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呪歌と姫君  作者: Aldith
第4章 歌が導く真実

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第2話

翌日の朝早く、ジェミニ伯爵家から1台の馬車が動いていた。

乗っているのは、ジェミニ伯爵本人とフィレスにアフル。あとは居心地が悪そうな顔をしてアリオンとレオンだった。

彼らが同行しているのは、「王の前で歌う」ことに緊張したアフルを心配したフィレスの心遣いによるものだった。そして、二人の様子に気が付いたローランは苦笑を浮かべながら声をかけていた。


「突然だったのはわかっているが、もう少しなんとかならんのか?」

「む、無理です……」

「お前たちより、当事者のほうが緊張しているだろうに……」


その声に、アリオンはハッとしたようにアフルの表情を確かめる。たしかに緊張はしている。だが、それだけではないものも浮かんでいるようだった。


「そうですね……アフルのほうが緊張しているっていうのに……」

「アリオンに言いたいのはわかる。でもな。王都に戻ってすぐに、王宮は勘弁してくれ……」


レオンの嘆きももっともではある。だが、そんなことは関係ないというように、馬車は王宮の門をくぐっているのだった。



◇◇◇



「ジェミニ伯爵、フィレス嬢、アフル嬢。こちらへお越しください」


王宮に入った面々を待ち構えていたのは、文官ではなく宰相だった。そのことに緊張の色が濃くなってしまう一同だが、迎えに出た相手は気にもしていない。彼はアリオンとレオンがいるのを横目で確かめると、後ろについていた者に目くばせをしていた。


「そちらの者たちも謁見場には入ってもらいます。ただし、横でおとなしくしていてくださいよ」

「はい」

「もちろんです」


宰相の声に小さくなりながら、アリオンとレオンはそうこたえている。その時、宰相が思い出したように呟いていた。


「そうそう。本日は吟遊詩人ギルドの長であるオズワルド殿も参加されております。そちらにご一緒されたほうがよろしいでしょうか?」


知った顔がいるだけでも心強い。レオンはそう感じ、すぐに宰相の言葉に頷いた。アリオンも異論はないようだった。それを受けて、一行はここで別れ、それぞれの場所へ向かっていった。



◇◇◇



重厚な扉が静かに開かれる。宰相に導かれ、ローラン、フィレス、そしてアフルの三人はゆっくりと謁見の間へ足を踏み入れた。

広々とした空間の正面、高く設けられた上座には、すでに国王が静かに腰を下ろしている。その左右には、この国を支える貴族たちが整然と並び、厳かな空気が謁見の間を満たしていた。

その一角には、貴族たちとは少し距離を置くようにして三人の男が立っている。一人は吟遊詩人ギルド長オズワルド。そして、その隣にはアリオンとレオンの姿もあった。

二人の姿を見つけたアフルは、張りつめていた心がほんの少しだけ軽くなるのを感じる。だが、今は声をかけることもできない。ただ静かに視線を交わし、小さく息をついた。


「ジェミニ伯爵、フィレス嬢、アフル嬢」


宰相の落ち着いた声が、静まり返った謁見の間に響く。


「どうぞ、お進みください」


促されるまま、三人は玉座へ向かって歩みを進めた。幾重もの視線が、一斉にアフルへと注がれていた。


「あの娘は誰だ?」

「年嵩の方はローランの娘、だよな?」

「ああ。王都のそばの修道院の院長をしているはずだ」

「じゃあ、もう一人の娘は?」


人々の低い声が謁見の場に広がっていく。それを制するように宰相の声が響いていた。


「ご列席の皆様も、四年前の事件はご記憶かと思います」


その声に、人々のざわめきが一瞬で止まる。そのまま、宰相の声が静かに流れていく。


「あの事件の後、本来でしたらアルディア家は貴族年鑑から外されるはずでした。それを王家預かりとさせていただいております」


その声に、人々の首が大きく動く。ある意味で異例のことではあるが、アルディア家が建国以来の名家であることも知られている。だからこそだという表情が彼らには浮かんでいた。


「そして、そちらにおられるアフル嬢こそが、アルディア家唯一の生存者です。本日は、彼女が18歳になった時に家督を戻すかどうかの意思確認のための登城となっております」


宰相の声に、謁見の間が静まり返る。そこに、国王の穏やかな声が響いた。


「アルディア伯爵令嬢アフル。」

「……はい。」


名を呼ばれたアフルは、緊張した面持ちで一歩前へ出る。国王は優しい眼差しのまま、ゆっくりと言葉を続けた。


「アルディア家は建国の頃より、音楽に秀でた者を数多く輩出してきた名家と聞いている。」


その言葉に、アフルは思わず顔を上げた。


「余は令嬢を疑っているわけではない。ただ、その歌声を一度、この耳で聴かせてもらえないだろうか」


謁見の間にいた者たちが、一斉にアフルへと視線を向ける。オズワルドもわずかに眉を動かした。


(歌を……?)


王命ではない。あくまで穏やかな願いだ。だが、それが国王の口から発せられた以上、断るという選択肢はない。


「……かしこまりました」


アフルが静かに目を閉じる。謁見の間に、ファクリエル讃歌がゆっくりと響き始める。高い天井へと伸びていく澄んだ歌声。

その声に呼応するように、天窓から差し込む柔らかな陽光が色鮮やかなステンドグラスを透り抜け、大広間の床を赤や青、金色に染めていく。誰一人として声を発しない。聞こえるのは、アフルの歌だけ。

やがて、小さなさえずりが響いた。チチッ――。

最初は一羽。続いて、また一羽。窓辺に小鳥が舞い降り、さらに開かれた高窓から何羽もの小鳥がふわりと大広間へ飛び込んでくる。

驚いたように飛び回るのではない。まるで歌に導かれるように柱や窓辺へ羽を休め、静かにさえずり始める。そのさえずりは、ファクリエル讃歌に寄り添うように重なっていく。


「……来た」


アリオンが小さくつぶやく声。その隣で、レオンも息を詰めながら窓の外を見つめていた。

さらに増えるか。

ウサギは。

リスは。

二人の脳裏を、あの日の光景がよぎる。しかし、集まってきたのは小鳥だけだった。

レオンは誰にも聞こえないほど小さく息を吐く。


「……よかった」


アリオンも肩の力を抜いた。


「小鳥だけで済んだな……」


一方、オズワルドは目の前の光景から視線を離せずにいた。


(これが……呪歌?)


呪歌が聞くものを引き寄せる力があることは知っている。だが、それだけではなく危険な力だとも考えていた。そして、アフルが紡ぐ歌が呪歌であることは、彼自身が確認している。

実際、四年前の事件では、彼女の歌声が引き金となって悲劇が起きていた。だが、目の前にあるのは人を傷つける力ではない。

歌に誘われた小鳥たちが穏やかにさえずる、ただそれだけの光景だった。


(これの、どこが危険だというのだ……)


その疑問が、彼の中で静かに芽生え始める。

玉座の上では、国王が一羽の小鳥を静かに見つめていた。その表情は驚きではない。長い年月を経て、ようやく確信へと変わった者の顔だった。


(やはり……)


建国以来、語り継がれてきた慈愛の聖女の伝承。

慈愛の聖女が歌えば、小鳥たちは彼女を慕い、その傍らへ集う。

伝承ではなかった。この奇跡は、今なお受け継がれていたのだ。

そして、アフルの歌う姿と集まってきた小鳥たちを目の当たりにした貴族たちは思わず声を漏らしている。


「まさか……」

「慈愛の聖女の伝承では……」

「小鳥が歌に集うとは、本当にあったのだな」


静かな声が謁見の間に広がっていく。だが、国王が軽く手を上げると、ざわめいていた謁見の間は再び静寂に包まれた。


「諸君も見ただろう。だが、このことに関してはまだ検証が必要だ」


国王の声に人々は一斉に頭を下げる。


「そこで、後日、改めて調べることとする。アルディア伯爵令嬢、その時もご足労いただきたい。当然、後見のジェミニ伯爵令嬢、そしてギルド長オズワルドにも立ち会ってもらう」


国王の声に、ハッとなったように頭を上げるアフル。口にするべきかどうか悩みながらも、彼女は己の望みを口にしていた。


「国王様のお言葉はわかりました。ただ、わたしの師である二人も一緒でよろしいでしょうか?」


アフルの声に、レオンは「逃げたい」というような表情を浮かべる。対して、アリオンは最後まで見届けようという決意の色も含まれていた。そんな二人の様子を見た王はゆっくりと頷く。


「アルディア伯令嬢の言葉、もっともだ。では、後日の検証の際は、そちらの二人も同席するように」


その声と同時に、国王は席を立つ。慌てたように宰相が「本日はここで散会といたします」と声を上げているのだった。

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