第4話
フィレスの言葉に、アフルは訳が分からないという表情を浮かべていた。
なんといっても、身内と呼べる者が誰もいないのだ。手紙など今まで一通も来たことがない。だというのに、王家からの手紙? アフルはどうしたらいいのか、わからなくなっていた。
「……手紙、ですか?」
「そう。王家からあなたに来てほしいって」
アフルは何度か瞬きを繰り返した。言葉の意味はわかる。それなのに、頭が追いつかない。そんな彼女に、フィレスはゆっくりと問いかけていた。
「あなたは、どうしたい?」
その声に、ハッとしたようになるアフル。だが、どう返事をすればいいのかわからない、という表情が消えることもない。
「……わたし……わからないです」
力なく返事をするアフルにフィレスは静かに頷いている。そのままアフルに近づいたフィレスは、そっと髪を撫でていた。
「そうね。わからなくて当然だわ」
「でも……返事はしないといけないんですよね」
「そうね」
その言葉にアフルはまた固まってしまっていた。今はアリオンがその場にいることも役に立っていない。彼女はぼんやりと呟くことしかできなかった。
「……院長様……少し、考えてもいいですか?」
「ええ、ゆっくり考えなさい」
そう告げると、フィレスはアフルを見送るように扉を開ける。アフルは小さく頭を下げると、静かに部屋を後にした。
「エリザ、お茶を淹れてちょうだい。いろいろ、話をしたいからあなたも一緒に席について」
その声に頷いたエリザは手早くお茶の用意を始めている。そのまま四人は丸テーブルを囲むように席についていた。
「まずは、王都からの召喚状についてお話しするわね」
「お願いします。こちらも急に知らせが入ったので、ちょっと理解に苦しんで……」
アリオンの声にフィレスは紅茶を飲みながら頷いている。そのまま、ゆっくりとした口調で、彼女は話し始めていた。
「さっきもお話ししたけど、先日、王都からの召喚状が届いたの」
「やはり……」
アリオンが思わず声を出す。それを気にする様子もなく、フィレスは言葉を続けていた。
「あなたたちとも約束していたし、すぐにギルドに知らせたわ。思ったよりも早く来てくれて助かったのが本音よ」
「王家が動いたんなら、時間の余裕ってないだろうしな」
「でしょうね。問題は召喚状の内容なの。ジェミニ伯爵令嬢フィレスと、アルディア伯爵令嬢アフルに対する正式な召喚状なんですもの」
その声に、思わずむせこむアリオンとレオン。フィレスの何気ない言葉に、レオンは焦ったような声を出していた。
「って、いうことは……あんたは修道女っていうだけの人じゃないってことか?」
「家名は捨てたはずなのだけれどもね。親はわたくしのことを、まだ子供だと思ってくれているの。おかげで、アフルをこの修道院に呼び寄せることができたわ」
さらりと告げられる言葉に、アリオンとレオンは頭を抱えることしかできない。そんな中、アリオンが恐る恐る声を出していた。
「フィレス様……伯爵令嬢として呼ばれたということは、拒否はできないということでは?」
「そうね。形式の上ではそうなるでしょうね。でも、わたくしはアフルを無理に連れていくつもりなんて、ないのよ」
「できるんですか?」
その声にフィレスはニッコリと笑うだけ。その笑顔に、彼らは修道院についてすぐのフィレスの言葉を思い出したのだろう。関わり合いにならないほうが安全という判断を下しているようだった。
◇◇◇
召喚状に対する返事をアフルが決めるまでには時間がかかる。そのことに気が付いているアリオンとレオンだが、ギルドに戻るという選択をするつもりはないようだった。
彼らはフィレスの許可を得ると、そのまま修道院に滞在している。たしかに女性が多数、生活している場ではある。だが、来客用の空間がないわけではない。その一角を借りた二人はアフルの様子をじっと確認していた。
「今日は礼拝堂で歌っているな」
「うん、小鳥がいつものように集まってる」
「ああ。数えるだけ、無駄だな」
アフルの歌の力を二人はよく知っている。それだけに、集まっているのが小鳥だけだということにも疑問をもっていた。たしかに数は多い。こんなに集まるなんて、森中の鳥を集めたんじゃないかと思うほどではある。
だが、小鳥以外は集まってこない。だからこそ、かつての事件でアフルが暴走させた力とは違うのではないか、と二人は考えていた。
「なぁ、レオン」
「どうした、アリオン?」
「ギルドの考えはわかるんだ。でも、今のアフルを見ていると、本当に正しいのかなって思う」
そう呟く視線の先には子供たちと笑っているアフルの姿がある。それを見たレオンは肩をすくめるようにしてこたえていた。
「お前の言いたいこともわかるさ。ただ、これは修道院だからってこともあると思うぞ」
「そうなのか?」
「これだけ毎日、祈りと奉仕作業だけをしてみろ。心なんて洗われちまう!」
レオンの声にアリオンは思わず笑いだしている。たしかに、ここでの生活は規則正しいだろう。そして、それがアフルを落ち着かせる原因にもなっていると。だからこそ、彼はいまさらのようにアフルを王都へ戻すことが正しいのだろうかと自問自答しているのだった。
「アリオン! レオンさん!」
そんな風に考え込んでいたアリオンの耳に飛び込んできた声。明るい17歳の少女の姿がそこにはある。彼女は子供たちの手を引きながら、修道院の庭を歩いていた。
「お兄ちゃん、また、お歌うたって!」
「おう、いいぞ。今日は何がいい?」
「なんでもいい。お兄ちゃんの歌、楽しいし」
アフルと手をつないでいた子供がレオンのそばに駆け寄っていく。その体をしっかりと受け止めた彼は、子供を肩車しながら楽し気に応えていた。それを見ていたアフルがふと、アリオンの顔を見る。
「アリオン……」
「なんだい、アフル?」
「フィレス様の言ったこと、考えてみたんです」
アフルの口調は先日の不安なものではなくなっている。そのことに気が付いたアリオンは安心したような声をだしていた。
「そうなんだ」
「だから、返事をしようと思うんです。アリオンも、一緒に聞いてくれますか?」
◇◇◇
その夜、アフルはフィレスの執務室を訪ねていた。話があると伝えていたため、部屋にはフィレスだけでなく、アリオン、レオン、エリザもいる。その様子にアフルは改めて緊張した表情を浮かべていた。
「アフル、話があると聞いたわ」
「はい、フィレス様」
穏やかに返事をするアフル。その姿に、フィレスは「おや」というような表情を見せる。先日の不安げな様子が消えていることに気づいたのだろう。
「おかけなさい、アフル」
その声に頷き、アフルは静かに腰を下ろす。しかし、膝の上で何度も手を握りしめる姿には、まだ緊張が残っていた。しばらくして、アフルは意を決したように口を開く。
「フィレス様、先日のお手紙の返事です」
フィレスは何も言わず、穏やかに続きを待つ。その姿に何度か唾を飲み込んだアフルは、まっすぐフィレスを見つめた。
「わたし……知りたいです」
「何を?」
「あの時、何があったのか。どうして、ここにいるのか、全部」
しっかりとした口調とは裏腹に、その表情には緊張が残っている。そんなアフルに、フィレスは静かに問いかけた。
「あなたが知りたいことは、あなたを苦しめるかもよ?」
「それでもいいです。わたしは知らないと、前に進めないと思ったんです」
はっきりと自分の思いを口にするアフル。その姿に、その場にいた誰もが安心と複雑な思いを胸に抱いていた。




