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泥人形と呼ばれた令嬢、隣国の冷徹皇帝に「世界の至宝」として攫われる ~「無能」と捨てられた私が、実は世界を守る唯一の浄化術師だった件。~  作者: 西園寺ミオ


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第35話:愚者たちの進軍、あるいは魔王の嘲笑

「……騒がしいな。お前の眠りを妨げるものは、すべて塵にすると言ったはずだが」


 聖域の静寂を切り裂くのは、帝都の城壁を越えて響く、数万の軍勢が奏でる地響きだった。

 

 レオンハルトは、ソファで自身の胸に寄りかかっていたエルセの耳を、大きな掌で優しく覆った。

 彼の右腕に浮かぶ黒い宝石の鱗が、外の「熱気」に反応して不快げに明滅している。

 

「陛下。……あの方たちは、私を殺しに来たのでしょうか。それとも、世界を救いに来たのでしょうか」


 エルセの声は、以前よりも透き通り、感情の起伏が削ぎ落とされていた。

 虹色の鱗が輝く彼女の瞳は、テラスの向こうに集結した十万の連合軍――かつての聖教国の残党や、西の列強諸国の軍勢を、ただの「動く影」として捉えている。


「どちらでも同じことだ。私からお前を奪おうとする者は、この世に一人として生かしておかぬ」


 レオンハルトは、エルセの額にそっと唇を寄せると、そのまま彼女をソファへと残し、テラスの縁へと歩み出た。

 

 聖域の境界線から一歩外へ出た瞬間、彼の背中から漆黒の翼が爆発的に広がり、帝都の空を闇で塗り潰した。

 

 下界では、連合軍の総大将である王が、震える手で聖剣を掲げていた。

 

「聞け、アイゼンシュタットの魔王よ! 我らは、白き呪いから世界を取り戻し、囚われの聖女を解放するために集った! 直ちに降伏し、エルセ・フォン・アラバスターをこちらへ引き渡せ!」

 

 王の声は魔法で増幅されていたが、レオンハルトの耳には羽虫の羽音ほどにも響かなかった。

 

「囚われ、だと?」


 レオンハルトの低い、それでいて全方位に染み渡る声が、空から降り注いだ。

 

「彼女は、私の腕の中でしか息ができぬ身体になっている。私の体温が、私の魔力が、彼女をこの現世に繋ぎ止めている唯一の楔。……それを奪おうとする貴公らの『正義』は、彼女に『死ね』と言っているのと同義だぞ」


「黙れ! 彼女を怪物に変えたのは貴様だ! 聖女を返せ、さもなくば十万の兵が貴様を討つ!」

 

 レオンハルトは、心底退屈そうに鼻で笑った。

 

「返せ、か。……良いだろう。欲しければ、この『色彩』を分けてやる」

 

 レオンハルトが、黒い鱗の右腕を軽く振り下ろした。

 

 それは攻撃ですらなかった。

 聖域の中に溜まっていた、エルセとレオンハルトが愛し合うことで生まれた「過剰な魔力の余波」を、ただ外側へ放流したに過ぎない。

 

 キィィィィィィィィン――!!

 

 鼓膜を劈くような高周波の音と共に、虹色の閃光が連合軍を飲み込んだ。

 

「――っ!? 魔法障壁を展開せよ! 防げ、防ぐのだ!」

 

 王が叫ぶが、遅すぎた。

 エルセの「無色」とレオンハルトの「漆黒」が混ざり合ったその光は、既存のあらゆる魔術理論を無視して、兵士たちの甲冑を、馬を、そして彼らの肉体そのものを「上書き」していった。

 

 血が流れることも、悲鳴が上がることもなかった。

 

 光が通り抜けた後。

 そこには、十万の軍勢が「白い石像」と化して静止していた。

 

 ある者は剣を振り上げたまま。ある者は恐怖に顔を歪めたまま。

 彼らが持っていた色はすべて剥ぎ取られ、背景の地面や空と同化した「真っ白な静物」へと成り果てている。

 

「……ああ……あ……」

 

 唯一、レオンハルトが意図的に残した王だけが、自分の足元で白い砂となって崩れていく兵士たちを見て、腰を抜かした。

 

「魔王……き、貴様は……本当に世界を……」

 

「世界? ……ああ、これか」

 

 レオンハルトはテラスから降り、王の目の前に着地した。

 

「礼を言おう。お前たちがこうして群れてくれたおかげで、エルセの『空腹』が少しだけ満たされたようだ」

 

「空腹……だと?」

 

 レオンハルトが指し示した先。

 白い石像となった兵士たちの足元から、虹色の「根」のような光が伸び、彼らの身体を栄養にするようにして、美しい花々が咲き誇り始めたのだ。

 

 その花が咲くたびに、城の中にいるエルセの肌が、より一層神々しく、生命感に満ちて輝いていく。

 

「彼女が人間らしく居続けるためには、この程度の犠牲は安すぎるコストだ。……帰って伝えろ。次に邪魔をすれば、お前の国の国民すべてを、彼女の庭園の肥料にしてやると」

 

 王が絶叫して逃げ出すのを、レオンハルトは見送りもしなかった。

 

 彼は再び聖域の中へと戻り、震えているエルセを後ろから抱きしめた。

 

「陛下。……今、何かが……私の中に入ってきましたわ。……とても温かくて、同時に、ひどくおぞましい『生』の感覚が」

 

「お前のための薬だ、エルセ。気にするな。……お前が美しくいられるなら、世界がどうなろうと構わない」

 

 エルセは、陛下の腕の中で、自分の手のひらを見つめた。

 そこには、白い砂が僅かに付着していた。

 

 彼女の幸せは、誰かの「存在」を食らうことで成り立っている。

 神殺しの魔王と、世界を食らう女神。

 二人の甘い吐息が重なるたび、世界の地図からはまた一つ、街の影が白く消えていくのだった。

第35話をお読みいただき、ありがとうございます!

十万の連合軍を一瞬で「花壇の肥料」に変えてしまった陛下……。

これこそが「人外となった二人の愛」の残酷で美しい形ですわね。

もはや、ざまぁの対象さえも「資源」として扱われるという、究極の絶望と格差を描かせていただきました。


エルセ様が感じた「おぞましい生の感覚」。

それは、彼女が「救済者」から「捕食者」へと変質している予兆でもあります。

愛すれば愛するほど、世界を喰らってしまう二人。この終わりのない飢餓感の先に、何が待っているのでしょうか。


「陛下、容赦なさすぎて最高!」「世界が肥料になるなんて、皮肉すぎてゾクゾクする……」

そんな風に感じていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と【ポイント評価(★★★★★)】をお願いいたします!

皆様の応援が、白く染まっていく世界に抗う、二人の最後の「人間味」となりますわ。


次回、第36話。

「白化現象」の真相に気づいたシルヴィアが、エルセを連れて帝国の「外側」へ。

そこで彼女たちが目にするのは、消滅したはずのジュリアン王子の「なれの果て」でした。

どうぞ、お楽しみに!

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