第34話:極彩色の牢獄、あるいは白き終焉の序曲
まどろみの中で感じるのは、かつて経験したことのない「重み」だった。
それは、ただの肉体の質量ではない。
魂の根元から自分を縛り付け、決して離さないという、レオンハルトの執着そのものが物理的な熱となって、エルセの全身を包み込んでいる。
「……んっ、……さま」
エルセが薄く目を開けると、そこは銀色の光が霧のように漂う、神聖な静寂に満ちた寝室だった。
シルヴィアが用意した石板によって「世界からずらされた」この聖域。
ここでは、エルセの指先が動くだけで空気に虹色の波紋が広がり、レオンハルトが吐息を漏らすだけで、床に敷き詰められた白百合が生き物のように花弁を震わせる。
「……おはよう。私の、愛しい『終末』」
レオンハルトの低い、それでいて甘く蕩けた声が耳元で響く。
彼はエルセの細い腰を、折れんばかりの強さで抱き込んでいた。
以前ならば火花が散っていたはずの接触。だが今は、二人の魔力が「聖域の理」によって完璧に調和し、一つの巨大な奔流となって互いの体内を循環している。
「陛下……、本当に、不思議ですわ。あんなに痛くて、怖かったのが、嘘のよう……」
「……ああ。お前をこうして腕の中に閉じ込め、体温を感じられる。……神を殺し、世界を裏切った甲斐があったというものだ」
レオンハルトは、エルセの目尻にある虹色の鱗を、自身の黒い鱗の指先で愛おしげに撫で上げた。
鱗と鱗が触れ合うたび、キィィィン、と清冽な音が響き、エルセの身体に震えるような快悦が走る。
魂が混ざり合っているせいで、レオンハルトが何を望んでいるのか、どれほど深く自分を渇望しているのかが、エルセには自分のことのように分かってしまう。
「……っ、陛下。そんなに、強く想われては……私、壊れてしまいそうですわ」
「壊れはしない。……この聖域では、私が許可しない限り、お前の髪一筋さえも損なわれることはないからな。……いいか、エルセ。ここは、お前が誰にも怯えず、私だけに愛されるための、私がお前に捧げた神殿だ」
レオンハルトは、エルセの唇を深く、奪い取るように塞いだ。
深い、深い、終わりのない接吻。
二人の魔力が最高潮に達したその時、聖域の壁が眩いばかりに輝き、エルセの『原初のプリズム』が共鳴した。
だが。
その光が強まるのと同時に、聖域の「外側」では――。
――ッ。
エルセの心臓が、不吉な脈動を打った。
繋がりすぎた魂を通じて、帝都の「悲鳴」が僅かに聞こえた気がしたのだ。
「……陛下。今の、音は……?」
「気にするな。……ただの風の音だ」
レオンハルトは、エルセの不安を塗りつぶすように、彼女の首筋に顔を埋めた。
だが、その時、部屋の扉が乱暴に叩かれた。
「レオン! エルセ! 聖域を解きなさい! 今すぐに!」
シルヴィアの、悲鳴に近い声。
レオンハルトが忌々しげに指を鳴らすと、銀色の膜が僅かに薄まり、シルヴィアが転がり込むように入ってきた。
「……姉上。二人の時間を邪魔するなら、神でも許さないと言ったはずだが」
「神なんてどうでもいいわ! これを、これを見なさい!」
シルヴィアが指し示したテラスの向こう。
かつて活気溢れる帝都の街並みが広がっていたはずの景色は、いま、異様な「死」の色に染まっていた。
「……あ……」
エルセが、絶句した。
帝都の北側、数千の民が暮らしていた区画が――「真っ白」になっていたのだ。
雪が積もったのではない。
建物も、石畳も、そして逃げ遅れた民衆までもが、まるで古い絵画から色が剥ぎ取られたかのように、立体的な「白い紙細工」に変質して、静止している。
「……色が、ない……?」
「貴方たちがこの聖域で愛し合い、魔力を調和させるたびに、この空間は外の世界から『色彩』を吸い上げているのよ! ……レオン、このままでは、帝都だけじゃない、世界そのものが『白』に消えてしまうわ!」
シルヴィアの告発に、レオンハルトは冷淡な瞳を街に向けた。
だが、彼の顔に「後悔」の文字はなかった。
彼はただ、エルセの震える肩をさらに強く抱きしめ、傲然と言い放った。
「……それがどうした。……世界が白く消えようと、私の腕の中にこの『色彩』がいれば、それで十分だ。……むしろ、世界から色を奪い尽くして、彼女一人が輝くための背景になるというなら、それこそが本来あるべき姿ではないか」
「レオン……貴方、本気で言っているの!?」
「本気だ。……私はエルセを救うために神を殺した。……ならば、世界の一片や二片、彼女を繋ぎ止めるための対価として捧げることに、何の躊躇いがあるというのだ」
レオンハルトの瞳に、禍々しいまでの狂愛が宿る。
エルセは、自分の白い、虹色の鱗が浮かぶ手を見つめた。
自分が幸せになればなるほど、世界は死んでいく。
聖域の窓の外では、また一枚、色のない「白い羽」が、しんしんと降り積もっていく。
それは、世界を救うはずだった『原初の光』が、世界を食らい尽くす『真の絶望』へと変わってしまったことを告げる死神の雪だった。
第34話をお読みいただき、ありがとうございます!
ようやく手に入れた「触れ合える幸せ」。ですが、その対価はあまりに凄惨なものでした。
陛下が「世界が白くなっても、お前さえいればいい」と断言するシーン、まさにこれぞ私の描きたかった、狂愛の極地ですわ!
愛が深まるほど、世界が死ぬ。
この究極のジレンマの中で、エルセ様はどう決断を下すのか。
そして、陛下はどこまでその執着を貫くのか。
「陛下、どこまでも突き抜けてる……w」「世界が紙細工になる描写、美しくて怖い!」
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皆様の応援が、白く消えていく世界と二人の愛の、最後の「色」となります。
次回、第35話。
白い侵食から逃れるため、周辺諸国がついに「対・帝国連合軍」を組織。
神となったレオンハルトに挑む、無謀な者たちの末路は……。
どうぞ、お楽しみに!




