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第27話:偽りの揺り籠、あるいは母の残酷な祈り

視界が、金色の粒子に埋め尽くされていく。

 

 魂が繋がっているからこそ、逃げ場はなかった。

 レオンハルトがエルセを抱きしめる腕に力を込めた瞬間、二人の意識は現世の寝室を離れ、十数年前の、凍てつくような「白」の世界へと引き摺り込まれた。


(……ここは、ソラリアの、地下祭壇……?)


 エルセは、自分の意識が幼い自分自身――「泥人形」と呼ばれる前の、まだ幼女だった頃の視点に重なっていることに気づいた。

 冷たい石の台の上に寝かされ、四肢を銀の枷で固定されている。

 そしてその上には、愛していたはずの母、アリアが立っていた。


『……いい、エルセ。泣いては駄目よ。あなたの痛みは、この世界が美しくあるための必要なコストなの』


 アリアの声には、先ほど聴いた遺言のような慈愛は微塵もなかった。

 彼女の瞳に宿っているのは、娘を想う母の情愛ではなく、計算式を解く学者のような、冷徹なまでの「探求心」。


 アリアの手には、脈打つ心臓のような魔力の塊――『原初のプリズム』が握られていた。

 彼女はそれを、幼いエルセの胸元へと、麻酔もなしに直接「埋め込み」始めたのだ。


『あ、あああああああ……っ!!』


 記憶の中の幼いエルセが、喉が裂けるような悲鳴を上げる。

 繋がっている現在のエルセも、そしてその痛みを共有するレオンハルトも、同時に肺を抉られるような衝撃に喘いだ。


『素晴らしいわ。人間の感情を吸い上げるたびに、プリズムの純度が上がっていく。……エルセ、あなたは将来「無色」と呼ばれるでしょう。けれどそれは、あなたが空っぽだからではないわ。……周囲のすべての色彩いのちを吸い尽くして、透明になるまで濾過し続ける「穴」になった証なのよ』


 アリアは、激痛に失神しかけている娘の頬を撫で、満足そうに微笑んだ。

 その微笑みこそが、何よりも残酷だった。

 彼女がエルセに与えた「浄化の力」とは、愛ゆえのギフトなどではない。

 娘の心を「毒の濾過装置」として改造し、その精神が崩壊しないよう、後付けで「愛されている」という偽りの記憶を植え付けた――高度な術式の結果に過ぎなかったのだ。


「……嘘だ。そんな、そんなはずが……っ!」


 現在のレオンハルトが、記憶の空間で咆哮した。

 彼はエルセを自身の腕の中へ隠し、祭壇の上に立つ「記憶の中のアリア」を殺意の籠もった瞳で射抜く。


『――あら、お客様? 私の最高傑作を、汚さないでもらえるかしら』


 記憶の中のアリアが、レオンハルトに首を向ける。

 それは単なる過去の再生ではない。金の鍵がもたらした、悪意ある「解釈」が混じった、精神への侵食。


『レオンハルト陛下。あなたがエルセを愛すれば愛するほど、彼女の「濾過装置」としての機能は高まっていく。……あなたが注ぐ愛の分だけ、彼女は世界の毒を効率よく吸い込み、そして……最後にはただの「石」になるのよ。……私の実験を、手伝ってくれてありがとう』


「……黙れ、この化け物め!!」


 レオンハルトの漆黒が、臨界点を超えて爆発した。

 寝室の実体をも震わせるほどの魔圧が、記憶の白い空間を物理的に粉砕し始める。


「エルセの愛を、私の想いを……お前の汚らわしい実験の道具にするな! 過去がどうあれ、今の彼女の体温を、魂の震えを知っているのはこの私だ!」


 レオンハルトは漆黒の奔流をアリアの幻影へと叩きつけた。

 アリアの姿が黒い炎に包まれ、不気味な笑い声を上げながら霧散していく。

 

 現実の寝室に、視界が戻る。


「はぁ、はぁ……っ! ……エルセ、エルセ! 大丈夫か!?」


 レオンハルトは、汗に濡れたエルセの顔を覗き込んだ。

 だが、エルセの瞳は、これまでに見たことがないほど虚ろに濁っていた。


「……陛下……。私……お母様に、作られた……だけ……だったのですか……?」


 彼女の声は、乾いた砂のようにカサついていた。

 自分が信じていた「母の愛」という根底が崩れ去った衝撃。

 さらに、自分がレオンハルトを愛することでさえも、「浄化装置」としての効率を上げるためのプログラムに過ぎないかもしれないという疑念。


「違う! 断じて違う! 誰が何と言おうと、昨夜お前が私に求めたその熱は、お前自身の意志だ!」


「……わかりませんわ。……私、自分が、とても気持ち悪いのです……」


 エルセが自身の肩を抱き、ガタガタと震える。

 その瞬間、彼女の掌から、どす黒い光が溢れ出した。

 浄化の光ではない。周囲の光を喰らい、空間を「削り取る」ような、変質した『無色』の奔流。


 寝室の豪華な調度品が、彼女の魔力に触れた瞬間に灰となって崩れていく。


「……くっ、魔力が暴走しているのか!? 落ち着け、エルセ! 私を見ろ!」


 レオンハルトは、その破壊的な魔力に自身の肌が焼かれるのも厭わず、エルセを正面から抱きしめた。

 

 その時。

 テラスの向こう、夜の闇の中から、パチパチと拍手をする音が聞こえた。


「――素晴らしい。最高だよ、エルセ。……お母さんの『嘘』が剥がれた時、君の中に眠っていた『本物の色』が目覚める。……世界を救う光ではなく、すべてを等しく無に帰す、美しい終末の色彩だ」


 金の鍵を首から下げた、純白の法衣の男。

 彼は影のようにテラスに立ち、愛おしそうにエルセを見つめていた。


「レオンハルト皇帝。……君には感謝しているよ。君の『重すぎる愛』が、彼女の器を限界まで満たしてくれた。……さあ、エルセ。その醜い男を離して、僕の元へおいで。……君の本当の父さんが、迎えに来たよ」


「……父だと……?」


 レオンハルトの瞳に、この世の終わりを告げるような、凄まじい「闇」が宿った。

 エルセの出生の秘密は、まだその深淵の入り口に過ぎなかったのだ。

第27話、お読みいただきありがとうございます!

母・アリアの衝撃の過去、そして突如現れた「父」を名乗る男……。

エルセ様の自己崩壊と、それを必死に繋ぎ止めようとする陛下の愛。物語はかつてないほどの激流に揉まれていますわね。

「お母様が毒親だったなんて……!」「陛下、その男を今すぐ引き裂いて!」

そんな風に感情を揺さぶられていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と【ポイント評価(★★★★★)】をお願いいたします!

皆様の応援が、自分を見失いかけたエルセ様の「心」を取り戻す力となります。


次回、第28話。

「父」を名乗る男の正体、そして明かされるエルセの本当の名前。

陛下の独占欲が、ついに「世界そのもの」を破壊する一歩手前まで爆発します!

どうぞ、お楽しみに。

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