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第26話:魔王の涙、女神の抱擁

呼吸が、うまくできなかった。


 魂が繋がったことで流れ込んできたのは、甘美な愛だけではなかった。それは、氷の針を全身に突き立てられるような、身を切るほどの「痛み」の記憶。

 地下牢。重い鎖。自分を「化け物」と呼び、忌々しげに遠ざける血縁者たちの冷たい瞳。


 エルセは、自身の胸を強く押さえ、現実の寝室で荒い息を吐いた。


「エルセ……! やはり無理をさせたか。魂の融合が、お前の身体に負担を……」


 レオンハルトが、焦燥に満ちた顔でエルセの肩を抱く。

 その温もりは、先ほど視た冷たい地下牢の記憶とは正反対の熱を帯びている。だが、エルセにはわかっていた。彼女の指先が彼の肌に触れている今、レオンハルトもまた、エルセが「何を見たか」を察しているということを。


 レオンハルトの瞳が、僅かに揺れた。

 彼はエルセを抱きしめる力を僅かに緩め、逃げるように視線を逸らした。


「……見たのだな。私の、最も醜いよどみを」


「陛下……」


「お前は、浄化を司る『原初の光』だ。……汚らわしかっただろう。私の根源にあるのは、愛などという綺麗なものではない。……拒絶され、疎まれ、この世界すべてを呪うことでしか形を保てなかった、歪な闇だ」


 レオンハルトの声は、これまでにないほど低く、震えていた。

 最強の皇帝が、自分を「汚らわしい」と断じる。その自己嫌悪の強さが、繋がった魂を通じてエルセの心に黒い泥のように流れ込み、彼女を泣きそうにさせた。


 エルセは、離れようとするレオンハルトの腕を、今度は自分から強く引き寄せた。


「……汚くなんて、ありませんわ」


「強がるな。私の過去は、お前の清浄さを損なう毒だ」


「いいえ、陛下。私は、この光は……あなたのその闇を、照らすためにあるのです。あなたが誰からも『化け物』と呼ばれ、凍えていたなら……私は、一生をかけてあなたを温める『ただの女』になります」


 エルセは、レオンハルトの首筋に顔を埋めた。

 昨夜の儀式で刻まれた「漆黒」の印が、彼女の白銀の肌で鈍く光る。


「私を拾ってくれた時、陛下は私を『宝石』だと仰いました。……なら、今の私は、あなたの漆黒を宿した『世界で一番不純で、愛おしい宝石』です。……陛下、どうか隠さないで。あなたの痛みも、孤独も……私がすべて、愛して差し上げますから」


「……エルセ」


 レオンハルトの目から、一筋の熱い雫がこぼれ、エルセの肩を濡らした。

 初めて見る、皇帝の涙。

 

 彼はエルセの言葉に、祈るように彼女の背に腕を回した。

 魂が完全に溶け合った瞬間だった。

 エルセの無色の魔力が、レオンハルトの魂の奥底にある地下牢を、柔らかな光の雪で埋め尽くしていく。

 鎖が溶け、少年だったレオンハルトが、ようやく自由を手に入れた。


「……お前は、本当に……ずるいな。……そうやって、私を一生、お前から離れられぬ狂信者にするつもりか」


「ふふ……。それは、お互い様ですわ。陛下」


 重苦しい空気が霧散し、二人は初めて、魂の底から安らぎを感じて微笑み合った。

 境界線が曖昧になった二人の間には、もはや言葉さえも不要なほどの幸福が満ちていた。


 だが。


 ――カラン、という、硬質な音が静寂を破った。


 テラスの窓際に、いつの間にか置かれていたのは、一輪の「純金」で作られた百合の花。

 そしてその茎には、見たこともないほど禍々しい彫刻が施された『金の鍵』が括り付けられていた。


「誰だ……っ!」


 レオンハルトがエルセを背後に隠し、一瞬で魔王の形相に戻る。

 テラスのカーテンが風に揺れ、そこには誰もいない。

 だが、空気中には、先ほどの「ゼロ」の使者とはまた違う、不気味なほど「芳醇で甘い死の予感」が漂っていた。


 金の百合に添えられた、一枚のカード。

 そこには、エルセの母アリアの筆跡を完璧に模した文字で、こう記されていた。


『魂の融合、おめでとう。……けれど、混ざり合った魂は、一箇所を突けば「二人同時に」壊れることを忘れないでね。……最初の贈り物は、エルセの、本当の「絶望」の記憶だよ』


「陛下、これは……! お母様の……?」


 エルセがそのカードに触れようとした瞬間、金の百合から金色の粉末が舞い上がった。

 それはレオンハルトの漆黒の結界さえも容易く通り抜け、二人の鼻腔を突き、直接魂へと干渉し始める。


「エルセ、触れるな! ……っ、ぐあぁっ!?」


 レオンハルトが頭を抱えて呻いた。

 魂が繋がっているからこそ、彼にも「視える」。

 

 エルセがこれまで、ソラリア王国で受けてきた「泥人形」としての屈辱……それだけではない。

 母アリアが死の間際、自分を「盾」にするために、幼いエルセに施した「残酷な処置」の光景が。


 二人の幸福な朝は、最悪の「過去の再演」によって、再び闇へと引き摺り込まれていった。

第26話をお読みいただき、ありがとうございます!

陛下の涙と、それを包み込むエルセ様の聖母のような慈愛……。

二人の絆が真の意味で完成した瞬間でしたが、それを嘲笑うかのように現れた「金の鍵」の贈り物。

母アリア様が遺した、新たな「残酷な真実」とは一体何なのか。


「陛下、泣かないで!」「エルセ様、最強にカッコいいお嫁さんですわ!」

そんな風に思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と【ポイント評価(★★★★★)】をお願いいたします!

皆様の応援が、過去の闇に立ち向かう二人の力となります。


次回、第27話。

突きつけられた「母の裏切り」。

エルセが抱えてきた「無色」の力の、あまりにも皮肉な対価が明かされます。

どうぞ、お楽しみに!

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