第4話
エリアスの告げた事実は、オズワルドの理解を超えていた。なんとかその場は取り繕って王城から退出した彼だが、頭のなかではさまざまなことが渦巻いていた。
そのままギルドに戻るなり、事務員を呼びつける。
「ギルバートを呼べ」
「ギルド長、どうかされましたか?」
不審がる事務員の声に、返事をすることはない。ただ、ぶっきらぼうに同じ言葉を繰り返すだけ。
「……とにかく、あいつを呼べ」
「かしこまりました」
オズワルドの態度に、それ以上は何も言えないと思ったのだろう。事務員が、ギルバートを呼びに行っている。もっとも、呼ばれたほうも訳が分からないという表情を浮かべていた。
「オズワルド、どうした?」
「今日、先日の続きで王城に行ってきた」
「そんなことを言っていたな。たしか、先日の登城の時は、王の前で呪歌が披露されたとか言っていなかったか?」
「披露されたのは呪歌ではない。ファクリエル讃歌だ」
「曲が何であろうと、歌い手はアルディア家の娘なのだろう? ならば、呪歌ではないか」
「……そのことで、お前に話がある」
オズワルドは、目の前の椅子を指した。
「座れ、ギルバート」
「立ったままで構わない」
「いいから座れ。少し長い話になる」
ただならぬ様子を感じ取ったのだろう。ギルバートはわずかに眉を寄せながらも、オズワルドの向かいへ腰を下ろした。
「お前に聞きたい。呪歌とは何だ?」
「今さら、何を」
「答えろ」
低く押し殺した声に、ギルバートの表情が固くなる。
「呪歌うたいが力を込めて歌う歌だ。聞く者の心を惑わせ、時にはその身を害する」
「では、呪歌うたいが普通の歌を歌った場合は?」
「同じことだ。力を持つ者が歌えば、それは呪歌になる」
予想していた答えだった。つい数日前までなら、オズワルド自身も同じように答えていただろう。
「先日、アルディア伯爵令嬢は、王の前でファクリエル讃歌を歌った」
「だから、それが呪歌だったのだろう」
「歌を聞いて集まったのは、小鳥だけだった」
オズワルドの言葉に、ギルバートは反射的にこたえている。
「今回はそうだっただけだ」
「だが、人は惑わされなかった。傷ついた者もいない。小鳥が窓辺に集まり、歌に合わせてさえずった。それだけだ」
「力を使ったことに変わりはない」
「ああ。力は確かに使われた」
オズワルドは静かに頷いた。
「ならば、聞く。小鳥が集まるだけの歌の、どこが危険なのだ?」
オズワルドの声をギルバートは鼻であしらう。そのまま、当然のような顔をしてこたえていた。
「今回が偶然だっただけだ。あの力は、いずれ人を傷つける」
その声に、オズワルドは天を仰ぎ、苦渋の表情を浮かべる。そのまま、絞り出すような声で、今日の王城での出来事を語り始めていた。
「今日、王城で教会が管理している原家系図を見ることができた」
「原家系図? あの、建国から続いている貴族たちのものか?」
「そうだ」
オズワルドの言葉に、ギルバートは思わず声が詰まっている。そんな彼に、突きつけられる真実。その彼にオズワルドは淡々と語りかける。
「お前も『慈愛の聖女』のことは知っているな?」
「当然だ。聖女と言われているが、呪歌が絡んでいるのではないのか?」
「そこまでは、お前も気づいていたんだな。そうだ。『慈愛の聖女』は元は貴族の血筋。そして、アルディア家の遠い縁戚だった」
その言葉に、ギルバートは一瞬、息をのんだ。オズワルドは静かに言葉を続ける。
「初代の呪歌うたいには子供がいた。そのうちの一人を、後に創設されたギルドが保護し、呪歌うたいの血統を管理してきた。レオンの家系がその血筋だということは、お前も知っているな?」
「当然知っている。その血筋を管理してきたのは私だ。初代の力は素晴らしかった。だからこそ、管理しなければ危険だ。呪歌とは、そういうものだろう?」
ギルバートは、自らの考えを揺るがせることなく言い切る。その姿に、オズワルドは小さく息をついた。
「……それが違ったのだ。」
静かな声が部屋に落ちる。
「呪歌うたいの子供は、一人ではなかった。もう一人はファクリス貴族の養子となり、その子孫はアルディア家と婚姻を結んでいる。そして、その血筋から『慈愛の聖女』が生まれたのだ」
「……う、うそだ……」
ギルバートの顔から血の気が引いていく。
「それだけではない。後世、『狂気の当主』と呼ばれた人物も、同じアルディア家の流れをくむ者だった。若い頃は温厚で人格者として知られていた。だが、晩年になると人が変わったように暴力的になり、ついには狂気に陥ったと記録されている」
「だから、危険なのではないか!」
オズワルドの言葉に、ギルバートは興奮したように机を叩く。そんな彼に、オズワルドは穏やかに告げていた。
「……確かに、わしもそう思っていた。だが、それだけではなかったのだ」
「だから、何が違うと!」
「『慈愛の聖女』も『狂気の当主』も同じ血筋。つまり、呪歌は善にも悪にもなる、ということだ」
「そんなこと、詭弁だ」
オズワルドの言葉に納得しないギルバートの声。それに対して、オズワルドは静かに問いかけていた。
「では、改めて聞こう。『慈愛の聖女』は人を傷つけたことがあるのか?」
その問いに、ギルバートは答えることができない。その彼にオズワルドの声が続く。
「お前が四年前に何をやったのか。わしは知っている。だが、それは仕方がないことだったと、黙ってもいた。だがな……」
「オズワルド、お前……知って、いたのか?」
「わしを馬鹿にするな。お前の様子がおかしいと思って調べた。そして、あの事件だ。お前が何を恐れていたのかも知っている」
「だったら……」
「アルディア家が取り潰されていたのなら、わしも黙ってはいられなかった。だが、王家はあの家を滅ぼさなかった。王家預かりという形で未来を残した。だから、わしも、お前を問い詰めることはしなかった」
部屋に重い沈黙が落ちる。やがてギルバートは、震えるような声で口を開いた。
「……私は、殺すつもりなどなかった」
オズワルドは何も言わない。ただ、その続きを待っていた。
「呪歌は危険だ。あの力は、いずれ多くの者を傷つける。だから、止めなければならない……ギルドで管理しなければ、いけない……そう思っていた。ただ、それだけだった」
握り締めた拳が震えている。
「だが、歯車が狂った。気づいた時には、取り返しのつかないことになっていた」
その声は、己へ向けた懺悔にも聞こえた。
「……わかっている」
静かにそう答えたオズワルドは、ゆっくりと目を閉じる。
「わしも、お前と同じ考えだった。呪歌は危険だ。管理しなければならない。そう信じてきた」
長い沈黙が流れる。
「だから、お前一人を責めることはできん」
その一言に、ギルバートは顔を上げた。
「だが、それと責任は別だ」
オズワルドの声は静かだった。しかし、その重みは何よりも強かった。
「四年前の事件は消えない。アフル嬢が失ったものも、アルディア家が失ったものも戻らん」
ギルバートはゆっくりとうつむく。
「……ああ」
「だからこそ、わしも責任を取る。ギルド長として、お前を止められなかった責任だ」
その言葉に、ギルバートは目を閉じた。
「私も逃げるつもりはない」
「そうか」
オズワルドは短く頷く。
「ならば、最後まで見届けよう。この事件の真実を。そして、呪歌とは何なのかを」
窓の外では、夕暮れの鐘が静かに王都へ響いていた。




