルティスが影へ沈んだ。
「幻影移動!」
雷狼が振り向く。
背後、さっきまでルティスが現れていた場所。
だがそこへ現れたのは。
幻影。
『……!』
「残念」
幻影が笑う。
そして本物のルティスは。
雷狼の足元。
守護者自身が作る影の中にいた。
グランディアで使った動き。
けれど――
今度は幻影を重ねている。
さらに。
短剣を握る手をAquaの水が包んだ。
「ミナ!」
「はい!」
ミナが矢を放つ。
水を纏った矢。
その周囲へ風が集まる。
風が雷の流れを僅かに乱し。
Aquaの水が、その雷を別方向へ導く。
――バリィッ!!
雷狼の胸を覆っていた雷が一瞬だけ消えた。
紫色の核。
「見えた」
ルティスが影から飛び出す。
短剣へ。
影と水。
二つの魔力が重なる。
「――影刃!」
短剣に黒紫の影がまとわりつき、刃が長剣サイズになる。
Aquaの水流が、その刃を包む。
そして紫色の核へ突き刺さった。
――バキィィン!!
『グ……ッ!』
核に亀裂が走る。
「まだ!」
ルティスが叫ぶ。
「カイル!」
「おう!」
水を纏った長剣が振り下ろされる。
――ガキィン!!
核の亀裂が広がる。
「ミナ!」
「任せてください!」
弓を引く。
水を纏った矢。
風がその軌道を包む。
「これで――!」
――ヒュン!!
矢が亀裂へ吸い込まれた。
そして、紫色の核が砕けた。
――パァァァァン!!
巨大な雷が空へ昇る。
三人が腕で目を覆う。
雷狼の身体がゆっくりと崩れていく。
紫色の瞳が、最後にルティスを見た。
『……見事ダ』
ルティスは短剣を下ろす。
『オ前ハ、恐怖ヲ消シタノデハナイ』
「……」
『恐怖ヲ抱エタママ――歩ミヲ止メナカッタ』
雷狼の身体がさらに薄くなる。
『ソレガ――決意ダ』
最後の雷が消えた。
静寂。
そして。
魔法陣の中央にはVoltが残っていた。
「……終わった?」
ミナが恐る恐る言う。
「再生しないでいいぞ」
カイルが答えた。
「それ言わないでください!」
「なんでだよ」
「グランディアで言ったじゃないですか!」
「今回は大丈夫だろ」
「そういうのが危ないんです!」
ルティスは思わず笑った。
「二人とも」
「何だ?」
「静かにして」
「……はい」
二人の声が重なった。
ルティスはVoltへ近づく。
黄色い宝玉。
その内部を小さな雷が走っている。
手を伸ばす。
指先が触れた。
瞬間。
――ドクン
暗い。
地下。
石造りの廊下。
「……ここ……」
知っている。
アルヴェリア魔法学院。
八年前。
ルティスがまだ影魔法を使えなかった頃の記憶。
前を銀紫の髪の少女が走っている。
「エレナ!」
少女が振り返った。
『早く!』
エレナがルティスの手を掴む。
『ここから離れるの!』
『でも、先生は?』
『オルド先生は大丈夫!』
背後。
――ドォン!!
大きな爆発音。
エレナが振り返る。
その顔に恐怖が浮かんだ。
『……来る』
『誰が?』
エレナは答えない。
ただ、ルティスの手を強く握った。
『ルティス』
『なに?』
『どんなことがあっても――』
エレナが言う。
『自分で決めて』
『……何を?』
『誰を信じるか』
その向こう。
黒い影が迫る。
「エレナ!」
ルティスが手を伸ばす。
しかし――
映像が途切れた。
「……っ!」
ルティスが目を開ける。
「ルティス!」
カイルの声。
「大丈夫ですか!?」
ミナが顔を覗き込んでいる。
「……うん」
ルティスは胸を押さえた。
「また、記憶を見た」
「エレナさん?」
「うん」
「何か分かった?」
「……まだ」
ルティスは首を振る。
「でも――」
Voltを見る。
「八年前。私とエレナは、学院の地下にいた」
カイルとミナが黙る。
「誰かから逃げてた」
「誰から?」
「分からない」
まだ。
そこだけが見えない。
自分自身に封じられた記憶。
でも確実に近づいている。
「エレナが言ってた」
「何て?」
「自分で決めろって」
ルティスはVoltを握る。
「誰を信じるのか――自分で」
ミナが少し考える。
「それって……」
「うん」
ルティスは小さく頷く。
「塔の入口と同じ」
――決意。
誰かに決めてもらうのではない。
自分で選ぶ。
たとえ、その答えが間違っていたとしても。
その時。
――ゴォォォォ……
「……?」
カイルが空を見る。
雷鳴ではない。
もっと低い。
重い音。
雲の向こうから巨大な黒い飛行船が現れた。
「……暁の教団」
ミナが弓へ手を伸ばす。
ルティスの表情が変わる。
黒い船体。
巨大な翼。
そして船首に刻まれた紋章。
飛行船は塔の上空で止まった。
攻撃してこない。
その甲板に一人の男が立っている。
銀色の仮面。
「……ノア」
ルティスが短剣を握る。
カイルも剣へ手をかける。
ミナが弓を構えた。
だが、ノアは動かない。
ただルティスを見ている。
「五つ目」
静かな声が、雷鳴の中を通り抜ける。
「何しに来たの?」
「確認だ」
「何を?」
「君が、どこまで進んだのか」
ルティスはVoltを握る。
「だったら見れば分かるでしょ」
「ああ」
ノアは静かに答える。
「よく分かった」
その瞬間。
ルティスの足元、影が僅かに揺れた。
「……!」
胸の奥で何かが反応した。
ルティスは影を見る。
何もない。
だがノアはそれを見ていた。
『やはり……』
「何?」
答えない。
「ノア」
銀色の仮面を睨む。
「エレナを知ってるの?」
僅かな沈黙。
『……いずれ分かる』
「待って!」
黒い飛行船が動き始める。
「ノア!」
飛行船は雷雲の中へ消えていった。
「……なんなんだ、あいつ」
カイルが呟く。
「分からない」
ルティスは答える。
そして。
自分の影を見る。
「でも――」
さっき確かに反応した。
「……何か知ってる」
エレナのこと。
八年前のこと。
そして自分の中にある何かについても。
塔を出る頃。
ヴァルディアを覆っていた雷は、少しずつ穏やかになっていた。
街灯が安定した光を取り戻す。
昇降機が動き始める。
閉じていた店の扉が開く。
人々が通りへ戻ってくる。
中央塔を振り返る。
もう雷は暴れていない。
「次はどうします?」
ミナが尋ねる。
ルティスはペンダントを見る。
五つの紋様が淡く輝いている。
中央の針がゆっくりと南へ向いた。
「……南ね」
「次の宝玉か?」
「たぶん」
カイルが荷物を背負い直した。
「じゃあ行くか」
「もうですか?」
ミナが驚く。
「宿を探すぞ」
「あ、そっち」
「今日はもう歩かん」
「よかった……」
ミナが胸を撫で下ろす。
「私も賛成」
ルティスが言った。
ミナが驚く。
「珍しいですね」
「どういう意味?」
「いつものルティスさんなら『今から行く』って――」
「ミナ」
「はい?」
「宿、探しましょう」
「はい!」
カイルが笑う。
三人は歩き出した。
紫電の街。
ヴァルディア。
五つ目の宝玉――Volt。
残る外の宝玉は、Lumia。
そして――
Umbra。
ルティスは自分の影を見る。
影は何も語らない。
けれどノアが現れた時、確かに何かが反応した。
その意味をルティスはまだ知らない。
そして八年前の夜。
エレナが残した言葉。
――自分で決めて。
――誰を信じるか。
その意味も。
まだ――
分からない。
――Chapter 9 END




