第41話:逆鱗、天への反逆を再び
「……置物、だと?」
聖域の静寂を切り裂いたのは、レオンハルトの低く、地這うような嘲笑だった。
彼の右腕に浮かぶ黒い宝石の鱗が、これまでにないほど赤黒く脈打ち、周囲の空気が彼の怒りだけでプラズマ化して弾ける。
窓の外に浮かぶ、不気味な黄金の瞳。
それは世界の理の末端であり、二人の愛を嘲笑う不変の監視者。
「笑わせるな。この女がただの置物になるというのなら、私はその台座として、この世界すべての死体を積み上げてやる」
「陛下……っ、いけません、その力は……!」
エルセが結晶化した重い左手で、レオンハルトの漆黒のマントを掴む。
だが、その手が彼の肌に触れるよりも先に、レオンハルトは彼女を乱暴なほど強く抱き寄せた。
「エルセ。……冷たいな。お前のこの指は、私の喉元を愛撫し、私の孤独を溶かすためにあったというのに」
レオンハルトは、虹色に凍りついた彼女の左手を取り、その硬い結晶の指先を一本ずつ、吸い上げるように口付けた。
人外の冷たさが彼の唇を焼くが、彼はそれを愉悦のように受け入れる。
「美しい。……石になろうが、神になろうが、お前が私の腕の中にいるという一点において、お前の価値は揺るがん。……だが、お前から『温もり』を奪ったこの世界だけは、どうにも我慢がならんな」
レオンハルトの瞳が、紫水晶の奥から「真の闇」を解き放った。
彼はエルセを寝台に横たえると、その傍らに落ちていた真珠のペンダントを拾い上げ、彼女の首元に再び掛けた。
「思い出を喰らい、姿を奪い、挙句に観客として嘲笑うか。……世界よ。お前は私の『逆鱗』に触れた」
彼が天を仰いだ瞬間、聖域の天井が物理的に粉砕された。
降り注ぐ瓦礫を、彼の漆黒の魔力が一瞬で塵に変える。
『――無駄だよ、魔王。彼女を救う方法は、僕というシステムに「色」と「記憶」を捧げ続けることだけだ。……君が抗えば抗うほど、彼女の石化は早まる。……ほら、もう足首まで虹色に染まってきたじゃないか』
黄金の瞳が、虚空から無機質な声を響かせる。
エルセが自身の足元を見ると、確かに、真珠色の輝きが膝下までせり上がっていた。
「……陛下。私は、大丈夫ですわ。……たとえ動けなくなっても、私の魂は、ずっと貴方の……」
「黙れ、エルセ。……私が、そんな『妥協の愛』で満足する男に見えるか?」
レオンハルトは、自身の胸元に手を突き立てた。
そこには、かつて彼が神を殺した際に簒奪し、己の魂の深淵に封印していた『始祖の核』が脈打っている。
「世界に従って、お前を削りながら生き延びるなど、死よりも退屈だ。……ならば、世界の方を作り替えればいい。……お前が笑い、お前が呼吸し、お前が私を温かく抱きしめられる……そんな理の場所に、ここを塗りつぶしてやる」
「……世界を、作り替える……?」
「そうだ。……お前のために、神を殺した。ならば次はお前のために、この『宇宙の法則』そのものを簒奪する」
レオンハルトの背後から、漆黒と真紅が混ざり合った、禍々しくも神々しい翼が広がる。
それは世界を救う翼ではない。
たった一人の女を救うために、既存のすべてを「なかったこと」にする、終末の翼。
黄金の瞳が、初めて「恐怖」に似た歪みを見せた。
『狂っている……! 世界を壊せば、彼女を維持する基盤さえ消えるんだぞ!?』
「基盤なら、ここにある。……私の魂を、彼女の新しい心臓にしよう。……さあ、エルセ。私にすべてを預けろ。……お前を、もう一度『生身の女』に戻してやる」
レオンハルトが右腕を振りかざすと、その黒い鱗が剥がれ、そこから「概念さえも斬り裂く」虚無の剣が顕現した。
エルセは、結晶化した腕を伸ばし、彼の首にしがみついた。
涙が虹色に光り、彼の肩にこぼれる。
「……どこまでも、ついてまいりますわ。……私の、傲慢な魔王様」
二人の心音が、重なり合う。
聖域の境界が弾け飛び、黄金の瞳の本体――世界の摂理を司る『機械仕掛けの天使』が、次元の隙間から引き摺り出された。
第4章、後半。
「神婚」は、世界を犠牲にした「心中」という名の、究極の凱旋へと加速していく。
第41話をお読みいただき、ありがとうございます!
「置物になる」と馬鹿にされたエルセ様を、陛下が「世界を作り替えてでも救い出す」と宣言する……。
これぞ、西園寺ミオ流の『逆鱗』ですわ!
ルールに従うのではなく、愛のためにルールを書き換える。
陛下のどこまでも突き抜けた独占欲に、私も筆を走らせながらうっとりしてしまいました。
ですが、世界を作り替えるということは、既存の秩序がすべて崩壊することを意味します。
シルヴィア様や帝都の民はどうなるのか?
そして、エルセ様の身体に起きる「再誕」の奇跡とは。
「陛下、かっこよすぎて語彙力が死にました!」「エルセ様、どうか幸せになって……っ」
そんな風に思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と【ポイント評価(★★★★★)】をお願いいたします!
皆様の応援が、世界を塗り替える陛下の魔力となります。
次回、第42話。
『機械仕掛けの天使』との、一歩も引けない頂上決戦。
陛下の剣が、世界の嘘を真っ二つに叩き斬ります!
どうぞ、お楽しみに。




