第42話:神殺しの剣、あるいは理の終焉
「非効率……? 私の愛が、お前の計算には収まりきらない不純物だと言うのか」
レオンハルトが低く笑う。その瞳は、もはや紫水晶ではなく、あらゆる光を飲み込む『真の虚無』が渦巻いていた。
彼が握る漆黒の剣――自身の肉体と魂を削り出して顕現させたその刃は、存在するだけで聖域の空間をミリ単位で崩壊させていく。
『――肯定。個体名レオンハルトの行動は、世界存続の論理に反する。……排除、および再起動を開始する』
次元の狭間から現れた『機械仕掛けの天使』は、数千の黄金の歯車を背負い、顔のない鏡のような面を向けてきた。
天使が指先を掲げると、そこから数万本の『消去の針』が、光の雨となってエルセへと降り注ぐ。
「陛下……っ!」
「案ずるな、エルセ。……お前の一片の鱗さえ、この世界のゴミには触れさせん」
レオンハルトは、結晶化した左手で自身に縋るエルセを、慈しむように背中で隠した。
――一閃。
漆黒の剣が空を薙ぐ。
次の瞬間、世界を消去するはずの光の雨は、衝突することさえ許されず、ただの『黒い砂』となって霧散した。
『……エラー。攻撃の消失を確認。……原因不明。現在の物理法則において、消去の権能を無効化する事象は存在しない』
「法則? ……そんなものは、お前たちの都合だろう。私の世界において、法とは『エルセが微笑むこと』、理とは『エルセを愛でること』だ。……お前がそれを邪魔するというなら、その出来の悪い法則ごと、塵にしてやる」
レオンハルトが地を蹴った。
漆黒の翼が羽ばたき、衝撃波だけで聖域の柱が粉々になる。
天使は次々と黄金の歯車を回転させ、絶対防御の結界を幾重にも展開した。それは神の盾、数千年の信仰さえも弾き返す鉄壁。
だが、レオンハルトの剣はそのすべてを、まるで薄い紙を裂くように、無造作に、残酷に断ち切った。
「――っ、が、あぁぁぁぁぁっ!?」
天使の鏡の面が、大きく割れた。
無機質だったはずの声が、初めて『苦痛』と『驚愕』に歪む。
『理解不能……。個体一個の執着が、なぜ世界の総魔力を凌駕する……。君は、自分の存在そのものを燃料にして、私を斬っているのか!? ……自滅するぞ!』
「自滅? 笑わせるな。……お前を殺し、エルセを救い、その後の彼女の温もりを味わうまで、私は死ぬことさえ許されん」
レオンハルトの右腕の黒い鱗が、エルセの虹色の鱗に呼応するように輝きを増す。
彼は、天使の胸元――世界の設計図が刻まれた『黄金の心臓』を、左手で無造作に掴み取った。
「お前が喰らった、私たちの記憶を返してもらおうか。……そして、お前が彼女から奪った『体温』もだ」
『やめ……やめろ! 心臓を壊せば、世界の安定が……っ、システムが崩壊する!』
「壊れればいい。……お前たちが作ったこの不自由な揺り籠など、私が更地にしてやる。……その上に、お前たちの想像も及ばぬほどの、贅沢な愛の楽園を築いてやるからな」
――メキッ。
レオンハルトの指先が、黄金の心臓を握りつぶす。
その瞬間、天使の身体は断末魔と共に黄金の粒子となって爆発した。
聖域を支配していた無機質な秩序が霧散し、降り注ぐのは、これまで世界に隠されていた『真の色彩』。
「……ああ……陛下……」
エルセの声が、震える。
天使が崩壊したことで、簒奪されていた『色』が、持ち主である彼女へと還り始めたのだ。
エルセを蝕んでいた虹色の結晶が、内側からの膨大な魔力に耐えきれず、パキパキと音を立てて亀裂を生じさせる。
それは死への前兆ではなく、古い殻が脱ぎ捨てられる、美しき変革の音。
「見ろ、エルセ。……お前を閉じ込めていた石が、砕けるぞ」
レオンハルトは、粉々になって剥がれ落ちる結晶の中から現れた、以前よりも透き通り、ダイヤモンドのような硬質な輝きを纏ったエルセの素肌を見つめた。
結晶がすべて砕け散ったとき、そこには――。
人間を辞め、神としての本質を開花させた、この世のあらゆる宝石を過去にするほど美しい『神妃』が、光の繭の中で翼を広げていた。
「……陛下。私……今、貴方のことが、以前よりももっと……激しく、わかってしまいますわ」
エルセの瞳には、レオンハルトと同じ、深淵の闇を宿した虹が輝いている。
神は死んだ。
そして、その死骸の上に、かつてないほど残酷で甘美な『二人の支配』が始まろうとしていた。
第42話をお読みいただき、ありがとうございます!
ついに不快な「天使」を、陛下が素手で握りつぶしましたわ!
「世界の崩壊」よりも「エルセ様の体温」を優先する陛下の狂愛……。
これこそが、私の描きたかった『逆転の極致』ですわ。
結晶を脱ぎ捨て、真の神妃として羽化したエルセ様。
もはや、誰にも二人を止めることはできません。
これから始まるのは、白く消えた世界を、二人の愛だけで塗り替える「新世界構築」の物語です。
「陛下、強すぎて惚れ直すしかない!」「エルセ様、美しすぎて語彙力が……っ」
そんな風に熱狂していただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と【ポイント評価(★★★★★)】をお願いいたします!
皆様の応援が、新世界の太陽となる二人の光となりますわ。
次回、第43話。
『極彩色の再誕、あるいは魔王のプロポーズ』。
ボロボロになった世界を背景に、陛下がエルセ様に捧げる、史上最も傲慢で甘い「誓い」とは。
どうぞ、お楽しみに!




