第3話
アフルが王の前でファクリエル讃歌を披露してから数日後。アフルたちは改めて王城へと呼び出されていた。これは、記録に残る『慈愛の聖女』とアフルとのつながりを調べるためのもの。そのため、貴族の系図や古文書を管理している教会記録室の室長も招かれていた。
部屋へ入ったフィレスは、室内にいた人物へ穏やかに声をかける。
「エリアス室長、お久しぶりです」
声をかけられた相手は、大量の羊皮紙を机へ並べながら顔を上げた。
「フィレス院長、お久しぶりです。お変わりないようで何よりです」
そう言いながらも、エリアスの手は休むことなく羊皮紙を整えている。そのあまりの量に目を奪われたレオンが、おそるおそる口を開いた。
「あ、あの……それって、全部、系図ですか?」
その声に、エリアスはようやくフィレス以外の面々へ視線を向けた。フィレスの隣には、一人の若い令嬢。そして、その後ろには吟遊詩人らしき三人の男たちが立っている。
招集されることは聞いていたものの、顔までは知らない。エリアスが静かに首を傾げた、その時だった。
「エリアス記録室長、紹介しよう」
宰相が穏やかに口を開く。
「今回の検証には、この者たちも同席する。国王陛下のご意向だ」
「承知いたしました」
「こちらは吟遊詩人ギルド長オズワルド。そして構成員のレオン、アリオン。さらに、ジェミニ伯爵ローランと儂も立ち会う」
「かしこまりました」
エリアスは一礼すると、改めて一人の少女へ視線を向けた。
「では、こちらのお嬢様が……」
宰相は静かに頷く。
「アルディア伯爵家令嬢アフルだ。先日、国王陛下の御前でファクリエル讃歌を披露し、小鳥を呼び寄せた少女でもある」
その言葉に、エリアスは穏やかに微笑んだ。
「なるほど。お会いできる日を楽しみにしておりました」
「アフルと申します。本日は、よろしくお願いいたします」
フィレスの隣で静かに挨拶するアフルの姿。それにエリアスは優しい視線を向けると、机の上に羊皮紙をドサッと広げていた。
「では、時間ももったいないので、始めさせていただきます」
エリアスの声に一同は机の周りに集まる。とはいえ、あまりにも細かい文字にアリオンとレオンは音を上げていた。
「こ、これ……何ですか!?」
「いや、系図だってのはわかる。でも、規模がおかしいって!」
「初めての方は皆さん、そうおっしゃいます。ですが、一家だけですから。まだ見やすい方ですよ」
エリアスの声に、レオンは顔を引きつらせている。彼自身、ギルドで『管理されている一族』という意識はある。だからこそ系図の読み方は知っている。それでも、ここまで複雑なものは見たことがない。そう思っている表情が顔に出ているのだろう。エリアスはクスリと笑いながら説明を始めていた。
「わかりやすいところから始めますね。こちらが、アフル嬢の家系図です。この最後の部分がアフル嬢。それはわかりますか?」
「は、はい……」
エリアスの指し示す先には、自分の名前があった。そのすぐ上には父アンリ、そして母シュゼットの名が並んでいる。アフルはその文字をじっと見つめていた。
「お父様……お母様……」
アフルの押し殺すような声に、部屋の中が静まり返る。エリアスは静かに頷くと、それ以上は言葉を挟まず、再び系図へ指を滑らせる。やがて、一か所で指を止めた。
「では、こちらをご覧ください」
そう言って、エリアスが系図のある地点を指さす。その先を見たフィレスが「慈愛の聖女……」と呟いていた。
「そうです。こちらが『慈愛の聖女』と呼ばれる方になります。この方はアフル嬢から数えて10代ほど前の方になります」
そう言いながら、エリアスはアフルの名前からの線をなぞっていく。
「アルディア家の本流はこちらになります。『慈愛の聖女』は本流ではないのですが、アルディア家との血縁が確認されております」
「そうだったのですね……わたくし、『慈愛の聖女』については、修道院の記録で何度も目にしました。ですが、アルディア家と関係があるとは思ってもおりませんでしたわ」
「本流から外れますのでね。フィレス院長がご覧になったことがあるのは、本流を整理した家系図でしょう」
そう言いながら、エリアスは広げている系図をゆっくりと指さす。
「こちらは教会が保管している原家系図ですからね。フィレス院長でも、ご覧になる機会はまずありません」
その声に、フィレスは納得したように頷いている。エリアスはさらに指を滑らせ、建国の時代まで続く系図を静かに示した。
「途中を一つひとつ説明すると、かえって分かりづらくなります。ですので、一度、建国の時代までさかのぼりますね」
「まだ、飛ぶんですか?!」
「大切なことですので」
アリオンの叫びに、エリアスは真面目な表情で切り返す。そのまま彼の指は、建国の時代へと続く原家系図の一角で止まった。
「こちらが、建国当初の記録です。教会では建国以来の系図を代々書き継いでおります」
そう言ってエリアスは、ある一点を静かに指し示す。
「ご覧ください。この方が、呪歌うたいとして初めて記録された方です」
「たしかに……その名はギルドにも残っている。だが、枝が分かれているのか?」
エリアスの示す名を見たオズワルドが納得したような声を上げる。しかし、その系図には明らかに二本の枝が描かれていた。そのことに気づいたオズワルドが問いかける。
「はい。この方は建国間もない騒乱の後、若くして亡くなられたと記録されています。そして、お子様が二人おられました」
エリアスは枝分かれした系図を指でなぞる。
「そのうちのお一人はファクリス貴族家へ養子に入り、その系統が三代後にアルディア家と婚姻を結んでおります」
「子供は……二人、いたのか?」
呆然としたオズワルドの声が室内に響く。だが、エリアスは動じることなく、さらに系図をたどった。
「系図ではそうなります。そして、その血筋からさらに代を重ねた先に、『慈愛の聖女』がおられます」
「ちょっと待て。では、『慈愛の聖女』には、呪歌うたいの血が混じっていたのか?」
信じられないというようにオズワルドの声が荒くなる。しかしエリアスは、あくまで資料を読み解く専門家として静かに答えた。
「そうなりますね。呪歌うたいの子孫が『慈愛の聖女』になります。建国以来、教会に伝わる原家系図をたどれば、そのように読み取れます」
エリアスの言葉に、オズワルドは言葉を失ったようになっていた。その様子を見届けると、エリアスは静かに別の資料へと指を滑らせる。
「今回、私も改めて原家系図と古文書を照らし合わせてみました。すると、一つ気になる記録があったのです」
「なんですか?」
「こちらをご覧ください」
エリアスが指した先には、『狂気の当主』と後世に記された人物の名があった。彼もアルディア家に連なる者だったのかとアリオンはちょっと驚いてもいた。
「この方なんですが、若い頃はとても穏やかな方だったと記録されております。教会にも定期的に寄進をしてくださる温厚な方だったと」
「そうなんですか?」
「そうです。ところが、この方は晩年には暴力的になり、周囲に危害を加えるようになったという記録も残されております。人が変わったようになり、ちょっとしたことで剣を抜くような面もあったと」
その言葉を耳にしたオズワルドの口から「まさか……」という声がもれる。彼は、この現象が呪歌の暴走ではないかと感じたようだった。もっとも、エリアスは何事もないように言葉を続けている。
「この方は、記録上は病死となっております。ただ、その経緯については、資料によって記述に差が見られます」
エリアスの声に、部屋の温度が一気に下がる。そんな重苦しい沈黙を破ったのは宰相だった。
「……今日は、ここまでにしておこう。」
その一言に、誰もが張りつめていた息を静かに吐き出した。




