↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪歌と姫君  作者: Aldith
第4章 歌が導く真実

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/25

第5話

王城で家系図を見せられた日から数日が過ぎた。その日、いつもよりも服装をただしたアリオンとレオンがジェミニ伯爵家を訪れていた。普段の様子とは違う二人に、ローランは何かを感じたのだろう。侍女にお茶の支度だけをさせると、下がるようにと伝えている。その時、アリオンがゆっくりと口を開いた。


「ジェミニ伯爵、お気遣いありがとうございます」

「いや、君たちの様子を見ると、いつもと違うなと思ったのでな」

「大切なお話があります。ユリウス様、フィレス様、そしてアフル嬢にも同席いただけますでしょうか?」


その声に、何を話そうとしているのか感じ取ったのだろう。ローランは侍女に三人を呼んでくるよう伝える。そして、別の侍女が人数分のお茶を用意するのを静かに見守っていた。


「先日はいろいろあったな」

「はい。そのことでギルドも変わろうとしています。そのご報告も兼ねて、参りました」

「なるほど。そのための正装というわけだ」


その言葉に、思わず苦笑するアリオン。レオンは横で「似合わないだろうしな」とぼそりと呟く。そんな彼の横腹をつねったアリオンだったが、ローランに向き直ると真剣な表情を崩さなかった。

やがて三人が部屋へ入ってくる。アリオンの姿を見つけたアフルが、思わず表情を明るくして声をかけようとした、その時だった。

アリオンが静かに立ち上がり、深々と頭を下げる。


「アルディア伯爵令嬢アフル様。吟遊詩人ギルドを代表し、令嬢に対する謝罪を申し上げます」

「ア、アリオン……?」


突然の謝罪に、アフルは何が起こったのか理解できず、目を白黒させるばかりだった。その様子を知りながらも、アリオンは懐から一通の書状を取り出し、静かに読み上げる。


「四年前のアルディア伯爵家襲撃事件は、当ギルド構成員による犯行であったことが判明いたしました。

その責を負い、現ギルド長ならびに幹部は全員退任いたします。ただし、いずれも吟遊詩人として生きてきた者たちでございます。退任後も、一吟遊詩人として生計を立てることにつきましては、ご容赦いただきたく存じます」


アフルは震える声で呟く。


「わ、わたし……」


その声を遮らないよう、一呼吸置いてからアリオンは続けた。


「また、詳細につきましては、こちらの書面に記しております。アフル様の後見であるジェミニ伯爵令嬢フィレス様、ならびにジェミニ伯爵ローラン様にご確認をお願いいたします」


その言葉と同時に、レオンが分厚い書類をフィレスへ差し出す。書類の重さに一瞬たじろぎながらも、フィレスはしっかりと受け取り、大きく頷いた。その姿を見届けたアリオンとレオンは、小さく息をついている。


「そちらの話は承った。では、ギルド長が退任されるということは、後任はどなたかな?」


ローランの問いに、アリオンは姿勢を正した。


「若輩ではございますが、わたしが務めさせていただく予定です。ただし、今すぐではございません。アルディア家の王家預かりが終了する来年を目途に、正式に引き継ぐ予定となっております」


ローランは静かに頷く。


「相分かった。それならば、これまで通りギルドとの付き合いは続けさせてもらおう」


その言葉に、アリオンは再び深く頭を下げた。


「ありがとうございます。伯爵閣下」


感謝の言葉を告げるアリオンに、ローランは柔らかな口調で言葉をかけた。


「ここまでは、ギルドの代表として振る舞ってきたのだろう?」

「……はい」

「ギルドとしての謝罪は受け取った。ならば、この話はここまでだ。ここから先は、いつもの君たちでいてくれ」


その言葉に、アリオンは思わず目を見開く。レオンと顔を見合わせると、二人は照れくさそうに苦笑した。


「そ、それは……大変ありがたいお言葉ですが、本当によろしいのですか?」


思わず確認するように尋ねたアリオンへ、ローランは穏やかに頷く。


「ああ。今からちょっとアフル嬢と出かけたい場所がある。フィレスも一緒においで。そして、なによりもアリオンにも一緒に来てもらいたいのだよ」


伯爵本人にそう言われて断れるはずもない。


「……はい」


今度の返事は、先ほどまでの「ギルド代表」としてのものではなかった。アリオンとレオンはもう一度だけ顔を見合わせると、小さく頷き合い、ローランの申し出を受けるのだった。



◇◇◇



馬車は軽快に王都の街を進んでいく。もっとも、馬車に乗る五人の間に会話はない。アリオンとレオンはどこか落ち着かない様子だったが、ローランに誘われて同行している以上、余計なことを口にするつもりはなかった。とはいえ、車内を包む静けさは決して重苦しいものではなく、そのことだけは二人にとって救いだった。


「……あれ?」


ふと窓の外へ目を向けたアリオンが、小さく声を漏らす。見覚えのある景色だった。

やがて馬車はゆっくりと速度を落とし、一つの屋敷の門前で静かに止まる。その門に掲げられた紋章を目にしたアリオンは、思わず目を細めた。


「……翼を広げた小鳥?」

「どうした、アリオン?」


レオンが小声で問いかける。


「いや……あの紋章、アルディア家のものだったよな?」


小声で交わした会話だったが、馬車の中では十分に聞こえていたのだろう。ローランは穏やかに頷く。


「そうだ。翼を広げた小鳥は、アルディア家に代々伝わる紋章だ」


そう言ってローランは一度屋敷へ視線を向けると、静かに言葉を続けた。


「そして、ここはアフル嬢が育った屋敷でもある」


その声に、アフルはハッとしたように窓の外へ目を向ける。そこにあったのは、確かに記憶の中にあるアルディア家の屋敷だった。幼い頃、父や母、使用人たちと笑い合った穏やかな日々。そして、すべてを奪われたあの夜。楽しかった思い出と恐ろしい記憶が、胸の中で静かに重なり合う。

思わず窓から顔を引っ込めたアフルは、膝の上でぎゅっと両手を握り締めていた。その小さな震えに気づいたフィレスが、何も言わずそっと背中へ手を添える。


「アフル嬢、中へ入ってみるかい?」


ローランは優しく問いかける。


「お父様、急にそのように言われても、アフルも困ってしまいますわ」


フィレスはたしなめるように言う。しかし、ローランは何も答えなかった。ただ静かにアフルを見つめ、彼女自身の答えを待っている。

その視線を受け止めたアフルは、ゆっくりとローランを見つめ返した。


「どうするかね、アフル嬢?」


短い沈黙が流れる。やがてアフルは、小さく、それでも確かな意思を込めて頷いた。


「……入って、みます」


その答えを聞いたローランは満足そうに頷くと、静かに屋敷へ向かって歩き出した。アフルは小さく息を吸い込み、その後を追うように一歩を踏み出す。

長い間、人が住んでいなかった屋敷だが、埃が積もっているわけではなかった。家具は丁寧に手入れされ、室内も隅々まで掃除が行き届いている。もっとも、人の暮らしが途絶えて久しいことを物語るように、いくつもの部屋には白い布が静かに掛けられていた。

その一つひとつを見つめながら歩いていたアフルは、やがて広間へと足を踏み入れる。

すべてを奪われた、あの夜の場所。ゆっくりと扉が開かれる。その先にいたのは、アフルが思ってもいなかった人々だった。


「……ばあや?」


あの日、自分の歌によって苦しんでいたはずのステラが、そこに立っている。ほかにも、見覚えのある使用人たちの姿があった。

その光景を目にした瞬間、アフルは涙をこらえることができなかった。


「……死んだんじゃ、なかったの?」


震える声で問いかけるアフルに、ステラは静かに一歩前へ出る。そして、穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。


「生きております」

「わたし……わたしが……みんな、を……」


言葉にならない声を漏らすアフルへ、ステラはゆっくりと首を横に振る。


「そのようなこと、誰も思っておりません。お嬢様のことを、忘れた日は一日たりともございませんでした」


その言葉に、アフルはもう何も言えなかった。涙は止まることなく、次から次へと頬を伝っていく。

そんな彼女を見つめながら、ステラは深々と一礼した。


「お嬢様、お帰りなさいませ」


その一言に、アフルはたまりかねたようにその場へ崩れ落ちる。あふれ続ける涙は悲しみだけではない。長い間、自らを責め続けてきた少女が、ようやく自分を赦すことのできた、安堵の涙でもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。