表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥人形と呼ばれた令嬢、隣国の冷徹皇帝に「世界の至宝」として攫われる ~「無能」と捨てられた私が、実は世界を守る唯一の浄化術師だった件。~  作者: 西園寺ミオ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/50

第37話:世界が拒む、二人の心音

足元から噴き出したのは、影ですらなかった。


 ジュリアンが白い塵へと還った場所に刻まれた「ヒビ」。そこから溢れ出した「黒い白い羽」は、重力に逆らって渦を巻き、やがて一つの巨大な「形」を成していく。

 それは、色彩を失った巨大な翼を持つ、顔のない人型の異形だった。


『――検知。世界律を乱す、過剰なる熱源。排除対象:個体名レオンハルト、およびエルセ』


 その声は、人間の喉から出たものではない。

 風の唸り、大地の軋み、あるいは死にゆく世界の「呼吸」そのものが言葉を成したような、無機質な響き。


「排除……? フン、この私をか?」


 レオンハルトが、エルセを左腕に抱きしめたまま、右腕の黒い鱗を逆立たせた。

 彼の背後から伸びる漆黒の翼が、異形が放つ不気味な威圧感と激突し、地下監獄の空間そのものが歪み、砕け散る。


「陛下、いけません! この方は、さきほどの使者とは違います……! これは、世界そのものの『意思』ですわ!」


 エルセの虹色の鱗が、かつてないほどの輝きを放ち、警鐘を鳴らしていた。

 彼女には見えていた。この異形の正体は、彼女が幸せになればなるほど「白く」死んでいく世界が、最後の力を振り絞って生み出した「抗体(アンチ体)」であることを。


『器の肥大化を確認。色彩の枯渇、残り0.03パーセント。……世界を救うために、病巣を切り離す』


 異形が翼を羽ばたかせると、そこから「無」の波動が放たれた。

 それは、レオンハルトが放つ漆黒の魔力さえも、一瞬で「ただの概念」として消去していく、圧倒的な拒絶の力だ。


「……っ、が……あッ!」


 レオンハルトの右腕の鱗が、剥がれ落ちるように削り取られていく。

 世界というシステムにとって、今の彼は「自分たちを食い荒らすウイルス」に過ぎない。自身の細胞から攻撃を受けているかのような、抗い難い「消去」の痛みが魔王を襲う。


「陛下! ああ、もうおやめください! 私のために、世界をこれ以上……!」


「黙れ、エルセ……! 私の身体が消えようと、この魂がお前を繋ぎ止めている限り、私は死なぬ! 世界が私を拒むなら、私は世界を殺して、お前だけの神になる!」


 レオンハルトが、口から黄金の血を吐きながら、無理やり漆黒の刃を顕現させた。

 彼はエルセを一度も離さなかった。たとえ自分の存在が削り取られ、塵になろうとも、彼女を抱きしめるその一点だけを「世界の真実」にしようと、己の全存在を懸けて抵抗する。


 その時。

 エルセの胸元で、陛下によって「黒く」染め上げられたはずの『原初のプリズム』が、爆発的な輝きを放った。


「――お下がりください、陛下」


「エルセ、何を……っ」


 エルセはレオンハルトの腕から、静かに滑り降りた。

 

 彼女が一歩踏み出すと、足元にたまっていた白い塵が、虹色の光となって舞い上がる。

 彼女は、顔のない異形へと右手を伸ばした。


「……確かに私は、誰かの色を奪って、こうして生きているのかもしれません。けれど、その色を私に注ぎ込んだのは、この世界ではありません。……私を愛し、私に命をくれた、たった一人の男性ひとです」


 エルセの瞳から、一筋の虹色の涙が零れる。

 

「彼の愛を『病』と呼ぶなら、私はその病を抱いたまま、世界を飲み込みます。……来なさい、世界の盾よ。私の『色彩あい』に、耐えられるものなら!」


 エルセの背中から、真珠色の、そしてレオンハルトの漆黒を纏った「神の翼」が大きく広がった。

 

 異形と、女神。

 ぶつかり合ったのは、純粋な物理的破壊ではなかった。

 

 世界の「保存」という摂理と、個人の「幸福」という狂愛。

 

 ドォォォォォォォォォンッ!!

 

 衝撃波が監獄を、そして帝都の地面を突き抜け、天空へと至る光の柱となった。

 異形の放つ「排除」の波動を、エルセの「簒奪」の力が、そのまま飲み込んでいく。

 

 ……静寂が、訪れる。

 

 異形の身体は、エルセの魔力に触れた瞬間に「虹色の結晶」へと変わり、その場に虚しく崩れ落ちた。

 世界というシステムが放った最初の一撃を、エルセは自らの意志で、力技でねじ伏せたのだ。


「……エルセ、大丈夫か……?」


 ボロボロになったレオンハルトが、彼女の元へ這い寄り、震える手で彼女の腰を抱いた。

 

「はい、陛下。……私は、平気ですわ。……けれど、わかってしまいました。……世界は、もう私たちを許してはくれない」


 虹色の結晶となった異形の残骸が、最後のかすかな声を漏らした。


『――おめでとう、怪物たちよ。……君たちは、世界を『殺した』。……だが、忘れるな。……崩壊する世界の心臓部エルセを維持するためには、もう『色』だけでは足りない。……次に必要なのは、お前たち自身の『記憶こころ』だ』


「記憶……だと?」


『彼女を生かし続けたいなら、皇帝。……君がお前自身の、彼女との思い出を、一欠片ずつ捧げるがいい。……思い出が消えるたび、彼女の器は満たされ、白き終焉は一時的に遠のくだろう……』


 結晶が砂となって消えていく。

 

 レオンハルトの顔が、絶望に歪んだ。

 エルセを生かすために、彼女との愛の記憶を、自分の内側から消し去らねばならない。

 

 究極の独占欲を誇る魔王に突きつけられた、あまりにも残酷な「延命」の条件。

 

 エルセは、陛下の顔を見ることができなかった。

 繋がった魂が、レオンハルトの胸の中で激しく波打つ、凄まじい「拒絶」と「恐怖」を伝えてきたからだ。

第37話をお読みいただき、ありがとうございます。

世界の防衛本能さえもねじ伏せたエルセ様。ですが、その先に待っていたのは「思い出を糧にする」という、ロマンスの否定とも言える過酷なルールでした。

陛下にとって、エルセ様との記憶を失うことは、死よりも辛い選択。

それでも彼女を生かすために、彼は「自分を失う」道を選ぶのでしょうか?


「世界、容赦なさすぎる……」「陛下、思い出を捨てないで!」

そんな風に二人の運命に心を痛めていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と【ポイント評価(★★★★★)】をお願いいたします!

皆様の応援が、消えゆく記憶を繋ぎ止める「唯一の楔」となりますわ。


次回、第38話。

「最初の記憶の欠落」。

陛下が、エルセとの出会いの一部を忘れてしまった朝。

二人の間に、これまでにない「距離感」が生まれ始めます。

どうぞ、お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ