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泥人形と呼ばれた令嬢、隣国の冷徹皇帝に「世界の至宝」として攫われる ~「無能」と捨てられた私が、実は世界を守る唯一の浄化術師だった件。~  作者: 西園寺ミオ


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第47話:記憶の毒林檎、あるいは魔王の咀嚼

「……これを食べれば、私はすべてを思い出すのだな?」


 レオンハルトの声は、凪いだ海のように静かだった。

 指先で弄ぶのは、どす黒い光を放つ『記憶の果実』。その皮の奥には、エルセと過ごした、甘く、切なく、かけがえのない時間の断片が脈打っている。


「そうだよ、レオンハルト。……君は彼女のすべてを忘れたまま、彼女を抱き続けるつもりかい? それは、愛という名の『中身のない空箱』を愛でているのと同じことだ」


 黄金の瞳の男が、嘲笑うように告げる。

 エルセは息を呑み、陛下の腕の中でその服を強く握りしめた。彼女の瞳には、忘れてほしくないという渇望と、思い出して自分に負担をかけないでほしいという自己犠牲が、虹色の光となって混ざり合っている。


「……陛下、いけません。私は……私は、陛下が私の名前を忘れても、今こうして抱きしめてくださるなら、それだけで……っ」


「エルセ、少し黙っていろ」


 レオンハルトは、エルセの額に短い接吻を落とした。

 そして、ゆっくりと果実を口元へ運ぶ。黄金の瞳の男が、勝利を確信したように口角を吊り上げた。


 だが。


「――お前は、根本的な勘違いをしているな、世界のゴミよ」


 レオンハルトは、果実を食べる代わりに、それを右手の掌の中で『粉々に握りつぶした』。


 パシャリ、と。

 黒い毒液のような果汁が、彼の指先から滴り落ちる。

 同時に、世界樹が揺れ、空間そのものが陛下の怒りでひび割れた。


「……!? 何を……正気か!? 君は今、彼女との思い出を、自らの手で永遠に葬り去ったんだぞ!」


「葬る? 笑わせるな。……思い出せぬ程度の記憶など、最初から私には不要だったのだ」


 レオンハルトは滴る果汁を忌々しげに振り払い、跪く黄金の瞳の男を、虫けらを見るような目で見下ろした。


「私がエルセを愛しているのは、過去に何かがあったからではない。……今、この瞬間の彼女が、私を狂わせるほどに愛おしいからだ。……記憶が欠けていようと、魂の形が変わろうと、私はお前の眉間に浮かぶその『理』とやらを、何度でもエルセへの愛で塗りつぶしてやる」


「……あ……陛下……」


「過去の私がエルセを愛した記録など、お前にくれてやる。……私はこれから、この手で、お前の想像も及ばぬほど新しく、残酷で、甘い思い出を、彼女の中に刻み込んでいくのだからな」


 レオンハルトが踏み出した一歩。

 その衝撃だけで、黄金の瞳の男は背後の世界樹ごと弾き飛ばされた。

 

 彼は果実を壊した。

 記憶という名の「脚本」を拒絶し、己の本能だけを唯一の道標に選んだのだ。


 だが、握りつぶされた果実から溢れ出したのは、闇だけではなかった。

 

 陛下の「記憶はいらぬ、今のお前がすべてだ」という傲慢なまでの全肯定。

 それが、エルセの中に眠る『箱舟』の最後の鍵を叩き壊した。

 

 パリンッ、パリンッ、と。

 エルセの周囲に浮かんでいた虹色の結晶の破片が、陛下の魔力と混ざり合い、光り輝く『糸』となって彼女の身体に巻き付き始める。


「……っ、温かい……。陛下、私の中の『箱舟』が……変質していきますわ」


「ああ、見ていろ、エルセ。……世界を救うための器など、もういらん。……お前を、この新世界の真なる主として、着飾らせてやろう」


 降り注ぐ光の糸が、エルセの薄衣を、見たこともないほど豪華な『黒銀と虹のドレス』へと編み変えていく。

 それは、失われた記憶さえも装飾に変えた、神殺しの魔王妃の正装。

 

 黄金の瞳の男は、瓦礫の中から顔を上げ、その光景に絶句した。

 

「……ありえない……。システムを破壊して、魔力そのものを『美』に変換したというのか……? 狂っている……この二人は、世界を幸せにする気なんて、最初からないんだ……!」


「当然だろう。……私は、エルセを幸せにするために、世界を動かしているのだからな」


 レオンハルトは、新しく再誕したドレスを纏うエルセの手を取り、銀河を閉じ込めたような瞳で、不敵に微笑んだ。

第47話をお読みいただき、ありがとうございます!

「過去の思い出よりも、今この瞬間の君が愛おしい」。

記憶の果実をゴミのように握りつぶす陛下……これぞ、私の描きたかった「愛の暴力」ですわ!

思い出せないことを嘆くのではなく、「これから新しく作ればいい」と言い切る傲慢さ。

これこそが、エルセ様を本当の意味で救う唯一の正解でしたの。


ドレスを新調し、真の「魔王妃」として覚醒したエルセ様。

もはや、世界のシステムなど、二人のイチャイチャを盛り上げるための演出装置に過ぎません。


「陛下、かっこよすぎて震えました!」「記憶を壊して愛を証明するなんて、斜め上すぎる……w」

そんな風に熱狂していただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と【ポイント評価(★★★★★)】をお願いいたします!

皆様の評価が、新しく刻まれる二人の「初夜」の灯火となりますわ。


次回、第48話。

『魔王妃の戴冠、あるいは絶望への招待状』。

新しくなった姿で、エルセがついに「捨てた実家」へ、最後にして最大の贈り物を届けに参ります。

どうぞ、お楽しみに!

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