第7話:紅蓮の皇女、泥人形を磨き上げる
謁見の間での衝撃的な「至宝宣言」から一夜。
エルセの生活は、もはや「激変」という言葉では足りないほどの、眩い光に包まれていた。
「――ちょっと、レオン! いつまでその子を独り占めしているつもりなの!?」
豪奢な離宮の静寂を破ったのは、凛とした、それでいて雷鳴のように響く美しい声だった。
扉が勢いよく開け放たれ、燃えるような紅蓮の髪をなびかせた美女が、大股で踏み込んでくる。
アイゼンシュタット帝国の第一皇女、シルヴィア・フォン・アイゼンシュタット。
戦場では「紅蓮の女傑」と恐れられる彼女だが、その瞳は今、獲物を……いいえ、愛らしい子リスを見つけたかのように輝いていた。
「姉上。……勝手に人の寝所へ踏み込むなと言ったはずだ」
エルセを膝の上に抱き寄せ、その銀髪を愛おしげに弄っていたレオンハルトが、不機嫌そうに目を細める。
だが、シルヴィアは弟皇帝の殺気などどこ吹く風で、エルセの前に詰め寄った。
「堅苦しいことは言いっこなしよ! それより、この子が噂の『泥人形』ちゃん? ……あら」
シルヴィアはエルセの顔を至近距離で覗き込む。
怯えて身を竦めるエルセだったが、シルヴィアの手が優しくその頬に触れた瞬間、温かな魔力の波動を感じて目を見開いた。
「……なんてこと。泥人形どころか、最高級の原石じゃない。レオン、貴方にしては上出来な拾い物だわ!」
「拾い物ではない。私の番だ。……あまりベタベタ触るな。汚れるだろう」
「あら、汚れているのは貴方のそのドロドロに重たい執着心の方でしょ? この子はもっと、世界中の宝石を散りばめたような輝きが似合うわ。さあ、エルセ。こんな暗気臭い男の膝からは降りて、私と一緒に行きましょう!」
「えっ、あ、あの……シルヴィア様……?」
「『お姉様』と呼びなさい! 決定よ!」
シルヴィアは、皇帝の腕の中からエルセをひょいと「奪取」すると、驚くほどの速さで彼女を連れ出した。
後に残されたのは、空になった両手を見つめ、これまでにないほど険しい表情で「……後で覚えていろ、姉上」と低く唸る皇帝だけだった。
◆
連れてこられたのは、広大な「美容の殿堂」とも呼ぶべき一室だった。
そこには帝国中の最高級の絹織物、煌びやかな宝飾品、そして未知の芳香を放つ香油が山のように積まれている。
「いい、エルセ。女の戦場は舞踏会。そして最大の武器は自分自身の美しさよ。貴方がどれほど尊い存在か、あの薄汚い王国連中が一生後悔して、発狂して、のたうち回るほどの女神に仕立て上げてあげるわ!」
シルヴィアの号令と共に、十数人の侍女たちが一斉に動き出す。
まずは「ドラゴンの鱗」を粉末にしたという伝説の香油で、エルセの全身を磨き上げる。
雨と泥に痛めつけられていた肌が、一瞬で内側から発光するような真珠の光沢を帯びていく。
次にドレス。シルヴィアが選んだのは、帝国の深海でしか採れないという「星屑の真珠」を数万粒縫い込んだ、透き通るような白銀のドレスだった。
エルセが袖を通すと、彼女の「無色」の魔力と共鳴し、ドレス自体がオーロラのような幻想的な光を放ち始める。
「……っ。これ、本当に私……ですか?」
鏡の中にいたのは、かつて「無色の欠陥品」と蔑まれていた哀れな令嬢ではなかった。
月明かりをその身に宿し、周囲の空気を浄化する、圧倒的な気品を纏った――世界の主役。
「そうよ。これが貴方の真の姿。ねえ、レオン。見なさい、貴方の宝を」
いつの間にか部屋の入り口に立っていたレオンハルトが、息を呑む音が聞こえた。
彼は無言でエルセの元へ歩み寄ると、震える指先でその肩に触れた。
「……あまりに、美しすぎる。……誰にも見せたくない。このまま、誰も入らぬ檻の中に閉じ込めておきたいほどだ」
独占欲に濁る彼の瞳。だが、エルセはもう怖くなかった。
この熱い視線が、自分を「価値あるもの」へと変えてくれたのだから。
「陛下……私、嬉しいです。こんなに綺麗にしていただいて……」
エルセが微笑んだ瞬間、部屋中に白百合の花が咲き誇るような、神聖な魔力が溢れ出した。
その頃。
ソラリア王国の王宮では、異様な光景が広がっていた。
第一王子ジュリアンの自慢だった金髪は、今や見る影もなく、ドブ川のような濁った灰色へと変色していた。
「な、なぜだ……! なぜ髪が抜ける! 顔にシミが浮き出る!? ミエル、お前の『虹色の魔力』をかけろと言っているだろう!!」
「……無理ですわ! 私の魔力が、私のドレスが……、どす黒く溶けていく……! ひぃっ、来ないでジュリアン様! お顔が、お顔が腐った魚みたいに醜いですわーっ!!」
エルセという「浄化の柱」を失った王国。
そこに残されたのは、自分たちの醜悪な本性が魔力となって噴き出す、呪われた地獄絵図だった。
シルヴィアお姉様、本領発揮ですわね!
ヒロインを美しく着飾らせ、全肯定してくれる同性の味方……これこそ「なろう」における最高の癒やしです。
そして、王国側の「ざまぁ」も本格的に始動いたしました。
エルセを捨てたことで、彼らの「外面」まで腐り始める……自業自得のカタルシス、楽しんでいただけましたか?
「お姉様、ナイスプロデュース!」「王子の腐敗っぷりがたまらない!」
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次は第8話。
いよいよ、エルセの魔力が「ある奇跡」を帝国の庭園に引き起こします。
皇帝陛下の執着も、さらに加速していきますわ。どうぞお楽しみに!




