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第28話:神喰らいの魔王、愛に飢えた亡霊を拒絶す

「……父、だと?」


 レオンハルトの喉から漏れたのは、低い笑い声だった。

 だが、その瞳には笑いなど欠片も存在しない。テラスから吹き込む夜風が、彼の漆黒の髪を激しくなびかせ、その背後で渦巻く魔力は、もはや帝都の夜空そのものを塗り潰さんばかりに膨れ上がっている。


「名乗るな、下劣な亡霊め。……我が妻の父が誰であろうと、私が知ったことではない。私の腕の中にいるこの女の起源は、私がこの手で拾ったあの雪の日から始まっている」


 レオンハルトは、暴走するエルセの魔力に肌を焼かれながらも、彼女を離そうとしなかった。

 エルセの掌から溢れる「消去」の波動が、レオンハルトの腕の皮膚を灰に変えていく。血が流れるそばから、その血さえも「無」へと還されていくというのに。


「陛下、離して……っ! お母様に作られた、お父様に望まれた……私は、世界を壊すための空っぽな『穴』なのですわ……! あなたまで、消してしまう……!」


 エルセの瞳は、もはや紫ですらなくなっていた。

 すべてを吸い込む深淵のような、暗い虚無。

 彼女は自身が「人間」ではなく、母アリアが世界の理を破壊するために精巧に組み上げた「兵器」であるという事実に、心が完全に折れていた。


『そうだよ、エルセ。君はアリアと僕が、数千年の時をかけて磨き上げた最高傑作だ』


 金の鍵を弄ぶ男――「父」を名乗る男が、優雅にテラスの手すりを越えて部屋へと足を踏み入れた。

 彼の周囲だけ、時間が止まっているかのような奇妙な静寂が漂う。


『君の中に流れる「無色」は、僕たちの悲願……この不完全な世界を一度すべて消し去り、再構築するための種火だ。……さあ、レオンハルト皇帝。彼女を返しなさい。君のような矮小な人間が、神の御子を愛そうなど、文字通りの身の程知らずだよ』


「矮小、だと?」


 レオンハルトがエルセを抱いたまま、ゆらりと立ち上がった。

 彼の右腕は灰になりかけ、骨が見え隠れしている。だが、その顔には苦痛など微塵もなく、ただ獲物を屠る直前の猛禽のような冷徹な愉悦が浮かんでいた。


「神だか父だか知らぬが、大きな勘違いをしているな。……エルセが人形だというなら、私はその人形に魂を吹き込み、私の愛だけで生かし続ける主となる。彼女が世界を壊す兵器だというなら、私はその破壊をすべて私の漆黒で飲み込み、彼女を『私だけを殺す刃』として飼い慣らしてみせる」


「あ……陛下……?」


「エルセ、私を見ろ。……お前を作ったのが誰であれ、今お前の髪を、肌を、その震える心臓を独占しているのは誰だ。……答えろ!」


 レオンハルトが、エルセの顎を強引に持ち上げる。

 彼の熱い、焼けつくような視線が、エルセの虚無を貫いた。


「……陛下。それは……あなたですわ。……レオンハルト陛下、だけです……」


「そうだ。お前が世界を消す『穴』なら、私はその穴を私の漆黒ですべて埋め尽くしてやろう。神の計画も、父の悲願も……私の執着という泥の中に沈めてやる」


 レオンハルトの漆黒が、エルセの「消去」の魔力と正面から衝突した。

 

 キィィィィィィィンッ!


 高周波の音が、帝都の静寂を粉々に砕く。

 レオンハルトは、エルセの暴走する力を「浄化」しようとはしなかった。

 彼は、自らの破壊的な魔力をエルセの「穴」に注ぎ込み、彼女の虚無を自分の愛で強制的に飽和させたのだ。


「――っ、が、あぁぁぁっ!!」


 「父」を名乗る男の表情が、初めて驚愕に歪んだ。

 彼が操る「金の鍵」の波動が、レオンハルトが放つ圧倒的な「量」の魔力に押し返されたのだ。


『馬鹿な……!? 人間一人の魔力で、原初の虚無を押し留めるなど……。君は、自分の命を削っていることに気づいているのか!?』


「命など、エルセに捧げるための端切れに過ぎん。……食らえ、亡霊め。これが、お前たちが蔑んだ『人の愛』という名の、救いようのない呪いだ!」


 レオンハルトの漆黒の炎が、部屋を飲み込み、テラスに立つ男へと襲いかかった。

 男は金の鍵を掲げて辛うじて防御したが、その法衣は焼け焦げ、仮面の下の瞳に初めて「恐怖」が宿る。


『……ふん、狂っている。……だが、面白いよ。君が彼女を守れば守るほど、彼女の「神性」は君の漆黒を糧に成長する。……次に会う時、彼女は君の愛そのものを食らい尽くす「神殺しの獣」になっているだろうね』


 男の姿が、金色の粒子となって夜の闇に溶けていく。

 

 ……嵐が去り、静寂が戻る。


 レオンハルトは、ガクりと膝をついた。

 右腕は無残に削り取られ、全身の魔力回路が焼き切れるような過負荷に晒されている。

 だが、彼は満足げに、腕の中でようやく「実体」と「自我」を取り戻したエルセを見つめた。


「……見たか、エルセ。……お前を壊すのは、神でも父でもない。……私だけだ」


「……陛下! ああ、陛下……! なんてことを……私のために、こんな……っ」


 エルセは泣きながら、レオンハルトのボロボロの腕に縋った。

 

 彼女の中にあった虚無は、まだ消えていない。

 だが、その虚無の底には、レオンハルトが刻み込んだ「漆黒の愛」が重く、確かに鎮座していた。

 

 一方その頃。

 帝都の遥か上空。

 

 先ほど逃走した男は、冷淡な瞳で眼下の帝都を見下ろしていた。

 彼の手にある「金の鍵」が、不吉な音を立てて回る。

 

「……ああ、完璧だ。エルセ・フォン・アラバスター。君の器は、今、魔王の漆黒によって『完成』した。……あとは、その愛が憎しみに変わる瞬間を待つだけだ。……始祖様、準備は整いました」

 

 男の視線の先――雲の向こう側で。

 数千年前、この世界から色彩を奪った「真の神」が、ゆっくりとその巨大な瞳を開こうとしていた。

第28話をお読みいただき、ありがとうございます!

陛下の「お前が人形なら俺が主だ」という全肯定……。

これぞ、どんな運命にも屈しない真の溺愛ですわね!

エルセ様の虚無を自分の愛で埋め尽くすという、命懸けの「重すぎる愛」に、私も執筆しながら震えました。


ですが、敵の「父」の言葉が不穏です。

陛下の愛こそが、エルセ様を「神殺しの獣」へと育てる糧になっている……?

そして、ついに姿を見せようとしている「真の神」。


「陛下、カッコよすぎて涙が出ました!」「エルセ様、どうか陛下を救ってあげて!」

そんな風に思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と【ポイント評価(★★★★★)】をお願いいたします!

皆様の応援が、神をも拒絶する二人の絆を強くします。


次回、第29話。

ボロボロになった陛下の看病、そして。

エルセの身体に現れた「神の鱗」が、二人の愛を試す新たな試練となります。

どうぞ、お楽しみに!

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