第1話
朝早く、修道院を出発した馬車は王都への道を軽快に進んでいた。王都までは馬車で一日の道のり。ただ、旅に慣れていないアフルを気遣い、休憩を何度もはさんでいる。そのため、王都に到着したのは、日が暮れようとする時間だった。
「フィレス様、俺たちはここで失礼させていただきます。さすがに伯爵家にまでお邪魔するわけにはいきませんから」
馬車が王都の門をくぐったところで、レオンがそのように切り出した。すると、アフルの表情が不安げに曇る。それに気づいたフィレスは、穏やかな声でレオンを引き留めた。
「そんなことは言わないで。わたくしがいるけれども、アフルにとっては初めての場所よ。できれば、知り合いがいたほうが安心すると思うわ」
「レオンさん、アリオンも……できれば、一緒にいてほしいです……」
フィレスの言葉に続くように、アフルも小さな声でそう口にした。その言葉に、アリオンとレオンはお互いに顔を見合わせ、一瞬だけ視線を交わす。それだけで、お互いの考えは伝わっていた。
「それを言われたら断れないな。レオン、今日は遠慮するのはやめにしようぜ」
「……伯爵家の皆さまさえよろしければ、お世話になります」
普段のレオンとは違う、少しかしこまった口調。だが、それも貴族に対する礼儀だとフィレスはわかっている。だからこそ、彼女は「問題なくてよ」という軽い調子でこたえた。結局、修道院を出発したときのままの4人で、伯爵家へと向かうことになったのだった。
やがて馬車は、王都でもひときわ大きな屋敷の前で静かに速度を落とす。双子星の紋章が掲げられた門をくぐると、その先ではジェミニ伯爵家の者たちが勢ぞろいして待っていた。
「お、おい……あれって……」
玄関先に並んでいるのは、伯爵夫妻とその息子夫婦、そして男の子が二人。まるで一家総出の出迎えだった。その光景に、レオンは思わず目を見開く。
(お父様も、お母様も……やっぱり、お迎えに出ていらしたのね……)
レオンが唖然としていても、フィレスが苦笑していても、馬車は静かに止まる。そして扉が開いた。4人はお互いに頷きあうと、ゆっくりと馬車からおりていた。その時――
「フィレス伯母様!」
「まあ、リオン。大きくなったわね」
子供らしい声と一緒に、駆け込んでくる少年をフィレスはしっかりと抱きしめる。その後ろからは母親に手を引かれた子供が「おばしゃま」と声をかけてくる。その光景を目の当たりにしたアリオンとレオンは驚くことしかできなかった。
(なぁ、貴族ってこんなに気さくなのか?)
(そんなこと、あるわけないだろう。偉そうにしているのが貴族だって思ってるやつばかりさ)
(フィレス様の、家族なんだね)
(ああ、だからだろうな)
こそこそと話している二人の横では、アフルもじっと家族の姿をみつめている。そんなアフルに気が付いたのだろう。年嵩の夫人が穏やかに微笑みながら近寄っていた。
「あなたがアフルね。フィレスからきいているわ。ここをあなたの家だと思って安心してちょうだいね」
「……は、はい」
このように温かく迎えられるとは思ってもいなかったのだろう。アフルの声が一瞬、つまる。その彼女の様子をフィレスは微笑みながら見ているのだった。
◇◇◇
その日の夜は、「歓迎のための心ばかりの晩餐」のはずだった。だからこそ、アリオンとレオンは安心して同席していた。だが、彼らは次々と運びこまれる食器の数に唖然とするしかなかった。
(心ばかりの晩餐、だったよな?)
(ああ。でも、これって絶対に正式のもの、だよな)
コソコソと呟く二人の前には銀のカトラリーが整然と並んでいる。貴族の家に行くことはあっても、晩餐に招かれるなどめったにない。それだけに、どうしようかと悩む二人。だが、彼らの前の席にはフィレスが座っている。彼女の姿を横目で見ながら、なんとか食事を続けているのだった。
「美味しいです……」
「よかったわ。料理番が張り切って作ってくれたの。そう言ってもらえると嬉しいわ」
一口、食べてうっとりとそう告げるアフルの姿に、ジェミニ伯爵夫人マルグリットは穏やかに微笑んでいる。
「おばしゃま。これ、おいちいよ」
「そうね、ルカ」
本来なら、晩餐の席にはつかないだろう小さな子供も一緒にいる。それは、この晩餐が「歓迎会なのだ」ということを告げる何よりのもの。
和やかな食事も終わる頃には、リオンとルカは眠そうな顔になっていた。それに気が付いた兄弟の母親が優しく声をかける。
「リオン、ルカ。そろそろお部屋に行きましょうか」
「はい、母上」
「セシリア、お願いするわね」
「はい、お義母様。それでは、お先に失礼いたします」
そう言うと、セシリアはリオンとルカを連れて部屋を出る。そのタイミングで侍女がお茶の用意を始め、侍従が男たちに酒を用意する。その姿にジェミニ伯爵ローランはゆっくりと口を開いていた。
「アフル嬢、遠いところをよく来てくれた。わしはフィレスの父、ローラン・ジェミニという」
「院長様、あ、フィレス様のお父様、ですか?」
ここは修道院ではないと思い出したのだろう。あわてて、フィレスのことを名前で呼び直したアフルにローランは穏やかに笑っている。そのまま、酒の入ったグラスを手にして話し続けていた。
「呼び方はどちらでもいいんだぞ。それはそうと、今回のことは王宮からの呼び出しを受けて、と聞いているが、間違いないのかな?」
「あ、はい。どうして、私なんかにと思いましたが……でも、お城から呼ばれたのなら、受けないといけないと考えました」
アフルの言葉はゆっくりとしたものだが、彼女なりに考えたことがわかるもの。それだけに、ローランは頷きながら、これからの予定をアフルに告げていた。
「なるほどな。きちんと自分で考えたというわけだな」
「お父様、アフルはよく考えたうえで、この決断をしたのですわ」
「わかっているよ、フィレス。ただ、確認したかっただけだ」
その声にフィレスは「わかりました」というように頷く。そんな彼女に、その場にいた若い男が声をかけていた。
「姉上が心配されるのもわかります。だから、僕たちもちょっと調べてみました」
「そうなの、ユリウス?」
「ええ。今回の王城からの呼び出しは4年前の事件が発端になっています」
机の上に置かれた書類に手を伸ばしながら、ユリウスはそう告げる。その言葉に、アフルの体が硬くなっているようだった。そんな彼女に、アリオンが心配するな、というように手を優しく握る。
「アフル嬢にはつらい話だと分かってるんだけど……でも、話さないわけにはいかないし……」
「大丈夫、です……続けて、ください……」
かすかな声で呟くアフル。その姿に軽く頷いたユリウスは淡々とした調子で話を続けていた。
「難しい話はいろいろあるんだけど、簡単に言ってしまうね。事件の後のアルディア家は取り潰されるか、別の親族が継ぐかだったんだ」
「普通はそうじゃないのか?」
ユリウスの言葉に引っかかったレオンがそう告げる。それに対して、首を振ったユリウスは話を続けていた。
「今のアルディア家は王家預かりになっている。そして、今回の呼び出しの理由はアフル嬢が18歳になった時、家を継ぐ意思があるのかを確認することなんだ」
ユリウスの声に、誰も何も言うことができない。そんな中、ローランが重々しい声を出していた。
「そういうことだ。早急なのはわかっているが、明日の朝、王城での謁見が予定されている」
「明日の朝、ですか?」
アフルの声は少し裏返っている。覚悟はしていたが、ここまで早いのかという思いがそこにはある。そんな彼女に追い打ちをかけるように、ローランの言葉は続いていた。
「王陛下はアフル嬢の歌を聞きたいと申しておられる。なので、その場で歌ってもらうことになる。そのことも心得ておいてほしい」
その言葉に、アフルは表情を硬くし、アリオンとレオンは息をのんでいる。だが、王の言葉は絶対。明日は何が起こるのかと不安に駆られながらも、夜は更けていくのだった。




